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「ううわああああああ! 落ちるううううぅぅっぅぅ!?」
そんな情けない言葉を全力で叫びながら、僕は飛び起きる。
自分の声に驚きながら周囲を見渡すと……ベッドに白いカーテン?
え……? 此処は……?
「あっ! ハルオ君よかったぁ……眼が覚めたんだね」
「イディアさん? え?」
呆気に取られていると、直ぐにカーテンを分けてイディアさんが現れた。
その天使の様な柔和な笑みを纏う白衣……と言う事は、ここは病院……?
「え? イディアさん? 結婚は?」
「ん? 結婚? まだ意識が混濁してるんだねぇ。三日も眠ってたんだもん」
我ながら剽軽な質問だったと思いつつ、僕は内心安堵していた。
あの三途の川での出来事は、どうやら勝手な妄想だったらしい。
「ハルオ君は大陸亀の死骸のふもとで倒れてたんだってさ。あの紫髪の女の子と、貴族っぽい人が此処まで運んでくれたんだ」
死骸……と言う事は、無事に済んだのだろう。
何より、僕の目の前で微笑んでくれてるイディアさんが無事なのが証拠だ。
「大陸亀と言えば……どうなったんですか?」
「何かね、突然光の柱が出現して、真ん中に風穴が空いてね。あの亀、体液が溶岩だったんだけど、地中にも深く穴が開いたおかげで、成層火山になっちゃったんだって」
「へ、へぇ……」
心当たりのない出来事とは言え、多くの人を救ったのは事実だと、何となく頬が緩んでしまった。今回ばかりは、誇らしく思って……良いだろう。
「そういえばその悪……じゃなくて僕を運んでくれたお二人は?」
「ああ、そういえば地獄に行くとかどうとか……」
地獄? しれっと何食わぬ顔でイディアさんが言いかけた瞬間、苦しむような声が病室の何処からともなく聞こえてきたので、はたと会話を辞めたイディアさんは急いで声の方へ眼を向けていた。
「あっ、ごめんね。他にも患者さんがいるから、またねっ!」
「……はい、頑張ってくださいね」
相変わらず忙しそうなイディアさんは、他の患者へと駆け寄って行った。
全て終わったんだ。そう思うと、僕は目を閉じて息を深く吐き出した。
今頃、力を取り戻したヴァネッサはメルダとバアルを連れて、魔王とやらを討伐に行ってるのだろうか……?
……何となく、寂しい気もする。
悪魔とは言えヴァネッサのおかげでこうして蘇れたんだ。
最後くらい、礼の一言くらい言いたかった。とも思う。
「……ヴァネッサさん、ありがとう」
僕は小さく独白する。
陰ながら、魔王を倒して魔界に還る事が上手く行くよう願う事にした。
「どういしまして」
「えっ? 居たんですか!?」
「居て悪いか? この鼻の下が伸び切った唐変木が」
僕が独白した直ぐだった。
返事をすると当時に、にょきっとベッド下から顔を出したのはヴァネッサさん……?
「……なんかちっこくないですか?」
その様相は、ヴァネッサさんと言うよりヴァネッサちゃんだった。
天界で見た時とは随分と様相が変わり、幼女に戻っている……?
「貴様を天界から連れ戻すのに力を使ってしまったからな」
「みんなで地獄に向かったんじゃないんですか!?」
「地獄? ああ、貴様が穿った地中へ流れ出た大陸亀のマグマが地熱となって辺りに間欠泉が湧き出る様になってな、この街はいま温泉街として観光復興中だ。地獄湯、通称《ダークネス・汁》に向かったのだろう。奴等三日前から病みつきで困ったものだ」
いやいや知らん知らん。何だその《ダークネス・汁》って。
「えっと……その、魔王は?」
「ああ、その件についてだがな、今回貴様の類稀なる怨恨の力を利用してやる事に決めたぞ。感謝しろ? 貴様の力があればワンパンだワンパン! うははは!」
……え? と言う事は……。
「さてと、我もこうして貴様の命を救う為に力を使った訳だ。また明日からバシバシ働いてもらうから覚悟しておけ。先ずはザイガスの復興討伐パフォーマンスなんてどうだ?」
「ぜっっったい嫌ですからね!? 復興に何で討伐せにゃならんのですか!?」
「ああ、貴様のせいで地中深くから《モンゴリアンデスワーム》が観測される様に……」
「無理です! 無理っ!」
何だその名前だけでも危なそうなモンスター。
「ええい! 我命の恩人ぞ!? 貴様の命は我の物! 拒否権が有ると思うなよ!」
そんなジャイアニズムを全開に、ヴァネッサは僕の頭を引っぱたいた。
「あいてっ……! い、一応怪我人なんですけど僕!?」
「ああ、そうだったな。ならばもう一発喰らわせてやる!」
さようなら僕の異世界お洒落スローライフ……。
と、僕の胸倉を掴み、拳を振りかぶるヴァネッサを前に目を閉じた。
こうなれば……さっさと魔王を倒して日本に帰るという願いを神に聞いてもらうのも悪くないかもしれないし、もはや最善かもしれない。
この悪魔共から逃れれるために……!
「……さぁ喰らえ――――――――」
僕が深く眼を閉じ、攻撃に備えていると……。
「…………っ?」
鼻先から額に掛け、地味に柔らかい何かが僕を包む。
恐る恐る眼を開けると、絶壁……ではなくヴァネッサの懐が僕の頭を包み込むように抱きしめているのが分かり、僕は恐怖の余り身を震わせた。
「な、何が目的ですか……? ひょっとしてもう一度殺……痛ったぁああ!?」
一瞬油断させて、引っぱたくのが目的だったのだろう。
直ぐに僕から離れると、ヴァネッサは僕の後頭部を勢いよく殴りつけた!
「ほ、本気で死にますよ!?」
涙ぐみながら僕がヴァネッサの方へ目を向けると、彼女は背を向けていた。
なんとなく、耳が赤い気がする……それほどまでに怒っていたのだろう。
「…………頑張った奴への御褒美だバーカ。そのまま死ねっ!」
ヴァネッサは振り返らずそう吐き捨てると、勢いよくカーテンを閉め、ツカツカと靴底を鳴らしながら何処かへ行ってしまった。
……悪魔にも、少しばかり可愛い所があるんだな。
と、僕は失笑しながらベッドに横になった。
毎回、あんなふうに素直ならな、何て思う自分が居たのは内緒にしておこう。
「――ヴァネッサ様ぁどうでしたぁ?」
「――ふん、メルダが言う飴と鞭とやらは良く分からん。何より恥ずいっ!」
「――ヴァネッサ様。下僕を従えるなら九割の鞭と一割の甘味! さすれば後はチョロチョロですよ。特に童貞なら猶更かと……」
カーテンの少し向こう側で悪魔共のそんな会話が聞こえ前言撤回。
どうにかこうにかして、この悪魔共から逃れる術を見つけねば!
誠に勝手ながら、書き貯めている文が尽きました故、これにて一時完結とさせていただきます。
最後までお付き合いいただいた方へ、誠にありがとうございました。
拙い文章で書き綴った物語ですが、自分で思っていたよりブックマーク登録を頂いて、とても嬉しく存じます。
よろしければ、評価、ブックマーク、感想などお聞かせいただければ、大変励みになります。
これにて一時完結とさせていただきます。
ありがとうございました。




