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郷愁・高校2年生冬【2】













 水の中に引っ張り込まれた祐真だが、川岸の水深は浅かったはずだ。祐真の全身が沈むほどの深さはないはずだが、どうなっているのだろう。まさか、異空間に引っ張り込まれたか。

 それならば、おそらく彰次が引っ張り出してくれるはずだ。彼の兄・透一郎などもそうだが、水無瀬兄妹はこうした異空間系に強い。


 ……くい。


 呼吸が続かなくてあえいでいると、急にそんな声が聞こえた気がして、耳を澄ませる。そもそも、水の中で音が聞こえるはずがないので、おそらく、祐真の脳に直接響いている。


 憎い!


 はっきりと聞こえたとき、祐真は腕をつかまれて自ら引っ張り上げられた。急に肺に空気が入ってきて、激しく咳き込む。


「おい、大丈夫かよ!?」


 引っ張り上げてくれたのは、やはり彰次だった。祐真は肩で息をしながらうなずく。

「異空間に引っ張り込まれかけてたぜ。なんか見えたか?」

 岸に上がりながら彰次に尋ねられ、祐真は「いや」と首を左右に振る。三重はしなかった。が。

「声は聞こえたな。『憎い』って」

「……俺も兄貴ほどじゃないけど見える方だから視覚に頼りがちだけど、お前は聞こえる方なんだな……」

 しみじみと言われた。弘暉がタオルを投げてくる。というか、普通に寒い。今冬だった。

「うわ、さむー。弘暉、火、起こせないの」

「起こしてもいいが、キャンプファイアーになるぜ」


 圧倒的火力すぎる。彼の妹の双葉などなら、もう少し調整した火力を扱えるのだが。


 でも起こしてもらった。焚火くらいのやつ。火にあたると少し服が乾いて、寒くなく……なることはなかったが、ましになった。焚火にあたりながら作戦会議が始まった。

「『憎い』ってことは、怨霊かなんかか? 最初に入水した人?」

「引っ張り込まれてるから、水妖の一種かと思ったんだがなぁ」

 彰次と弘暉が言う。祐真も魔法瓶から温かいお茶を飲みながらうなずいた。

「すごく、怨念がこもってる感じだった……自殺者をたどってみるか?」

 祐真が首を傾けて言った。そこで、唯一水に潜らなかった弘暉が端末を取り出す。

「その辺は調べてあるぞ。ほら」

 弘暉が差し出した端末を覗き込む。これまでの自殺者八名。最初の入水者は、二十八歳の男性だった。恋人に振られたのが原因らしい。

「振られた彼女の新しい恋人が美形だったのだろうか……」

 祐真が眉をひそめて言った。自分が美形に入るかは自己判断できないが、そう言う証言があるのでそう思ったのだ。弘暉には「お前にもそういう考え方できるんだな」としみじみ言われた。こいつは祐真をなんだと思っているのだろう。


「まあ、確かに、彼女に振られて彼女の次の恋人が兄貴とか祐真みたいな美形だったら、『結局顔かよ!』ってなるかもなぁ」


 彰次がしみじみ言った。確かに彼の兄は顔がいい。中性的な美貌が麗しい人物だ。確かにそれだと「顔かよ!」となるかもしれないが、逆恨みをするか?

「それで、美形見つけて川に引っ張り込んでるってことか? けど、女も被害者いるだろ」

「……というか、正直なところ、実際の自殺者との見分けがつかないんじゃないか」

「……」

 弘暉と彰次が祐真の顔を見た。少し間をおいてから、「そうだな」と弘暉がうなずいた。

「けど、それを考えるのは俺らじゃないだろ。俺らは、水の中に引っ張り込まれるっていう現象を止めればいい」

「……そうだな」

 弘暉の考え方に祐真は同意を示した。ちゃんとこの辺の線引きをしなければ、問題解決が難しくなる。

「とにかく、祐真を引っ張り込んだやつを引きずり出そうぜ」

「本当は俺が引きずり出せればよかったんだが」

 相手の領域に足を踏み入れたのは祐真だけだ。あの時一緒に引っ張り出せればよかったのだが、突然のことで判断できなかった。


「ま、それは仕方ねぇだろ。もう一回、祐真が手を突っ込んでみりゃいいんじゃねぇの?」


 弘暉が軽い調子で言った。まあ、何とかする自信があるのだろう。とりあえずもう一回手を突っ込んでみたが、今度は何もなかった。どうやら向こうに認識されたようだった。

「じゃ、弘暉だな。それでもだめなら考えようぜ」

「彰次じゃなく?」

「俺は祐真を引っ張り上げたときに、向こうに認識されてるだろ」

「なるほど」

 彰次の言い分に納得して、弘暉が水に触れた。


「うおっ!?」


 がくん、と弘暉の体が沈んだ。祐真が彼の体を羽交い絞めにして引っ張り込まれないように支える。彰次が刀を抜いた。刀身を水につける。そこから、水が割れた。文字通り、割れた。そのまま異空間が展開される。不完全で領域が揺らいでいるが、彰次の空間支配の能力である。これに関しては、透一郎がほぼ完全な能力を持っている。だが、これは『姿の見えないもの』をあぶりだすのに最適だ。

 ゆらり、と何かが見えた気がして、祐真は目を細めた。その際に力が抜けて、弘暉が顔面から川に突っ込みそうになった。彰次の力で引っ張る力が軽減されていたので、祐真は思い出したように弘暉をつかんでいると思われる辺りを斬った。

「忘れられたかと思ったぜ……」

「ごめん。ぼーっとしてた」

 ひとまず弘暉に謝り、二人とも刀を抜いた。周囲は先ほどまでと同じ景色だが、これは彰次の能力の中である。

「出てきたぜ」

 割れた水面の向こう。人型の水がいた。なんとなく、顔があるような気がするが、性別まではわからなかった。

 きん、と耳の奥で耳鳴りがした。思わず左手で耳を押さえる。

「どうした」

「いや……耳鳴りが」

 正確には耳鳴りでないのかもしれないが、耳の奥でずっと金属音のような高い音が聞こえる。

「……たぶん、本体は水の中だ」

「あいつじゃなくて?」

「ああ」

 祐真は弘暉と顔を見合わせた。彰次は空間の維持に精いっぱいで動けない。やるなら、弘暉と祐真だった。

「よし。じゃあ、俺が上のやつを切ってみる。お前は本体らしきやつを切ってみてくれ」

「わかった」

 彼らは概念めいたものを斬れるわけではないが、一定のダメージは与えられるだろうと踏んで、二人とも割れた川に駆け出した。川底を蹴り、弘暉が両腕で刀を振りかぶる。


「おらぁっ!」


 人型の水に刃が通った。祐真は立ち止ると、本体がいると思われる場所、正確には、耳障りな高音が聞こえてくるあたりに刀を突きたてた。ざわりと周囲の水が揺れた。

「おい! 二人とも上がってこい!」

 彰次の慌てたような声が聞こえ、弘暉も祐真も岸に向かって走った。だが。


「うわぁああっ! 弘暉! 祐真ぁ!」


 最後に彰次の悲鳴を聞いて、弘暉と祐真はあえなく川に流された。岸に近いところは浅かったが、離れるにつれて水深が深くなるのを忘れていたのだった。












ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


軽めのノリでお送りいたしております。


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