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天狗の神隠し・5月【10】












 厳重に封じた有間は、透一郎の元へ移送された。どうも陰陽師の『里』は有間がしてきたことに感づき、そのとばっちりを受けないように証拠隠滅しようとしたようである。『里』の命令を遂行できなかった安倍は微妙な表情になった。帰った後が恐ろしいのだと言う。


「大丈夫。僕が長に話しておくから。ダメならまあ、逃げることも必要だと思うよ」


 土御門が言った。安倍は半泣きだ。


「自分が捨て駒だってことはわかってたけど、はっきり言われると傷つく……」


 まあ、一人で有間を討って来いと言われる時点で、帰ってこなくてよい、と言われているようなものだ。土御門すら一人では有間の相手にもならないだろう。

 そういえば、有間が潜伏していた山だが、本当に山狩りが行われた。梛たちは山狩りに移る前に有間と遭遇してしまったわけだが。

 梛が有間と元の山の神の権能を切り離したため、大量の遺体は発見できたそうだ。あの状態では、誰が誰なのか、判別するのに時間がかかるだろう。

「大岩のしめ縄も切れていたって」

「私が有間から権能を切り離したから? これは神殺しにはいるんだろうか……」

「入らないんじゃないかな」

 土御門も大概適当である。

「それで、透一郎さんのところに連れて行かれた有間はどうなったんだ」

 依織が気にしないようにしていたことを口にした。土御門が苦笑する。

「どうなってるんだろうねぇ」

「見たい気もするけど、見るのが怖くもある……」

「お前の兄ちゃんじゃねぇの」

「私のお兄様だね」

 これだけ顔が似ているのに他人だと言われる方が戸惑うだろう。安倍にそう応えながら梛は土御門の方を見た。

「ていうか、うちの兄さんに何させてるんです?」

「彼一人ではないよ。有間の不老不死について聞き出す必要があるだろ。それに、梛の攻撃が当たらなかった理由もわかってないし」

「あれは、『攻撃が当たる』という結果と、『攻撃している』という過程を切り離しているんじゃないか」

 ここまで黙っていた祐真が突然口を開いたので、全員の視線が彼に向いた。祐真は動揺するそぶりもなく小首をかしげて言う。そのしぐさが似合うのはイケメンだけだぞ。いや、彼はイケメンだが。


「うまく説明できないが……通常、剣を向けられれば『斬られる』と思うはずだ。特に、梛ほどの使い手なら必ずどこかには当たるはずだ。だが、その『斬った』という結果と、『斬る』という動作を切り離したらどうだろうか。『斬った』という結果を変えることができるんじゃないか。なかったことにはできなくても、『当たらなかった』ことにするとか」


 思わず、なるほど、と思った。あり得る。それなら、梛の攻撃が『当たらなかった』のも理解できる。梛の能力は強力だが、相手の能力を正確に理解していなければ『斬る』ことができない。だが、梛は有間が不老不死に片足を突っ込んでいること、彼が山の神の権能の一部を持っていることを知っていた。どれか一つでもなくなれば、自分が詰むと有間はわかっていたのだ。だから、祐真の攻撃は受けてでも梛の攻撃はすべて避けた。


「祐真……お前、頭いいね」

「頭がいいかはわからないが、俺はそう思った」

「ん。それも話をしてみるよ」


 土御門はそう言って、行きかけて、それから梛たちに尋ねた。

「どうする? 透一郎対有間の恐怖の対決を見に行く?」

「……」

 結局、みんなで見に行った。










 土御門の言う通り、透一郎は有間と対面していた。確かに恐怖の対決である。有間は呪符でぐるぐる巻きにされていた。ちょっと笑える姿だが、ここは笑ってはいけないところだとわかっている。


