05
……あの後僕は、発狂しながら滞在している宿に直行後急いで鎧に着替えた。
「ふぅ、ふぅ……。見つけたぞ………!」
上がった息を整え、兜の奥で何度も深呼吸する。
人目を避けつつ再び森の中へ戻り、僕は今、草むらに隠れて様子を伺っていた。
人の事を散々コケにした三人に今、天誅を下してやる……!
「――えっと、ベビースライムが18体に、リトル・クロウが16体……。全部併せて4万ゴルドーくらいかな。各々が狩った分で別けても十分な報酬だし、今日はこれで切り上げようか、どうも昼前にあの咆哮が響いてから森が騒がしい……」
「――今まで聞いた事も無い獣の咆哮でしたね。……早めに撤退した方がよさそうです。何だかジャックも怯えてるみたいだ」
「――恐ろしい鳴き声ですぅ。何か断末魔とか悲鳴みたいで……。早く帰った方がよさそうですねぇ? 何だか森も薄暗くなってきた見たいですしぃ」
どうやら僕の発狂は森に入り込んだここ等まで届いていたみたいで、さっきから落ち着きがない様子で三人は周囲を警戒していた。
その悲しき獣は直ぐ近くに潜んでいるというのに、思わせぶりなあの女はグルードの背中へと張り付いて不安な表情を浮かべている。
「――さっきからくっ付きすぎだって、動けないじゃんか」
「――だってぇ……怖いの苦手なんですよぅ。くふふっ」
――――今後に及んでイチャイチャし腐りよってからに……!
「…………ホオォオオオウ!」
「なっなんだ!? ジャックが……!」
流石野生の感と言った所だろう。
僕が身を潜めた草むらから身体を起こすと、真っ先に気づいたのはジャックだった。
次いでポクルンの目が向けられると、非常に驚いた様子で手を戦慄かせる。
「あっ……! あなたは…………!」
「――――えっ!?」
「あっ――――――――!?」
三人は僕へ視線を向けた途端に目を見開き、或いは口を開けて驚いていた。
「「「前線基地の暗黒騎士……!」」」
さっきまで馬鹿にしていた鎧の中身が僕だとは知らず、まるで化け物でも見たような顔で各々は驚愕した表情を浮かべて声をハモらせた。
この黒々しい鎧の様相から勝手に暗黒騎士と思われているらしいが、復讐心に燃える今の僕にはピッタリの職業だと鼻を鳴らしながら堂々と歩み寄る。
さて、こいつらをどう調理してやろうか……。
そんな事を考えていると、大層目を輝かせたグルードが真っ先に声を上げた。
「あっ……あの! 暗黒騎士さんのパーティー募集クエストを拝見させていただきました! よろしければ僕をパーティーに……!」
次いで興奮した様子でポクルンが続き、メルダも名乗りを上げ始める。
「ぼ、僕とジャックならきっと即戦力になりますよ!」
「私も氷系魔法ならダンパでは負けませんよぉ……!」
なるほど。色ボケしていようが腐ってもこいつらは冒険者と言う訳だ。
冒険者たるもの名を挙げなければ、と最初に聞いたのは本当の様で、駆け出しが集う街だからこそ、これから広がり行く世界に期待を膨らませているのだろう。
「笑止……。かの断末魔を聞いて怯えている貴様らでは無理だ」
…………なら、手始めにこいつらの冒険者魂をバキバキにへし折ってやろう。
「あのおぞましい咆哮は暗黒騎士さんがやったんですね!」
「左様……。我に同行するという事は、死すらも絶する苦痛が常に伴う。こんな所でチマチマとスライムやクロウ相手に安全なレベル上げをしている様では先が知れるな……」
なるべく素性を悟られないよう、精一杯に声を低く籠らせて答える、
「なっ!? 何故、僕達がさっきまで狩っていたモンスターをご存じなんですか!?」
……とポクルンが痛い所を付いてきた。
「あ、暗黒騎士を舐めるでない! 我が敵感知能力を周辺へと蜘蛛の巣の様に張り巡らせておるから貴様等が何を狩っていたかなんぞ、手に取るように解るわ!」
「何て敵感知スキルだ……! あの咆哮距離からは結構離れているのに……!」
どうやら上手くごまかせた様子で、ポクルンは納得した面持ちを浮かべていた。
危ない……言葉選びも慎重にやらないと……。
「あの……聞こえてきた断末魔はどんなモンスターだったんですかぁ……?」
