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出茂野ゲートウェイ駅

「……えさん、美春姉さん」

 誰かに呼ばれている。美春は、そう感じて重い瞼を開けようと努力した。

「美春姉さん、起きてよ」

 従弟の(つくも)だ。普段は前髪で隠されている彼の鋭い目付きが彼女を見詰めていた。しかし瞼が重い、重過ぎる。

「後五分……」

「そんなこと言ってる場合じゃないよ。早く逃げないと……」

 逃げる、何から逃げようと言うのか、彼女の思考は淀んでいた。

「逃がさないわよ、可愛い坊や」

「出たな、吸血鬼。美春姉さんには指一本、触れさせないぞ」

 白が話している相手は誰なのか、美春は懸命に瞼を開けようとし、淀む思考を追い払おうと努力する。

「残念だけど、私はまだ人間なの」

「じゃあ何故、僕たちを追い掛ける?」

「私が欲しいのは彼女が持っている小瓶よ」

 小瓶とは、何のことか美春には分からなかった。

「美春姉さん、小瓶だって」

「んん……?」

 白が起こそうとしても、美春は目覚めない。

「知らないみたいだよ」

「そんなはずないわ。丹羽さんは永遠の命を手に入れたのだから」

 怒気を含んだ声。

「さあ、隠さずに渡しなさい」

「化け物になってまで永遠の命が欲しい?」

「化け物ですって?」

「吸血鬼は化け物だよ」

「あの美しい姿が化け物なんて、坊やには審美眼がないのね」

 白の言葉は否定される。

「さあ、つべこべ言わずに、小瓶を渡しなさい。痛い目を見ない内にね」

「話し合いと見せ掛けて、最後は暴力で相手を従わせようとする。そんなだから、戦争がなくならないんだ」

「青臭い坊やだこと」

 せせら笑われた白は拳を握り締めた。美春は彼の感情が流れ込んで来るのを感じ取る。

「白君、ダメ!」

「ひぃっ……」

 美春が制止した時には遅かった。白は前髪を掻き上げて鋭い眼光を相手に浴びせている。ヘナヘナと膝から崩れ落ちるようにしてへたり込んだ女性に、美春は見覚えがあった。

「駅長?」

 彼女たちに迫っていたのは出茂野ゲートウェイ駅の駅長で、美春の上司に当たる。ニュースで逮捕状が出ていたことを思い出し、美春は慎重に言葉を選んだ。

「駅長、もうやめましょう。警察も動いていますし、今ならまだ間に合うと思います」

「真野さん、もう遅いのよ」

 駅長は首を横に振った。

「もう後戻りができないところまで来てしまったの」

「駅長……」

 ヨロヨロと立ち上がる駅長を見ながら、美春はどう言葉を掛けて良いのか逡巡する。

「だから、例の小瓶を寄越しなさい!」

 駅長は美春に飛び掛かろうとしたが、白に阻まれる。

「美春姉さんには、指一本触れさせない!」

「どきなさい、子供が大人の邪魔をするものではないわよ」

 一進一退の取っ組み合いをしている二人に、美春は溜息を禁じ得ない。

「駅長、申し訳ありませんが、例の小瓶は警察に押収されました」

「え?」

 美春の言葉の意味が理解できず、駅長は動きを止めた。すかさず美春は同じ言葉を繰り返す。

「例の小瓶は警察に押収されました」

「あらぁ、残念でしたね、駅長」

 天井から声が降って来た。驚いて見上げると、そこには逆さにぶら下がる多鶴美の姿がある。不思議とスカートは重力に逆らっていた。駅のプラットフォームで見た時に千切れていた左腕は元通りに繋がり、レール上に転がっているはずの左目もあるべき位置に収まって、愛らしい笑顔を見せている。病的に白い肌が真っ赤に染まったワンピースと好対照だ。

