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雪那

これが、本当の、最後。

山なしオチなし。











 雪那ゆきなは、目の前の妖魔を一太刀の元斬り捨てた。そのまま納刀し、付けていた猫の面をずらした。


「雪那」

杏樹あんじゅ


 雪那よりいくらか年下の少女が、やはり刀を持って駆け寄ってくる。


「そっちは」

「終了。抜かりなし」


 きりっとして言う杏樹は、雪那のいとこになる。まだ十三歳だが、かなりの剣術の使い手だ。三つ年上の雪那といい勝負である程度には。両親が剣士であると言うのもあるだろうが、本人が好きなのだろう。

「……私、向いてないと思う……」

「急にどうしたのぉ? 雪那がそんなこと言ってたら、他の人が憤死しちゃうよ」

「そうはならないと思うけど……」

 肩をすくめて、雪那は「行こう」という杏樹に続いた。さすがにまだ二人とも未成年なので、監督役がいるのだ。杏樹の母の後輩であるが。


 無事に怪奇対応機密局本部に帰還すると、杏樹の父・祐真が来ていた。杏樹はどちらかと言うと、この正統派美男子な父親似だと思う。


「お父さん」

「お帰り、杏樹。雪那も」

「はい」


 父に抱き着いた杏樹には、思春期など存在しないらしい。見た目はこの父親に似ている杏樹だが、中身はまるっきり母親似、というのが、杏樹と彼女の母を知っている者の総意だった。雪那もそう思う。

「雪那」

 杏樹が駆け戻ってきて雪那に抱き着いた。寂しそう、に見えたのだろうか。雪那には父親がいない。自分より小さな杏樹の体を抱きしめながら、雪那は思った。


 雪那の父は、透一郎という。母は香江だ。母は存命であるが、父は雪那が十歳になるころに亡くなっている。物心はついていたし、父の死は理解できている。それに、雪那が覚えている限り、透一郎は体が弱かった。幼いころは気にもしなかったが、右腕が義手だったし、死んでから知ったのだが、左目も義眼だったそうだ。確かに、昔の父の写真を見ると、左目を眼帯で覆っているものがある。

 本当に小さい頃は、もう少し元気だったと思う。少なくとも、父と叔母……杏樹の母の立ち合いを見た記憶がある。父と叔母は似た顔をしていた。その父に、雪那は似ている。

 だから、母の香江といるときよりも、叔母の梛といるときの方が親子に見えると言われる。香江は不満げだが、雪那にとって、梛は確かにもう一人の母でもあった。雪那の剣の師範は梛である。杏樹は父親の祐真に師事しており、性格に似ず正統派な剣術を使う。


「祐真さん、どうしたの? 何か問題が?」

「いや、これからちょっと任務に行ってくる」


 雪那と杏樹が活動していたのは、昼から夕刻にかけてだ。これから夜になるが、祐真はどこかの妖魔狩りの指揮を執りに行くらしい。祐真は個人でも相当な腕の剣士だが、指揮官としても優秀なのだ。雪那も何度か彼の指揮下で戦ったことがある。

「えっ、明日の水族館は?」

「それまでには戻る。梛にも言ってあるから、雪那に迷惑をかけるなよ」

「もちろん、任せて。ていうかお父さん、それ微妙にフラグだよ」

 雪那もちょっと思ったが、言わなかったのに。杏樹は遠慮なく言った。まあ実の父親だからというのもあるだろうが。祐真は杏樹の頭を撫でて苦笑した。

「お前、本当に梛にそっくり」

「ええー? そう?」

 杏樹が唇を尖らせるが、そのしぐさが確かに母親の梛と似ていると思う。尤も、梛はもう少し思慮深い。


 翌日、杏樹は両親と弟と無事に水族館に出かけたらしいが、雪那はちょっとおしゃれなカフェにいた。相手は遅れると言うことで、先に座って待っていてくれと連絡が来たので、待っていたら大学生くらいの青年に絡まれた。中性的な美形だった父に似ている雪那は、とにかく顔がよかった。そこは客観的事実として認識している。


「雪那、悪い。遅くなった」

「あ、ううん。全然」


 待ち人来たり。大学生を完全スルーしてその男性は雪那の向かい側に腰かけた。意図を察したので、雪那も何も言わない。二十代後半ほどの大人の男を見て、大学生はとりあえず引き下がっていった。


「一人にして悪かったな。そうだよな。お前、顔いいもんな」


 姉さんがあんまり絡まれたりしなかったから、忘れてた、とその男性は言った。雪那の叔父の晴季だ。つまりは透一郎と梛の弟にあたる。晴季の言う『姉さん』とは梛のことだ。


「師範、美人って言うよりかっこいいものね」


 雪那もうなずく。中性的で優し気な面差しだった透一郎に比べ、梛は女性だがきりりとした目鼻立ちをしていた。一目見て兄妹だとわかるほど似ているが、受ける印象が違った。

「女の人にモテるタイプだわ」

「そうだな」

 晴季は笑ってうなずいた。メニューを渡されて好きなものを頼め、と言われる。遠慮なくそうすることにした。

 頼んだオムライスが届き、食べ始めるころに晴季が口を開いた。

「それで、どうかした?」

「うん……」

 雪那は少し唇を尖らせてオムライスをつつきながら、口を開いた。


「はる兄はどうして刀じゃなくて銃を選んだの?」


 年が十歳ほどしか離れていないので、雪那にとって晴季は叔父というより兄に近い。よく一緒に遊んでくれたし、実の兄弟である透一郎と晴季とより、叔父姪である晴季と雪那の方が年が近い状態になっている。


