受けるか受けざるか【1】
新連載です。
最初は主人公はちょっとだけ。
柊 翔はその光景を目にしてとっさに叫んだ。
「榊原! 黒川のフォロー!」
返事が聞こえた気がしたが、その前に榊原は妖魔に間合いにはいられた黒川の援護に入った。槍が振るわれ、一撃で魔獣は消える。翔は弓に矢をつがえ、放った。足を負傷した四足歩行の妖魔を、里見が斬った。普通、こういう風に戦うものだ。一人で戦えている榊原がおかしい。
「柊!」
今一人、結城の声に、翔ははっとしたが、気づいて振り返ったころにはその巨大な妖魔は斬られていた。切った人物はすでに刀を鞘に納めている。
「あ、ありがとう、水無瀬」
「うん」
水無瀬がこくっとうなずいた。七人いる班の中で、翔と水無瀬だけが和装だった。後はみんなコートやジャケットである。ブレザーのやつもいるけど。
「……よし。次の階層に行こう」
翔の号令で七人は次の階へ向かう。前回はここでリタイアになった。
ダンジョンか、と思うほど湧き出てくる妖魔に対応……できていない。いや、正確には二名ほどできている人物がいるが、それ以外は総崩れだ。
「柊君!」
対応できているひとりである水無瀬が翔の名を叫びながら刀を投げた。投擲された刀は寸分狂わず妖魔の首に突き刺さる。投げたところで刀って刺さるものだっけ?
「あっ」
しかし、水無瀬は不自然に体をこわばらせ、そして。
背後から上下に切り裂かれた。
反省会だ。反省会である。翔たちは、最後の一人を待っていた。
「ごめん、お待たせ」
ぱたぱたと小走りにやってきたのは、先ほど真っ二つに切り裂かれた水無瀬だった。真っ二つにされてしまえば普通、死ぬはずだが、生きている。その理由は簡単で、先ほどの戦闘は学校のとある授業の最終試験であり、VRと魔法をふんだんに使った訓練用のものだからだ。特殊な機械をつけて、使わなくなった旧校舎で行われていた。魔法を使っているので切れば手ごたえがあるし、切られればそれなりに痛い。それなのにけろっとしているこいつは何なのだろう、と思わなくはない。体を裂かれればかなりの苦痛のはずだ。
「肩、大丈夫?」
「ああ、うん。明日まで動かすなって言われたけど」
そう言った水無瀬は、左腕をつっていた。試験中に不自然に体をこわばらせたのは、肩を脱臼したためだったらしい。
「……ごめん。僕の采配が悪かった……」
翔が謝ると、水無瀬は驚いたように言った。
「いや、柊君のせいではないよ。もともと怪我をしていたし」
いや、そうなんだけど。頬にも大きなガーゼが貼ってある。試験ではけがをしようがないので、それ以前にできたケガである。
たまに、怪我をしてくることがあるのだ。本人はけろりとしているが、どうしてそうなった!? というような怪我も多い。今回はまだましな方だ。なまじ美人なので、余計に目につくのだ。
「ちなみに、試験突破できないのって、水無瀬が怪我をしていることに関係ある?」
そう尋ねたのは結城だ。水無瀬は「いや」と首を左右に振った。
「おそらく、関係ないと思う。人一人の力で戦況が変わることはめったにないって、うちの兄も言っていたし」
「そりゃあ透一郎さんがそう言っていたならそうなのかもしれないけど、今七人しかいないんだよ。関係ある?」
「……言われてみれば。うーん……」
榊原に突っ込まれて、水無瀬は考え込んでしまった。ちょっと天然が入っていることは知っていた。ちなみに、透一郎とは水無瀬の実の兄である。
「……再々試験を受けるとしたら、来週だよね。週末には全快の予定だけど……どうする?」
一応、水無瀬は自分が戦力であると認めたらしい。その上で、この質問だ。この班のリーダーである翔は、むう、と唇をゆがめた。決定権は、彼にある。この試験は、仮の軍事訓練なのだ。
