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……結果、僕は外にポクルンを呼び出した。
流石に家庭内でゴチャゴチャもできないし、何も知らない人達とは言えザイガスの正体が僕だと知れた暁には絶対ポクルンの耳にも入ると懸念した結果だった。
【深夜、皆が寝静まった頃裏の畑へ来い。来なければ殺す】
そう一筆添え、僕はポクルンの部屋へと紙で包んだ石を放り投げたのだ。
そして、僕が外で待つこと二時間……挑発的に書いた事もあって、ポクルンは荒々しい声をまき散らしながら、現れた。
「おい! 出てこい! おいが地獄を見しちゃる! 誰か! 出てこいや!」
改めてその様子を見ても、彼の変わりように驚愕する。
けれど……これ以上僕の罪悪感の種になるなら、容赦はしないつもりだった。
「……ふん。貴様が俺に地獄を見せるだと? やってみろ」
――――ヌラリと、予めザイガスに変身して木陰に隠れていた僕は、頃合を見つけてポクルンの前へと姿を見せる事にした。
「ザッ!? ザイガスさん!? 何故こんなド田舎にっ!?」
先程の威勢の良さとは打って変わり、非常に驚いた様子でポクルンは声を裏返す。
そりゃそうだろう、こんな所で会うなんて僕も思ってなかったのだから。
「貴様の想いが我を冥界より呼び覚ましたのだ……!」
と言う事にしておく。
「じゃ、じゃあつまり……僕の召喚獣がザイガスさん!? やった……無駄じゃ無かったんだ……ずっと信じてたけど、無駄じゃなかったんだあああああ!」
狂喜と言った様子でポクルンは飛んで跳ねて全身を使って歓喜していた。
……はて、このオタンコナスは何を言っているのだろうか。
「僕……ずっとザイガスさんを見てからジャックじゃダメだって思って……! 悪魔的に強い召喚獣を呼ぼうと思ってずっと、怠惰で自堕落な生活を送ってました! ようやく努力が実を結んだ気がします! これから僕の召喚獣に成るんですよね!?」
ああ、そいう事……と、僕はポクルンの言葉を聞いて酷く落胆した。
そういう訳あってたまるか。
「小僧、俺は悪魔だ……誰にも付き従わん! 今日はそんな貴様に助言をしに遥々この地へと降り立ったのだ……!」
「じょ、助言ですか……?」
「……貴様! 畑の加勢もせず、家でゴロゴロと横暴な態度を取っておるらしいな!」
「ハイ! 僕、ザイガスさんみたいになりたいので!」
……怠惰で自堕落で、悪事を働けば働く程強く成れるとか言う悪魔信仰。
メルダかヴァネッサが吹き込んだアホみたいな教えを、今払拭する時が来た。
「馬鹿者っ! 悪魔的白兵戦術を習得するに農家は最適だと思え!」
「ど、どういう事でしょうか……?」
勿論当惑しているポクルンへ、僕は実技を持って知らしめる事にする。
「先ず草刈りは首を狩る用量で応用できる! そしてクワ、斧、などは剣を振るう基礎を身に着ける為の最適な運動である……!」
僕はその辺に生えてる雑草を手際よく刈り取りった後、クワへ持ち替え、高速で何度も地面を耕し続けた。
「な、なんて手際の良さだ……! 暗黒騎士と言う剣術師の中でも無類の強さは、農作業の基礎と共に成り立っていると言っても過言ではないってち事ですねっ!」
メルダからは剣術の才能が有ると言うお墨付きを貰ってるが、心当たりと言えばこれくらいしかない。
だって僕がこの世界に来る前の実家は農家だったし……。
「そして、何故貴様は年寄り相手に横暴な態度を取るのだ」
「はい! あんな老いぼれさっさと死んで供物にした方が……!」
――――一喝。
「違うわい! 全然成っておらんではないか!」
「す、すみませんっ! 何がダメでしょうか!?」
「魂の純度は人生の満足度で決まる……。優しくしておく事で心の隙へ付け入り、良質な魂を育んだ上で、最期の最期に糧になりゆる……! 農作物と同じであるわっ!」
自分で言ってても意味わからないけどそういう事にしておこう。
なんかそれっぽいし。
「はっ!? なるほど、死期が近ければ近い程、終わりよければ全て良しの理論と言う事ですね! 流石ザイガスさんだ!」
……ここまで来ると本物の馬鹿なんだと実感する。
ザイガス信者になるくらいだし、当然っちゃ当然なのかもしれない。
後は……仕上げだろう。
「後、紳士的に優しく振る舞え。本物の強者とは爪を隠す者……貴様の様にキャンキャン吠えておる様じゃ底がしれるっ! 俺は見抜いているぞ!」
「……そう、ですよね……。僕、どうかしてました」
……あれ? 急にしおらしく落ち込むポクルンに、僕の兜の内側は目が点になった。
「本当は、諦めかけていたんです。だから、僕はジャックを失った。従魔術師は、従魔と心の底から繋がる職なんです。だから、聖鳥であるジャックが居なくなったのも、僕に愛想つかせちゃったんでしょうね……。それから僕、躍起になってたみたいです」
……ん? メルダや周囲の話では《ダークネス・ノイズ》のせいでポクルンはジャック君を失ったって話だったが、どうも食い違う。
「だから、悪ければ悪い程、従魔も強いのが来るんじゃないかって、けど……よくよく考えたらおかしな話ですよね、清き心に宿る従魔が悪い人間に来るはず何てないんです。ええ、本当は分かってました。自分でも八つ当たりしてるって……」
ツラツラと、語り続けるポクルンの話に耳を傾けていると、彼は深々と頭を下げた。
「ありがとうございます。ザイガスさん。おかげで眼が覚めました。何となく、貴方の強さの所以が分かった気がします……。僕はあなたに縋ってました、そして上手く行かない事を悪魔信仰を免罪符にしていただけの様に思えます」
そして深々と下げていた頭を上げて、ポクルンは家へとトボトボ戻って行った。
「勿論、これからも一ファンとして、応援します! ありがとうございました!」
何だかそういう態度を取られると、どうも調子が悪い。
そう思うと、僕は一体何をしているんだと、逆に惨めにも思えた。
……本当の弱い自分と向き合ってないのは、僕の方じゃないだろうか?




