受けるか受けざるか【3】
週明け。再々試験の日である。班の女子三人がなぜか仲良くなっていた。いや、いいことなのだが。そして、加速度的に翔の緊張は高まっていく。ついでに隣で律子が震えていた。
「律子ぉ。大丈夫?」
明日香が心配そうに声をかけている。律子は「だ、大丈夫です……」と震える声で言った。伸びをしていた梛は二人を見て目を細め、そのあとに翔に尋ねた。
「むしろ、柊君、大丈夫?」
「大丈夫に見えるならお前の目は節穴だ……」
「いや、私眼はいいけどね。大丈夫だよ、なるようにしかならないから」
「これで合格できなかったら確実に僕のせいだな……」
「戦況にもよるさ。できるのは、全員が全力を出し切ることだけだね」
「……お前は平気そうだな」
「いや、めちゃくちゃ怖いよ。行きたくない」
突然の暴露に、全員の目が梛に向いた。
「ちょ、そんだけ強いお前が!?」
「余計に怖くなるからやめろ!」
結城と里見である。やっぱり里見も怖いらしい。
「怖いという感情に、強さは関係ないからね。ただ、私の師は『常に冷静に』と教えたから、それを守っているだけだよ」
そう言って実行できる人間が何人いるというのだろう。素晴らしいを通り越して凄まじい精神力だ。
「水無瀬、変なこと言って混乱させるなよ。柊も、人事尽くしたんだ。後は天命を待つしかないだろ」
一番冷静な黒川が言った。いや、明日香も落ち着いているが、こちらの脳筋娘はそんなセリフを言えないだろう。
前回と同じ旧校舎。制限時間は一時間。前衛は制服の上に黒いコートを羽織った律子と、なぜかジャージ姿の里見。これがすさまじく似合っていない。
後衛には明日香と梛。どこぞの軍服っぽい格好の明日香と、袴に羽織を羽織った梛。なんとなくこいつは幕末の志士っぽい。
さらに支援が黒川、結城、翔の三人。黒川と結城は明日香と大差ない格好だが、翔は狩衣だった。神主っぽい格好でもよかったのだが、着るのが面倒くさかったのだ。
基本的に、一番気合の入る格好でいいと言われる。軍服三人はなんとなくコスプレのような気がするが、少なくとも翔と梛は和装のほうが気合が入るのだ。見栄えもあるけど。制服とジャージの二人はわからん。
どうでもいいことを考えていると、落ち着いてきた。試験開始だ。
里見と律子は、出てくるすべての妖魔を斬る必要はない。斬れなかった分は後方の五人で受け持てばいい。思えば、前回と前々回は明日香と梛はほぼせん滅していたから、彼女らが最後まで持たなかったのだ。
明日香と黒川、結城が取りこぼした分を倒している。梛は翔を守る方を優先している。リーダーである翔が倒れれば、その場で即終了になるためだ。
さて。梛がご退場されたところまできた。怪我も全快しているそうなので、大丈夫。だと信じたい。
「! ごめん、明日香ちゃん! 行った!」
戦い始めてしまえば、開始前のおびえようはどこへやら。律子は果敢に戦った。里見をフォローする余裕もある。やっぱり彼女も強い。
「大丈夫! 前に進んで!」
明日香が槍で一突き。ダメ押しとばかりに黒川が魔法砲撃を放った。連携も取れている……気がする。
背後に妖魔が出た。これまでは正面からしか襲ってこなかったのに。前回はこれにやられたのだ。この時点で、前回前々回、梛はいなかった。しかし、彼女は即座に反応した。足を止めると、振り向きざまに刀を鞘走らせる。そう、彼女は刀を鞘に納めたままだったのだ。
居合の要領で切り捨てた。そのまま刀は鞘に戻される。いろいろ突っ込みたいが、それは後だ。先に進む。
最後の妖魔の元まで到着した。いや、これは妖魔というよりモンスターである。腕が六本あるもん。これに遮られて、本体に攻撃が届かない。これは思案事である。