「梛、いいところに来たね」


 笑顔で呼ぶ兄が、怖い。だが、今の梛はかつてとは違い、行き過ぎた兄をぶん殴れる妹だった。兄の横に立つ。ちなみに、安倍はもちろん、依織ですらちょっと引いている。

「何? 力を切り離せばいい?」

「それはちょっと待とうか」

 それは後でやれと言うことか? 正直、できる気がしないのだが。


「お前の兄か。なるほど。似ているな」


 呪符でぐるぐる巻きではあるが、顔は見えている。呪符でぐるぐる巻きであるし、さらにその上から封じの術もかけられている。打ち破られたとしてもここには透一郎がいる。彼の領域に取り込んでしまえば、梛に始末できる。

「あなたの能力について話してほしいんですが。私の妹を劣勢に追い込む能力に興味があります」

「兄さん……」


「これがシスコンというものか」


 有間も納得するな。


「シスコンの自覚はあります」


 透一郎も黙ってほしい。


 梛は助けを求めて土御門を振り返るが、彼は腹を抱えて笑っていた。梛は透一郎に言う。

「精神干渉能力者を連れてきなよ」

「連れてきたけど、わからなかったんだ」

「これだけ呪符でぐるぐる巻きなら、当然だ」

 依織からツッコミが入った。どうやら、有間を拘束している代わりに、こちらからの術を受け付けないらしい。それはそれで問題があるのでは、と思うが今は黙っておいた。

「説明したところでおまえたちにできるとは思えんがな」

 煽るように有間が言った。何度も言うが、彼は呪符でぐるぐる巻きである。なんとなく間が抜けて見える。

「別に自分たちで実行したいわけではないですよ。情報として知っておきたいんです」

 情報は有益ですからね、と笑う透一郎の笑顔が胡散臭い。梛はじっと有間の表情を眺めた。あまり表情が変わらないので読み取れない。

「まあ、大体見当がついていますけど」

「……」

 透一郎が鎌をかけた。さすがに有間はピクリと反応したが、それ以外は変化がない。梛は首を左右に振った。透一郎も肩をすくめる。さすがに張ったりだったようだ。

「一連の動きを切り離しているんだと思うんだが。そこに至るまでの『過程』とその『結果』を切り離して、『結果』の方を変えているんじゃないか? ……ちょっと違うか?」

 またも祐真だ。先ほど言っていたこととほぼ同じことを言っている。話していて、自分で違和感を覚えたらしく、セルフツッコミをしている。というか、有間の視線が祐真に向いた。

「ほお。よく見ているな、少年」

「少年って年じゃないんですが……」


 真面目か。


「なるほど……私の妹のように目がいいものほど、騙されるわけだ。物事の因果を抹消できる、ということですかね? それなら不老不死に相性がいいはずですし」

「だとしたら、どうする?」

「梛」

「了解」

 梛はすらりと鞘から刀を抜いた。有間の顔が引きつった。土御門も慌てる。

「おいおいおいおい、待て待て待て」

「大丈夫です。呪符は切りません。能力だけ切り離します」

「いや、そうじゃなくて」

「理論上はできるので、大丈夫……なはず」

「余計に不安だわ!」

 土御門のツッコミが止まらない。おそらく、有間自身の能力が祐真や透一郎の言う通りの能力なら、梛は縁を切り離すことができる。だが、不老不死は難しそうだ。梛の能力の範囲を超えている気がする。透一郎が息を吐いた。


「梛、もういいよ。嫌な役をやらせてごめん」

「え、斬っちゃダメなの?」


 斬る気満々だったのに。透一郎は肩をすくめて手を差し出した。梛はその手を取って透一郎を立たせる。

「では、また後ほど」

「もう来るな」

 まあ、有間はそういうだろう。いや、そこではなく。

「斬らなくていいの? 多分、能力は切れるよ」

 有間を拘束している部屋から出て梛が言うと、妹に支えられている透一郎は言った。

「国際魔法連盟から接見依頼が来てるんだ。『里』の方にも連絡がいってると思うけど」

「ああ、このまま連盟がコテンパンにしてくれないかな……」

 土御門が結構過激なことを言う。依織と安倍もうなずいているので、『里』はどんなところなのだろうと思ってしまった。思わず祐真と顔を見合わせるが、首を傾げられた。だから、そのしぐさは成人した大人の男がやるしぐさではない気がする。似合っているけど。


