07
「よっと……。掃除はこれくらいでいいかな」
僕が駆け出し冒険者の集まる街ダンパに来て、一週間が経った。
「ふ、ふふ……。憧れの一人暮らしだ!」
そんな僕は今、自分だけの家を手に入れて上機嫌に鼻を鳴らしている。
街の中心、冒険者ギルドから徒歩15分の小さな一件屋は、遠くの街で商人をしている息子さんが両親を身元に引き取ったとかどうとかで、たまたま空いていた優良物件。
何故引っ越しに踏み入ったかと言うと、ここ最近、宿に泊まっていても、妙に周りを探られてる気がしたし、何より僕が寝ていると、夜な夜な変な声が聞こえてきたりして、とても怖かったからだ。
きっとあの宿は幽霊的な何かが出るに違いない、妙にボロっちかったし。
「にしても、良い所見つけちゃったな」
三日程前の事。
偶然、この家の前を通りかかった際に張り紙を見た僕は即決したのだった。
因みに賃貸で家賃は月々3万ゴルドー。
1ゴルドー一円と換算するなら、僕が元々居た世界の家賃に比べても破格だ。
この街でのクエスト報酬相場は、物にもよるが大体1万ゴルドー程度。
当然だが、駆け出し冒険者は金がない。
それこそ僕は、ダンパの物価と十倍以上違う前線基地のバイト貯金がまだ有るので、それなりの生活をしているのだが、他の冒険者はルームシェアだったり、クエストで日銭を稼いで一泊3千ゴルドー程の宿に寝泊まりしているという。
その間に浮いたお金を貯金しながら装備を揃えて行くそうだ。
その辛さも、今の僕にとっては懐かしいとさえ思える。
だからいつか、僕にも仲間と呼べる人達が出来たらここでルームシェアをしたい。
なのでしばらく、ここを拠点にお洒落冒険者ライフを送ろうと思う。
「これでよし。お洒落なお部屋の出来上がりだ」
板張りの床を掃き終え、改めて部屋を見渡す。
室内の白壁は清潔感があって、燦々とした灯りが窓から差し込む。
日当たりは良好で、程よく置かれた観葉植物もご機嫌に葉を揺らしていた。
その中には、初めてクエストへ出かけた日に偶然持ち帰った金色の草もある。
家具の色も明るい茶色に合わせて買い付けて統一感のある雰囲気。
そりゃテレビや冷蔵庫なんて家電的な物はないけれど、それもまた一興だと思う。
「きっと前の住んでた人は綺麗に使ってたんだろうなぁ」
壁や天井には染み一つ無く、さして大きな傷も室内には見当たらない。
老夫婦って話だから、きっと二人っきりで静かで朗らかに過ごしてたんだろう。
僕もそんな日が来たらいいなと思いながら、掃除用具を収納する。
「ふぅ。さて……と」
そうだな、先ずは料理を覚えてみよう。
そしていつかパーティーで仲良くなった仲間達を家にご招待して、次のクエストは何処に行くとか、将来の夢とか、名のある冒険者に成ったらとか、誰が好きだとか、お酒と僕の手料理に舌鼓を打ちながら、色々な事を語って夜を明かそう。
きっと楽しい、いや絶対楽しい。
そして、そんな仲間達の中でも密かに恋心を寄せたりする相手を見つけたり……。
……まぁ、部屋の隅に置かれた黒々しい甲冑と大剣が無ければの話だけど。
「…………やっぱりアレが有るだけで雰囲気ぶち壊しだよ」
差し込む外明かりで鈍く黒光りする鎧と剣を見て一気に現実へ突き落とされる。
意外と収納が無くて、仕方なくで取り合えず鎧を部屋の隅に置いているが、違和感と威圧感が半端ない。
この一週間……と言っても初めてのクエストから、僕は賃貸の手続きとか、夜な夜な起こる怪奇現象からくる寝不足の諸々でクエストに出ていない。
それに半ば夜逃げするようにコッソリと此処へ運んだせいか、ここ最近だと暗黒騎士の目撃情報も囁かれず、ポツポツだけど冒険者達の間でも次の魔物を求めて旅立ったとかも地味に噂立っている。
「うん……やっぱり噂が流れなくなった頃を見計らって捨てに行こう。このままじゃ他の冒険者なんて絶対家に呼べないよ……」
そう、僕が独白した時、ガタンッ。
と、立て掛けていた剣が勢いよく倒れ、金属の跳ね返る音が部屋中にこだまして行く。
「びっくりした……。最近よく倒れるんだよなぁ……もう」
倒れた剣の柄を握り、再び立て掛け直す。
ダークチタニウムと言う素材で出来た剣は、その重圧感に反してとても軽い。
だから倒れる度にその軽量さ故だと思いながら、良い固定方法も思いつかずに何度も立て掛け直していたのだが……。
『……ハルオ。聞こえているだろう』
…………最近、剣を握る度に妙な声が聞こえてくる。
「んー部屋の掃除も済んだし、先ずはクエストに行ってみようかな~……」
