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声なき声を聞いて【12】












 明らかなおとり捜査に引っかかったのか、と思って振り返ると、本当に引っかかっていた。気持ち悪かったが顔を確認すると、間違いない。今朝、家の前で確認したのと同じ顔だ。


「ね、ねえ、梛ちゃん。そいつ、誰? 何?」


 声をかけられて、梛はとっさに祐真の腕をつかんだ。祐真もやんわりと彼女を自分の後ろへ押しやる。


「お前こそ誰だ。彼女をこんなにおびえさせて、何のつもりだ」


 おっとりした祐真にしては、かなり強い口調で、梛は思わず彼を見上げた。視線に気づいたのか、祐真が梛を見てちょっと微笑む。

「僕は梛ちゃんの恋人だ! 僕たちの邪魔をするな!!」

「はあ?」

 平常時であれば、この反応は梛から出ただろう。だが今回は隣の祐真から上がった声だった。

「彼女の婚約者は俺だ。誰にも譲る気はない」

 正統派美男子かつ長身の祐真にきっぱりと言われ、ストーカー男は絶句する。気持ち悪いに変わりはないが、ちょっと不憫にもなった。

「う、嘘だっ! だって、梛ちゃんは……わああ!」

 しゃにむに殴りかかってきた男を、祐真は軽くいなして片手で腕をひねり上げた。その目が本気で梛は焦る。

「ゆ、祐真さん! 落ち着いて!」

 過剰防衛を食らう気持ちで自分が殴ってやる、と思っていたのに実行できなかった。それより、今は祐真を止めるのが先だ。このままでは腕を折ってしまう。隠れて様子を見ていた弘暉と依織も慌てて飛び出してきた。

「落ち着け、祐真。お前まで捕まったら梛をどうするんだ」

 祐真の手首をひっつかんだ弘暉の言葉に、祐真はぱっと手を放した。ストーカーが悲鳴を上げて地面に落ちたが、逃げる前に今度は弘暉に捕まっていた。依織に抱きしめられるようにかばわれていた梛が息を吐く。そこに、彼女らが通報していたのだろう。警察が来た。
















「梛ちゃんに優しくされて、一方的に慕っていたらしいですね」


 透一郎の病室に、ストーカーのその後の情報を持ってきてくれたのは友哉だった。透一郎と、梛と、祐真、弘暉、依織。かかわった全員と晴季がいるが、彼はいまいちわかっていない様子。当然だ。何も話していないから。

 どうやら、梛はあのストーカーを助けて、優しく声をかけたことがあるらしいが、職務上よくあることなのであいにく記憶がない。困惑する梛に、「まあ、梛ちゃんが美人なのもあると思いますけど」と友哉は笑った。警察と怪奇対応機密局のつなぎ役のようなことをしている彼は言う。

