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墓参り

今まで書いたことのない晴季視点。番外編です。











 晴季が覚えている最初の記憶は、逃げる姉・梛に抱きかかえられているところだ。自分の記憶では三つか四つくらいのころの話だが、梛によると三つのころの話だそうだ。

 晴季の記憶には生みの両親の記憶はほとんどない。特に父については顕著で、母の写真を見ると抱き上げられた記憶がおぼろげだが思い出されるのに、父についてはないのだ。

 晴季にとって兄の透一郎と姉の梛が父と母だった。年が離れていたのもあるだろう。梛とは十歳、透一郎に至っては十九歳離れている。母は頑張ったと思う。


 その父代わりの兄が亡くなった。もう一年が経つ。一周忌で、墓参りに来ていた。


「姉さん」


 先に来ていた梛が振り返った。彼女が立ち上がる。梛の視線は晴季より少し下にあって、大きく見えていた姉も案外華奢なのだな、と最近思う。亡くなった兄も華奢な人だったから、血筋なのかもしれない。そういう晴季は、姉ほど鍛えているつもりはないのにがっしりした体格をしていた。


「はる。意外と早かったね。大学は?」


 晴季は今二十一歳だ。大学三年生である。兄透一郎は、去年、晴季が二十歳のころに四十歳を目前にして亡くなった。そもそも、だいぶ体が弱っていたのだと言う。

 兄は、右腕が義手で左目が義眼だった。晴季にとってはそれが普通で、物心つく頃にはそれが当たり前だったから何とも思わなかったが、同級生などに心無いことを言われたりしたものだ。

「午後からは講義がないんだよ。姉さんもそうだったでしょ」

「いやあ、私、理系だったから」

「……」

 水無瀬家は男が文系、女が理系だった。まあ、今時そうして分けるものでもないが、梛がガッチガチの科学者系なのは確かだ。今の晴季と同じくらいのころは、実験に明け暮れていただろう。

「……まあいいや。香江姉さんは?」

「それが体調崩しちゃって。来たがってたんだけど、止めてきた。今は雪那ゆきながついてる」

「十歳がついてるってどうなんだろう」

「しっかりしてるでしょ、雪那は。……そうならざるを得なかったんだろうけど」

「姉さんみたいに?」

「どうだろうね」

 梛が一度笑った。兄の墓にお参りを済ませ、そのまま墓の前で会話を続ける。


「みんなさ、私は大人にならざるを得なかったって言うけど、そうでもないんだよね。兄さんがいたし」

「おぼろげだけど、三人だけになったころは姉さん、泣きそうだったよね」

「よく覚えてるねぇ。三つかそこらだったのに」


 大きくなったものだね、と親が子供に言うようなことを言われて晴季は鼻白む。今晴季がいくつだと思っているのだ。確かに、十歳年が離れてはいるし、晴季を育ててくれたのは梛だと思っているが。


「無事だったのは私だけだったから、私がちゃんとしないととは思ってたね。父さんも母さんも死んじゃって、彰次兄さんも私たちを逃がすために死んじゃって」


 顔も覚えていない彰次は、弟妹を逃がすために「俺に任せて先に行け!」と言って本当に戦死したらしい。フラグを自ら立てて、自ら回収している。ただ、この一言から、愉快な性格だったのだろうな、ということが見て取れた。弟の晴季から見ても、長兄の透一郎と長女の梛は面差しがそっくりであるが、梛の性格はこの二番目の兄に近いように思われる。この落ち着いた振る舞いは、彼女の精神力の結果だ。

「兄さんがどうしたとか、そういうことじゃないんだよね、たぶん。私だって、悲しくなかったわけじゃないから」

「……そうだよなぁ」

 そうだ。今でこそ二児の母だが、あの頃の梛だってほんの子供だった。悲しくないはずがないのだ。

「でも、はるのことは守らなきゃって思ったから。それで立っていられたのもあるよ」

「……まあ、俺も子供だったから何とも言えないけど……」

 実際、よく面倒を見てくれたと思う。とはいえ梛も子供だったから、両親の生前は晴季が生まれて関心が奪われてすねていたと言う話だが。これは透一郎から聞いた話だ。


「兄さんと姉さんには感謝してるんだ。ほんとに。小さかった俺なんて、保護施設に入れられたっておかしくなかったのに」


 本当に、そう思う。かろうじて成人していた透一郎が保護者役を引き受けてくれたから、晴季は兄妹の元で育てた。梛の夫である祐真の母が大いに関与しているので、水無瀬兄弟は彼女に頭が上がらなかったりする。

