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メルダが僕の首を勝手に動かす案内の元、妙に開けた場所に辿り着く。

 何故か薄っすらと体内が光っており、辛うじて形状を維持した建物や、枯れきった巨木、そして大きな木造船なんかが、無造作に散らばっているのが目に入る。


「……胃ですよね、此処!?」


 胃の中と言えば決まっているフラグが有ると、僕は身を強張らせた。


「生命の気の流れだと、胃壁の直ぐ向こう側ですねぇ。しかしどうしましょう、いくらヴァネッサ様の大剣御姿が凛々しくあろうとも、この巨躯からすれば胃壁を切りつけても魚の小骨が刺さった程度でしょうしぃ?」

「何、ハルオの《ダークネス・パイスラッシュ》をかましてやればいいのだ。こいつなら霊体であろうと想像力で何とかなるだろう。ほら童貞、早くやましい事考えろ」

「ど、童貞違いますから! それにそんな簡単に言わないでくださいよ!」


 背後からはメルダの声、そして握る大剣からはヴァネッサの声。

 好き勝手言ってくれてるけど、僕はずっと嫌な予感がしていた。

 そう、胃の中と言えば……。


「ん、何だ? 何やら水かさが増してきてはおらぬか?」

「ああ、胃液ですねぇ。目が覚めて内臓も活性化したのですぅ」


 やっぱりと僕は身を構えた。どうしてこうも落ち着いてられるのかこの悪魔達は!


「は、早く高所へ逃げないと溶かされますよ!?」


 僕は急いで、その辺りにあった建造物らしき物をよじ登る。

 これだけ大きな身体なんだ、僕みたいな小物は微生物みたいなものだろう。

絶対直ぐ溶けてしまうに違いない……!


「ハハハッ! 必死に建物を登りよってから、まるで虫けらだな」

「まぁヴァネッサ様は特殊金属だし、私は霊体ですしぃ? そんな焦る事ないですぅ」


 他人事だと思って好きに言いやがってこの悪魔共!……


「僕が死んだらヴァネッサさんも共倒れですからね!? 分かってます!? 僕絶対亀の養分になって山に還るとか嫌ですからね!」

「ふん、言われなくとも分っておる。ハルオの分際で生意気であるぞ?」


 大剣が平たい部分で僕の頭をめっちゃ小突いてくる。

 そんなに自発的に動けるなら自分でやればいいのにと思う。


「しかし……しばらくここから動けそうにありませんね」


高所から様子を伺っていると、シュゥウゥ、と音を立てながら枯れ木や木造船が白い煙を上げていた。

後、数秒遅れていたら絶対ザイガスの鎧を残したまま中身の僕は溶けていたと思うとゾッとする。


「けどそんな悠長な事言ってられないですぅ。今は黄金草で一時的に凌いでますけど、恐らくあと数分で亀さん動いちゃうですよ?」

「黄金草? そんなアイテムがあったんですか?」

「貴様が毎朝毎朝気味悪く水を注いでいただろうが」


 ……ん? それってもしや、僕が最初のクエストに出て、森の中で軽く遭難した際にいつの間にか身体に巻き付いていた、観葉植物のメルシーの事だろうか……?


「……嘘ですよね? また僕の事騙してからかおうとしてます?」

「貴様なんぞからかっても1ゴルドーの得にもならん。メルダ」

「はーい。可哀想だから教えてあげますぅ。元々あれは冥界に生息する植物で、植え付けた主を永遠の仮死状態に陥らせる不思議な植物なんですぅ。元々この亀さんも地獄に住む魔物でしたけど、勇者の影響でこっちに来ちゃったんですねぇ」


 と言う事は……ヴァネッサが勇者に倒されてからこの千年間、ずっとダンパの街付近にこの大陸亀とやらは眠っていたという事になるらしい。


 そういえば僕がダンパに来た最初の頃、魔王軍すらも恐れるモンスターがいるとかどうとかを、酒場で聴いたような……。


「ま、簡単に言うと全面的にハルオさんのせいですねぇ」

「いやいや! おかしいですって!? 説明になってませんって!」 

「黄金草は亀さんの内部まで根を張って栄養を吸収する不思議な植物でしてねぇ。そのせいで亀さんは動けず、只の山と化してしまうんですぅ。なのでハルオさんが黄金草を引っこ抜かなければ、そもそも亀さんは動かなかったんですぅ」

