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「ミカエル。相変わらずむさ苦しい正義とやらを振るっておるじゃないか」


「…………! そ、その声は!」


 瞬間、僕の腕輪にはめ込まれていた石がミカエルの剣を受け止めた!

 すると、ドロドロと石が溶け出すと……ザイガスではなく、見る見る人の形へ……。


「ハルオよ、貴様が腕輪に念を込めたおかげで此処へ来れた」


 地獄に仏と言えば語弊が有るかもしれないけど、この時ばかりはあれだけ鬱陶しいと感じていたヴァネッサの存在が頼もしく思えた。


 けど…………。


「……どちら様ですか」


 その姿は、頭を覆う様な巨大な漆黒の角と……艶のある長い黒髪。

 そして、死人の様に白い肌と、燃えるような深紅の瞳……ではあるのだが、その様相はちんちくりんだった頃とかけ離れていて……。


「貴様、主の顔を忘れたとは言うまいな?」


 僕よりも身長が高く、スラリと伸びる四肢に露出的で挑発的な恰好……!

 何という色気、なんという絶世の美女、なんという完璧な美貌……と巨乳!


「ヴァ、ヴァネッサ……さん?」

「うむ。如何にも、我はヴァネッサ=サタニック=エルドラゴン・ハオスである」


 とりあえず露出多めで眼のやり所に困るヴァネッサから目を逸らす。

 あれだけ早く居なくなって欲しいと思ってたのに、あれだけ疎ましく思っていたのに。


 なんだ。何なんだ。このクールで知的で完璧な美女具合は……!


「何を厭らしい目で見ておるか! この家畜にも劣る獣がっ!」

「アヒィイィイン!? すみませええええん!」


 チラチラと伏し目がちにヴァネッサを見ていた僕の視線に気付いたようで、何処から出したのか、唐突に鞭でシバキあげられた。恰好も相まってもはやドSな女王様だ。


 僕にドM属性は無い。ので、ただ痛いだけで前言を撤回する。


 悪魔はどう足掻いても、何処で見ても何処で会っても……悪魔だった。


「お……お……おま…………お……!」


 僕が痛みに呻吟していると、大変狼狽えた様子でミカエルは震えていた。

 そうだ。今、神と悪魔が僕の目の前で対立していると、急いで立て直す。


 これから一体何が起こるのか、全く想像つかない……。


「お姉ちゃあああああぁあぁぁぁぁあぁああぁぁあぁん!」


 ……瞬、酷く取り乱した抑揚でミカエルはヴァネッサの元へ全力で駆け寄ってきた。


 それも動きが大変シャカシャカしてて、とても気味が悪い!


「寄るな、気持ち悪いっ!」

「ありがとうございますっ!」


 呆気なく蹴飛ばされるミカエルは、謝礼の言葉を浮かべながらぶっ飛んでいく。

 仮にも大天使だと言うのに威厳もくそも無いようなセリフに僕はドン引きだった。


「1328年7カ月ぶりに蹴られた……懐かしいし気持ちい……懐気持ちい……?」


 ……気持ち悪っ!? 天使ってみんなこうなんだろうか……?


「このシスコンサイコ豚野郎めが……。さ、帰るぞハルオ。天界とか言うこんなドM量産施設に長い事留まれまれば、貴様も只のサイコドM野郎になるぞ」


 そんなミカエルを無視して、ヴァネッサは僕へ視線を向けると手を取った。


「か、帰るってどこへ……?」

「決まっておるだろうが、家だ。その為に迎えに来てやったのだろうが」 


 これが悪魔じゃ無かったら滅茶苦茶ときめいていたかも知れいないけど、僕は戦慄で背筋を強張らせる。

 正直これまでを考えると嫌な予感しかしなかったからだ。


「いやいや! 何が目的ですか!?」

「……頑張った奴にはそれなりの褒美が有っても良かろう?」


 口角を静かに上げ、ヴァネッサは微笑みを僕へ向けていた。

 幼い頃の愛らしい団栗眼とは違い、鋭い眼つきであっても瞳の奥は優しささえ感じる。


「…………えぇっ」


 一瞬、胸がドキっとしたのは気のせいだと思いたい。

 だってこの人は悪魔で、自分の力を取り戻す為に散々僕を利用して……気に入らない事があれば直ぐ殴って、暴力と恐怖で僕を支配する様な人なのに。


 いつかメルダが言っていた、大人の素敵なレディとは、この事なのか……?