冷汗に額を濡らしていると、次に不安気な表情を浮かべて質問をしてきたのはメルダ。
「あ? ああ……この森に巣食う亡者を先程切り殺したまでだ。奴は人に恨みを持つアンデッドモンスターである」
まぁ、僕の発狂なんですけど……好都合だしそういう事にしておこう。
「ゆめゆめ油断するな。白魔術師不在のパーティーなんぞ、アンデッド属からすれば恰好の餌食になるであろう。昨今は奴等も活気立っておる……貴様らのような力なき冒険者は街の外へ出ない事が賢明であろう。それか出る際は白魔術師を必ず同行させよ」
……ついでに自身の白魔術活動がしやすくなるよう、ある程度よいしょしておく。
「何て恐ろしい……そんな危険なモンスターが何故こんな駆け出しの街に……」
「まさか、噂の魔王軍すらも恐れるモンスターの目覚めが近いのか……!」
怖がらせて冒険者としての心を折るつもりだったが、俄然興味を示した様子の三人の羨望の間刺しが向けられてしまった。
「かっ、駆け出し冒険者達よ……。貴様等弱者では足手まといと言っているのだ。そ、そうだな。強いて言えば、すぐさまアンデッドの気配を感知して森中を右往左往しておるあの駆け出し白魔術師ならば、光る才能が有っただろう……」
僕がそう告げると三人は予想もしなかったのだろう。困惑した様子でどよめき始めていた。僕の陰口を叩いた事も後悔させてやろうと思っての発言だった。
「確かにハルオさんが居なくなって直ぐ、あの咆哮が聞こえてきたような……」
「そ、そういえば……何故か彼に対してジャックが異様に警戒していた……」
いい反応だと、僕は兜の奥でほくそ笑んだ。
そんな各々の反応に、僕が少しだけ気を許した矢先だった。
「――――あ、あの程度なら私だって転職すればすぐに成れますぅ……!」
意気込んだ様子で真っ直ぐな眼を向けるメルダに、カチン。
と言う音はしなかったけど僕の頭のどこかの血管がプツンと来た。
「あ……あの程度だと……?」
確かに僕のレベルは1なのだが、あの時彼女は共に頑張ろうと手を取ってくれたのにそんな目で見ていたなんて……やはり、この思わせぶり頭ゆるふわ系女子は許せん。
「ほう……。良い心構えだな、黒き魔法使いよ……」
プルプルと声が震える。けど、いくら装備が揃っていても中身の僕はレベル1であって、戦闘に発展すれば間違いなくボロが出るだろう。
「ならば今、貴様の得意な氷魔法とやらで実力を示してみせよ……!」
とりあえず彼女の魔法を見て、その後ケチョンケチョンに酷評してやろうと思った。
「……はい!」
すると……メルダは何処か嬉しそうな面持ちに変わると、
「――行きます! 精霊よ……我が契約に従い凍てつく刃を……!」
……ワンドを僕に向けてきた!?
「――――待――――ッ! 待つのだ!」
「ほえ?」
メルダは詠唱を一旦止めると、上空に形成されていた巨大なツララが弾けた。
同時、目を点にした様子でポクルンとグルードの視線も僕へと向けられる。
……まずい、早く良い訳を考えないと……。
「きっ、貴様の一撃なんぞ我にとってはベビースライムの張り付きにも劣るわ! なのであの岩に向けて魔法を叩き込んで見せよ、傷一つ着かないと成れば良く分からぬから!」
「はっ! 私ったら盲点でした……! 申し訳ありませんですぅ!」
納得してくれた様子でメルダは深々と首を垂れる。
危ない所だった……流石にあんな攻撃魔法を直で受けたら、前線基地の防具だからと言っても死んじゃうかもしれないし……。
「流石前線基地の人間だ……。凶悪なオーガさえも一撃で葬るメルダの魔法がベビースライムの張り付き攻撃程度だなんて……」
「それだけの対魔法防御力を秘めた鎧って事ですね……! 流石だ……!」
二人の言葉を聞いて冷や汗が溢れ出る。
レベル20以下と言え、そんな危なそうなモンスターを一撃で倒すなんて……。
「暗黒騎士さん! 僕達の実力もお見せします! それで判断してください!」
「よし……! あの岩だな!」
「えっ」
何だか良く分からないノリになって来た様で、三人は息巻いて向こう側の巨大な岩石を睥睨している。 冒険者って基本的に馬鹿なのかな……?
