この世界の裏側で・8月【8】
どうも話を聞くと、確かに祐真も梛と同じタイミングで異空間に迷い込んだようだ。おそらく梛を狙ったのだろうが、近くにいた祐真も巻き込まれたのだろう。こうしたことに、祐真はあまり耐性が強くない。いや、急な状況の変化についていけない、というわけではなく、簡単に異空間に足を踏み入れてしまう、という意味だ。
「二人とも無事でよかったけど、祐真はいろんな意味で梛から離れない方がよさそうだね」
「戦力偏らない?」
とりあえず、梛たちに割り当てられている部屋に入り、昼食はルームサービスにした。この手の古風な洋館風ホテルでも、ルームサービスってあるんだなと思った。
「というか、もう心配しなくてもいいと思う」
祐真がきっぱりと言うので、梛も透一郎も、一緒に食事をとっているシェナ達も首を傾げた。いや、大和語だったので、たぶんルイーザは理解できていない。
「どういうこと?」
「お前に巻き込まれたが、異空間に足を踏み入れたその場所で、俺は元の空間に戻ってきた」
つまり、祐真はあの暗闇の中を動かなかったのか。いや、普通、全く視界が効かないところで動けないか。
「俺は刀も持ったままだったが、おそらく梛に巻き込まれたのだろうとわかったし、梛が何とかするまで動かない方がいいと思ったんだ」
「お、おう」
ということは、彼はあの暗闇の自分の問いかけをガン無視していたのだろうか。それもそれですごい精神力だ。
「しばらくしたら、本当に元の空間に戻ってきて……誰もいなかったから、とりあえず部屋に戻ってきた」
話を聞く限り、本当に何もしていなかった。
「そうなの……ほら、その異空間の中で、お前はそれでいいのか、的なことを言われなかった?」
「何か言っていた気がするが、すべて無視した。反応しない方がいい気がして」
「マジか」
「マジだ」
やっぱりか。梛とは違う意味で心が強い男である。
「そういうってことは、梛は反応しちゃったんだ?」
透一郎に尋ねられ、梛は「うん」とうなずく。祐真も驚いたように目をしばたたかせている。
「よく無事だったな」
「簡単に言うと、論破したら出てこれた」
「お前、怪異を論破してきたの。健全な精神の持ち主だねぇ」
「それ、最近よく言われるのだけど」
ざっくり祐真がシェナに説明すると、シェナも『それほど心配いらないだろう』と答えた。
『おそらく、梛に論破されてしばらく出てこないわ。先に、オークションの方を解決しましょう』
そういえば、まだ問題が残っていたのだった。というか、こちらが本題だ。梛の魔眼が狙われている説が解決していない。
『いましたか?』
『いたね。有馬克征』
『やっぱり……』
透一郎が首を左右に振った。彼はなんとなく察しがついていたようだ。梛は透一郎の服の裾を引っ張る。
「つまり?」
「有間が本格的に国際魔法連盟の討伐対象になっている、ということだね」
「……よく」
わからない。梛が首をかしげると、透一郎は少し考えてから言った。
「有間は不老不死に片足を突っ込んでいるのではないか、という話だったね。だから、そもそもはそのまま国際魔法連盟本部に移送される予定だった」
「ほう」
そうなのか。知らなかった。だが確かに、国際魔法連盟には、最後の『旧き友』がいる。
「だが、逃げ出しただろう。シェナさんたちが来たのは、再度とらえるためだね。彼の不老不死が本物に近かったと言うことじゃないかな。梛に斬らせなかったから、能力もそのままだし」
斬らせておけばよかったかなぁ、と言うが、つまりそれは、有間は梛を排除しようとしているのではないか? 以前彼を捉えたときと同じだ。あの時も、有間は梛を排除しようとしていた。見方によっては、梛の能力は多くの能力者の敵となる。
「つまり、魔眼を集めていたのは有間なのか」
「いや、それは違うと思う」
祐真に尋ねられ、透一郎が即否定した。梛もそう思っていたのだが、違うのか。
『おそらく、有馬克征は便乗しただけだと思うわ。実際に魔眼を集めていた人物は別にいるわね』
『旧いタイプの魔術師だ。研究が本分の』
レオンが口をはさんできた。彼の言葉は早口且つ専門的なことが多いので、梛にはよく聞き取れなかったりする。祐真の服の裾を引いて通訳してもらう。どうやら透一郎と一緒に梛たちを探してくれていたようだが、そんなことまで調べていたのか。すごい。
