この世界の裏側で・8月【10】
最終章、最終話。
午後のオークションは中止になった。というか、警察の介入を察して、主催者が逃げた。限りなく黒に近い組織だから仕方がない。しかし、出品者や参加者の何人かは捕まっている。梛たちに関しては、重倉やシェナがかばってくれたので無事に解放されそうだ。
ちなみに、梛の魔眼を狙うように有間にそそのかされた人はリーさんと言って、シェナと同じように志那系の人だった。この国でも違和感なく溶け込めただろう。ちなみに、捨て台詞ではないが。
「俺は魔眼を調査したかっただけなんだぁ! 殺そうとなんてしてないんだぁあ! せめて最高の魔眼を見せてくれぇええっ!」
と叫びながら連行されていった。どんまい。
「キャラが濃いね」
「インパクトはあったな」
どうやら、リーさんは祐真が一発でのしたらしい。そのまま拘束して重倉に預けて、梛たちの方に救援に来てくれたようだ。つまり、有間はリーさんを囮にして梛を狙いに来たと言うことである。
有間は護送されていく。護送……でいいのだろうか。監視・警備が半端ではない。梛が彼の能力、因果を切り離す能力。これを『斬った』。そのため、めったなことでは逃げられないとは思うのだが。
「梛」
後始末を指示していた透一郎が戻ってきた。シェナに投げてきたようだ。まあ、もうほとんど終わりである。むしろ、梛たちも帰る準備をしなければ。
両肩に手を置かれて、顔をまっすぐに見つめられる。顔一つ分近い身長差があるので、透一郎は腰をかがめていた。
「僕は斬るなって言ったよね」
「言ってたね」
それは聞いていた。梛もわかっている。思わず上目遣いになりながら、梛は兄を見つめ返した。
「怒っているわけじゃないよ。なぜあの時斬ったの? 失敗すれば、お前の力はお前に返ってくるんだよ」
透一郎の言うことは尤もだ。梛の能力は強力だが、失敗すれば、それは自分に跳ね返ってくる。これまでは、相手の力を梛の力が上回っていたため、隊商失敗しても大したことはなかったが、有間が相手ではそうはいかなかっただろう。
「わかってたよ。その上で、斬るならあのタイミングしかないと思った。あそこで切らなければ、どちらにしろ取り逃がしてしまう。斬らなくても、斬って失敗しても。なら、斬ったほうがいいと思った」
「……梛」
「別にシェナさんに言われたからじゃないよ。私が有間を斬ったことには、シェナさんの意思も兄さんの意思も介在してない。私が、私の判断で斬ったんだ。兄さんのせいじゃない。あんまり私を見くびらないでよ。いつもでも子供じゃないんだよ」
ちょっとムッとしたのでそう言うと、透一郎は目を見開いた後に梛を抱きしめた。義手で容赦なく絞められてちょっと苦しい。梛も透一郎を抱きしめ返しながら尋ねる。
「兄さん、泣いてる?」
「泣いてないよ」
確かに声は泣いていなかったが、どうなのだろうか。祐真が梛の背後にいるので、透一郎の顔を確認してほしいところである。
「兄さんは私たちに負い目があるよね。私もあるよ。でも、そういうのはなしにしようって決めたでしょ。兄さんにとって、私はまだまだ子供なのかもしれないけど、自分で決めることができる。有間を斬ったのは私の意思だ。私が祐真さんを好きなのも、私の意思だ。それは誰にも、兄さんにも否定できないはずだよ」
「……そうだね」
透一郎が顔を上げた。その顔を見て梛は笑う。
「やっぱり泣いてるじゃん」
「うるさいよ」
透一郎は強引に涙をぬぐうと梛の頭をわしわしと撫でた。
「わっ」
「なんだか娘を嫁に出す父親の気分だよ。お前は娘じゃないけど」
「まだ嫁には行かないけど、兄さんに嫁に出されるんだろうなぁとは思ってるよ」
「婿を取ってもいいよ」
「それは祐真さん次第だね」
一気に緩くなった空気に、祐真が何とも言えない表情で「婿に行ってもいいが」などと言っている。それはまた今度だ。ここでする話ではない。
『話し合い、決着ついたー?』
ルイーザが話しかけてくる。こちらの様子をうかがっていたが、話している内容はわからなかったのだろう。なんとなくあいまいな言い方だ。
『透一郎は妹離れした方がいいんじゃないかしら。梛の方がしっかりしているのではない?』
采配を終えたシェナが戻ってきた。透一郎は笑って『自慢の男前な妹です』などと言っている。というか。
『昨日から思ってたけど、シェナさん、大和語わかってますよね』
今、梛と透一郎は大和語で会話していたので、シェナが違和感なく入ってきたと言うことはそういうことだ。これまでも、何度か理解できていると思われる時があった。
『なかなか洞察力があるわね。多少は理解できるけど、話すことはできないの』
さらりとシェナはそう言ったが、そうだとしても、すごいと思う。この人の頭の中、どうなってるんだろう。
リーさんと有間を確保した人間として事情徴収を受け、荷物をまとめて帰路につく。
「そういえば、魔眼回収してなくない?」
「それは重倉さんたちの担当。回収してるよ」
検分の上、処理されるのだそうだ。その『処理』がどういうものか聞かないでおく。
「梛、俺が荷物を。お前は透一郎さんを支えろ」
「うん。ありがとう」
来た時と同じく祐真が荷物を持ってくれる。梛は透一郎を支えた。シェナ達とはその場で別れ、今度一緒に飲みに行こう、という約束をした。国境を越えているけど、それは実現するのだろうか。
「悪魔退治に行った時と同じ面子だねぇ」
「そういえばそうだな」
