04
それから……五分くらいド突き回されたと思う。
「ご、ごめんねハルオさん……。何か食べ物持ってたりしない……よね?」
「ホォォオウ……!」
ようやくポクルンの肩に戻ったジャックは、未だ闘志の炎をメラメラと燃やしてますと言った目つきで僕を鋭く睨みつけていた。
こいつ焼き鳥にしてやろうか……。
「い、いえ! 丈夫なのが取柄なんでこれくらい全然平気ですよ!」
しかしここで折角拾ってくれたパーティの輪を崩す訳にもいかず、僕は込み上げる怒りと頭部から流れる鮮血を押さえつつ、笑顔でグッドラックと応対した。
「ふ、普段はとても大人しいんだ! ほ、本当にごめんなさい!」
「本当に気にしなくて大丈夫ですからね! それに擦り傷程度なんで……」
ズキズキと痛む頭頂部を押さえながら、僕は必死にポクルンを宥めた。
だが、ポクルンは非常に申し訳なそうに首を垂れ続けている。
「そうだ! 丁度白魔術の『ヒール』っていう魔法を練習したいと思ってたんです! これくらいの傷直ぐに治して見せますって!」
早くこの気まずい雰囲気を払拭しなきゃと、僕は仰々しくワンドを構えた。
この三日間《新規冒険者駆け出しガイドブック》と《誰でもわかる白魔術初級編》と言う本を反芻するように熟読した僕は、早速白魔術師の初期魔法である回復魔法を自身に試してみる事にした。
「よ、よぉし……!」
魔法を行うに辺り、大事なのは集中力と想像力と記してあった。
これなら僕の得意分野だと、大きく深呼吸しながらワンドを握りしめる。
「イメージ……イメージ……」
白魔術とは癒しと祝福の力を駆使する職業。
即ち魔術とは、大気中に漂う意思を持たぬ精霊に心で語り掛け、その力を具現化させる能力。
つまり自分の身体を媒体として、魔力を消費した上に魔法と言う副産物を排出するのだ。
「――――我が身に祝福と加護を! 『ヒール』!」
僕が大きく声を張り上げると同時、ワンドの先端に埋め込まれている水晶のような石が突如発行したと思いきや、光の粒がサラサラと砂の様に零れ出していく。
「やった! 成功したぞ!」
「おお! いきなり練習も無しに具現化できるなんて凄いですよ!」
ポクルンの言葉を聞いて僕は鼻を鳴らす。
確かに、「始めはコツを掴むのが大変なのでドンドン失敗しましょう」って本にも書いてあったし、僕にはとんでもない才能が有ったのではと、自画自賛してしまう。
「でも変ですね、普通は光の粒がふよふよ~ってなるのに」
「……え? そうなんですか?」
い、言われてみれば……本には光の粒が傷口へ飛んでいくって書いてた気がする。
「ああっいやっ……。多分ヒールの粒ではあるんで! 終わっちゃう前に早く被ってください!」
今一腑に落ちないが、僕は光が零れ出るワンドの先端を自身の頭頂部に持っていくと、光の粉末は無尽に頭頂部へ降り注ぎ、直ぐに僕の視界は白色で埋め尽くされて行った。
「…………………」
…………何だろう、思ってたのと違う。
…………それに湿布見たいな匂いがする。
「…………ップ」
光の粉末をセルフで浴びる僕を見てか、ポクルンが一瞬吹き出した気がする。
「……今笑いましたよね?」
「笑ってません」
元はと言えばそこの駄鳥のせいで怪我をしたと言うのに笑うなんてひど過ぎやしないだろうか。
というか、これいつ止まるの……?
「ハルオさん、もう良いんじゃないですか? 傷も治ったみたいですよ!」
気を取り直したようにポクルンが僕に告げるが、止まる気配がない。
「止まれ! ……あれ? おかしいな……とまれ!」
強く念じても叫んでも、未だ粉末は降り注ぎ……やがて……。
「――――お?」
急に足腰に力が入らなくなり、糸が切れたように僕は倒れ込んでしまった。
「ハルオさん! あちゃぁ……魔力切れ起こしちゃったみたいですね」
「魔力……切れ?」
確か……本に書いてあった。魔力切れは貧血のような症状と酷似していて、枯渇してしまうと一切の力が入らなくなるので、己の限界を知らない内は注意! っと……。
えっ? 止まらなかったとはいえヒール魔法一回実行しただけで魔力切れ?