 だが、その国際魔法連盟の使者が到着する前に、有間は逃走した。












ここまでお読みいただき、ありがとうございます。第20章の最後でした。

次の章で完結になる予定ですが、再び投稿をお休みします…準備が…できていないので…。すみません…。


今回も、山狩りに参加した皆さま。


【土御門成昭】

 34歳。今回の先遣隊・討伐隊の責任者。体力はそこそこある、攻撃系の力が強い武闘派陰陽師。依織と同郷だが、親と共に夜逃げ同然に逃げてきた過去がある。いつものことながら、引率者の気分。有間については、自分がかなう相手ではない、と思っている。


【東海林依織】

 22歳。先遣隊・討伐隊の副責任者だった。実は。体力がなくて山登りがきつい。それでもちゃんと行く。いつも体力づくりをしようと思うが、忘れてしまう。『里』では長に近い血筋。直系の男の子がなくなった後にいづらくなって、都会に出てきた。自分と同じような経験をしながらまっすぐ生きている梛を尊敬しているし、友達になってくれた双葉に感謝している。探査系の能力の強い後方支援系陰陽師。有間のことは知らなかった。タイマンだと勝てないと思う。


【水無瀬梛】

 19歳。先遣隊・討伐隊の一人。『眼』が良すぎて逆に有間を捉えられないが、有間を斬れるのは梛だけだと言う妙な状況に追いやられる、健全な精神力を持った剣士。依織に山狩りに連れて行かれるとろくなことはないな、と思っている。はずみで2度安倍を殴っているが、小娘に殴られる陰陽師は大丈夫なのだろうか、とひそかに思っている。今回の件で、見えすぎるのも問題だと再確認。ちなみに、有間とタイマンで戦っても攻撃がかすりもしない。長期戦になって体力的に負けると思われる。


【式部涼介】

 19歳。先遣隊の一人。様子見程度でついていったら、よくわからないことに巻き込まれた。実力不足ということで、有間討伐にはおいて行かれる。梛がはぐれた際は、土御門と共に安倍の式神と戦っていた。


【榊原明日香】

 19歳。先遣隊に参加。実力不足をよく理解したうえで、状況もよく理解している。獲物は槍、もしくはなぎなたが多いが、山中では取り回しが聞きにくいのでサーベルにした。梛がはぐれた際は、依織と共に安倍を追っていたが、依織が遅いので途中で置いていった。


【瀬名祐真】

 24歳。討伐隊に参加。梛の要望により参戦。超正統派の剣士なので、行けると思った。行けなかった。洗脳に対して耐性がないわけではないが、ちょいちょい操られる。梛を切りそうになったのがショックすぎた。有間と互角に戦っていたように見えたが、自分の攻撃があまり効いていないこともわかっていた。タイマンなら勝てなかった。


【安倍孝樹】

 26歳。梛に弾みで2回殴られたかわいそうな奴。絶対にかなわないであろう有間の討伐任務を受け、しかも目撃者を全員始末するように命じられていた。本人も捨て駒の自覚があったので、そのまま『里』を離反した。梛と同じくらい短気だが、常識的なツッコミ気質。式神遣いで陰陽師としては優秀なのだが、根が優しいので捨て駒にされてしまった。


【有馬克征】

 年齢不詳。土御門の話を信じるなら、少なくとも60歳は越えていると思われる。人魚の肉を食べたとされる、不老不死に片足突っ込んだマッドサイエンティスト。山の神を殺して権能を奪い、修験者の格好をして、身体を換装するために人を攫っていた。一旦つかまるが、護送中に逃走している。


以上です。


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