あの時はおいて行かれた梛が怒って二人を追いかけたが、今回はちゃんと連れて行ってもらえたので、梛は満足げだ。
「あの時、上條友哉を斬っていても後悔しなかったと思う」
「……梛」
「でも、今は斬らなくてよかったなって思う」
あの時、怒りに任せて斬っていれば、梛の中で何かが変わっていただろうと思う。だが、斬らなかった。透一郎が止めて、梛はそれを受け入れた。踏みとどまった。あれは透一郎の意思で、梛の意思だった。
「誰もその行動をひとに強制することはできないんだよ。決めるのは、いつだって自分自身なんだもの」
「……お前は本当に心が強いね」
「兄さんに鍛え上げられたからね」
兄妹の会話に、祐真は所在なさげに「仲がいいな」と言った。助け合って生きてきたのだから、すぐに兄離れ妹離れしろと言われてもちょっと難しいかもしれない……。だが一応、干渉しすぎないように努力はしている。……つもりだ。
「というか、香江さんじゃないが話し方はどうにかならないのか?」
似すぎている、と祐真にも言われた。声で判別するのだ。透一郎の声はしっかり男のものだし、梛の声は低めだがただの低い女性の声だ。
「まあいいじゃない。どちらかがいなくなっても、その面影を見ることができるよ」
男性陣二人から梛はにらまれた。
「梛……お前、そういうところだぞ」
「シャレになってないところが性質が悪い」
「ええ、そう?」
そんな会話をしながら三人は撤収した。重倉たち後方支援の部隊もちゃんと撤収できたらしい。オークションの主催者は捕まらなかったが、リーさんを含め、参加者は何人か捕まっている。この縁をたどってシェナ達は逃げた彼らを追うらしい。捕まえられないにしても、話を聞きたいそうだ。任意同行である。怖い。
シェナと言えば、どうやらあのホテルはシェナの空間支配下にあったようだ。梛はこの手の能力と相性がいい。味方ならほぼ百パーセントの性能を発揮できる。透一郎と同系統の能力とは聞いていたので、そんなものだろうと思う。
「私のこの能力」
「うん?」
「夕凪、とかどうだろう?」
安直であるが、そもそも『千里眼・水鏡』も安直であるし、そんな感じでどうだろうと思ったのだが。
「いいんじゃない? わかりやすくて」
「名前にかかってるんだな」
祐真は一言余計だ。その通りだよ。『梛』という名は『ナギは凪に通ず』として母がつけたものだ。
「まあ、変にひねりすぎても黒歴史になっちゃうからいいんじゃないかな」
お兄様、それは自分の明鏡止水のことか?
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
いや、本当にありがとうございました。一応、最終章の最終話。これで完結ですが、一応、番外編を二本ほど用意していますので、そちらもよろしければ。
そして、今回オークションに参加しようとした皆様。
【水無瀬透一郎】
28歳。魔眼の所有者と思われて襲撃されるが、襲撃者を返り討ちにした猛者。『眼』はいいので、あながち間違いではない。梛が亜空間にとらわれて、割と本気でパニックになりかけた。最後は割と号泣していて、最近涙もろいのはもう開き直ってあきらめている。梛は妹だが、心境的には娘に近いかもしれない。アルビオン語で専門的な話ができる。
【瀬名祐真】
24歳。ぐうの音も出ないイケメン。ホテルが暗黒面をさらしてくるが、ガン無視を決め込んだある意味心の強い男。梛と透一郎の仲の良さは正直焼けるが、二人が依存しすぎないように努力しているのも知っているので静観中。魔眼集めのリーさんと有間の連戦だったが、普通に圧倒した。日常会話くらいのアルビオン語は履修済み。
【水無瀬梛】
20歳。ぐうの音も出ないイケメンその二。ムーブがイケメン。動きやすいので、ホテル内では男装で通していた。ホテルが暗黒面をさらしてくるのを正論でぶち破った健全な精神力の持ち主。自分の魔眼が囮に有効なことは理解していたが、さすがに目がえぐられるのは怖かった。兄のことは好きだが、すべての判断は自分の意思によって下していると豪語する。アルビオン語が不得手で、訛りが少なくはっきり話してくれないとわからない。
【シェナ・リャン・リヒター】
38歳。志那系ヘルウェティア人の国際魔法連盟職員。透一郎が引くほど頭のいい、支配系の能力の持ち主。能力的には梛とも相性ばっちり。諸外国でも魔眼がえぐり取られる事件が発生し、調査のためにやってきた。大和語は話せないが、聞いて多少わかる。『魔法事象統制管理局』の登場人物。既婚者で、娘が一人いる。透一郎と知り合い。
【ルイーザ・ヴァイス】
25歳。シェナのお供。祐真と同い年になる。大和語がさっぱりわからないので梛との会話に苦慮した。だが、ガンガン話しかけて梛を困らせていた。一応、シェナの護衛だが、シェナの方が強い疑惑がある。『魔法事象統制管理局』の主人公。透一郎とはこの時からの知り合い。話だけ聞いていた彼の妹に興味津々。
【レオン・シュナイダー】
23歳。シェナのお供。電子戦担当。テンションの高いルイーザを押さえるのがお仕事。きれいなアルビオン語を使うので、比較的梛とも意思疎通が取れていた。後方支援担当。あんまり自分、いらなかったな、と思っている。『魔法自称統制管理局』の登場人物。透一郎とは当時からの顔見知り。
【有馬克征】
今度こそ本気で梛に斬られたため、因果を切り離す能力は、なくなったわけではないが、威力は落ちている。不老不死化はそのまま。国際魔法連盟に護送される予定。
以上です。




