01.始まりはパーティー会場で
(あぁ、なんて憂鬱なのかしら)
パーティー会場のテラスで、私はひっそりと肘をついて星を見上げていた。
* * *
この世界、大人気の乙女ゲームに転生を果たして、早17年の月日が流れ、私も(自称)立派な伯爵家の令嬢へと成長した。否、育てられた。
転生してから前世の記憶を思い出した瞬間の衝撃と言ったらもう、鈍器で後頭部を殴られたような衝動だった。
私が前世で死んだのは17年も前の事。つまり、中身は34歳の···。ゲホンゴホン、えぇ、年齢の話はさて置いて。
ある日目が覚めて見れば前世の記憶が次から次へと溢れて来るし、元々は日本人だったのに、パステルピンクの髪色に、アメジストのような紫色の瞳の、人形の容姿にはまるで夢を見ているような、ふわふわした感覚だった。
どんなキャラクターが出るアニメだよ、と、当初は混乱して訳の分からない独り言を呟いた。それからと言うもの、更に驚きの事実が判明した。
転生したこの世界、実は私が生前どハマりしていた乙女ゲーム"誓の花冠"だった。ちなみに私の容姿はヒロインを虐める悪役で、断罪される···所謂、悪役令嬢と言うものだった。
正直な感想、めんどくさい一択だった。
いくら表面上の外見は17歳の女の子だとして、年下の女の子を虐めると言うのは問題外であって、虐めるのは年齢問わず問題外なわけで···。
実の所、ゲーム内の設定としては、今日のパーティーで私がグラスを手に持ち、躾と称してトリップしてきたヒロインにキツく当たった末に、グラスの中の水を事故に見せかけてぶちまける、と言った最低なシナリオなのだけれど、正直めんどくさいので何もしたくはない。
そもそもこのゲームのヒロインは大人しく温和な性格で、乙女ゲームの中で人気なキャラクターなのだ。いい子だと、私も思う。何よりも可愛らしい方なので、私もお近付きになりたい所存である。そろそろ、保護されたヒロインと殿下と一緒に登場する筈だ。
(このシーンのスチルがまた素敵なのよね-···)
照れたように白い頬を紅色に染めたヒロインと、それを優しい瞳で見つめる殿下。
あ、私は誰とも絡みたくは無いので壁の花を決め込みます。(花と自分で言うのもおこがましいけれど)
私はテラスから腕を離し、そっと振り返りヒロインを確認しようとした···のだけれど。振り返っ瞬間に後悔した。
「こんばんは。フレイア·アーネスト嬢。今宵のパーティーは、楽しんで頂けていますか?」
そして固まった。
私は、ヒロインは大好きだけれど、前世から男子が苦手だったのだ。嫌な記憶が脳裏に浮かび、鳥肌が立ちそう。
私の机にキスをしたり、リコーダーの咥える部分を舐められたり。こっそり写真を撮られて売られていた時は···。思い出したくもない。彼らには先生に証拠を突きつけて、学校を退学してもらったけれど。男子にはいい記憶がない。
と、話を戻して。
(えっと、何でここに殿下がいるのですか!?ヒロインは?、あれ、ヒロインは何処に!?)
この世の女子が卒倒しそうな容姿と、腰が砕けそうな柔らかな声色。淡いラベンダーカラーのタキシードに身を包んだ、イケメンがソコにいた。内心焦るけれど、バイトで培ったスマイル0円を顔に貼り付けて、ドレスを両手で軽く持ち上げ、優雅にカーテシーをして答える。
「ごきげんよう。レオナード殿下。お会いできて光栄ですわ。本日は素敵なパーティーにお招き頂き、ありがとうございます···所で、アリア様はご一緒ではなさいませんの?」
殿下(この乙女ゲームの主要キャラクター)に、失礼をもうしつつ。様子を伺う。ヒロインの姿が見当たらないからだ。あれ、おかしいな。筋書き通りなら、ヒロインであるアリア様も一緒にいるはずなのに。
「アリア嬢?あぁ、彼女なら今日は体調を崩してしまってね、大事をとって休ませているんだ。彼女はこの国きっての聖女だからね。大切にしたいんだ。···それより、何故アリアの事を」
マジですか。
てか、大切にしたいって、誤解を招きそうな発言。女子が聞いたら本気にしてしまいそうね。
「えぇ、アリア様の事は風の噂でかねがね。学園でもお見かけ致しましたが、わたくしもお近付きになりたいと思いまして」
一瞬、レオナード殿下の視線が鋭くなった気がしたが、気のせいかな?
「そうですか。私とは、お近付きになりたいと、言って下さらないのですか?」
んんん?
腰に回された殿下の腕、月明かりに照らされたテラスで、私は殿下に···。
(この、天然たらし男がっ!!)
「··!!!?」
恋に落ちる訳もなく、混乱した末にヒールの踵で殿下の靴を踏んずけた。