『魔法の抽出、移植は永遠のテーマですからね』
透一郎も納得したようにさらりと言ってのけた。確かに、『魔法』を『抽出』するなら魔眼は最適だ。だって、目を抉り出せばいいだけだもん。
『思うんだが……梛の魔眼を競売にかけると申し出るのはどうだろう』
レオンが言った。祐真に通訳してもらう前に、透一郎が反射で『駄目』と言った。理解した梛も首を左右にぶんぶん振った。
「い、いやっ。それはちょっとやめてほしいかな……」
実際にえぐられるわけではないし、囮にされるだけだと理解はしているのだが、それと感情は別である。自分から捕まってみるのは、と提案したりもしたが、えぐられる前提なのはちょっと怖い。
『いい案だと思ったのに』
レオンは残念そうにするが、『本人と保護者の許可を得られないもの。仕方ないわ』とシェナは苦笑する。確かに透一郎は保護者ではあるが、梛はもう二十歳だ。少々複雑なものはあるが、あまりツッコみたくない。目をえぐられたくはない……。
『でも、やっぱり梛の魔眼を囮にしたいわね。午後からすぐオークションだもの。難しいわね……』
シェナが困ったように言った。梛はここに来てからできるだけ『千里眼・水鏡』を使わないように言われているし、実際に使っていない。
と、急に警報機が鳴った。梛と祐真は刀をひっつかんで立ち上がる。ルイーザも立ち上がった。彼女も戦闘要員らしい。確かに、シェナとレオンの会話にあまり参加していなかった。
シェナが内線電話で状況を問い合わせている。だが、他の客も問い合わせているのだろう。つながらなかったようだ。
『駄目ね。火事ではなさそうだけど』
早口で聞き取りにくいが、シェナは割とはっきり発音してくれるので、なんとなくわかった。
「……梛」
「わかってる」
立ち上がらせた透一郎に言われ、梛は『千里眼・水鏡』を開いた。周囲を見渡す。梛の『千里眼・水鏡』は透視能力だ。玄関やロビーの窓から、武装した人々が侵入してくるのが見えた。
「襲撃を受けているみたい。武装した集団が玄関とロビーから侵入してる。あっ!」
こちらを見た。この距離だが目が合ったのが分かった。
「どうした」
「見られた。目が合った。あちらにも透視能力者がいる。こちらの位置を把握されたと思う」
透一郎が梛に問いかけるので、祐真が苦労しながら同時通訳をしていた。なので、シェナも状況を把握している。
「返されなかった? 大丈夫?」
「それは大丈夫」
魔眼同士がぶつかり合うと、「返される」ことがある。自分の魔眼の力が跳ね返ってくるのだ。梛の魔眼は千里眼であるから、返ってきたところでそんなものだが、そもそも出力が高いので結構痛い。それに、「返す」時に洗脳魔法などを上乗せしてくる場合があるので要注意なのだ。まあ、梛にはそう言った魔法は効きにくいが。
『目が合った、ということは梛が見ているとわかっていたのね。梛はここに残るしかないわね』
「うぐっ」
梛が迎え撃つしかないのか。シェナはたぶん、梛を連れて行きたかったのだと思うが。
『透一郎は連れて行けないものね。祐真はどれくらい戦えるの?』
『梛と互角くらいでしょうか』
と、祐真は答えたが、そもそもシェナは梛の強さを知らないのでは。
『私に近い、正統派剣士ですね。強いですよ』
『そう。ちょっと借りて行っていいかしら。有間と、ついでに魔眼の収集者も捕まえてくるわ』
『えっ、私は!?』
ルイーザがばっと手をあげる。銃声が近づいてきている。口論している場合ではない。
『あなたは梛と一緒にいなさい。邪魔をしないのよ。指示は透一郎が出してくれるわ』
『ああ、私も残るんですね』
まあ、透一郎は足が悪いのだから、シェナとは行けないだろう。
シェナと連れて行かれる祐真を見送り、梛たちも迎撃態勢を取った。ルイーザは銃を使うらしいので、後方から支援してもらう。
「――来た」
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
本当に梛の魔眼を競売にかけてみようかと思ったのですが、長くなりそうなのでやめました。




