02.婚約者とは何の事でしょう?
慌てた振りをして、私は急いで殿下の靴から足を退けた。いきなり女性の腰に腕を回すとか、この遊び人め、と、殿下の第一印象は最悪なものだった。まぁ、ヒールの踵で踏んでしまった私も大概だとは思うけれど。
「!た、大変申し訳ありません殿下。···その、こう言った事は慣れていなくて、驚いてしまって···大丈夫ですか?」
学園では、爽やかな好青年だと思っていたのに。物腰も柔らかく、流石この国の王子様と言った所だろう、教師受けもすこぶる良い。才色兼備とはまさにこの事だろう、···彼の性格は知らないけれど。
あれ?、そう言えば、こうして殿下と直接話すのは初めてかも知れないわ。
「いや、問題ない。私こそ、女性に対しての不躾な振る舞い。こちらこそ非礼を詫びよう。··、申し訳ない。驚かせてしまったね」
(···。ヒールで踏んずけたのに、顔色1つ変わらない。イケメン鉄仮面。でも、どうしてこんなに馴れ馴れしいのかしら)
「相変わらず、私の婚約者は仔猫のようだ」
「···こ、ねこ?え、はい···?婚約··?え、は?」
今、殿下は何て言った?
仔猫?、いや、その前に何かすっごい重要な内容の発言が聞こえて来た様な?耳を疑いたくなる単語、そう、確か婚約者、と、は?え?、誰が、誰の?。
相変わらず?私はいつから殿下の婚約者で?思い出せる限りで17年間の記憶をたぐって見ても、お互い挨拶した覚えは1度も無い。はて···?
「正式な挨拶はまた後程、伺いさせ頂きますね。フレイア嬢」
(ひっ、!?···)
私が固まったポカーンとしている間に、殿下は私の手の甲に唇を落とした。思わずビクりと手が動いてしまう。それに、こんなに顔が整った相手にこんな事をされたら、顔だって赤くなってしまう。顔を上げた殿下は、少し意地悪な顔をしてニヤリと笑っていた。
(ひょっとしたら、わざと?もしかして先程わざとヒールで踏んでしまったのがバレたのかしら)
「ふふっ」
「!?···な、何ですの」
「いえ、可愛らしいと思っただけですよ」
「···もうっ」
甘く、柔らかな微笑。
やんわりと手を離されて、私は腕を下ろした。そして確信した、先程踏みつけたヒールの仕返しなのだと。しかし、王族の方がどうして伯爵家の私を選んだのだろうか?些か疑問が残る。爵位の順番を考えたら、公爵家の令嬢が妥当だと思うのだけれど。
そこら辺は自由なのかしら?
あぁ、殿下からの視線が痛いわ。
「フレイア嬢。1曲、いかがでしょう?」
やわかなワルツの曲が聞こえて来る。
会場を見れば、紳士と淑女が手を取り踊り、カラフルなドレスを翻し、まるで大輪の花が舞っているかのようだった。
(ここでお断りしたら、失礼に値するわね)
「お受け、致します」
差し出された殿下の手のひらに、そっと手を乗せる。すると、殿下は子供のように嬉しげな表情を浮かべて、私をエスコートして会場へと。
リズムを取り、互いの肩や腰に腕を回し、しなやかに回転しながらワルツを踊る。私の着ているミルキーイエローのドレスはチュールを沢山使っているためか、風にふわりと膨らんで。けれど、そんな事も気にならないくらい、不思議と殿下とのワルツが楽しかった。
気が付けばあっという間に終わっていて、私達以外の方々に囲まれている、と言う状況になっていた。気が付けばギャラリーが···。
(ひぇぇ、これ、何て状態!?)
「はぁっ。お二方、とっても素敵ですわー」
「えぇ、とっても絵になりますわね」
など、女性方にうっとりされ、男性にも同じ様な反応をされ、何これ、公開処刑!?
はしたなくも私がドギマギしていると、殿下は私の手をとり、再びキスをした。
会場のギャラリーからは「わぁぁぁー···」と声をあげられ、パチパチパチと拍手の嵐が送られる。
「これで私達は、皆に認められたも同然になりましたね」
私の肩にさりげなく手を置いて、耳元で囁かれた殿下。殿下の笑みの裏側に、「決して貴方を逃がさない」とでも書いてあるようだ。この確信犯め!これでは断る事は皆無に近いじゃない。
「少々、やり過ぎではなくて?」
「おやおや、これはこれは。わざとではありませんよ。これは私の本当の気持ちですから」
「また爪を立てられたらたまりませんね」と、冗談混じりに笑いながら。
それよりも困ったわ。
私、男子が苦手なのに。
ヒロインとこの殿下をくっつけるには、どうしようかしら。と、私は思考を巡らせていた。
だって、ヒロインと殿下が結ばれるスチル(リアル)が見たいんだもの!!とっても素敵で、一時期スマホの壁紙にしていたくらいに好きだったんだもの!!転生してきた以上は見なきゃ損じゃない!!と、私利私欲の為に心の中でガッツポーズをしながら。