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――――――時だった。


 ――――――――ズガアァアアアアアアアアッ!

――――――――猛々しい轟音が響き、飛礫と土埃が舞い上がる。


「――――なっ!?」


 余りにも突然の事で、僕は何も反応できなかった。

 恐らく、台所部分の部屋ごと崩壊したのだろう。いつの間にか瓦礫によって押し倒された僕は、ゆっくりと上体を起こす。


 いったい何が……鎧を着ていなかったら即死していたかもしれない……。


「今度は何やらかしたですぅ……?」

「台所を爆破するとは、見逃してやればいい気になりおってから……!」


 そんな只ならぬ状況を目の当たりにしても一切慌てた様子の無い悪魔二人の声が、埃の向こうで聞こえた。


「おいベルゼビュー、貴様の仕業か?」

「ち、違う違う……」


 今だ視界の悪い中で、ヴァネッサとバアルが声を上げていた。

 そうなると、台所を破壊したのは一体……。



「――――――やっぱり……悪魔の仕業だったんだねっ!」



 そんな時、ヴァネッサでもメルダでもない女性の、それも酷く聞いた事のある声が響く。

 青空キッチンとなった我が借家の台所に蔓延した土埃は次第に晴れ、その声の主の姿が露わになる頃…………僕はその怒気を放つ声主の姿を見て、驚愕した。


「い、イディア……さん……?」



「ようやく尻尾を掴んだよ、悪魔ベルゼビュー……!」


 いつも朗らかだった蒼い目を吊り上がらせ、所々に白銀の甲冑を着込んだ様相のイディアさんは怒気を含んだ声を荒げていた。


「大悪魔ベルゼビュー……! 神の名の元に置いて、汝を滅却しますっ!」


 普段の雰囲気とは打って変わり、イディアさんは臨戦態勢といった様子で杖を構える。

 その先端にはこの世界独特の十字架が付いており、真っ直ぐとバアルの方へ向けていた。


「暗黒騎士を使役し、迷える人々へ悪魔信仰と言う邪教を浸透させた上に、昨晩何の罪も無い人を臭気放つ謎の液体塗れにしたのはあなたの仕業ね!」


 その言葉を聞いてイディアさんの眼中の外である僕がドキっとする。


「えっ……知らん知らん………」

「しらばっくれても無駄だよ!」


 そんな混乱したバアルに、イディアさんは聞く耳を持たないといった様子。

 主に前半は我が家の悪魔共のせいだし、後半の液体塗れにした云々に限っては、カレーに魅了されていたとは言え僕がやった事である。


 恐らくザイガスの中身が僕だとバレていないようだし、黙って置こう。


「そこのお嬢さん達、ここは危険だから一旦離れて!」


 するとイディアさんがバアルへと杖を向けたまま、悪魔である二人へ叫んだ。

 僕は嫌な予感がしつつ、兜の奥からヴァネッサへ視線を移すと、案の定ヴァネッサは頬をピクピクと動かしていた。


「ほう……? いいだろう小娘……!」


 瞬間、ヌラリとヴァネッサが身を揺らす。

……二人は何もしなければ一見普通の女の子達である。

流石のイディアさんも見抜けなかったらしく、直ぐに視線をバアルへ戻していた。

いくら高レベル白魔術師のイディアさんであっても、悪魔三人相手になればタダじゃ済まないだろう。


その時は僕が……そう思い、直ぐに動けるよう膝を軽く曲げ……。


「では、後は頼んだぞ」

「はーい。頑張ってくださいですぅ」


 僕の緊張感とは逆に、ソソクサと回れ右した二人は振り返ることなく歩き出す。


「…………え?」


 余りにも白々しい二人の態度に、思わず声が漏れた。

 その間にもヴァネッサとメルダは何事も無くこの場を後にしていく。


「ま、待っ! 君達は……!」


 そんな二人を一旦止めようと、バアルが酷く動揺していると……。


「問答無用! 天にまします我らが主よ、悪を祓う力を……!」


――――杖を斜めに構えたイディアさんが此方に向かって駆け出した。


「っちぃ! この天使の犬めがっ!」


 イディアさんが叫び、両手で握り締めた杖をバアルへ叩きつけるべく身を翻す。


「はあああああ! 《ホーリー・ストライク》!」


 その一瞬、バアルが身を半歩後ろへ引き、イディアさんが振り放った一撃を紙一重の所で交わす瞬間、バアルは自身の足元を一蹴し、後方へ跳躍しながら距離を取っっていた。


「……っく、早いっ!」


イディアさんの叩きつけようとした杖は勢いを余して、倒壊した瓦礫の転がる地を叩きつけた、


 ――――――途端に――――――――ゴンッ!