再々試験。そう! 再試験であったのだ、先ほどの試験は。ちなみに、再試になった班はいくつかあるが、再試で突破できなかったのは柊班だけである。
水無瀬の戦闘力が飛びぬけていて、全快すれば頼りになるのは確かだ。しかし、それ以前の問題のような気もする翔だった。
「どうするって……受けるだろ、普通に」
黒川はそういうが、水無瀬は首をかしげて落ち着いた様子で言った。
「さて、どうだろう? この試験は、合格できなくても進級できる。そして、私たちは最後まで残ってしまったね。もちろん、合格できれば今後の進路に多少有利ではあるけれど、進級できるのなら受けない、という選択肢だってあるんだよ」
柔らかな口調で、とんでもないことを言いだす。黒川がこぶしでテーブルを叩く。
「何が言いたいんだよ、お前!」
「……このまま再々試験に挑んでも、合格できないかもしれないってことだろ」
冷静に黒川に突っ込んだのは里見だ。こちらも落ち着いた調子で言う。
「普通に考えたら、通過できない試験を先生が作るとは思えないんだけど」
俺ら、寄せ集めみたいなもんだし、と里見。お前もそう思っていたのか……しかし。
「それは僕の指揮が悪いからだよね! ごめんなさいね!」
重苦しい空気をぶった切るように翔が叫んだ。結城がそんな翔の肩を叩く。
「思いつめることないって。たかが試験なんだしさ」
「うん……」
だが思う。たまたま、翔が指揮官役になってしまったが、もし、水無瀬や里見が指揮を執っていたら、簡単に合格できたのではないだろうか。翔は自分が馬鹿だとは思っていないが、他人に指示する才能があるとは思っていない。
「……一つ、試してみたいことがあるんだ。だから、再々試験を受けて、それでだめなら、あきらめよう」
「わかった」
翔の言葉に、班員はうなずいた。再々試験の届けを出して、黒川が「試してみたいことってなんだ?」と尋ねる。
「配置を変えてみようと思う。まず、榊原と水無瀬を後方に下げる」
「え、じゃあ前衛どうすんの」
結城が間髪入れずに尋ねると、翔は二人の顔を見た。
「里見と武宮に任せる」
「俺!?」
基本的に冷静な里見が悲鳴のような声を上げる。当然だ。彼は魔術師である。剣道を習っているけど。
「仕方ないだろ。たぶん、榊原と水無瀬を最初から前に出してるのがまずいんだと思う。前方でお前たちにある程度露払いしてもらって、取りこぼした分を榊原と水無瀬が討つ」
翔、結城、黒川は変わらず援護だ。榊原と水無瀬の二人を後方に下げようと思ったら、武宮ともう一人を前に出さなければならない。そうなると、選択肢はある程度接近戦を行える里見しかいないのだ。
「すべて倒す必要はない。後ろに控えがいるんだから。それで、最終局面まで榊原と水無瀬が残ってくれればいいなあと思うんだけど」
この試験は、指揮官役である翔が最後まで残らなければ、その時点で失格になってしまうので、翔が残るのは大前提。そして、これまでの二回、最初に水無瀬、続いて榊原か武宮が脱落している。たぶん、水無瀬が一番『気が付く』から、フォローに回りすぎているのだと思う。翔が気付いたのはここまでだ。
ここまで会話に全く参戦していない武宮は、湧き出る妖魔に対応できていたもう一人だ。榊原に言わせると、自信がないだけでおそらく、自分よりも強い、とのことだった。
「……オーケー。理解した。俺はかまわない。武宮は?」
里見は武宮に視線をやる。武宮は青ざめて震えていた。その振るえる唇で、言葉を紡ぐ。
「む、無理です……」
ばっさばっさと妖魔を切り倒していた武宮だが、驚くほど気が弱かった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
本日もう1話投稿します。