45.キャニオニング2
「ただ、あれだ。お前たちみんな鼻をつまんで、気をつけの姿勢で着水することを心がけろ」
「なるほど。だから鼻とお尻が痛かったのか…」
「そうだ。あれ以上の高さになったらもっと痛くなるぞ」
「それは勘弁して欲しいです。痛いのは嫌ですね」
俺は分かりやすく弱音を吐いた。
両脇に反り立つ壁や流れの早い波。それらを乗り越えてとあるところでゴルゴは立ち止まった。2メートル程の崖。こんなものを崖と呼んでもいいか分からない。ここを飛び込むことくらい容易だ。
「おいここに誰か立ってくれ」
「え、あ、じゃあ俺が行くよ」
服部さんが崖ギリギリに立った。
「服部!違う!こっちを向くんだ!」
「えぇ!?何で俺怒られたの!?」
熱血教師ゴルゴだ。
言われるがままゴルゴの方を向いた服部さん。
次の瞬間俺たちは度肝を抜かれる。
「うむ。では服部よ鼻をつまめ」
「鼻?あ、はい」
「よし。では行くぞ」
「え…」
鼻をつまむことを指示されてつまんだ途端、ゴルゴは服部さんのみぞおち辺りをゆっくり押した。結果服部さんは後ろ向きのまま崖下の水に向かって落ちていった。
「うわぁぁぁ服部さぁぁん!」
「怖っ!服部大丈夫かね」
正反対のリアクションだ。
俺らが喚いている間に着水していた。
「ゴルゴーー!怖いてーーー!先に言ってよーーー!脂肪が無かったらショック死してたよ!」
「脂肪関係ないわ!」
横で隼人がすかさずツッコミを入れた。
ボケれてる時点で服部さんも無事だ。
「次はお前たちだ」
「ですよねぇ」
俺と隼人は顔を見合せた。
怖さはあるが最初に飛んだ人が一番怖い。それに比べたら屁でもない。
俺と隼人は順番にゴルゴによって落とされた。
背面から落ちるというのは思ったより恐怖を伴った。水面までの距離が近いので身体に痛みは無い。水に身体を打ち付けるほどの勢いはないからだ。
「これはなかなかだったねぇ」
服部さんが落ちてきたばっかの俺に話しかけてきた。
「最初怖かったでしょ」
「ゴルゴに殺されたかと思ったよ」
「殺し屋の使命を急に思い出した感じだったよな」
「あんな躊躇なく人を落とすのは手練だよ!」
「心の準備もさせて貰えてなかったしね」
「怖すぎた!!」
再び次の崖まで川を下った。
我々も野性味が増してきている。躊躇いなく岩の上を駆け巡り、ちょっとした高さのところなら全力で飛び込む。全員運動部出身なのもあるだろうが、動きは軽やかだ。
だが、そんな肩書きなんて無下にしてくる絶望が目の前に映し出されている。
3度目の崖。高さは12メートル。
高さのインフレで基準値のブレてきた我々には12メートルという言葉より、飛び込む方法に度肝を抜かれている。
「助走をつけろ」
「え」
「走って飛び込め」
「はァァァ!!!?」
高さは12メートル。自由落下では飽き足らず、勢いをつけて運動エネルギーを増せと言われているのだ。ニュートンもビックリだ。リンゴが勢いつけて落下などしてこないのだから。
崖も勢いをつけて落ちるという常識は存在しない。
「楽しいぞ。頑張るんだ」
問題は順番決め。
公平さを保った方がいいということでジャンケンが選択された。
熱帯林に辺りを囲われ、鳥の合唱が俺らを煽る。マイナスイオンが誰かに力を与える。ジャングルの神は誰かに「負け」を与える。
「いくぞ」
隼人のかけ声で一世一代のジャンケンが始まった。
「ジャーンケン…ポン!」
あいこだ。
「なんでだ!ふざけんな!」
「ここであいこなの〜…えぇ〜」
「お前らもパーを出すな」
それぞれが愚痴をこぼす。
「はいはい。いくよ?あいこで…しょ!」
「あ…」
ジャングルの神は俺に微笑んだ。いや、違う。馬鹿にした大笑いを俺に浴びせた。
俺が1人負けをした。
「樹里頑張ってくれ」
「さっきの背面は俺からだったから許してね」
「はい…行ってまいります」
助走のスタートラインへと向かい、他の観光客の後ろに並んだ。
そもそも崖の上で走るの危険だろ。
「最初はお前か。いい度胸だ。褒めてやる」
ゴルゴは上機嫌だ。
こちらは緊張でどうしようもない。
「いいか。恐怖を消せ。日和るといい事ないからな」
「走り抜けろと」
「そうだ」
ゴルゴは背中を叩いて鼓舞した。
もう後戻りは出来ない。腹を決めてスタートラインから走り始めた。もう鼻をつまんだ。
近いようで遠い崖の先端。
横目に映る隼人と服部さん。
盛り上がる他の観光客。
広がる視界。
踏み込む足。
舞う身体。
容赦のない重力。
抵抗無き俺。
想像以上の速度。
引き攣る顔。
身体全てを受け入れる水面。
「バッシャーーーン!」
俺は着水した。ライフジャケットのお陰であまり沈まない。浮上した。そこら中痛い。
「しゃあぁぁぁ!!」
俺はアドレナリンでおかしくなっているのだろう。雄叫びをあげた。
「COOL !!!!」
「YEAH !!」
他の外国人観光客に称えられた。それがとても気持ちがいい。
陸地まで泳いでいくと外国人観光客に笑顔で迎えられ、握手を交わした。何も話しているかは分からないが、テンションで伝わってくる。
「Next. my friend」
俺は簡単な英語で伝えた。隼人か服部のどちらかが落ちてくる。果たしてどちらだろうか。
そう考えている内に誰かが落ちてきた。あのシルエットは間違いない。服部さんだ。
「バッシャーーーーーン!!!!」
とてつもない水しぶきだった。大丈夫だろうか。
服部さんが陸に来た。彼もまた外国人観光客に迎えられた。
「やっぱりあれだね。体重あると着水してから沈むね」
彼の第一声がそれだった。
「まぁそりゃね」
「樹里より水しぶき凄かったでしょ」
「俺より?流石にそうだろ」
陸で腰掛けながら隼人を待った。
「あ、飛んだ」
服部さんがそう言うと隼人は水面まで一直線で落ちてきた。
「パシャン!」
俺と服部さんはその水しぶきに釘付けとなった。全然水しぶきがあがらなかった。
水泳競技の「飛び込み」を彷彿とさせる綺麗な着水。
「うぉぉぉ!隼人ぉ!!!」
「飛び込みの記録!これは満点!!!」
「Oh my god!!!」
「Fantastic!!」
もはや芸術。
こちらは大盛り上がりである。
隼人はいつも通りのすました顔で浮上してきた。そんな彼でも恐怖はあったらしい。よく見ると息が上がっていた。
「YEAH!!!」
全力で迎えられた隼人は何事なのか理解できていない顔だ。とはいえ、英語が理解できる隼人ならこの状況になった理由を聞き取れるだろう。
中々この場を離れられなかったが、ゴルゴが降りてきて俺たちを回収したことで外国人達とお別れをすることになった。