「永遠の命、私からプレゼントしますね」

 ヒラリと音もなく多鶴美は舞い降りる。未だに白と取っ組み合いをしていた駅長の背後から、彼女は抱き着いた。

「いや、やめ……」

 駅長の抵抗(むな)しく、その首筋に多鶴美は牙を突き立てる。ズブリと肉を貫く音が美春の耳の奥まで響いた。駅長の絶叫が轟く間に、白は美春の手を引いて立ち上がらせる。立ったまま駅長は血と精気を吸い取られて、干涸らびたように皺だらけの姿に変わり果てた。

「逃げるよ、美春姉さん」

 白に強く引っ張られて、美春は後ろ髪引かれる思いで走り始める。暗闇の中を窓から差し込む月明かりに向けて。

「逃がしませんよ、先輩」

 多鶴美は朱に染まった口元を拭った。にぃっと笑った口元からは鋭い牙が覗く。彼女の背中からコウモリの翼が生えて、フワリと宙へ舞い上がった。

「美春姉さん、足元、気をつけて」

「うん」

 従弟とは言え、男性に手を引っ張られて走るのは美春にとって初めての出来事だった。頭がボーッとして来る。

「先輩、捕まえた」

 えっと思う間もなかった。後ろから二本の白い腕が彼女の頭を挟み込むようにニュッと突き出され、首筋に巻き付く。

「美春姉さん!」

 繋いでいた手が離れ、白が叫ぶ。彼女の首筋に巻き付いた細腕は冷たく、死人の腕を思わせた。

「うふふ、もう逃がしませんよ」

 多鶴美は大きく口を開ける。美春は先程の駅長の最期を思い出し、身を強張らせた。自らも血液を吸い尽くされ、干涸らびた皺くちゃの姿にされてしまうと想像する。覚悟を決めて、ギュッと瞼を閉じた。ハアハアと荒い息を整えようとする。しかし、多鶴美は一向に噛み付いて来る気配がない。

「……臭い」

 乙女が最も言われたくない単語が、多鶴美の口から漏れた。続けて背中を強く押され、美春は前のめりに倒れる。

「先輩、何を食べましたか? ニンニク臭いですよ」

 多鶴美は鼻と口を押さえて睨み付けていた。膝を打ち付けた彼女に、白が駆け寄る。

「臭い……?」

 ショックだった。むしろ多鶴美はニンニクの効いた料理を好んでいたはずなのに。

「姉さん、今の内に逃げるよ!」

 白に引っ張られて、暗がりの中を彼女は再び走り始める。

「小雪さんは、こうなると見越してエビチリを食べさせたのでしょうか?」

 白が問い掛けるが美春は走るのに手一杯で返事できない。二人は月明かりが差し込む窓に到着した。下を覗き込むと思ったよりも高さがある。白は周囲を見回して非常階段と書かれた扉に気づいた。