「さぁ、行くよジャック……! 僕達の力を見せてやろう!」
「ホオオォォォオオオウ!」
ギラリと羽を輝かせるブレード・バードがけたたましく咆哮する。
すると、両翼が体躯の数倍ある光の刃を形成して、岩石の方へ猛進――――。
「『ブレード・シューター』!」
「ホォォオオオオオオオオオオオウ!」
目にも止まらぬ速さでジャック君が自身の羽をぶつける様にすれ違った瞬間。
ズズズズ……。という内臓をくすぐる様な音が響き……。
――ズウウウンと、岩石が綺麗な断面を斜めに滑らせながらゆっくりと落下。
「行くよ……! 『マグナム・ショット』!」
僕が呆気に取られていると、続いてグルードが声を張り上げ……。
――――バシュウウウゥゥウウン。と自身の腕に取りつけた小さなクロスボウからは想像できない轟音が響き渡ったかと思えば、断面を見せる岩を粉々に打ち砕く――!?
「詠唱完了……! 『アイス・スピアァァアアアア』!」
そして……息を吞む間もなく、いつの間にか僕達の頭上に出現した巨大な氷柱が、まだ飛礫を巻き上げている岩石だった物に突貫する―――――――!
大きなクレーターを残して岩石が消え失せ、土埃が舞いパラパラと音を立てる頃。
「「「さぁ! どうですか暗黒騎士さん!」」」
三人は目を炯々と輝かせて僕の方へ振り返った。
実力を見てみて、色々な理由で有る事無い事こじつけて三人の冒険者としての夢をへし折ってやろうと意気込んでいたのに、僕は呆然と返す言葉も無く立ちすくんでいた。
え、レベル10後半でこれ?
ひょっとして僕の素性がバレた日には肉片になるんじゃないだろうか……。
「ふ、ふむ……。基本は出来ているようだな……。だ、だが我がパーティーに属するにはまだまだ実力不足と言えるな……」
……声が震える。なんでもいいから言い返してやらないと……。
「一体どこがダメでしたか!」
「暗黒騎士さん! 改善点を教えてください!」
「他の属性魔法もありますぅ!」
未だめっちゃグイグイ来る。超グイグイ来る。
向上心があるのはいい事なんだけど、此処まで来るとこの人達怖い。
「ダメだな。全然ダメダメだ……! 貴様等の実力では死体を無意味に増やすだけになるだろう。特に黒の魔法使い。貴様の魔法は派手では有るが、それだけだ。大道芸でも目指すが賢明であろう。特に貴様の様な異性に対してふしだらで現を抜かしておる内は、魔導を極める事叶わぬわ!」
苦し紛れに言ってやった……この思わせぶりの猫被りビッチめ……!
「……は? それが黒魔術とどう関係があるんですぅ?」
―――あっ。選択肢を間違えたみたい。
「さっきから思ってたんですけど、前線基地の人間だからって少し偉そうじゃないですかぁ? あなたも私達みたいな駆け出しの頃が有ったはずですよね? というか初めてお会いするのに勝手にふしだらとか失礼じゃありません?」
「ばっ……ばかっ。メルダ……!」
「グルードは黙るですぅ。ヘコヘコして馬鹿じゃないんですぅ? 玉無し野郎ですかぁ?」
「えっ。えぇ……。すみません……」
その様子だと、彼女の本性を始めて見た様子のグルードは軽く引いていた。
かくいう僕も結構引いてる。
「そこまでおっしゃるのなら、是非お手本とやらを見せてくださいよぉ?」
気弱で物静かで優しそうだと思っていたメルダの眉と目が明らかに吊り上がっている。
今まで本当に猫被っていたのだろう、女の子って怖い。
「これで大した事無かったら、肩透かしもいい所ですけど。ほら吹き大魔王騎士としてこの街に居られなくなるんじゃないですかぁ? あっ、それとも前線基地で食べていけなくなったからダンパに来たんですかぁ? おーよちよち。ですぅ」
プツン。とこめかみ辺りで音がしたと思う。
……このビッチめ、さっきから好き勝手言いやがって!