「ま、こうなる前に梛ちゃんには相談してほしかったですけどね」

「う、すみません……」

 さんざん注意されたので謝っておく。依織の言う通り、先に彼に話を通しておけばよかったのかもしれない。


「次はもっと頼ってくださいよ。じゃ、私はこれで」


 サクッと用件だけ済ませ、友哉は病室を出た。気を使ってくれたのだと思う。

「みんな、その、ありがとうございました……」

「気にするな」

「そうだぞ。俺らもお前に助けられてるからな」

 祐真と弘暉が、梛のお礼にそう返したのに、依織はいつも通り淡々とこんなことを言った。


「私はあいつをぶん殴れなくて残念だ」


 今からでも可能だろうか、などと言い出すので弘暉が止めにかかった。透一郎が笑う。

「依織、相変わらずの梛過激派だね」

「重度のシスコンに言われたくない」

 透一郎と依織の間によろしくない電流が流れた。気がした。

「……まあ、シスコンは否定できないけど」

「しないんだな」

 内心焦っていたであろう弘暉が苦笑を浮かべた。まあ、梛もブラコンを否定できないし。

「というか、私も殴る気満々だったんだけど、いざとなるととっさに手が出ないものだね……」

 依織ではないが、強めに殴ってやろうと思っていたのに、できなかった。祐真が梛の頭をなでる。

「梛はどちらかというと人のために力を発揮するタイプだからな」

 梛はまじまじと祐真を見上げて、にこりと微笑んだ。

「兄的にこれはありなのか?」

 同じく妹を持つ兄である弘暉が透一郎に尋ねた。透一郎は眠ってしまった晴季の頭をなでながら首をかしげて笑う。


「ひとまず、梛が笑っている間はありということにしておく。あんまり暴れると、また退院が延びるしね」


 そう。透一郎はすでに退院が一度延びている。ストーカー被害にあった梛を心配しすぎて吐血したらしい。いや、本当に申し訳ない。今度からはちゃんと言う。それに、それは暴れたせいではなくストレスだと思うのだ。


「一応ストーカーは逮捕されたわけだが、瀬名さんは撤収するのか?」


 依織が何気なく尋ねた。祐真が首を左右に振る。


「いや、透一郎さんが退院するまではいるつもりだ」


 そうしてくれると梛もありがたい。やはり、大人が一人いるというのは違う。たぶん、梛と晴季だけでもやっていけないことはないが、緊張が付きまとう。梛もやはり、所詮はただの女子高生である。ただの、というのには語弊があるかもしれないが。

「悪いけど祐真、私の妹と弟を頼むよ」

「わかっている」

「つーかお前、手ぇ出すなよ」

 弘暉がからかい半分、本気半分で言った。祐真は「出さない」と答えてから言った。


「もし、俺が梛に何かした場合、和真かずまに二段蹴り、母さんに法による裁きを受けることになっている」

「何それ初耳」


 なぜそんな面白いことになっているのだ。手を出す可能性があるからか? と思ったが、祐真の弟の和真が一枚かんでいるのにも驚いた。和真は空手の有段者ではあるが、一般人だ。妖魔と戦ったりはしない。しかし、空手はめっぽう強く、梛にも技を教えてくれた。教えて、これ以上梛を強くしてどうする、と周囲から顰蹙を買っていた。あの時、二人そろって「解せぬ」という顔をしていたと思う。

「なるほど。それはいいね。私からの締め上げがあるのも忘れないでね」

「何気にそれが一番怖い」

 祐真が本気で震えた。梛が兄を見る。

「兄さん、どれだけ人に恐怖を振りまいてるの?」

「そんなつもりはないんだけど」

 なんだろう。この腹黒い感じがダメなのだろうか。やっぱり怖がっている一人である弘暉も口を開く。

「このノリなら俺もいいよな。強烈な上段切りをお見舞いしてやる」

「やめろ。骨が折れる」

 多分、和真の二段蹴りを食らう時点で骨が折れると思うのだ。そして最後に恐れを知らない女が、珍しく空気を読んで言う。

「じゃあ私は折れた骨を痛く治療する」

 梛は思わず笑ってしまった。不謹慎だが、こんな事態には絶対にならないとわかっているから笑えるのだ。それに、これだけ梛を大事に思っているのだと伝えてくれていて、うれしい。


「梛」


 すねたように祐真が梛を呼んだが、梛は「ごめん」と謝り、彼の顔を覗き込む。

「でも、祐真さんは私が嫌がることなんてしないでしょう?」


 一瞬、時間が止まった。


 いや、止まっていないが。体感である。男性陣からため息が漏れた。

「え、何?」

「さすがに祐真に同情してしまったよ」

「え、なんで?」

 実の兄にそんなことを言われ、梛は首をかしげる。それほど変なことを言ったつもりはない。梛のことを妹くらいにしか思っていないだろうに。

「祐真、お前、本気で真正のおっとりさんだと思われてるんじゃねえの」

「……」

 弘暉の言葉に祐真が考え込んだ。さすがにそこまで思っていないけど。

「早く退院しよう……」

 透一郎が遠い目でつぶやいた。












ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


透一郎さん、なかなか退院してこない(笑)


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