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 亀の内部構造は良く分からないけど、メルダの言う通り、胃壁の向こう側直ぐに、心臓と思わしき巨大な臓器は存在した。


 やはりここも、どういう仕組みか赤く発光している。

 その光量は食道や胃の中とは段違いに明るい。

 それに、心臓と言うには余りにも静かすぎるような……。


「本当に此処が心臓なんですか? 妙に静かすぎると言うか……」

「亀は永き時を生きる生物ですぅ。時に活動時以外は代謝を抑える為に極限まで心拍数を抑えているのですよぉ。そんな事も知らなかったんですか?」


 チクリとついでに暴言を添えるメルダはさておき、そんな雑学知る訳が無い。

 と言う事は……まだ黄金草によって半分寝ている様な状態なんだろう。


「さぁ今の内だ。ヤツの心臓を貫いてやれ」

「ささ、ハルオさん。プスーっとやっちゃってください」


 静かに僕は大剣を構え、最早ただの壁にも見える心臓へジリジリと距離を詰める。

 これだけ巨大であっても、心臓部位に針先程度の穴が開けば一溜りもないだろう。

 ヴァネッサとメルダの言う通り、動き出す前に……。


「……どうしたハルオ。早く刺せ」

「どうかしました? ですぅ?」


 僕は心臓を見上げたまま、ふと立ち止まった。

 別に今さら罪悪感が沸いたとか、そういう訳じゃない。

 一つだけ、妙に気がかりな事が有ったのだ。


「……さっきから気になったんですけど、何で体内が地味に発光してるんですか?」

「知らないですぅ」

「御託は良い、さっさと止めを刺せ」

「そうですか、じゃあ……何故ヴァネッサさんは形状が少し変化してるんですか?」

「……気のせいだ」


 さっき大剣を構えて気がかりになった事がある。

それは、剣が少し刃こぼれて、溶けている様な形状に成っている事。


何より、体内が赤黒く薄っすらと光っている事と、ある程度の熱を加えると加工が容易になると言われるダークチタニウムの性質、そして山とも見紛う大陸亀。


 これを擦り合わせると、僕はその事について訊ねざるをえなかった。


「この大陸亀の体内の血流は……ひょっとしてマグマなんじゃ……?」


 さっき、胃の中で兜のバイザーを開けた時に感じた妙な熱さ。

 そして今、少しだけバイザーを開けた途端、焦げそうな程の熱気が顎辺りを撫でた。


 この鎧は高所から落下しても、モンスターから攻撃されても傷一つ付かない超業物である故に、耐火属性の様な属性防御が付いてても何一つ不思議じゃない。


 けれど、全てを飲み込む灼熱のマグマに浸かってしまえば?

 つまり僕は、心臓を一突きした途端、吹き出したマグマによって……。


「そうですねぇ。バレちまったもんはしょうがないですぅ」

「そうだな。死んでくれハルオ」


 そして、いつも通り悪びれた様子なんて毛ほども感じず、二人は言い放つ。


「……それってヴァネッサさんも溶けてなくなるのでは? 現に溶けてますよね?」

「心配は要らぬ。復活直後の我なら耐え切れずに融解していたかもしれんが、その為にコツコツ我の力を蓄えさせたのだ。それにこやつの生命を奪えば一気に完全復活へと飛躍する。マグマなんざ我にとってはぬるま湯にすぎん。それにメルダは霊体だ」