「大体さっきから素顔も見せないで、何処から目線なんですかぁ? あ、ひょっとしてただの見掛け倒しって事ありませんよねぇ? 中身はもやし君ですかねぇ?」
……そっちがその気なら、こっちにだって考えが有る!
「ようやく化けの皮を剥しよったな、淫乱性悪クソビッチめが……! いいだろう、貴様がそこまで言うなら我が剣技! 刮目して見るがいい……!」
「だっ……! 誰が淫乱性悪ですかっ!」
メルダが地団駄を踏むと、今まで蚊帳の外だった男二人が小さく頷いている。
「確かに……魔王軍領土の前線で活躍する冒険者の実力、見て見たい!」
「前線基地ってレベル70以下は入れないって言うし……一体どんな技が見れるんだ」
ついつい、感情に任せて背中の剣柄に手を伸ばしたのは良いけど……。
……どうしよう何も考えてない。さっきから冷や汗が滝の様に流れて止まらない。
それはもう自分の汗で窒息しちゃうんじゃないかと思う程、兜や鎧の中はぐちょぐちょに濡れていた。
「やっ……やはり止めておこう。我は暗黒騎士である……。故に、加減が出来ぬので周囲一帯が吹き飛んでしまう可能性が危惧される。貴様等を巻き込みたくはないからな」
いくら剣と防具が強いと言っても、僕のレベルはおろか、そもそも白魔術師を選択している以上剣術のスキルさえ習得していない。
ここで引き下がってくれれば……。
「すげぇ……! なら暗黒騎士さんが保有している攻撃スキルで一番威力が低い奴で良いので見せてください! その間僕達は離れておきます……!」
「さっきの魔法を撃った所に穴が開いてるから、そこに隠れてはどうかな?」
「いやっ……そのぉ……そういう訳にも……」
どうする。どうやってこの窮地を乗り越える……。
その間にも、男二人組は目を輝かせながらズイズイと距離を詰めてくる。
男の子ってほんと馬鹿ッ!?
「…………きょ、今日は先程の死闘で疲弊しているので……」
ちょっと脅かして、僕の悪口を言っていた事を後悔させつつ冒険者としてのモチベーションを下げてやろうと思っただけなのに……もう逃げだしたい。
「さぁ! 見せてください! さぁさぁ!」
「僕達なら気にせず! さぁ遠慮せずに……!」
――――――――うん! 逃げよう!
「「「――――暗黒騎士さん!?」」」
僕は予備動作無しで即座に踵を返し、大地を勢いよく蹴った――――。
もう何処か遠くの街に行って、そこでひっそり暮らそう。
それか、何処か山奥で自給自足の生活を送りながら静かに過ごそう。
そんな反省と自責の念を噛み締めながら、岩場を乗り越えようと跳躍した時だった。
「――――――――あっ!?」
迫りくるプレッシャーとストレスによって滲み出た滝汗が足先の鉄靴から漏れ出ていたのか、ツルッと岩場で足を滑らせ――――――。
――――勢いよく宙を一回転し、ついつい握りしめていた剣柄を意に反して抜刀、
「ヌアオオアオアアアアァァァァァァアア――――――――!?!?」
どういう訳か大剣の上に着地してしまい、猛スピードで斜面を滑り出した!?
「えええええぇぇええッ!? どどどどどどどどうしよう!?」
止まらない。止まる気配はおろか、速さはどんどん勢いを増して行く。
そして目まぐるしく過ぎゆく緑の景色は途切れ……目前の視界が一気に広がった。
「がっ――――崖えええぇぇええ!?」
そしてジャンプ台の様に盛り上がった場所が一瞬見えた瞬間だった―――――。
「―――――――――――――――――――――あ」
その日、僕は夕焼けを背景に大空へと羽ばたいた。