「……え? え? どういうことですか?」


 いよいよ血の気が引いてきて、僕が訊ねると、説明的に語るのはヴァネッサ。


「凡そ三千年前に一度、地獄のとある自称美食家クソ食い馬鹿野郎が、珍味と言って黄金草を食した事があってな……あの時は流石に大変だった」

「あの時は焦りましたねぇ。ルシファーさんめっちゃ怒ってましたしぃ」

「奇跡的に種が残っていたから事なきを得たがな」


 額に妙な油汗が滲み出したので、僕はバイザーを開けて拭うと、とても顔が熱い。

 恐らくは消化によって熱が生じているのだろうか……?


「ちょっと待ってください……頭の処理が追い付かないんですけど?」

「本来開花すれば一時的に吸収する栄養の量が減少する。故に亀は動くが、移動すると言っても本の少し。直ぐに種を落とす黄金草が与える仮死状態とは、その循環的な営みによって効力を発揮する。つまり貴様が引っこ抜かなければ只の地震程度で済んでいたのだ。今は付け焼刃に黄金草wpこの亀の背に移植している状況だな」

「ですぅ。蝶の羽ばたき一つで竜巻が起こるように、運命の歯車や歴史的大災害とは、時として小さな綻びと共に生じてしまうものなのですぅ。地獄では種から直ぐに黄金草を生成することができましたけどぉ、今回は無理っぽいですしねぇ」

「今回に限っては人災だがな。ハハハハ!」

「ですぅ! くふふふ」


 悪魔的ジョークを交えたつもりなんだろうか。

 …………笑えない。


「そんな栄養価を必要とするならお水くらいで華なんて開くものなんですか!?」

「毎朝話しかけてましたからねぇ。ハルオさんの邪な想いが開花までに至らせたのですぅ」

「言霊って奴であろうな。只でさえ感情エネルギーが高いハルオが織り成したのだろう」

「は、ははは……嘘だぁ……」


 けど、ここまで来ると乾いた笑い声が意に反して零れ出てくる。

 毎日僕がありがとうと言う気持ちを込めながら育てていたメルシーが、まさかそんなとんでもない物だったなんて……。


「じゃ、じゃぁ……開花する前に移植しておけばこんな大事に……」

「うむ。黙ってたぞ」


 僕が訊ね終わる前に、キッパリとヴァネッサは言う。

 それはもう、清々しい程に!


「念の為に聞きますけど……なんで?」

「だってこやつを贄として喰らえば、我完全復活するもん」

「だから別にこのまま亀さんが動いて更地になろうが、私達にはまーったく関係ないんですよねぇ。くふふっ」


 なるほど。僕が此処で胃液が引くのを待っていようがいまいが、大陸亀さえ討伐できればこの悪魔共は何でもいいらしい。


 つまりは……僕が自発的に動く動機が欲しかった……のだろう。

 さながら、ダンパで暮らす人達は人質と言う訳だ。


「……この悪魔めっ! 何考えてるですか!?」


「「悪魔だもん。ですぅ」」


 あの時、嫌が応でも祓魔師のイディアさん側に寝返っておくべきだった。

 人を惑わし、神の教えから背かせる悪魔……うん、こいつらは人類の敵だ。


 となると、さっさと魔界とやらにお帰り願おう……!


「よーく分かりました。ならさっさとこのデカブツを……」


 とりあえずこの場に居ても埒が明かないと、


「――――葬り去ってくれるわっ!」

「――――あっ!? 貴さ―――――」


僕は剣柄の革紐を解いて自身の腕に巻き付け、ヴァネッサを勢いよくぶん投げた!

 真っ直ぐ投擲した大剣ヴァネッサは向こう側の胃壁に深々と刺さると同時、僕は叫ぶ。


「今だ! 伸びて重くなれっ!」

「ほう。一瞬ぶち殺してやろうと思ったが、今は許してやる……!」


 根元まで深々と刺さった大剣は自重によって、その胃壁に裂傷を与えながらゆっくりと下がって行く。

ある程度まで傷が広がると、突如大剣が吸い込まれる様に傷口の中に引っ込んだ。


「成程ぉっ! 体内の消化によって生じたガスを利用して……!」 

「このデカブツ……! 今心臓を一突きしてくれる!」


革紐を引っ張ると、その傷口目掛けて僕は一直線に引き込まれた。



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