42.ジンベエザメ
「くそうるせぇ…」
俺はあんまり眠れなかったことを悔やみながらも、重い身体をゆっくりと起こした。エアコンの五月蝿さと、早起きしないといけないプレッシャーによって起きてしまった。まだ外はなんとなく暗い。現在朝の5時半。じゃんけんによって俺はエアコンベッドで1人寝た。1人で寝れる喜びはエアコンのうるささでかき消された。
「う…朝飯…」
昨日ショッピングセンターで買ったパンを貪りながら眠い目を擦る。
眠気と格闘している内に他2人も起床。2人揃って酷い顔をしている。疲れが顔に出すぎだ。多分俺もなかなかな顔をしているのは理解している。今日は実質最終日。思いっきり楽しむのだ。
「今日は俺らがやりたかったことの目白押しだな」
瞼を重そうにしながら隼人は俺に話をした。
「ジンベイザメとキャニオニングね」
「覚えてるようでよかった」
「忘れないって!これは」
「楽しみで仕方ないけど体力持つか…だな」
「海に行って川に行くからね」
「最終日だしな…まぁどうにかなるよな」
「そうだぞ!隼人!」
俺らは各々水着をカバンに入れてウキウキでロビーへと降りた。
朝6時に行動を開始するとはなんとも早い1日だ。閑散と喧騒のちょうど間。眠い人は静かにしており、テンション高い人は騒がしい。そんな両極端な人々がこのロビーでは混じりあっている。俺らはどちらに当てはまるのだろうか。
「皆サーーン!おはようございマーース!」
「おはようございます〜」
ミゲルはいつも元気である。このロビーでも一際元気だと結論付けられる。
ジェームズにも挨拶をして、観光最終日を迎えた。朝日が俺らの車を照らして元気をチャージする。
「ジンベイザメ……デーース!!!」
「!?!?」
窓から差し込む強い日差し。時間が経っていることを示す先程とは違う日差し。ダメだ。ジェームズに挨拶をしてから一切の記憶が無い。乗車からうたた寝までの時間最速だった気がする。
「あぁ……8時………8時!?」
俺は目を疑った冴えない頭でもわかる。2時間爆睡してたということを。
「ぐっすりデシタネ〜」
「あ、うん。ほんとにビックリするくらい」
「準備してくだサーーイ!」
「あ、荷物」
「ジェームズがいるので置いていって大丈夫デス!必要なものだけでOKデス」
「おぉ!それは楽!ありがとう!」
まだ寝てる2人を叩き起して更衣室へと向かった。更衣室はちゃんとしていた。コインロッカー方式だが、俺らは着替えたら諸々荷物を車へ戻しに行くので、使用しない。
「白い…全員…」
「……」
着替えてる内に俺はその事実を2人に突きつけた。
「そうだな。見事に全員白い」
「凄いねぇ!!全員!インドアだからね!」
「服部さんそれは俺に効く」
夏になったら海に遊びにいったり、パリピみたいなことをする奴はここに1人もいない。どちらかと言うとインドアな奴しかいないため、服を脱いだら全員色白なのだ。非常に弱々しい。
隼人はイケメンだから色白でもかっこいい。
「チッ」
「おい樹里。なんで俺を見て舌打ちするんだ」
「あんたにあたしの気持ちなんて分からないわ!」
「やかましいわ。ヒステリックか」
「はいぃ…」
「否定しろ」
周りはゴリゴリで屈強な男共やタトゥーの入った怖いお兄さんが多数。絡まれたら一瞬で負ける。ただ、逃げ足には自信があるから問題ない。足だけは速い。彼らも実は結構速い。これなら逃げ切れる。
着替えを終えて車へ戻ると、ミゲルもいつの間にか海スタイルに変貌していた。どこで着替えたのかは些か不明ではあるが、非常に似合っている。
「では、行きマス!」
「はーい」
駐車場から歩いて数分。俺らの目の前には素晴らしい景色が飛び込んできた。
「海だァァァ!」
海を見たら叫ばずにはいられない。
なんとも綺麗な海だ。コバルトブルーを纏いながらも透明度が非常に高い。我々が想像し得る最高級の海が目の前に広がる。
昨日港で見た海とはまた違う。
それこそあまり広くないビーチではあるが、それにしては人が多い。
ジンベイザメが見れる海なのだから、多いのは当たり前か。
「では、木のボートに乗りマス!」
ミゲルが指さす先には確かに木のボートがある。
「お、あれはまぁなんというか味があるね」
俺は別に嫌がっている訳では無い。手漕ぎボートではあることは特段驚かない。気になったのは形だ。ボートの横に対して垂直に大きな木の棒が着いている。海と平行ではなく、少し海中に浸っている。あれはバランスを取るためなのだろうか。甚だ不思議で仕方ない。
ただ、東南アジアっぽい美しさも感じる。