「姉さん、非常階段を使おう」

「降りるの? 昇るの?」

 この選択は重要だ。

「父さんたちと合流しよう」

「分かった」

 白の父、正雄たちは最上階だ。ならば選択肢は一つ。

「先輩、逃がしませんよ~」

 多鶴美が追い付いて来た。白は美春の前に立つ。その手に秘策を握っていた。

「可愛い坊やから先に頂こうかしら」

 飛んで来た多鶴美は、そのままの勢いで白に抱き着く。ひんやりとした感触と、女性特有の柔らかさが彼を包むが、その腕力は人間離れしていた。

「こんな風に抱き着かれるのは初めてかしら?」

 愉しむように多鶴美は彼の首筋へ顔を近付けたが、ニンニクの臭いに顔を背ける。

「あなたもニンニク臭いわね。何を食べたのよ?」

「教えてやるよ」

 白は右手を動かした。

「化け物め、これでも喰らえ!」

 白は握っていたもの、春巻を多鶴美の口へ突っ込む。彼女は何が押し込まれたのか分からなかったが、口を押さえられていたので思わず飲み込んだ。

「ぎゃああああ!」

 彼女は白を突き飛ばすと床の上を転げ回る。倒れている彼に、美春が駆け寄った。

「白君、大丈夫?」

「何とか」

 突き飛ばされた胸の辺りと、打ち付けた背中が痛むものの、命に別状はない。苦しみ、悶えている多鶴美を見て、美春は少しだけ同情した。

「これで、勝ったと思わないでよ」

 多鶴美は苦しみながらも、怒りに燃える瞳で二人を睨んだ。

「憶えてなさいよ、可愛い坊や」

 その鋭い眼光とは裏腹に、多鶴美は突っ伏したまま動かなくなった。

「逃げよう、白君」

 今度は美春が先に立ち上がって従弟の手を引っ張る。

「先輩ぃ、逃がしませんよぉ」

 どこからその執念が出て来るのか、多鶴美は四肢を踏ん張って立ち上がった。上体を倒したままで首だけを起こす。その表情は狂気のような笑みを浮かべていた。

「私の先輩ぃ」

 ヨロヨロと歩くが、そのまま前のめりに倒れ伏す。その彼女を尻目に、美春たちは非常階段を昇り始めた。

「美春姉さん、あの人とはどんな関係だったの?」

「どんなって……」

 普通の先輩と後輩の関係で、それ以外に表現のしようがない。彼女が答えを言い淀んでいると彼は一言謝った。

「ゴメンなさい。言えない関係もあるよね」

 美春は彼の言葉の意味をすぐには理解できなかった。非常階段を駆け上がるのに必死だったのもある。

「少し、休もう」

 6階と7階の間の踊り場で二人は腰を下ろした。白は背負い袋から水の入ったペットボトルを取り出して美春に渡す。それと春巻。

「吸血鬼がニンニクを苦手にしているって本当だったんだね」

 ニンニク臭に命拾いした二人は、摺り下ろしニンニクが入っている春巻を頬張った。

「私が知っている漫画では、聖水もニンニクも通じない、日光を浴びても平気な吸血鬼がいたよ」

「凄いチートキャラだよ、それ」

 暗闇に浮かぶように光る非常口の緑色の表示は、二人の心に束の間の安らぎを与えるかのようであった。

 その二人の視界を大きな影が遮る。人の大きさのコウモリ、否、コウモリの翼を持つ人型。それが二つ。二人は声も出せない。

「見つけました!」

「見つけましたね」

 陽気な調子と落ち着いた雰囲気の二人の女性が、美春たちを見下ろしていた。

 陽気な調子の女性はデニムのオーバーオール姿で、髪型はツインテール。落ち着いた雰囲気の女性はセミロングをアップにして、胸元から肩に掛けてがレース飾りになっている白のノースリーブに、朱鷺色の膝丈チュールスカートを着用している。足元は暗がりでよく確認できないが、美春から見ても二人は可愛らしい女性に思えた。