一応、全員の能力とスペックは頭に入っている。班員の中で一番能力の高い梛に問いかけた。
「水無瀬、お前、僕たちが全力で援護するからって言ったら、あいつを倒せる?」
「不可能ではない、と言っておこうか」
試験が始まる前はまだ見えた表情が見えない。刀を振るうことに集中しているのだろうか。彼女にはこういうところがある。
「ただ、あの手が邪魔だな。おそらく、刃が届く前に、私が叩き潰される」
「……わかった」
翔は少し考えてからうなずいた。
「水無瀬、腕を三本押さえてくれ。ほかの三本は、里見、黒川、結城で何とか頼む。その間に、榊原と武宮が本体を倒す。僕が援護する」
「承った」
一人で三本腕を引き受ける梛があっさりと了承を口にしたので、他の五人も引けなくなった。梛にはその思惑もあったのかもしれない。何しろ、制限時間が迫っている。
「榊原、武宮、行けるか」
「いける、けどぉ」
「梛ちゃんのほうがよかったのでは……」
んぐ、となった翔だが、非難がましい目で見てくる女子二人をせかした。
「説明は後! 時間ないから!」
そう言われれば二人も動くしかない。腕は四人が何とか抑えているので、急所の心臓だが脳幹だかのあたりに攻撃を打ち込めばいい。なんだかんだ言いつつ、明日香と律子の狙いは正確だった。
正確に心臓と脳幹を突き刺したのに、結局、とどめを刺したのは翔の見えない斬撃だった。ぎりぎりでクリアの文字が目の前に浮かぶ。何度も言うが、これはVRと魔法を組み合わせた試験だ。
翔は頭につけていたヘッドセットをむしり取った。里見も「何とかクリア!」とその場で伸びている。一時間。されど一時間。すごく疲れた気がした。
何とか合格点をもらい、その勢いのまま食堂で反省会である。合格しても反省会はするのである。
「いやー、よかった。安心した」
「再々試験だったけど、合格できれば達成感があるよな……」
遠い目で明日香と黒川が言った。それには全面同意だ。
「で、なんであの配置だったの?」
明日香の問いかけに、律子がうんうんうなずいた。翔は少し説明に困る。
「……ええっと、あれを倒すには、腕を押さえなきゃいけなかったわけだけど、腕、六本だっただろ。俺たち六人で腕を押さえて水無瀬に切らせようかとも思ったけど……」
六人で六本の腕を押さえられる自信がなかったのだ。
その点、実力が確かな梛なら一人で半分は抑えられると踏んだ。それがうまく当たったわけだ。
「で、消去法で榊原と武宮だったの。まあ、結局僕が斬撃ぶち込んじゃったけど……」
「槍や細剣は刺すものだからね。よほどうまく刺さらないととどめは刺せないだろうね」
人間ならともかく、妖魔だからね、と梛。なるほど。一撃で屠りたければ、それこそ梛か里見を連れてくる必要があったわけだ。だから、とどめを刺す方法としては、翔の方法で間違っていない。
「いや、やっぱりあたしは解せない。絶対梛ならとどめさせた」
明日香が引っ張る。梛は困ったように首を傾げた。
「う~ん。柊君の言うように、みんなで腕を押さえてくれたら斬れたかもしれないけど」
「嘘だ。絶対一人で斬れた」
「いや、明日香は私をなんだと思ってるの」
ついに梛が突っ込んだ。彼女の強さは確かに高校生レベルを超えているが、明日香が言うほど強いかは翔には判別がつかなかった。まあ、どっちにしろ、本試験、再試験の時は、梛が脱落したところで詰んでいた、ということだ。
「まあ、全員でたどり着かなきゃいけなかった、ってことじゃねーの……」
疲れたように言った里見の言葉に、なんとなくほっこりする翔たちだった。
これで、心おきなく三年生を迎えることができそうだ。
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試験は終了です。