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 しゃかりきになってティコの村を走っている時だった。

 丁度、村の出入り口の所に、お世話になったお婆さんが立っていた。


「何処に行くとね」

「……ハァッ……ハァッ……僕、ダンパの街へ行かなきゃ……ハァッ……」


 一旦止まり、上がりきった息を途切れ途切れに僕は言葉を発した。


「その、お世話になりました……じゃあ……」


 こんな所で道草を食ってる場合ではないと、再び膝へ力を入れる。


「……待たんね」


と、お婆さんは何故か僕を制止させた。


「……契約の命に従い、汝を召喚せん……」


 すると、項垂れながら独白するように、お婆さんが何かを呟いた時だった。


「――――さぁ、出てこんね! 《悲境の天馬ペガサス》!」


 突然、頭上に青白い魔法陣の様な物が出現したかと思うと、眩い程の光が僕の視界を一瞬だけ包んでいった。


「……な、なんですか?」


 チカチカする眼を抑えながら瞼を開けると、特徴的な咆哮が僕の耳を突く。


「黒い……ペガサス……?」


 突如として、黒々しい有翼の馬が僕の目の前に現れていた。

 まさか、幻獣を召喚する程の高レベル冒険者だったとは知らず、僕は目と口を大きく開きながら、その圧倒される雰囲気を放つ天馬を眺めていた。


「まさか召喚術師が珍しかとはいわんやろ。ほら、乗って行かんね。昨晩は爺さんとポクルンが世話になったみたいやし、その礼さね」


「……ありがとうございます!」


 驚くのは後だと、僕は急いで天馬の鬣を掴んで乗馬する。

 このお婆さん、本当は僕の色々知っていたのか……。


「また来んね。まっとるよー!」


 馬は尾と立派な鬣を長く風になびかせながら、その力強い蹄で大地を蹴り上げた。

 そして、まっしぐらに空へと滑走して行く……!


「凄い!これなら……間に合う!」


 ◇


「ヴァネッサ様ぁ……本当に此処で待つつもりですぅ?」

「ああ、来るさ。絶対にな」

「しかし、亀の頭上とは……何もこのような危ない場所で待つ必要ないのでは?」

「いやですぅ、亀の頭だなんて破廉恥ですぅ」

「やかましいっ!」


 ハルオが天馬に跨り大空へ繰り出した頃。

 三人の悪魔は、大陸亀の頭頂部で長閑にお茶を啜っていた。


「奴は間違いなくこの頭上を通るだろう。何となく分かるのだよ。それにこの場所が一番外皮も薄い故、我の拳が届くやもしれん」

「何か相思相愛みたいでムカつくですぅ。私のヴァネッサ様なのに」

「馬鹿言え、抜け殻とは言えあの鎧は我の身体の一部だ。なので昨晩ザイガスと化したのも全て掌握しておる、そして、今向かっておるのもな……」

「ほう、流石ヴァネッサ様。抜かりの無い」

「……ますますムカついて来たですぅ」

「ですがヴァネッサ様……今は黄金草を一時的に植え付けてるとは言え、開花しきった状態ではやはり焼石に水かと……持って後5分程度でしょう」

「ならば貴様がこの亀に飛び込んで大好きな糞に塗れて見るか?」

「ハハッ! それは楽園へ行きたいか? と言う提案で?」

「そしたら二度と出て来れない様、亀事そのまま埋めて差し上げるですぅ」


「……では手筈通り、我がこやつの延髄を全力で殴りつけ、メルダは幽体へ、バアルは魂の抜けたメルダを回収。でよいな?」


「「仰せのままに。ですぅ」」


「バアルさん、何かしたらマジで殺しますからねぇ?」

「ふん、色欲如きが地獄の首領である私を御せるとでも?」

「ソロモンに使役されてた分際でよく言うですぅ」


「無駄口はそこまでだ、来るぞ……!」


 ヴァネッサは静かに笑みを浮かべ、遥か上空へと目を凝らした。


 ◇


 あれから、僕はダンパの街へ一瞬で到着した。

 流石幻獣と呼ばれるだけは有ると思う、その速さは凄まじい物だった。

 前に一度だけ乗った事の有るジェットコースター何て目じゃない程に、滅茶苦茶怖くて、振り落とされないよう必死にしがみ付いて目を瞑っていたら、いつの間にか到着していた。