「それにしても、臭いですわね」

「お姉様の仰る通り、臭いですね」

 落ち着いた雰囲気が姉で、陽気な方が妹のようだ。白は宙に浮かぶ吸血鬼姉妹を睨み付けながら、美春を庇うように前へ出る。

「美春姉さんには指一本触れさせないぞ」

 何度も繰り返して来た彼の台詞も姉妹に対しては分が悪い。

「尊い、姉を庇う弟……、何て尊いのでしょう」

 吸血鬼の姉は頬に両手を当てて恍惚とした様子だ。

屍鶴(しづる)、あの弟君は私の獲物です」

「はい分かりました、多壊(たえ)お姉様」

 互いの標的を定めて、吸血鬼姉妹は美春たちに襲い掛かる。咄嗟に白は美春を庇って伏せる。彼の頭上を吸血鬼姉妹の爪が交錯した。

「あら残念ですわ」

「大人しく捕まりなさいよ、多鶴美お姉様が待っていらっしゃるのですから」

 姉妹が多鶴美の手先と知って、美春たちは緊張の度合いを高めた。暗がりに浮かぶ二つの影は獲物を狙って浮かんでいる。

「次こそ仕留めるわよ」

「はい、お姉様」

 吸血鬼姉妹の爪が妖しく光を反射する。白は手にしていたペットボトルを投げ付けた。

「あら、お行儀の悪い子ですこと」

 多壊は余裕を見せたままペットボトルを避ける。その時間を利用して、美春と白は階段を7階まで駆け上がった。

「どこに逃げても無駄ですわ」

 二人が非常口の扉を開けて7階のフロアに逃げ込もうとするのを多壊が追い掛ける。彼女が出入口を通過しようとした矢先、不意に扉が閉じた。

「ぎゃあ!」

「お姉様!」

 非常口の扉を美春と白が力任せに閉じた勢いで、挟まった多壊は胴体と首が泣き別れになっていた。

「ちょっと、何するのよ!」

 フロア側には首、非常階段側には胴体を残して多壊は文句を言い始める。

「こんな姿じゃ、血も吸えないじゃない!」

 だが美春たちにそのような事柄を聞いている余裕はない。オフィスが連なっていた7階は、ゆっくりと動く死体の群れが徘徊する場になっていた。

「白君、どうするの?」

 目の前には動く死体の群れ、扉の向こうの非常階段には吸血鬼。進退窮まったとも言える状況だ。

「だから、話を聞きなさい!」

 足元で喚いていた吸血鬼姉妹の姉の首を白は一瞥し、それから数え切れないほど蠢いている死体の群れに視線を移す。白は生唾を飲み込んだ。

「美春姉さん、僕の後ろにいて」

 彼はもう一度、足元の首を見て、謝った。

「ゴメンなさい!」

 そのまま死体の群れに向けて蹴り出す。

「何するのよ、憶えてなさい!」

 コロコロと床を転がってゆく首。それから、非常口の扉を開く。レース飾りを真っ赤に染めた首のない胴体は、首を求めて動く死体の群れに突撃した。

「お姉様、お待ちになって」

 その後ろを吸血鬼姉妹の妹が追い掛けてゆく。白と美春はその隙に非常階段に戻ると、扉を閉めて階段を駆け上がった。

「早く、父さんたちに合流しないと」

 8階に到達するが、美春は肩で息をしている。日頃の運動不足が彼女の体力の限界を低下させていた上に、緊張の連続で疲労を高めていた。

「美春姉さん、大丈夫?」

「ゴメンね、私のせいで」

 8階と9階の間の踊り場まで二人は何とか昇ると、そこへ腰を下ろす。荒れた息を整えながら、美春は謝った。彼女が多鶴美に狙われていなければ、後茂利から怪しい薬を受け取らなければ、巻き込まれてなかったはずだから。