「そう。素直に受け取っておこう。私も兄さんとはるには感謝しているからね」

「そうなの?」

「そうなの」

 年の離れた晴季には、梛と透一郎が支えあって生きているように見えた。透一郎は梛と晴季をたくさん甘やかしたし、たくさん厳しくした。正直、晴季が梛や透一郎の支えになれたとは思えない。

「それは納得していない顔だね」

「……姉さん、読心能力はないよね」

「表情の変化で大体読めるけど、読心能力はないね」

 梛の持つ『千里眼・水鏡』は水無瀬の家系、ひと世代に一人はいると言われる異能だ。梛は透一郎や朧の人たち曰く、『先祖返り』なのだそうで、かなり強力な魔眼持ちである。透一郎も晴季も、その魔眼が強力すぎて相手の深層心理まで見ているのではないか、とか考えていた。ちなみに、透一郎の妻の香江も同じことを疑っていた。


「私と兄さんだけだったら、完全に道を踏み外してただろうなってこと」

「……」


 あり得ない、とは言えないので何とも言えない。実際、身体を損なった透一郎は、梛を鍛えて仇を討たせようとしている。梛もそれに否やを唱えなかった。子供だったとはいえ、梛は自分の決定に他人の意思は関与しない、と豪語する女だ。だから、仇を討つと決めたのは彼女自身だ。

 弟ながら、梛と透一郎の組み合わせは恐ろしいと思う。兄妹だが、最強のコンビだ。止まれなかった可能性は、なくはない。

「結局、兄さんも私も踏みとどまったから可能性の話ではあるけどね。その根本に、お前を一人にしてしまう、という思いがなかったとは言えないんだ」

「……そうならなくてよかったよ」

 本当に。

 どこか、自分が足を引っ張っていたのではないかと思った。だけど、そうではない、と梛は言う。


「兄さん、もっと生きていてほしかった……」


 そうだね、と梛が応じた。透一郎は、三十半ばほどまでは元気だった。晴季に剣術を教えて、梛をぼこぼこにしていた。

 だが、そこから徐々に体が弱っていって、死ぬ間際には寝たきりになってしまった。枕元に梛を呼んで、何やら話していたのを覚えている。たぶん、透一郎にとって梛は相棒だった。そこに、晴季が踏み込めずに寂しい思いもしたが、これは年齢的な問題もあって仕方がないとはわかっている。

 それでも。それでも。晴季が家族の温かさを知って育つことができたのは、透一郎のおかげだ。透一郎が晴季を育てると決めたからだ。だから、晴季は透一郎と梛に感謝しているのに。変わったところのある兄姉だったが、まだ年若い身でほんの子供の晴季を育ててくれた。


「だから、ありがとう。また会いに来るよ、兄さん」


 育ててくれたこの命、大切に生きようと思う。











ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


番外編なので、一発もの。

透一郎の死後の話。

もう一話、番外編を投稿して、完結となります。

一応、人物紹介をば。


【水無瀬晴季】

 21歳。大学3年生。たぶん、国際交流系とかの学部に通っていると思う。自分の一番最初の記憶は姉(梛)に抱えられて逃げているところ。透一郎は父代わりだったし、梛は母代わりだった。兄姉とは似ておらず、実の母親似の精悍な青年になりつつある。比較的がっちりした体つき。


【瀬名梛】

 31歳。既婚者で二児の母。大学を卒業して割とすぐに結婚した。怪奇対応機密局に籍を置きつつ、透一郎が残した企業を引き継いだ。相変わらず中性的なきりっとしたイケメン顔。嫁に行くか婿を取るかでちょっと悩んだ。


【水無瀬透一郎】

 享年39。この話の1年前に亡くなっている。30代半ばくらいからだいぶ体が弱ってきていて、最終的に寝たきりだった。たぶん、循環器系が悪かったと思われる。今際の際に呼んだのが妻子ではなく妹の梛だった。


以上です。


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