「……じゃぁ、僕だけ死ぬって事ですか?」


「その後はちゃんと冥府魔導の道を示してやるから、死んで来い」

「死の際に苦しめば苦しむ程、冥府魔導としての拍が付きますよぉ?」


 ……ふざけんな。

 何が悲しくて亀の体内でエクストリーム自決を決め込まなきゃいけないのかっ。


「ふざけるなよ、この悪魔……! さんざん人の事を利用しておいて……!」

「その割にはザイガスとしてのハルオさんは随分ノリノリでしたねぇ?」

「体は正直なんだろうなぁ? 嫌よ嫌よも好きの内というやつか? あ?」

「…………うっ。それは……ヴァネッサさんが脅すから……」

「何だかんだ言って鎧を捨てきれなかったのは貴様だよなぁ? なぁ~?」

「ですぅ~。だって白魔術師としてのハルオさんの才能はカス見たいなものですし、本当はザイガスとしての自分に対して傲慢になってたんじゃないですかぁ?」


「………………」


 声だけではあるが、十分すぎる煽りは僕のメンタルを八つ裂きにして行った。

 恥ずかしさとか悔しさが込み上げてきて勝手に身体がプルプル震える。


「元々は貴様が良く分からん植物を持ち帰らなければ良かったのになぁ~?」


 ……それを言われると、正直何も言い返せない。

 悪魔共に口喧嘩で勝てる訳が無いとなると……残された道は……。


「絶ッ対嫌です! マグマに溶かされながらグッドラックするとか絶対嫌ですからっ! ていうか動けるんだからヴァネッサさんがやってくださいよ! ここまで来たんだからもういいですよね!?」


「お、逆ギレか?」

「逆ギレですねぇ」


 もうなんとでも言えと、僕は踵を返した。これ以上付き合い切れるか!


「別にいいぞ? その代わりダンパが更地になるだけであるし? 頃合見つけて我が止めを刺せばいいだけだし。なぁ?」

「あーあー。あの祓魔師のイディアちゃんとか言う女の子が可哀想ですねぇ? 動けない病人とか怪我人もいるでしょうし? あーあー」


 そんなわざとらしい悪魔共の声に、僕はもう一度心臓方向へ踵を返した。


「分かりましたよ! やりますよ! やればいいんでしょうっ!?」


 イディアさんと最後に会ったのは四日前の事。余り確証はないが、恐らく、彼女はザイガスの正体に気付いてるかもしれない。


 もし……この大陸亀の進行を止めた暁には、僕の事を見直してくれるだろうか。


 ……ていうか、付き合ってくれるかもしれない。


「うんうん。分かればよろしい。気が向いたら助けてやるから」


 見え透いた嘘なのも分かっているけど、僕は大剣ヴァネッサを深々と握った。

 一つだけこの悪魔達が知らない、まだ明かしてない秘密がある事を僕は思いだしたのだ。


 そうだ、僕は転生者だ。つまりここで死んでしまっても、もう一度復活できる……はず。

 そうなれば、完全復活したヴァネッサとやらは魔族達を連れて魔界へと帰り、先ずは仇敵である勇者……現在の魔王を倒しに行くだろう。


 さっさとこの悪魔達からさよならバイバイする為に僕はここまで来たんだ。


 なら……後は心臓を一突き。迷うことは無いと、大きく息を吸い込む。


「うおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉおお!」


 僕が剣を突き出す様にして、心臓へと突貫した時だった。



 ――――――――ドックン。



「―――――――――ッ!」


 全身を芯から揺らす慟哭が轟くと、僕の身体は軽々と弾き飛ばされた。



「――――!? ――――!?」

「――――! ―――――!」



 何が起こったのか、僕には全く理解できなかった。

 何も聞こえないし、何も見えない。


 ……ひょっとして死んだのか……? いやでも、手には剣を握る感覚がある。


 え? 本当に何が起こったんだろうか。

 身体だけが妙に揺れて、顔が全身ぐちゃぐちゃに濡れている……? 


 これは……?


 ――――――――ドックン。



「――――グボッァ!?」


「――――!」

「――――――――! ――!?」


 再び、僕の体内を鼓動が駆巡ると、目、鼻、口、耳……全ての穴と言う穴から生暖かい感覚が噴出して行った。


 口いっぱいに広がる咽返りそうな血の味は、無尽蔵に湧きだしていく。


『盲点でしたぁ。これだけ巨大な心臓ですぅ。密閉空間の振動よって内臓が……』

『おい、しっかりせんか! 何を寝ておる。立て、立って止めを刺せ!』


「…………? ゲボッゲボッ!」


 脳内に直接語り掛けてくるような二人の声へ返事をしようにも、血が喉元から逆流して行くだけだった。どうやら巨大な重低音によって、文字通り僕は内側から弾けてしまったんだろう。


 ……それに、もう力が入らない。


『……ふん、どうやら我が買い被り過ぎたようだな』

『あちゃー……ここまで見たいですねぇ』

『……機を待つぞ。この振動では流石の我でも近寄る事すらままならん』


「…………――――――――」


僕は静かに……瞼を閉じた。


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