 不意に大きな音が響く。階段下の7階の扉が開いていた。

「あの忌々しい二人を捕まえて、多鶴美様に差し出すわよ」

「お姉様、本気ですわね」

 吸血鬼姉妹だ。姉の方は髪型がボサボサの上、顔面も傷だらけのようだ。その彼女たちの背後からは動く死体がゆっくりと非常階段に向けて迫っている。

「お姉様、あちらに」

 妹が美春たちを見つけて指差して来る。二人は抗う気力も奮い立たない。

「人間風情が、私たちから逃れられるはずもございませんわ。覚悟なさい」

 吸血鬼姉妹は一段ずつ階段を昇って来る。美春たちは逃げたいと心では思っているのに、身体が動かなかった。

「ホホホ、良い心掛けでしてよ」

 遂に吸血鬼姉妹が踊り場に達する。その姉の目前に紙人形が舞い降りて来た。続けて疾風が吹き付ける。

「白、よく頑張った」

 吸血鬼姉妹の姉の首は非常階段の隙間から落ちて行った。残された胴体は階下へ蹴り落とされて亡者の群れに踏みつけにされている。

「父さん……」

 美春たちの目の前には抜き身の刀を手にした正雄が立っていた。

「私が来た! 二人は逃げなさい」

 白と美春には小雪と竜子がそれぞれ手を差し伸べる。

「よくも……、よくもお姉様を!」

 吸血鬼姉妹の妹が正雄に掴み掛かるが、その手首から先は瞬時に消え去った。目にも留まらぬ速度で刀が振り回される。

「え?」

 屍鶴は自身の身体がバラバラになって階下へ落ちてゆく感覚に、現実感を喪失した。

「あれは骨が折れそうだな」

 非常口から階段側へ溢れ始めた亡者の群れに、正雄は眉根を寄せる。

「結界で時間稼ぎをしましょう」

 小雪が踊り場の端へ塩を盛り、呪文を唱えた。淡く光る壁が出来上がる。

「屋上ヘリポートで主任が待っているはずです」

 小雪の言葉に一同は頷く。頼もしい人たちに囲まれて美春も白も安心感に包まれていた。

 非常階段を昇ってゆくと、完全武装した機動隊員数人が扉の前で防戦していた。

「功児、待たせたな」

「先輩、ここは任せて、先に行って下さい」

 男性ならば一度は言ってみたいセリフだ。美春は彼の背後を抜ける時に最上階の様子を垣間見る。動く死体がポリカーボネート製の大盾を押していた。

「ありがとうございます」

 彼女の声も聞こえたのか、機動隊員は必死の形相で盾を支えていた。

「主任、私で最後です」

「分かった、嬢ちゃん」

 小雪が踊り場まで昇ると、功児たちは盾を並べたまま階段を一段昇る。不意に力を逸らされて、動く死体は下り階段まで押し出され、一部は下に落ちてゆく。功児たちは踊り場まで昇った。

「悪しき者を防ぐ盾となれ、急々如律令」

 功児の大盾に呪符を貼り付けて踊り場の中央に立てる。後は屋上ヘリポートに出るだけだ。

 屋上に出ると生暖かい風が吹いていた。先に避難していた人々がヘリポートに着陸しているタンデムローターのヘリコプターに乗り込んでいる。災害救助でよく見掛ける前後に回転翼がある自衛隊のヘリコプターだ。それが二機。

「慌てず乗り込んで下さい。席は充分にあります」

 自衛官が避難誘導をしていた。機動隊員は屋上に通じる非常階段の前で大盾を構えて亡者が出て来ないように構えている。

「巨大なビルだから、ヘリポートも充分な大きさがあるな」

 列車の車両よりも大きなヘリコプターも、ビルと比較すると小さく見える。正雄は屋上を一望し、不審な動きをする人物に気付いた。

「秋月さん、柊さん、あの人物は何者でしょう?」

 叔父の言葉に美春も気になって示された方向を見る。救助ヘリコプターから遠く離れた場所から歩いて来るのは男性のようだった。細身で背の高い人物は、美春には見覚えがある。

「怪しい人物ですね」

「朱鳥さん……」

「知っているのか、美春?」

 正雄は思わず若い頃に読んでいた漫画のセリフを使ってしまった。

「後茂利さんと一緒に、4階ギャラリーに出入りしていた人です」

「後茂利というのは、例の怪しい薬を配っていた人物ですね」

「あやつを捕らえれば、今回の事件の顛末を知れそうだね」

 竜子が既に歩き始めていた。

「白、美春と先に逃げていなさい」

「申し訳ありませんが、美春たちは重要参考人として警察のヘリコプターに搭乗して頂きます」

 小雪が自衛隊のヘリコプターとは反対側にある半分ぐらいの大きさのヘリコプターを指差した。青地に赤い一本線が縦に入っている。

「他に民間の避難者はおりませんか?」

 自衛隊のヘリコプターには避難者が全員乗り込んだようだ。功児の傍らに移動した小雪は頷いて見せる。部下の報告を受けて、功児は自衛官に全員避難終了の合図を送った。自衛隊のヘリコプターは扉を閉め、強烈な風をヘリポートに吹き付けながら離陸する。

「後は私たちね」

 美春と白を乗せ、続けて機動隊員が乗り込む。正雄と竜子は朱鳥に逃げられたので、ヘリコプターに向けて走って戻って来るところだった。

「先輩、竜子、急いで!」

 塞ぐ者がいなくなった非常口から亡者たちが姿を見せる。竜子が乗り込み、正雄は百足切を功児に渡した。

「持っててくれ」

 亡者が彼の後ろに迫る。それを蹴飛ばして、ヘリコプターの搭乗口に掴まった。

「飛ばせ!」

「行け!」

 亡者たちに囲まれつつあった機体は、正雄の言葉を受けた功児の命令で離陸にかかる。掴み掛かろうとする亡者には、正雄の容赦ない蹴りがお見舞いされ、ヘリコプターはどうにか安定した姿勢で離陸できた。

