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02

「……どういった用件で?」


 あの後すぐ、僕は真っ先に前線基地の冒険者ギルドに駆け付けていた。

 受付嬢のお姉さん、レイズは僕を見るなり、怪訝に眉を潜める。


 彼女はアルバイト依頼の常連さんで、当然何度も話した事はある。

 けれど、全身を鎧に包んだ僕が誰か分からない様子。

 それもそれで一興と気が大きくなった僕は、まだ身の上を明かさない事にした。


「今日は冒険者の登録をしに来た」

「……冗談なら他所で言って頂戴。はい次――――」


 あれ…………? 目も合わせる事無く即答されたぞ?


「まっ待って待って! 僕ですよ! ハルオです!」

「はぁ? ハルオ君? どうしたのよその鎧……」


 バイザーを上げた僕の素顔を見るなり、嘆息交じりにレイズは眼鏡を突いていた。


「だから冒険者の登録を……」

「ごめんなさい、訳が分からないの。忙しいから他所でやってくれる?」


 レイズは怪訝な面持ちを浮かべてズレた眼鏡を掛け直す。

 ……何だろう。どうも話が噛み合わない。


「え、でも冒険者って登録が要るんですよね……?」

「貴方今までどうやって生きてきたの? というよりどうやって此処まで来れたの?」


 そういえば僕は今まで素性は愚か、忙しいバイトの日々で身の上話なんてした事なかったし、冒険者とは何ぞやと聞くのはこれが初めてだった。


「ああ、ごめんなさい。記憶喪失って話だったわね。えーと……因みに貴方が言う、アルバイターって職業? 前々から疑問に思ってたのだけどレベルはおいくつ?」


 ……………レベル? 

 確かにこの世界に来る前は女神様から「ゲームの様な世界」とは聞いていたけど、まさかレベルなるものまであるとは思いもしなかった。


「……あの、これ。身分書見たいなカード持ってるかしら?」


 目が点になる僕を見かねてか、レイズさんは懐からカードの様な物を取り出して見せる。


 …………えっ。何それ初めて見た。


「ひょっとして貴方……。今まで何も分からないで前線基地に居たの?」

「え、ええ……まぁ……」


 背筋に冷や汗が流れてきた。

 日々をアルバイトに憂き身をやつし、馬小屋との往復生活。

 そして一切の娯楽さえ控えた結果、この前線基地の酒場さえ足を運ばずケチって自炊ばかりしていた事が仇になった様だ。


 もうちょっと色々な人の話を聞いておくべきだった……今まで世間話しかしてない。

 どうやら僕は、この世界で知らない事が多すぎるようだ。


「恐らく紛失なのでしょうけど、再発行をするには此処から東に遠く離れた《ダンパ》と言う駆け出し冒険者の集う街か、《王都ララティ》で発行手続きを行ってください。その二つの街しか真っ白のギルドカードを取り扱って無いの。まぁ、転移クリスタルを使えばほんの一瞬よ。はい次――――」


 レイズさんは割と事務的に告げると、僕から目を逸らして次の人を呼ぶ。

 そっか……知らなかった……これだけお金を稼いで最強の装備を手に入れたと舞い上がっていたけど、僕の冒険者としてのレベルは1……。


 というか、そもそも冒険者にすら成れてないから1以下……。

 皆元々強くて、パパっと冒険者登録して稼いでいるとぐらい思っていた。 


「いやいや、最初の街か王都に行けばいいだけだし、ちゃちゃっと冒険者登録して……」


 折角だから冒険者ギルドの壁際にあるクエスト掲示板とやらに目を通してみる。

 今まで冒険者じゃない僕には関係ないと思って見向きもしなかったのだが……。


 【マンティコア。報酬金一千万ゴルドー】

 推奨レベル……ろっ70以上!? 耐毒性スキル保有必須……? 

 ……えっスキルって何……?


 その隣【テスカトリポカ。報酬金三千万ゴルドー】

 推奨レベル八十っ!? 封神性武器、耐防火性スキル耐神性スキル必須……。


 …………何だか物凄く気分が悪くなってきた。


 僕が装備無しで貧弱だから、ハムスター程度のモンスターや、その辺の小鳥や小動物にも瞬殺されると思っていたのだが……うん。おかしいのは周りの方だった。


 よくよく考えてみれば僕はここ以外の外の世界を知らないし、前線基地という名前も、まぁ、そういう場所でそういう世界なんだろう、くらいに考えていた。


「あれ? ハルオ君だよね? やっと装備を買い揃えれたんだね」

「あ、ああ……イディアさん」

「これでやっと冒険者として活躍できるね! 今まで記憶喪失で装備も全部失くしちゃって大変だと思ってたけど、色々思い出せたんだ!」


 いや、思い出したと言うか、そもそも何も知らなかったと言うか……。


「ハルオ君戦士みたいだし、いつかクエスト一緒に行くときは頼りにしちゃうね」


 はい。と言いたい所だけど、僕冒険者ですらないんですとも言い出せず……。

 何より、前にイディアさんとお話した時に「戦士職みたいな頼もしい人が好き」って言う話を鵜呑みにした結果この鎧の購入に至りました。


 ――――なんて勿論、口が裂けても言える訳が無い……!


「……あの、因みに何ですが、イディアさんって今レベルいくつなんですか?」

「んー? えっと……。73だけど? あれ、何か行きたいクエストあった?」


 ……僕の心がバッキバキに砕ける音がした。

 イディアさんとお近づきになる為、危ない前衛職を選んだつもりでいたけど、僕と彼女の溝は多分思ったより深かった。


 よく考えてみたら、僕に前衛職なんて合わないんだ。

 正直戦いなんて嫌いだし、魔王なんて興味無い。

 そもそも、この世界に来た理由も本当は異世界でお洒落な生活をしながら悠々自適のスローライフを送りたかっただけなんだ。 


「なっ……ななじゅうさん……はっ……はははは……」

「あれ? 私のレベル足りなかった?」


 一年間の長きに渡る恋の魔法が、一気に溶け始めた。

 本来グリフォンの羽の様に軽い素材であるダークチタニウムがずっしりのしかかる。


「……あ、今度……今度誘いますね」


 自分でも正気の無い声が漏れたことにビックリした。

 多分その今度が来るのは当分先どころか、何年先になるかも分からない。


「うん! いつでも言ってね、待ってるよ」


 盛大な勘違いと莫大な空回りが生んだ僕の淡い初恋は、こうして幕を閉じたのだ。


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