「や、単純に向いてなかったし」

「……」


 思ったより単純な答えが返ってきた。


「……でも、父さんも師範もおじいちゃんも剣士だったんでしょ」

「ついでに二番目の兄もな。別に俺も刀を振れないわけじゃないけど」

 透一郎が晴季に稽古をつけていたのを覚えているので、それは事実だろう。何なら雪那も晴季と立ち合ったことがある。

「それより、自分に合ってたのが射撃ってこと。いろいろやって、今の状況に落ち着いたって言うか。別に父親や兄弟が剣士だからって、剣士である必要はないだろ」

「……うん」

 なんとなく、晴季には雪那が悩んでいる理由を見透かされている気がした。


 父・透一郎は体を損なう前は優秀な剣士であったらしい。父の全盛期のことは、父の妹である梛もよく覚えていないらしかった。透一郎と梛で九歳年が離れているので、仕方がないともいえる。透一郎が体を損なったとき、二十一歳かそこらだ。梛は中学生だったと言う。今の杏樹と同じほどだ。

「姉さんだって今でこそあれだけど、最初はそんなに剣術に真剣じゃなかったって言ってたぞ」

「そ、そうなの?」

「姉さんだって俺の姉さんだけど、上に二人いたし、だいぶ甘やかされて育ったって自称してるな。まあ事実だったと思うぞ。俺もだいぶ甘やかされたし」

「……」

 透一郎たち兄弟は、確かに年が離れているからそうなのだろうな、と思う。雪那に兄弟はいないが、杏樹は四歳年の離れた弟を可愛がっている。そういう家系なのだろうか。


「姉さんって実は非力なんだよな。だからいろんな技を組み込んでるし、別に姉さんだって、兄さんや父さんの後を継いだわけじゃないんだよ」


 晴季は手を伸ばして向かい側の雪那の頭を撫でた。


「俺だって悩んだよ。兄さんも姉さんも剣士だったから、周囲はそんな風に見てくるんだよな。俺も腕が悪いわけじゃなかったと思うけど、姉さんにも及ばないし。好きなようにすればいいって言われるんだけど、そう簡単にはできないよな」


 雪那はこくこくうなずく。わかる。そうなのだ。好きにしろ、と言われても戸惑ってしまう。自分で決めると言うのは、難しいものだ。

「でも、好きにしろって突き放されてるわけじゃないんだよな。したいことがあって必要なら手伝ってやるってことなんだよな。姉さんほどの精神力の持ち主はめったにいないって」

「……確かにそうかも」

 かすかに笑って雪那は晴季の言葉にうなずいた。

「いろいろやってみて、したいことを見つけてもいいんじゃないの。そんなに悩まずにさ」

「はる兄も結構メンタル強いと思う……私、戦うのむいてないような気がする」

「まあ、したいことと得意なことが一致しているとは限らないよな」

「でも、たぶん、剣術は嫌いじゃないの」

「お。そうか」

「だから、もうちょっとやってみようかなぁ」

 悩みながらではなく、一度やり切ってみるのもいいかもしれない、と思った。


「師範は」

「うん?」


 水無瀬家の道場で杏樹と祐真の立ち合いを見ながら、同じく見学している梛が尋ねた。

「私くらいの年の時に悪魔を斬ったのよね」

「正確には十八の時だよ。それに、祐真さんや兄さんの支援もあったからね」

 なんとなく中性的な話し方をする人で、それがよく似合っている。年齢は四十手前だが、整った顔立ちを見る限り年齢不詳である。姪の雪那と顔立ちが似ているから、親子どころか姉妹に間違われることもある。

「おじいちゃんやおばあちゃんを殺した相手でしょ。どうして師範がやろうと思ったの? 父さんにやれって言われたから?」

「いや、兄さんは何も言わなかったよ。実はね」

 竹刀を片手に仁王立ちする梛は、すらりとしていてなるほど、男前だ。視線を此方に向けずに話すので、雪那も杏樹たちの方を見た。杏樹の突きが軽くいなされている。


「確かに兄さんは……君の父は、身体を損なった自分の代わりに、私に仇を討たせようとした」


 それは祐真や晴季からも聞いているので、事実であるのだと思う。父の旧友も似たようなことを言っていたし、父が妹を鍛え上げたのは事実で、そこを境に梛が段違いに強くなったのも事実のようだ。