『ハルオ。聞こえているのだろう? 返事をしてくれ』
「最近、白魔術師の需要が見直されてるって言うし頑張り時だよね~」
『……なぜ無視するんだ!?』
あの森の中で軽く遭難した日から、剣に触れている時だけ変な声が聞こえてくる。
男の低い声と女性の高い声を合わせたような妙ちくりんな声……。
それも直ぐ真後ろで話しているかのようにハッキリと鮮明に聞こえてくる。
「よし、そうと決まれば早速クエストに行ってみるぞ! 家賃も稼がなきゃだし、いつまでも貯金に甘えてちゃお先が暗いよね!」
僕が剣から手を離した途端に、その謎の声はピッタリと止む。
……正直滅茶苦茶怖いので、この一週間ずっと無視しているのが現状だ。
ひょっとして宿泊していた宿部屋に霊的な何かが居るのでは、とも思っていたが、こうして引っ越してもハッキリ聞こえてくるあたり、間違いなくこの声は剣からだった。
この鎧を一式買った際、鍛冶屋のドワーフが「ダークチタニウムは血肉を欲しがる」という話も相極まってか、とっても怖いし、増々捨てられない……。
「よーし、先ずはレベル2になる為にがんばるぞ……」
こうも怖いと独り言も多くなるというもので、僕は剣を背に出口へと歩き出した。
……時だった。
「――――ギャッ!?」
突然、僕に覆い被さるようにして大剣がぐらりと倒れてきた。
『ハルオ! 話を聞け!』
「い、いやだああああああ!? 怖い! めっさ怖い!?」
再び必死な声音が頭の中に直接響いて来るので、思わず悲鳴を上げてしまう。
『……やはり聞こえているではないか!』
「聞こえません! 何にも聞こえないので命だけは!」
何故か今まで僕の貧相な腕でも軽々と振れた剣が急激に重くなり、鉄板のような身幅に潰れそうになりながらも僕はジタバタと抗った。
やっぱりあの話は本当だったんだ……!
『ハルオよ。何も取って殺す訳じゃない。先ずは落ち着いて話を聞いてほしい』
ふと、プライバシー保護見たいな性別不明の声が、ハッキリとした女性の、それも澄んだような声へと打って変わり、僕は一先ず動きを止める。
すると、その黒々しい重圧通りの重量が嘘のように消え、いつもの重さに戻っていた。
「な、なんでしょう……」
女性の声と言っても、僕に覆い被さっているのは鉄板のような大剣。
そんな残念な情景のまま、僕は恐る恐る尋ねてみる。
『先ずは説明すると、君が我が身体に血を与えた結果、こうして目覚めたのだ』
「え……? え~……。え?」
まるで心当たりがなくて三度くらい聞き返してしまった。
色々思い返してみても、まだこの大剣との付き合いは一週間ちょっとだし……。
『心当たり無いのか? こうして意思疎通が出来る以上、間違いなく君の血なのだが』
「いや……。うーん………………あっ!」
あの《ダークネス・ノイズ》とか言う訳の分からない技名が付いたあの日、そういえばと僕は思い出した。
そういえばあの日、剣についた泥をこそぎ落としていたら指先を切ったんだ。
「…………多分人違いだと思います。それでは」
『待っ――――!?』
僕はよそよそしく剣を立て直し、急いで大剣と距離を取った。
だって血肉を欲しがるって話が本当みたいで怖いじゃないか!?
「は、早く僕よりレベルが高い白魔術師か聖職者呼んで除霊してもらわなきゃ……」
急いで部屋を後にしようと小走りで出口を目指すが……。
『ま、まてえええい!?』
「――――ウンッ!?」
……いきなり剣柄に巻いてあった革紐が解け、シュルシュルと音を立てて僕の首元まで伸びて絡みつくと、その衝撃で後頭部を思いっきり床に打ち付けた。
「痛たぁ!? 痛い痛い!? な、何をするんですかぁあああ!」
グワングワンする頭を押さながら立ち上がり、一瞬押しつぶされた喉のせいで咳込みつつ声を張り上げると、首に絡みついていた革紐の収縮が緩まり、肩に軽く掛かる。
「…………あれ?」
多分、何処かしらに触れていれば話ができるのだろうけど、大剣からの返事は無い。
『たのむ……血を……もう、力が……』
呆然と革紐を手にしながら立ち尽くしていると、微かだがそんな声が聞こえてくる。
なるほど、血が無ければ動けないのか。
ならそのままでいいやと僕は首に掛かる革紐をゆっくりと解き始めた。
これでようやく寝不足ライフからも解放される。
『お願い……もう、眠りたく……な……』
首元に絡んだ革紐を解き終わって床に置いた後、僕は即座に部屋を後にした。
……僕には関係ないし、むしろ不気味な声なんて聞こえない方が清々する。
…………と思う。