 そんな、僕が唖然としていると、


「む、無理無理! 流石にお姉ちゃんでも神の意志には逆らえないよ! このハルオ君は地獄行きが決まってる様なもんだし……元々神に貰った様な命だし……」


 慌てふためきながら、ミカエルは唇を尖らせていた。

 どうやらどう足掻いても僕を地獄に堕とすつもりだったんだと、腹立たしくもなった。


「貴様等は事ある事に、神、神、神と、相変わらず喧しい奴等だ。我は神に仇名す者、神が首を縦に振らぬのなら、我が振らせてやる。我が六千年前に堕落した時の様にな」


「そういえば神がお姉ちゃんを懲らしめようと勇者を送って以来、大変だったんだよ? 以降、神はお姉ちゃんが居なくなった事を悲しんで、敵討ちの為に転生者を送ってるし」


 僕を放置して勝手に話が進んでいる……?

 スケールが大きすぎてよく分からないけど、ヴァネッサを討伐するべく異世界へ送られた今の魔王とやらへ、敵討ちの為に転生者を送っているという事だろうか……?


「ふん。その過保護が鬱陶しくて天界を出たと言うのに……この駄弟が」

「そうだ! お姉ちゃんが生きてたってしったら神喜ぶよ! 会って行かない?」

「ご免だな。神に会ったら伝えておけ、偽りの魔王はこのヴァネッサがくびり殺す故、今後永遠に我を放っておけとな。全く、勇者にソロモンリングなんて携えよって……」


 二人の話を聞くに、ひょっとして、思春期で家を飛び出した娘見たいな感じがする。

 それでもって、神が懲らしめようと最初の転生者を送ったらヴァネッサが殺されて、それにプッツン来た神は、今の魔王を討伐すべく新たな転生者を……。


 うん……これ以上は考えると頭が痛くなりそうなので、止めよう。


「さて、帰るぞ。神臭いのが移る」

「もう、帰っちゃうの……? 久しぶりなのに……後一回だけ殴ってくれないかな?」

「寄るな気持ち悪い。どうせ目を盗んで会いに来るのだろが。死ね」

「くぅっ……! 良い罵倒! 暴力があれば尚ヨシッ!」


 神族だと言うのに、余りにも危険性の多い属性を感じるミカエルを見て、僕は心底ドン引きしていた。今後神様の存在は信じるけど絶対信仰するのは止めようとも思った。


「けど、ここは神の箱庭で意思には逆らえない……どうやってその人間を連れて人間界へ行くつもりなんだい?」

「何度も言わせるな、我は神に仇名す者……」


 唐突に、ヴァネッサが僕の手をぎゅっと握ると……余す手を上へ掲げていた。


「そのような制約、知らんっ!」

「あっ……! お姉ちゃ……!」


 そして一気に腕を振り下ろすと、真っ黒な空間に風穴が空き、下から光が零れ出す!


「――――えっ」

「さらばだ、弟よ。また会おう」


 徐々に崩れ去る床の風穴は大きさを増して、最終的に僕を飲み込んだ――!


「えええええええええええええええええ!? また落ちるのおおおお!?」

「しっかり我の手を握っておれよ、ハルオ」


 重力を失った僕は、真っ逆さまに落下して行った。

 その間も、ずっと……ヴァネッサの手は僕の手をぎゅっと掴んでいた。

 細く華奢でガラス細工の様な彼女の手は、それでも何処かゴツゴツとしていて、

 

 …………悪魔のくせに、とっても暖かかった。


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