「ど、どんまいです! 僕の魔力ポーションを分けるので使ってください。ヒールは比較的どの魔法寄りも魔力消費が高い魔法なので……」
「す、すみません……本当にすみません……」
「初めてですからね! しょうがないですよ! どんどん失敗していきましょ! 因みに聞きそびれていましたが、今のレベルってどれくらいなんですか?」
「えーと……それこそ三日前に冒険者になったのでレベル1なんです」
「えっ? あ、ああ……初めては誰にでも失敗くらい有りますからね! さ、これを吞んだら立ち上がれるので、一気に飲まずちょっとずつ飲んでください」
今一的を得ない反応と、明らかに引きつった笑みを浮かべたポクルンさんは自身の腰に下がるポーチから青色の小瓶を取り出し、伏したままの僕の口元に運んでくれた。
……今はその優しさとても痛かった。
◇
「グルードさんお疲れ様です。どうでした?」
「ベビースライムが5体。リトル・クロウが7体って所かな、そちらの調子は?」
「ぼちぼちですよー。7体と9体って所です」
「良い調子だ! さぁ、お昼にして午後からも頑張ろうか」
その後……僕は大した役にも立たず、文字通りポクルンのお荷物と化していた。
白魔術師と言えレベル1の僕はヒールしか魔法が使えず、そのヒールモドキも一発打ってしまえば止め方も分からずぶっ倒れてしまう始末。
「さ、ジャック。よく頑張ってくれたね」
「ホォオーウ!」
そもそも僕がベビースライムを叩こうとすれば上空より降下してきたジャックに獲物を奪われてしまい、皆目何をしに来たのか分からなくなっていた。
……どうしよう、めっちゃ帰りたい。
「あ、あの……どうでしたかぁ?」
僕が切り株に座って項垂れていると、声を掛けてたのは黒魔術師のメルダ。
ワンドを両手に握り、可憐にも紫水晶の様な瞳を僕へ向け、小首を傾げていた。
「は、ははは……全然ダメでした……」
面目なく、僕は目も合わせずに応える。
やった事と言えば、鳥にド突き回されて、魔力が枯渇してぶっ倒れただけ。
「わ、わたしも……最初は失敗ばかりでしたよぅ。大変ですよね、魔法って」
その言葉を聞いて僕は重い首を上げ、メルダへ目を向ける。
「め、メルダさんも……?」
「はいっ。最初は全然魔法が打てなかったり……。魔力管理が出来なくて倒れちゃったり……。私結構鈍くさくて……いっぱい迷惑をかけてきましたよぉ?」
照れ臭く三角帽を深く被るメルダは、優しく微笑んでいた。
白と黒。対になる存在といえど、同じ魔法。
きっと彼女も、僕の様に同じ失敗を何度も繰り返してきたのだろう。
「そう……ですよね……! 本にも沢山失敗して覚えろって書いてあったし、ありがとうメルダさん! 元気が出てきました!」
「はい! 魔法使いどうし頑張りますですぅ」
深く被った三角帽を被り直し、メルダは優しく僕の手を握ってくれる。
――――――――はい好き。
「え、えへへ……」
「冒険者の基本は体力ですぅ。お腹いっぱいにして午後も頑張りましょうね」
「はい! よぉーし!」
……これはきっとフラグが立ったに違いない。
今後とも共に色々なクエストへ出て、一緒に窮地を乗り越えた暁には、白のメルダ。黒のハルオとして最初はこの街で名を馳せた後、やがて背中を預け合う存在になり……。
…………行く行くは……!
