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1.出発

「離陸します。シートベルトを締めて席にお座りください」

 キャビンアテンダントの声と共に緊張感が走る。飛行機と呼べるものは旅をするにあたっての全てのスタート。つまりは、旅の始まりを知らせる鐘のようなものだ。若造である私「中山 樹里」にとって飛行機など数えられるほどしか乗っていない。それはここにいる友人達も同じこと。

 

「学生だろ!旅行で海外行こうぜ」

 

 そんな言葉を発端として計画されたこの旅。様々な候補地があがった。「タイ、オーストラリア、台湾、韓国、イギリス、フィリピン」など、かなり多くの選択肢が上がった中選ばれたのは「フィリピン」だ。それも「セブ島」。アジアでも有数のリゾート地であり、かなりアウトドアでアクティブな旅が予想されるが実はそれが理由。考えても見て欲しい。かなり体力が必要な旅行になるとわかっていたら、大人になって果たして行くだろうか。行ったとしても全力で楽しめるだろうか。そう考えた時に若い内しか海ではしゃげないし、とんでもないアクテビティにも耐えられないという結論に至り、セブ島が選ばれた。

 

「さらば日本」

 

 隣で何か言っている。少々シートベルトがお腹部分で伸びている。人よりもウエストが大きい男「服部 圭吾」。彼はお笑いが好きな人物でまんまお笑い芸人みたいな見た目。なぜか俺は彼のことを「服部さん」と呼んでいる。年齢は同じなのに。

 

「服部さん。また帰ってくるだろ」

「ビーフオアフィッシュ」

「格安航空には飯はついてねえよ。駅弁買うべきだったな」

「あ~う~んそうか。駅弁買うべきだったか」

「いや、ツッコミを入れてくれ。空港に駅弁なんてあるか~」

 

 そう格安航空には飯はついていない。所要時間が4時間半というあまり長くないフライトということもあり、機内食がついておらずとも耐えられるという算段。学生にとってまず海外旅行は高い。そんな中で予算を抑えるにはどうすればいいか考えた時に、格安航空なら大幅な予算削減ができることを発見したのだ。「清水 隼人」が。そう、見つけたのは俺らではない。

 

「服部!飯は無いって言っただろ!」

「隼人。俺にとってご飯とは人生の生きがいなんだよ」

「さっきかつ丼食ってたやろ」

「ここはもう日本ではない。俺のお腹は未知の食べ物を求めている」

 

 こいつらは何してんだか。機内食がついて国内でも有名な航空会社で旅をしたら値段が跳ね上がるに違いない。なので、今回は旅行会社を通さずに全て自分達で予約をした。飛行機から現地ガイド。現地のツアーもだ。今はネットという便利なものがあるので、現地ガイドやツアーを紹介してくれるサイトから諸々予約。ツアーの空き日のところにツアー外で自分達のやりたいことや、行きたいところを現地ガイドに伝えて全日程を組んだのだ。

 かなり詰め込んだ気はしているけども、若いのでどうにかなる。

 

「おい、隼人。安く行けたのはお前のおかげだ。ありがとうな」

「いや、お前ら調べた後の英語での現地とのやり取り丸投げだっただろ」

「服部さん何か言われているよ」

「え、俺!?」

「お前ら両方だ!」

 

 彼はとても頭がいいので今回の旅の費用の計算や現地とのやりとりもやってもらった。俺も結構調べたが、結果的に隼人が全てまとめてくれた。普通であれば怒られるだろうが隼人はこころよく全部やってくれた。英語が唯一わかるというのもある。俺と服部さんは英語がわからない。

 あちらのガイドも日本語は喋れるものの、メールでのやりとりは漢字が使えないので英語でのやりとりになる。隼人がいなかったら大変だったところだ。

 

「えぇ。現地でも英語よろしくお願いいたします」

 

 俺は元からほとんど持っていない恥を捨てて彼にお願いする。現地で英語を頑張ろうとしても無理だからだ。

 

「おいおい。現地でも英語全部任せる気かよ」

「じゃぁ服部さんにお願いする?」

「そりゃ無理だ」

 

 服部さんは即座に反応した。

 

「俺が無理だって?」

「お前じゃなくて樹里でも怖くて見てられん。俺がやるしかねぇだろ」

 

 隼人はどう逃げても逃げられないことがわかっているようで、すんなりと現地での通訳を引き受けてくれた。決して押し付けたのではない。いつも頭を使うことは隼人に任せているので、彼も慣れているだけだ。

 そんな話をしている間に飛行機は離陸体制に入った。あの最後の直線。

 一気にスピードが上がった。心配になるほどの激しいエンジン音。座っているだけで感じる速さも窓を覗けばもっと速さを感じる。どれほどのスピードが出ているかはわからない。

 かなりの「G」を感じる。

 

 足が浮いた。飛行機の床には足は着いているが、どこか「ふわり」とした感覚がある。飛行機に乗ったことある人ならわかるはず。飛行機が飛んだ証拠だ。ここからはどんどん高度を上げていくのでジェットコースターみたいな気分だ。

 ただ、耳が痛い。耳抜きをしないとすぐに耳が詰まる。離陸前から寝ると上空で耳がかなり痛くなるらしい。離陸前から寝るなんて俺はしない。友達と来ているのに出発前から寝るやつなんていないだろう。寝たらいたずらされるのが相場と決まっている。

 俺の耳抜きはあくびなので頻繁にあくびをする。これでしっかりと耳の中の圧がとれるのだから不思議だ。

 

「結構あがるな」

 

 国内旅行の時よりも高度が明らかに高い。雲を抜けてもなお上昇している。どこまで行くのだろう。俺たちは海外旅行ではなく宇宙旅行でも申し込んでしまったのだろうか。

 