 刹那、轟音を響かせ高と思えば、僕は宙に浮いていた。


 人は死に直面すると視界がスローモーションに映ると聞いた事がある。

 そのせいか、僕が浮いている視界と並行的に、ふわっとした様子で瓦礫も舞い上がっているのがハッキリと見えた。


「――――――――えぇ!?」


 ゆっくり、宙に浮いた瓦礫と僕が落下――その地面を見ると……クレーター……?


「やはり祓魔師エクソシストか……!」


 祓魔師……? そんな冒険者ガイドブックにも乗ってなかった謎の職業を呟くバアルの声が僕の耳に届く頃、僕は勢いよく地に叩きつけられ、斜面を転がっていた。


 どうやらイディアさんの放った一撃は大きなクレーターを形成した様子で、半円形の中心、つまり、イディアさんの足元でようやく僕の勢いは制止した。


「暗黒騎士の人、今払ってあげますからね!」


 そんな足場の悪さも一顧だにせず、イディアさんは僕を見下ろしたまま一歩踏み出すと、


「天にまします我らが主よ、悪を祓う力を! 《ホーリー・ショット》!」


 ――――そのまま杖をゴルフクラブの様に僕へ――――――。


「ヒィッ!?」


 恐怖の余り、僕は兜の内側で目を閉じる。こんなの全然ホーリーじゃないっ!?


 ……………。………………………?


「…………あれ?」


 一向に叩きつけられる気配が無いので、薄っすらと目を開けると、いつの間にか倒れこんた僕の前に出現したバアルが、イディアさんの一撃を受け止めていた。


「…………その者に手を出さないでもらおうか?」

「……なっ! 祝福を付与した私の一撃を指だけでっ」


 紳士的に背筋を伸ばし、バアルはクレーターを形成する程の威力が予期される杖を軽々と指二本で受け止めていた。


 やだ……悪魔なのにちょっとカッコいいんですけど……!

 むしろ何の躊躇もなく杖でぶん殴ろうとして来たイディアさんがちょっと怖い。

 と、いうか祓魔師と言う聖なる職業が物理過多なのはどうかと思う。


「相手が悪かったようだね、小娘!」

「流石は魔王サタンに次ぐ冥界の実力者……!」


 イディアさんがそう言うと、後方へ跳躍して一気に距離を取る。

 ただの危ない人だと思っていたのに、バアルはとんでもない悪魔だったようだ。


「私はただカレーライスを食したいだけ。身を引くならば許してやらんでもない」

「祓魔師は悪魔に屈しないんだからっ!」


 そんな絶対的正義と絶対的悪が膠着する中、完全に僕は蚊帳の外だった。

 正直こんな高レベル人外バトルなんて、僕の及ぶところじゃないと思う。


 …………これ、どさくさに紛れて居なくなってもバレないんじゃないだろうか。


「君達人間は実に愚かだ……このベルゼビューが見逃すと言っているのだよ?」

「私は大天使ミカエル様の加護を受ける者……! それに悪魔に操られた人を前に、尻尾巻いて逃げ出す事なんてできないんだからっ!」


 …………どうやらダメみたいだ。

 いよいよここは、寝返ってでもイディアさんの味方をするべきかもしれない。

 悪魔に操られていたって言えば、許してくれる……かもしれないし。


「そうか。なら、あの世でクソ天使に会ったらよろしく言っといてくれたまえ……!」


 僕がそんな事を葛藤している刹那、バアルが羽を広げ、宙へ浮く。


「我が名はバアル=ベルゼビュー=ゼブル。死骸と腐敗を好む地獄の首領なり!」 


 そう高らかに明言すると、イディアさんの方へ手をかざす。


 すると、


「神に従ずる愚かな犬よ、蛆共の苗床と化せ…………!」


 明らかにヤバそうな黒々しい球体が風を巻き上ながら、バアルの手のひらに現れていく。

 ヴァネッサの全盛期に次ぐ第二の実力者と言う位だから考えなくても分る。


「何て禍々しい……! 大天使ミカエルよ! 光の盾を……!」


 あれは……絶対に死ぬ……! 

 そう感じた時には僕の身体は反射的に動き、イディアさんの方へ駆け出していた。



「…………さぁ、朽ち果てろ」


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