「あ、ハルオさん。よかったら近くの川辺でお水を汲んできてくれないかな?」
そんな桃色チックな妄想を膨らませているとグルードが声を掛けてきた。
いかんいかん。つい口元が緩んでしまった。
「はい! 直ぐに!」
どうやら人の頼み事には条件反射で反応してしまうらしく、淡い妄想も相まってか、僕は直ぐにグルードが手を差す川辺の方向へと慌ただしく走り出した。
「ふ……ふふふ……」
先程から「魔法使いどうし頑張りましょうね」と言う言葉が頭から離れないで何度も同じ情景を脳内で再放送しながら森を歩く。
わざわざ落ち込んでいる僕を気に掛けて励ましてくれたメルダは、きっと気があるに違いないし、それに……僕は初めて女性の手を握った。それも向こうから!
絶対僕に気があるに違いない!
「あ……思わず駆け出して来ちゃったけど、水袋忘れちゃった……」
道具が一式詰まったリュックを先程の場所に置いてきた事を思い出し、僕は踵を返す。
いくら難易度の低いクエストと言っても此処は森の中だ。
浮ついていたら油断に繋がりかねない、と僕は気を引き締め治す。
水場から先程居た場所まではそう遠く無く、少し歩いただけで談笑する三人が木々を挟んだ向こう側に見えてきた。
「あっ。忘れ物しちゃいま……」
笑顔で誤魔化しながら歩いて行くが、未だ僕に気付かない様子で……。
「――アハハハハハハ! それ本当?」
「――ヒールが砂見たいに出てきて、変な顔しながら自分で浴びてたんですよ」
――――ドキッとしながら僕は何故か木陰に隠れた。
いやいや……聞き間違い。だよね……?
「――ヒールの取得推奨レベルは5なのに、属性魔法すら覚えずに来たみたいですよ。それにいくら魔力消費が多いからって一発撃って魔力切れって、何で魔法職選んだんだよ! って感じで突っ込みたくなりました」
…………こ、こいつら……。僕の事を話題にして笑ってやがる……!
ていうか普通は攻撃系魔法から覚えるという事を知らなかったんですけど。
「――メルダもそこまでは酷くなかったもんね」
「――もぉー! 馬鹿にしてるですぅ! そこまでじゃないですぅ!」
えっ。なんかめっちゃメルダさんがグルードさんにくっ付いてる?
「――相変わらずお熱いですね二人とも~。出来立てほやほやだからかな?」
「――くふふっ茶化さないでくださいですぅ」
………………は? こいつら…………何て?
「――しっかし、午後からもって考えると気が重いです。魔力ポーションも安くないし……ハルオさん、攻撃系の属性魔法は愚か、棒術スキルさえ覚えて無いしで……」
「――んー……じゃぁ午後からは僕が面倒を見ようか」
……うわぁ……滅茶苦茶戻りたくない。
そりゃ足でまといの僕が悪いけど、そこまで言う必要あるか……!?
「――そういえばグルードさんはどうしてあの人をパーティーに? ここ最近毎日朝から晩まで酒も飲まずに酒場に居る変人って噂が立ってたじゃないですか」
「――いやー……何か話してみたら変わるかなーって……。ずっとタケンコ掘りでパーティー募集してたみたいだし……?」
「――えっ、タケンコ掘りってパーティー募集するもんですっけ?」
「――だからだよ。ちょっとどんな人なんだろうって思ってたら断れなくてさぁ」
「――私あの人の目が怖いですぅ……。同じ魔法職だから励ましたけど……」
ワハハと僕を馬鹿にして談笑する三人の耳障りな笑い声を聞きながら、僕は下唇を噛みみつつ小刻みに震えていた。
それに、今もメルダがべったりグルードにくっ付いてクスクスと笑ってやがる。
…………めっっっちゃ腹立ってきた。
僕は三人の元へ戻らなかった。戻る事が出来なかった。
「――――――――――――――――ッィ!?」
そのまま、声にならない声で森の中を発狂しながら駆け抜ける。
悲しいとか悔しいとか、もう色々通り越して憤りを感じる。
「アアアアンンノオオオォォォ! クソビッチがぁああああアァァァァァ!」
そして、森を抜ける辺りで僕は腹の底から叫び散らした。
悲しい咆哮は森中に響き渡ったという。