受けるか受けざるか【2】
本日2話目。
武宮律子は、松殿魔法学校高等部の二年生である。セミロングの黒髪をおさげにし、気の弱そうな顔立ちをした少女だ。それでも、家が剣術道場なだけあり、剣を持たせればそれなりに強い。
期末試験の一つである実地訓練を突破できなかった。突破できなかったため、班長の翔は戦術を変えてきた。後方にいた律子を前に出す、というのである。彼女は震えあがった。
基本的に、律子は臆病で自分に自信がない。前に出ろ、と言われてすくみあがった。とっさに返事ができなかった律子に、槍使いの少女・榊原明日香は言った。
「じゃあ、週末遊びに行こう。あたしと、武宮さんと、梛と」
「え、なんで」
ツッコミを入れたのが水無瀬梛。試験中、大立ち回りをして最初に脱落した人だ。剣術を修めたからこそ、律子にはわかる。彼女には絶対に勝てない。
結局、明日香に言いくるめられ、休みに出かけることになった。どう考えても律子の説得が目的であるが、友人の少ない律子は、少し出かけるのが楽しみだった。だって、同級生と休みの日に遊びに行くなんて、普通の女子高生みたいだ。
「あ……榊原さん、水無瀬さん」
待ち合わせの駅前で二人を発見した。人が多いので見つかるか心配だったのだが、二人ともわかりやすいところにいてくれた。
「こんにちは。私服もかわいいねぇ」
朗らかにあいさつをしたのは明日香だ。彼女は肩に触れるほどの髪を巻き、かわいらしいワンピースを着ていた。コートもかわいらしい系だ。何が言いたいかというと、かわいい。
「さ、榊原さんのほうがかわいいです……」
「わ。ありがと」
嬉しそうに明日香が微笑んだ。律子はもう一人も見上げる。
「水無瀬さんも、こんにちは」
「こんにちは。そろったし、行こうか」
そう言ってほほ笑んだ梛はスラックスにコート姿だった。長めの髪はうなじで縛られ、すらりと背の高い彼女は、明日香に言わせると「さわやかイケメン風」であるらしい。
三人でショッピングモールを歩くのは楽しかった。今どきの女子高生はこんなことをするんだなぁと新鮮だった。引っ張っていくのは明日香で、梛はためらいがちな律子をエスコートするように連れ歩いた。
「なんか……水無瀬さん、男の人みたい……」
入ったカフェで休んでいるときぽつりとこぼすと、明日香と梛が律子を見た。律子は慌てる。
「ご、ごめんなさい……」
「違う違う。責めてるわけじゃないわ」
「そうだよ。よく言われるから気にしないで」
明日香と梛が慌てたように否定する。というか、よく言われるのか。だが、気持ちはわかる。男顔なわけではないが、梛は格好いいし、ふるまいがなんとなく颯爽としているのだ。
「昔はねぇ。こんな感じじゃなかったのにねぇ」
しみじみと明日香が言った。ホットティーのカップを持ち上げた梛は澄まして言う。
「まあ、いろいろあって変わってしまったのかもね」
「……榊原さんと水無瀬さんは、幼馴染……なんですよね?」
小さなころからの友人だと聞いたことがあった。律子は今の家に引き取られた高校時代からの付き合いになる。この二人の、仲の良いもの同士の気安さのようなものがちょっとうらやましかった。
「あ~、もう、明日香と梛でいいよ。あたしたちも勝手に律子って呼んでるし」
明日香はそう言ってから、「幼馴染ってか、十歳くらいからの付き合い?」と首を傾げた。
「そうだね。兄さんに連れていかれたの、いまだに覚えてる」
「同い年の女の子に頭かち割られたの、初めてだったわ」
「かち割ってはないでしょ。まあ、後で兄さんに怒られたけどね」
「それくらいの衝撃だったってこと」
「……だから私は浮いてたんだけどねぇ」
どうやら、二人とも子供のころから破天荒だったらしい。思わず笑ってしまう。少し聞いただけだが、鼻持ちならない子供だったのだろう、二人とも。
「律子ちゃん」
「あ、はい」
梛に話しかけられ、反射的に返事をする。梛は身を乗り出すように尋ねた。
「戦うのは怖い?」
律子の笑みが引っ込む。きゅっと唇を引き結んだあと、言った。
「怖い……です」
「何が怖い? 自分が傷つくこと? 敵を斬ること? それとも、戦うこと自体が怖い?」
追及するような梛に言葉に、明日香が「ちょっと」と眉を顰める。律子は少し考えてから答えた。
「……私が、剣を握っている、ということ自体が怖いんです。自分が戦うだけの力があるというのは、頭では理解しているんです。でも、自分が斬られるのも、自分が斬るのも、自分が足手まといになるのも怖い……」
梛に言う通り、戦い自体が怖いのかもしれない。どうしても、足がすくむのだ。
「律子が足手まといになることなんてないわ。あたしより強いじゃない」
明日香の言葉に、律子は口を開こうとしたが、すぐに閉じてうつむいた。あれは試験だ。本当に戦っているわけではない。それなのにしり込みしている自分。この二人の前では、自分が矮小な人物に見える。実際に、そうなのだけど。
「うん。怖いよね。戦うのは」
律子の言葉を肯定するように梛はつぶやき、律子ははっと顔を上げた。相変わらず穏やかな表情で。
