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「…………?」


 それからはもう、一瞬だった。

 剣を叩きつけたかと思えば、僕は一面真っ暗な空間に居たのだ。

 どうやら少しだけ意識を取り戻して、直ぐに死んだのだろう。

 確か、僕がこの異世界に来た時もこんな光景だった気がする。


「細川晴夫さん。お久しぶりですね」

「あっ……貴女は……!」


 そんな真っ暗の中、何もない所から突然光が漏れ出したと思えば、もう顔すら覚えていない女神様が空間から湧きだす様に現れた。


「この度は、異世界でのご活躍お疲れ様でした」


 淡くたなびくブロンドの髪と、背中には大きな翼を携え、女神様は柔和に微笑んだ。

 流石に一回目の時より驚きはしなかったけど、そんな如何にもな天使と言った出で立ちを見ると、いよいよ自分が死んだという実感が湧いてくる。


「あの……女神様。ダンパの街はどうなりましたか……?」


 あの後どうなったかも分からないままあの世に来てしまったけど、上手く行ったのだろうか? そんな事が気がかりで、ついつい第一声に尋ねてしまう。


「あ、ああ……大丈夫なんじゃないですか?」

「そ? そうですか?」


 何だか的を得ない様な表情で女神様は目を逸らしていた。


「……たぶん」


 ……ん? 今この天使小声でたぶんって言わなかっただろうか?


「本当ですか? 何かたぶんっていいませんでした?」

「言ってませんけど?」

「…………あ、はい」


 なんとなく女神様の眼が笑ってない様な気がしたので、ついつい萎縮してしまった。

 そんなに怒る事だったんだろうか……。


「時にハルオさん。貴方は転生者で有る故、もう一度この異世界で蘇るか、元の世界で生まれ変わりを所望するか……と言うお話でしたが…………」


「あ、はい! 蘇りを……」


 僕のガムシャラに放った一撃が大陸亀を倒してたとするなら、恐らくヴァネッサは成長しきって魔王とやらを倒しに行ったはずだ。

 そうなると、僕の異世界生活は大変クリーンな物になっているはずだと、蘇る事を女神様へ伝えようとしたのだが……。


「神判の結果、貴方には地獄にてその魂の穢れと罪を償って頂くことになりました」

「は!? 今なんて!?」


 地獄って言わなかったかこの女神様……?

 仮にそれが本当だったとしても僕にはまーったく心当たりが……ない訳じゃないけどあんまりない!