「気にしないでくだサイ!では、受付シマスね」
「あ、はい」
素早い受付を終えて俺らはボートに案内された。
「揺れる!危なっ!」
目の前で隼人が転びかけた。船頭さんに腕を掴まれてるので大事にはならないけども、それほどまでに不安定なようだ。ボートに慣れてない人はバランスを取るのが難しそう。
「これは船の上で立てねえ!怖っ!」
俺もバランスを取るのに苦戦した。どうにか席に座り、服部さんとミゲルが乗り終えるまで待った。
手漕ぎボートなのでスピードは遅い。どれほど沖まで行くのかと思ったら、なんと2分も経たないうちに目的地に着いたと説明があった。
陸地から2分でジンベイザメとご対面なんてことは本当にあるのか。
「うぇ!?い、いる!!!」
服部さんの指さす先には生の「奴」が泳いでいる。
独特な斑点にグレーの肌。
横に広い口で可愛らしいお顔。
魚にしては大きい。
間違いない。ジンベエザメだ。
波で見えなかっただけでかなり近い距離にいる。その距離はどんどん近づき、5メートル圏内にジンベエザメがいる状態に。非常に優雅に泳いでいることが見て取れる。
ジンベエザメにしては小さい。これはまさか子どもか。
「ほ、ほんものだ!」
あまりの嬉しさに興奮を通り越して感動まで到達している。
「お、落ち着け樹里。驚き過ぎだぁぁぁ・・ぞぞ」
「服部さんだってめちゃくちゃ驚いているじゃん~」
「うん。まぁ。この状況で驚かないほうが無理だからね!」
「あれ本物だもんな」
「甚だ信じがたいよ」
そんなことを言いながら俺はスマホを取り出して写真を撮る。
もちろん防水ケースにいれているので、問題ない。
ガラス越しではないジンベエザメなど日本で見たことある人はそういない。これまたいいお土産話である。
「海に入っていいデスよ」
「え!?」
「ジンベエザメと一緒に泳げマス!」
「そんなことしていいの!!!」
ミゲルの許しが出たのでいざ、入水。
「船に着いてイル木の棒に捕まってくだサーーイ。波に流されマーース!」
なんか怖いこと言われた気がする。
「あ、あとこの船から出ないでくだサイ!ジンベエザメに触ったら罪になりマーース!」
さらに怖いこと言われた気がする。
「凄い!ジンベエザメと並んで泳いでいる!」
「樹里!こんなこと一生できないぞ」
「やばいな隼人」
「最終日にふさわしいね」
ジンベエザメは時々口を大きく開けてプランクトンを食べている。
その姿が非常にかわいい。我々生物は本能的に自分よりも大きい生物に出くわしたら恐怖を感じるのが自然の摂理である。それが一般的。なのに、今はその自然の摂理に反している。これは怪異である。感じたのは「恐怖」ではなく「可愛い」。正反対ともとれるこの感情。何故ジンベエザメに「可愛い」という感情を抱いたのかは全くを持って意味不明だ。
「これはね!あれだね!非常にね!面白いね!隼人!」
「おい服部。語彙力極限まで低下しているぞ」
「これを表す言葉が見当たらないんだよ!」
「そうだな。この壮大さを表す語彙力を俺らは持ち合わせていない」
「言葉にする時間がもったいないよ!」
俺は服部さんの言葉に耳を向けた。
この状況を「言葉にする時間が勿体ない」と彼は言った。
それほどまでに俺たちはこの時間を堪能しているし、この経験を脳に刻み込んでいるのである。
「楽しんでくれてて何よりデース!」
楽しむどころの話じゃない。俺たちは感動している。
たった1匹に魅せられている。
この時間はとても貴重であり、また特別なのである。
俺たちは許す限り海に浮かびながらジンベエザメと並走している。
時間は一瞬に感じた。
ミゲルから船に上がるように言われた。
船に上がり、海岸に戻るまでジンベエザメの方を向いていた。
戻って来て早々俺はぼやいた。
「あぁぁ~戻ってきちゃったね」
「あっけなかったよ」
隼人も未だジンベエザメの方を向いている。
「友達に自慢するか~」
「今回の旅で自慢することがどんだけできたんだ」
「おいおい隼人。そんなの沢山あるに決まってるじゃん!」
「まぁそうか。てか、あれ?服部は?」
「ん?服部さんは・・・あ・・」
見て分かる。
彼は気持ち悪そうにしている。
「気持ち悪い・・酔った」
船酔いをしてしまっている。
波は多少荒かったので船酔いをするのは仕方ないかもしれない。
「服部さん大丈夫?」
「うーーん吐くほどじゃないから大丈夫だと思う~」
「胃薬飲むか?」
「ありがとう。貰いたいかも」
「車にあるからそこまでは我慢してね」
「うん~」
急いで更衣室に行き、水圧がほとんどないシャワーを浴びて車へと戻っていった。