「傷つくのも、傷つけるのも怖い。見るのも怖い。できれば戦いたくないし、刀を抜きたくない」
「みな、梛、ちゃん……」
とてもよくわかる気持ちだったが、梛が言い当てたことが意外だった。思っているのだ、彼女も。律子と同じことを。
「でも、何もできなかった時の絶望を思い出せば剣を握れる。ただ見ているだけしかできなかった無力感と後悔を思い出せば、いくらでも戦える。私はそうやって戦っている」
こんなにも強い梛にも、後悔することがあるのだ。そう思ったが、考えてみれば当然だ。梛だって、初めからこんなに強かったわけではないだろう。
「やりたくないのなら、やらないのも一つの選択だと思う。選ぶのは律子ちゃんだからね。ただ、自分が無力だと嘆くくらいなら、やってみるほうがいいと思う」
私はそうしたんだ、と微笑む彼女は相変わらず美人だが、どこか寂しそうだった。
「一度は試験を受けることを選んだんだ。違う?」
「梛」
たしなめるように明日香が梛を呼んだ。非難がましくにらまれ、梛は肩をすくめた。
「とにかく、私たちは自分の能力の範囲内で、できることをするしかないんだ」
「……」
律子は口をつぐんでカフェモカのカップを見下ろした。
「あんなこと考えてたなんて、知らなかったわ」
不貞腐れたように言ったのは明日香だ。梛が本を買いに行ってしまったので、律子と待っている途中なのだ。
「えっと、梛ちゃんのことです?」
「そう。結構付き合い長いのになぁ」
はあ、とため息。律子はどうしたらいいかわからずおろおろした。そこに声がかかる。
「君たち、二人? よかったら俺たちと遊びに行かない?」
「?」
「結構です」
律子は首をかしげたが、明日香は即答した。にべもない。少し遅れてから、これが世に聞くナンパというやつか、と律子は理解した。
「そんなこと言わずにさ。さっきの男においてかれちゃったんだろ」
「そんな奴放っておいて、行こうぜ」
誰のことだ、と思わず明日香と目を見合わせたが、もしかしなくても梛のことだろうか。梛は確かに明日香がさわやかイケメン風と称するだけある顔立ちをしているが、別に男に見間違うほどではない。何というか、きれいを突き詰めすぎて性別が行方不明になっている感じなのだ。本人の振る舞いと背の高さから、遠目だと男に見えるかもしれないけど。
「余計なお世話です。行こう?」
「う、うん」
明日香が律子と手をつないで言った。うなずく律子のつながれていないほうの手を、男の一人がつかんだ。
「待てって」
びくっと律子はすくんだが、つかまれた感触はすぐになくなった。青年がその男の腕をつかみ上げていた。
「邪魔するな!」
すぐに反応したのはナンパ男の方だ。おそらく助けてくれだのであろう青年は何度か瞬きし。
「……嫌がっているだろう」
ぽつりと言った。いや、そうだけどそうじゃない、と律子は思った。ネガティブ思考の律子だが、空気は読める。
「なんなんだよ、お前!」
不審そうにナンパ男は青年を見上げた。青年は首をかしげて言った。
「……通りすがりの大学生だ」
ぶはっと噴き出す声が聞こえた。振り返ると、なぜかそこで梛が爆笑していた。声は上がっていないが、明らかに爆笑している。梛の爆笑具合に引いたのか、悪態をつきながら立ち去っていった。明日香がすぐに「大丈夫?」と律子のつかまれた腕を確認する。それより、彼女は爆笑する梛が気になったのだが。
「……笑いすぎだ」
「ふはっ。いや、ごめん。それ、元ネタってなんだっけ? 特撮だっけ」
「……ほかに言い方が思いつかなかったんだ……」
「まあ、確かに説明は難しいかもね」
なんとなく会話がゆったりしている気がする。しかも、今のことについて直接関係ない。
「というか、なんで割って入ってくれたの? あなた、こういうの苦手でしょう」
「お前があいつらを殴り飛ばしそうにしていたからだ」
「いつもおっとりしてるのに、なんでこういうときだけ即答するかな」
梛が眉をひそめて言った。律子は少し驚く。彼女の表情がこんなにあからさまに変わるのを見たのは初めてだ。
「もう、そこまででいいでしょ。瀬名さん、助けてくれてありがとう」
明日香が言い合いに待ったをかけ、礼を言った。律子も慌てて「ありがとうございました」と頭を下げる。
「……いや、無事でよかった」
梛が言うように、ワンテンポ遅れて反応が返ってくる気がする。どうやら彼とは明日香も知り合いのようだ。それもあって助けてくれたらしい。
「……友達か?」
「ああ、そう。武宮律子ちゃん。律子ちゃん、瀬名祐真さん」
「は、初めまして」
「……初めまして」
ペコっと頭を下げる。明日香が後ろから「瀬名さんは梛の婚約者だよ」とささやいた。え、と明日香を見上げる。今どき婚約者って、あるんだ。まあ、梛はお嬢様であるし、ありえなくはない、のか?
「美男美女ですね……」
「……そうね」
どこから聞いていいのかわからず言った言葉は、面倒くさくなった明日香に肯定された。
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