「ええ、地獄行きです。その魂の穢れが無くなるまで」

「おかしくないですか!? 僕そんなに悪い事ってしてな……い」


 異世界でやった事と言えばアルバイトと……これ以上は考えるのを止めよう。

 神様の前で嘘が通用するとは思えないけど、僕は悪魔に利用されただけだ。


「ともかく、僕は被害者なんです! 地獄行きとか絶対おかしいですって!」


 何とか地獄行きだけは回避しようと、手取り足取り全面的に悪魔の仕業なんだと、ありとあらゆる理由やこじつけを吐き出そうとしたが……。


「神判は下った。詳しくはこの《ミカエル》が聞こう」


 突然、女神様の時とは段違いの眩いばかりの光が何もない空間から弾けると、心地よくも全てを震わせるような声が響き渡った。


「ミカエル様……わざわざご足労頂きありがとうございます」

「モリガン、ご苦労だったね。後は僕に任せてくれ」


 モリガンと呼ばれた女神様は静かに首を垂れると、何もない暗闇に溶けて行く。

 女神様が恐縮する程の人物……ミカエル。


 その名は宗教に詳しくない僕も聞いた事がある程のビックネームだ。


「さて……細川晴夫君。モリガンから聞いていると思うが、君の行先は地獄だ。これはどう足掻こうと変えることのできない定めだと思って欲しい」


 サラっと白髪を掻き揚げ、大変整った顔立ちをドヤっと僕へ向けると、ミカエルは言い放つ。その様相は、男とも女とも取れない程に中性的で美しい。


「そう、定め……ディスティーなのさ……!」


 何か大天使って言ってもその態度腹立つが、僕は取り合えず弁解に入る。


「だから、僕は被害者だって言ってるじゃないですか!? そもそも何で地獄に!?」


 するとミカエルはキッと既視感の有る紅い瞳で僕を睨むと、自身の指を四角に組み、絵を描く前やカメラなんかを撮る時の様な形を作る。


「ノンノン……真実はいつも一つなの……さ!」


 ミカエルは無意味に語尾を上げると、手カメラを通して僕の方へ眼を細めていた。


 ……一々腹立つなこいつ。


「君はチート能力乱用の疑いが掛けられていてね、そのせいで天界は大慌てなんだ」


 チート能力乱用……? こればっかりは全く心当たりがなく唖然とする。

 そもそも、僕には何の能力も貰っていないと思うのだが……。


「お言葉ですけど……チートとかそういうの貰ってないんですけど……」

「神の前で嘘は良くない……僕の真実の眼の前では…………あれ? いや……え?」


 閉じていた片目を大きく開け、ミカエルはズイズイと僕の方へ端整な顔を近づけた。


「……本当だ。君には恐ろしく何の才能も感じられない」

「……あの、喧嘩売ってます?」


 疑いが晴れたようで何よりだが、配慮の無い一言に大変イラっとした。


「では君は何故異世界に? 何か一つ願いを聞き入れてもらえるのだが……」

「それは僕も聞きたいですよ。他の転生者さんは何かしら貰ったって言うし」

「ちょ、ちょっと待ってくれ……」


 するとミカエルが空間に手を伸ばすと、辞書も真っ青な程分厚い本を取り出した。

 直ぐにペラペラと僕の隣で本を捲ると、ミカエルはとあるページで捲りを止める。


「細川晴夫……。願いは《トレンディーな街でのスタート》? ふむ、トレンディ?」

「最先端の街って意味です。確か、そんな物書いた気がしますね」


 そういえば、と僕は思い出す。

 生年月日や職歴、趣味や資格等々。

 まるで履歴書の様な用紙を書かされ、願い事と言う空欄にそんな事を書いて、女神モリガンにも同じことを説明したような……。


「……これが君の願い? え? 正気?」

「普通にシラフですけど、さっきからちょいちょい喧嘩売ってますよね?」

「こんな頭悪い願い事を書いた転生者はこの千年間で初めてだ……」

「よーし、一発殴らせてください。話はそれからです」


 悪魔と生活していたせいか、それともこのミカエルが鼻につくだけか、ついつい大天使とは言え粗暴な態度を取ってしまいそうになる。


「君は富も力も望まなかったという事かい? 何故?」

「何故って……知らなかったと言うか……」


 ……確かに、魔王なんて全く倒しに行く気無かったし、戦闘よりお洒落な異世界スローライフを送りたいという一心でそんな事を書いた気がする。


 イディアさんに会うまで、僕は冒険者になりたいなんて思ってなかったし……。

 ていうかその本、チラッと隣ページの人を見ると怪力希望とか書いてある。

 そ、そりゃそうか、異世界に行って魔王を倒せと言われるんだ、やる事は一つだろう。


 つまり……僕が前線基地で異世界生活をスタートしたのも、全部僕の自業自得……?


「では一体、あの天を裂き、地を穿つ程の攻撃を加えたのは誰が……? 初代転生者の下克上事件以来、転生者の管理は徹底し、決して神族を超えない能力を付与する様に言い聞かせているが……あの能力は最早神にも匹敵する悪魔の仕業……?」

 

 僕の勝手な妄想が生み出したイディアさんとロイドの結婚にムシャクシャして確かに剣を振るったのだが、まさかそんな大ごとに成っているとは思いもしてなかった。


 けれど良い調子だ、このまま僕の容疑を撤回してさっさと蘇ろうと思う。


「そうなんですよ! 僕は悪魔に唆されて強制的に働かされていたんですって!」

「……そうか。なら、尚更君を甦らされる訳にも行かなくなったね」


 先程のアホっぽい雰囲気をガラリと変え、ミカエルは僕を睥睨した。

 言葉の選択肢を……間違えた……?


「神族の使命とは、人間界へ正義と秩序をもたらす事……。万物が人の理で起きた事象である限り、我らは一切を傍観する」


 ミカエルは腰に携えていた剣を一気に引き抜き、僕へと剣先を向ける。

 その眼は明らかに、獲物を狩り取る様な、慈悲の欠片も無い様な鋭い眼差しだった。


「しかし、異界より秩序を破る物が現れた時、我らは静かなる監視者から調停者へと変わる。その正義を執行するために……!」

「くっ……! 僕は、被害者ですって……!」


 僕は癖でザイガスに変身しようとするが……腕輪に力を籠めるも何の反応も無く、鈍く黒光りするだけだった。


「な、なんで! クソッ……」


 慌てふためく僕を後目に、ミカエルは剣先を退けると口を切り出す。


「しかし迷える子羊が悪魔によってかどわかされていたのも事実だ。君には二つの選択肢が与えられる。天使の矯正プログラムを受けるか、そのまま地獄に落ちるかだ……!」


「て、天使の矯正プログラム……? それは……?」


「毎朝5時起床、3時間の祈りをささげ、朝食後の奉仕活動! その後昼まで作務! 昼食後は毎日天使や神父の説法を拝聞し、100枚の感想文を書いて提出。そして夕食後は一日の懺悔を5時間行い、寝るまでに毎晩聖書を読了する事! 抜き打ちでテストを行う故、毎日欠かさず一言一句神のお言葉を脳に焼き付けるんだ!」


 一息でミカエルはそんな事を話し切った。

 ……刑務所より酷くないだろうか。


「え? 正気ですか? あんな分厚い本読んでたら寝る時間……」

「そうか、残念だよ」


 徐にミカエルがゆっくりと剣を振り上げると、


「大天使ミカエルの名において、君を断罪する!」

「き、聞く耳持たずううううううう!」



 僕へ叩きつけようと振り下ろす――――!



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