 そして、遠くでも分かる程に大陸亀はとても巨大で、一見すれば本当にただの山にしか見えず、むしろ小さな島が少しだけ浮いているようにも見えた。


 後はマジであれをどうやって倒すか……だったのだけど……。




「うわあああああああああああああ何でえええええええええええぇぇぇえ!?」


 ……そんな僕は、今猛スピードで大空を落下している。

 行きなり大陸亀の真上に来たかと思うと、天馬はその姿を綺麗サッパリ消したのだ。


 いや、何か知らないけど角が赤く点滅していたから、何となく嫌な予感はしていた。


「し、し、し、しししっ死ぬウウウゥゥゥゥゥウウ!?」


 いくらザイガスに変身してるとは言え、多分死ぬと思う。

 ていうか、絶対死ぬ!



「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア――――――!?」




 ――――それは突然だった。

 この上ないくらいの音量で、全身を揺らす様な咆哮が轟いたと思えば、僕の視界は一面真っ暗闇に包まれた。やっぱり、僕は死んだ。と思う。


 痛みが無かった辺り、即死だろう。


 でもなぜか、妙に生ぬるい感覚が全身をブニブニと包んでいる。

 死ぬのって二回目だけど、こうもブニブニしていたっけ……?


「非常に残念ですがハルオさん、貴方は亀に食われて死んだですぅ」


 特徴的な抑揚を発する悪魔の囁きが耳元で聞こえ、僕は身体を揺した。


「めっメルダさん!? えっ!?」

「くふふっ、ここですよぉ。ようこそ地獄へぇ~」


 キョロキョロと、体ごと激しく右往左往へ向けるが、当然真っ暗闇の中で聞こえるのは大変薄気味悪いメルダの声だった。

 地獄の中でも最下層、最狂最悪の極悪人は一切の光が差さない無間地獄へ落とされるって前に何処かで聴いた事がある。


 と言う事は……悪い事ばっかしてたからその無間地獄に来たんじゃ……?


「――おい。どこで油売っておったか貴様」

「ッギャイ!?」


 困惑していると、突然後頭部からの衝撃。

 体が覚えているのだろう、その蹴り筋と威力から、直ぐに誰か察する事が出来た。


「ヴァ、ヴァネッサさん!? やっぱりここは地獄……」

「そんな訳なかろう、ここは大陸亀の体内だ。食道辺りであろうな」


 暗闇に目がなれたのか、辺りは薄っすらと赤黒く発光しており、不気味な陰影を作ったヴァネッサが現れてそんな事を言っていた。


 脈打つ赤黒い壁々に、靴底で感じる妙な弾力と、おまけに凄まじい湿気……マジか。


「じゃあ僕が食べられたって本当なんですか!? ていうか何でお二人は此処に?」

「そういう風に仕向けたんですぅ~。ああ、ヴァネッサ様の勇士はしかと焼き付けておきましたからねぇ! とっても素敵にはちゃめちゃかっこよかったですぅ!」


 疑問に思ったのだが、さっきから僕の真後ろで声が聞こえるメルダが見当たらない。

 振り返っても振り返っても、その姿は見当たらなかった。


「メルダなら幽体と成って貴様に憑りついておる。案内役だ」

「えぇえっ!? 洒落になりませんよ!? こわっ!」

「おーばけだぞぉ~くふふっ」


 やけに首筋がひんやりして肩が重い……!?

 目に見えない分、何されるか分かったもんじゃない!


「さ、時間が惜しい。行くぞ」

「はいですぅ。生命の気を辿るなら……心臓部位はこっちだと思いますよぅ」


 ひんやりとした感覚が頬を覆うと、クイっと首が勝手に動いた。

 心臓……成程、つまり、このまま体内を進行して一突きと言う事だろう。


 それなら……これだけ巨大でも倒せるかもしれないと、僕は大剣に変態したヴァネッサを握り締め、足場の悪い体内を突き進んでいった。


 色々と疑問は残るが、先ずはこの亀を止めなければ……!




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