「間一髪でしたね」

 手元に札を用意していた小雪も、ホッと一息つく。その彼らの視界に大輪の火花が広がった。

「何!」

 燃え盛る炎を纏った馬車に一人の性別不明の人物が乗っている。その馬車は空を走り、自衛隊の輸送ヘリコプターへと向かっていた。

「あれは、何者だ?」

 すれ違った時に見えた人物は背中に翼がある人間、天使のような姿だった。直後、輸送ヘリコプターが爆発して四散する。

「嘘……」

 小雪も驚きを禁じ得ない。炎の馬車は、残る自衛隊機にも迫った。

「やめてー!」

 美春の絶叫も虚しく、二機の輸送ヘリコプターは爆発四散し、乗っていた乗客乗員は絶望的な状況だ。炎の馬車は悠々と空を走り、出茂野ゲートウェイ駅ビルの屋上へ着陸した。

「追って来ない?」

「このヘリには対魔防御がコーティングされている。正直、ここまで効果があるとは予想以上だ」

 白の疑問に、功児が答える。しかし、彼らの目の前では信じられない光景が始まる。出茂野市の主要道路の街灯を残して他が消灯され、都市一つが巨大な六芒星を描く。

「あれは?」

 窓から見える眼下の光景に機内は騒然となる。どう見ても悪魔召喚の儀式が行われているとしか思えなかった。防災行政無線を利用して、目的外の使用が行われている。

「何もできないというのは、歯痒いものだ」

 満月の光を浴びて、魔物は力を増しているのだろう。機内の温度が急激に下がる。

「冷房、効かせ過ぎじゃないのか?」

「いえ、そのようなはずは……」

 パイロット席の横にいた支援員が空調機器を調整し始める。機内には重苦しい雰囲気が広がりつつあった。

「あれは何だ?」

 竜子が空に浮かぶ何かを発見したようだ。目を凝らすと翼ある馬に跨がる、長髪の人物が見えた。その人物は手にしていた弓に矢を(つが)えると、地上に向けて撃ち放つ。それからやはり駅ビルへと飛び去った。

「どれだけの魔物が召喚されているのでしょう」

「悪魔召喚には相応の犠牲が必要だ。まさか、都市一つを悪魔の生贄にしたとでも言うのか?」

 正雄も最悪の状況を想像して、背筋が凍り付く思いだ。

「もうすぐ、市街地から外れます」

 ヘリコプターの速度は意外と速い。一分ほどで四キロメートルぐらいは飛んでしまう。順調な飛行を続ければ、最寄りの空港までは十五分もあれば到着するはずだった。

「え? バカな!」

「どうした?」

 パイロットと支援員が絶句している。功児が状況を確認しようと身を乗り出した。

「主任、あれを……」

 小雪に促されて窓の外を見た功児も絶句する。窓の外、前方には六角形のビルが見えていた。

「出茂野ゲートウェイ駅に戻って来ただと?」

「有り得ません。線路沿いに飛んでいたのですから」

 だが見えて来る駅ビルの屋上には多くの影があった。その中に吸血鬼の三人娘も見える。飛来するヘリコプターを見て多鶴美は嬉しそうに微笑んだ。

「お帰りなさい、先輩」

声の想定(ボイスイメージ)


・真野美春  種崎敦美さん

・丹羽多鶴美 小原好美さん

・柊小雪   大森日雅さん

・千村正雄  大塚明夫さん

・千村白   村瀬歩さん

・秋月竜子  佐藤利奈さん

・江夏功児  立木文彦さん

・駅長    甲斐田裕子さん

・多壊    赤崎千夏さん

・屍鶴    赤尾ひかるさん

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