「だけどそれは、私が選んだことであって、兄さんの意思は介在していない。そこだけは譲れない、私の意地だよ」


 思わず梛を見上げると、彼女はいたずらっぽく笑った。


「同じ話を、君の父にしたことがある。泣いてたよ」


 確かに、思い返すに涙もろい人だったような気がする。子供の雪那の前では、あまり泣かなかったけど。

「雪那が剣をやめたいなら、それでいいと思う。戦いたくないのなら、それでいいと思う。人生は長くて、道は一つじゃない。選ぶ権利があるんだよ、君にも」

「……みんな、師範の姪で父さんの娘なら戦えるって思ってるわ」

「だから? 私と君は別の人間だ。できることが違って、当然だろう。戦いたくない人間を無理やり戦わせる組織なんて崩壊してしまえばいいんだよ」

「ええ……」

 さすがにちょっと引いたが、この人は本当に精神力が強いと言うことが分かった。ちょっとまねできない。

「……まあ、はる兄とも話したけど、もう少し剣は続けようかなって」

「いいんじゃない? はるも、狙撃手に転向したのは二十歳すぎのことだったし」

「あ、そうなんだ」

 さすがに姉弟。お互いのことをよく知っている。そこに、杏樹が駆け寄ってきた。


「負けたぁ!」

「杏樹、祐真叔父さんに勝てると思ってるなら出直してきた方がいいわよ」

「雪那まで」


 むう、と唇を尖らせるが、その雪那といい勝負である時点で推して知るべしである。

「杏樹。まだ疲れてないなら、一本付き合ってよ」

「いいよ。……雪那」

「なぁに?」

 立ち上がった雪那を見て、少し視線が低いところにある杏樹はにこにこした。

「なんかうれしそう」

「そうかしら」

「そう」

 確かに、杏樹を見ていると悩んでいるのが馬鹿らしくなってくるが。杏樹は母親に似た精神力の持ち主だった。まあ、自分の中でひとつ区切りがついたのは確かだ。


 結局、お茶にしましょう、と雪那の母が顔をのぞかせるまで稽古は続いた。











ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

1年半ほど連載していたでしょうか。途中、休載をはさみつつも、無事完結できたので良しとします。

このとりとめもない話まで付き合ってくださり、ありがとうございました!


いつもの人物紹介を。


水無瀬みなせ雪那ゆきな

 16歳。高校2年生。陽炎に籍を置く。透一郎と香江の一人娘。透一郎が亡くなったのは10歳ごろの話なので、父のことはちゃんと覚えている。剣術の師は梛で、居合が得意。剣術は好きだが、妖魔と戦うのはむいていないと感じており、実際、戦闘時には猫の面がないと戦えないという裏設定があるが、いかせていない。

 顔立ちは父親似。中性的な美少女で、性格は父と母を足して半分に割った感じ。兄弟がいないので、いとこの杏樹や年の近い叔父の晴季と仲が良い。

 身長162センチ。


瀬名せな杏樹あんじゅ

 13歳。中学2年生。陽炎予備役。梛と祐真の娘。弟が1人いる。透一郎が亡くなったときは物心がついていたので覚えている。剣の師は父の祐真。正統派剣術の使い手。中学生にしてはかなり強い。

 顔立ちは比較的父親似の正統派美少女だが、性格はまるっきり母親似だと言われる。梛本来の性格に近い。わかってやっているところもあるので、透一郎の腹黒さも引き継ぐかもしれない。雪那のことは姉のように慕っている。ちなみに、梛は杏樹を身ごもったため祐真と早々に結婚した。

 身長157センチ。両親の背が高いので、あと10センチくらいは伸びる。


水無瀬みなせ晴季はるすえ

 28歳。水無瀬4兄弟末っ子。剣士から転向して狙撃手になった。一応陽炎に籍は置いているが、もっぱら梛と会社経営をしている。恋人募集中だが、姪っ子たちを可愛がっているうちはできないかもしれない。

 透一郎や梛に比べるとがっしりした体格の精悍な青年。子供の頃の天真爛漫さは影を潜め、落ち着いた性格になっている。実の兄や姉よりも、義理の兄の祐真と性格が似ている。本編時の透一郎と同じくらいの年齢になっている。

 身長181センチ。


瀬名せな祐真ゆうま

 42歳。美中年。陽炎在籍中。娘の杏樹に剣を教えている。割と容赦はない。自分も衰えたとはいえまだかなりの腕を持つが、指揮官・責任者として任務に赴くことがほとんど。小さいうちに父親を亡くした雪那には父代わりのように思われている。


瀬名せななぎ

 37歳。祐真の妻。杏樹の母。晴季の姉。杏樹という名は、梛が母の実家斎宮家の伝統に従ってつけた。相変わらず『千里眼・水鏡』を持っている。姪の雪那に剣を教えており、師範と呼ばれている。健全な精神力の持ち主であるが、みんながそうではないことを理解しており、雪那の葛藤にも一定の理解を示している。なお、顔立ちが整いすぎて年齢不詳に見えている。


以上です。ありがとうございました。


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