「安全な高度に到着しました。シートベルトを外していただいて大丈夫です」

 

 機内にそのようなアナウンスが流れた。宇宙まで行くのは俺の高揚感だけのようだ。このワクワクは止まらない。いくらでもあがっていく。この高揚感とはフィリピンで合流するとしよう。

 

「トイレ行ってくるわ」

 

 隼人がトイレの為に離席した。それにしてもこの4時間半近く何をして時間を潰すか悩みどころだ。大声を出して迷惑をかけるわけにはいかないので、やれる遊びも限られる。

 

「機内食は諦める。酒で許そうじゃないか」

「飲むな!」

 

 服部さんは気分がいいらしく、さっさと酒を飲もうとした。飛行機で飲んだらすぐに酔いが回るらしいので、俺とは即座に止める。そして何よりも「いびき」がうるさい。こいつはそういう男だ。機内で上機嫌になったこの男が優雅にいびきを発し始めたら周りへの被害がとんでもないことになる。

 

「服部さん。折角の旅行で初手酔いつぶれは意味わからないだろ。やめろ」

 

 俺は強い口調で飲酒を制止した。

 

「わかってるよ。いくら俺でも幸先よく飲まないよ」

「幸先よいって、飲む気があるやつの言葉だろ」

「あれ!バレた!」

 

 俺は呆れた。隼人がトイレから戻ってきたので、今度は俺がトイレのために離席した。通路に出てトイレに向かって歩くと、様々な人が乗っていることが確認できた。東南アジア系の人や日本人の旅行者。はたまたスーツを着たビジネスマンまで、多種多様な人がこの飛行機に乗っている。目的地は同じなのに、目的の違う者達が1つの箱に同乗しているのが面白いと感じるのは俺だけか。1人1人に現地で何をするか聞いたら全員違う答えが返ってくるのだろう。観光でも行く場所は違う。ビジネスでも何をするかは違う。そんな十人十色な乗客。

 

「インタビューして統計とったら面白そう」

 

 大学の勉強の影響が出てしまった。余計なことを考えてトイレにやってきた。

 

「空いていない」

 

 どうやら先客がいるらしく鍵の部分が赤い。急かすことはしないのでノックはしない。乗降するドアにつけられた窓から外を見た。飛行機から見る景色。俺は好きだ。人間高い場所から俯瞰するように景色をみるという行為には限界がある。スカイツリーに登ったところでせいぜい「634m」。一般人がかなり上から地面を見下ろすためには飛行機に乗る以外不可能なのだ。建造物なんて一切見えない。見えるのは土地の形だけ。だが、これを見れるのは飛行機に乗った者だけ。実は貴重なのだこの景色は。これを面白いととるかは人次第。だけどもこの景色が好きな人は多いのではないだろうか。

 

「カチッ」

 

 窓から景色を見ていたらトイレの開く音がした。俺は用を済ました。

 

 用を済ませて席に戻るとやつらは楽しんでいた。トランプで。

 

「樹里。トランプやるぞ~早くしろ~」

 隼人に急かされるように私は着席した。何もすることないと思っていたので暇つぶしにはちょうど良い。

「トランプ持ってきていたのか。服部さんか」

「俺だ」

 

 まさかの隼人だった。

 

「お前、が?」

「なんでそんなに驚くんだ樹里。トランプを持ってくるなんて気が利くだろ」

「お前、が?」

「なんでそんなに驚くんだよ」

「なんとなく」

「ややこしいわ!」

 

 少々隼人が照れているようにも見えたが、見なかったことにしておこう。話し合いの末、トランプでの遊びは大富豪に決定。騒がないようにサイレントでやっているが、盛り上がったので三時間近くやった。やりすぎて疲れた。仲の良い人間同士でのトランプ程異常に盛り上がることはない。少なくとも俺たちはそういう集まりだ。1つのゲームで凄い時間を使える。普段も家庭用ゲーム機の1つのゲームで8時間使うこともある。そのゲームが楽しいのではなくこいつらとのゲームが楽しいのだ。

 

「もう疲れたな」

 

 隼人はそう言っているが、俺も疲れている。

 

「隼人よ多分全員だ。たかが飛行機での暇つぶしでこんなにガチでやるなよ」

「それが俺らだからね」

 

 隼人が良い言葉で締めくくってくれた。俺らは意味のないところで長い時間を共有できる。それがいい。

 疲れたので各々時間を潰すことになった。俺はやることもなくただ外を見ていたが目的地が近くなっていることを感じる。島々が窓から見え始めた。

 見えるのは南国とも言える島々。ここはもう日本ではない。住み慣れたあの環境はもうそこには無いと断言できそうだ。自然豊かで楽しさが溢れ出ている。早く俺はセブ島に着地したい。

 

「着陸体制に入ります」

 

 そのアナウンスが流れると、俺たち3人は席で大人しくしている。ただ、皆表情は明るい。これから旅が始まるのだから。この状況でワクワクしない方がおかしい。大人になってもこのワクワクは味わいたいものだ。

 

 下降している。

 

 もう空港に向けてこの飛行機は一直線に下降しているのだ。夜が近いのであまり景色は見えないけども、東南アジアらしさが見える。どんどん高度が下がるのに合わせて建物がくっきりと見えてくる。見えるもの全てが新鮮だ。

 

「始まるな俺たちの旅が」

「あぁそうだな」

 

 2人がそう反応した。

 窓にはもう滑走路が映る。緊張感はあるものの俺達を乗せた飛行機は無事にマクタン・セブ空港に着陸した。

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