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 と、意気込んで駆け付けたはいいけど、やっぱり僕は変身を解いていた。


「あ、ハルオ君おかえりっ。このタルトとっても美味しいよ」

「おかえりハルオっち。って……めっちゃ疲れてない?」


 今は……イディアさんとのデート中。

 一ヵ月とは言え、久しぶりの再会……台無しになる事は避けたい。


「ああ、貴様等豚共の顔を見ていると殺意が湧いてくるので……っは!?」


 途中で言い掛けた言葉に気付いた僕は、急いで口を塞ぐ。

 馬鹿だ僕は……なんてことを言おうとしたんだ……。

 今の僕は細川晴夫であって暗黒騎士ザイガスなんかじゃないのに!


「……ハルオ君?」

「ハルオっち怖い顔してどうした……?」


 やっぱり途中まで聞こえていたらしく、二人は表情を固めている。

僕は撤回すべく急いで食事中の他の客席へ指さした。


「あっいや!? 美味しそうな豚肉見てると食欲が沸いて来たな~なんて……」

「ああ、そうなんだ。まだなんか食べてく?」

「ハルオ君よく食べるねぇ、私なんかもうお腹いっぱいだよ~」


 上手く誤魔化せたようで安堵する。危ない所だった……。


「ああいや……食べ過ぎは良くないので今日はこれくらいにしておきます」


 さっきから走りっぱなしと心労で、食欲何て沸くかこの野郎めが……!

 と、言う言葉が喉元でつっかえた。


ダメだダメだ……。落ち着かないと……今の僕は晴夫なんだ。


「そういえばイディアっちも良く食べてたよねぇ~」


 気まずく水を飲む僕の耳が、ロイドの言葉にピクリと反応する。

 …………こいつ等、今後に及んで思い出話を展開させるつもりか。


「昔はね~冒険者の資本は身体だから良く食べておかないと!」

「それが今や王政医療団体の大出世だもんなぁ、すげーよイディアっちは」

「もう、全然大したことないって」


 懐かしそうに笑いやがって……何がおかしい……!

 ひょっとして僕にワザと疎外感を持たせるためにこの男はやっているのか?


「しかし十年ってあっという間だよなぁ」

「ほんと懐かしいよねぇ、ふふふっ」


 …………この女っ……! 男の前でメスの顔しやがって!


「ハルオ君? どうかした?」

「ハルオっち?」


 やはりこいつ等は、僕に見せつけたくてしょうがない盛りのついた豚共か。

人の事散々持ち上げておいて、昔の男が現れた途端手のひらをクルクルと!


 この時、僕のザイガス袋が臨界点を突破し、机を叩きつけながら席を立った。


「――――この淫乱クソビッチめがあああああああっ!」


様々な鬱憤を込めた呪詛が、店内に響いて行く。

 と、熱い憤怒が喉元を通り過ぎた途端、僕は酷く冷静になった。


「…………え?」


 もはや困惑した様子で目を丸くする二人の視線だけに留まらず、疎らだが店内に居た客という客の冷ややかな視線が僕へと向けられていた。


 な、何か良い訳を……。


「き、禁断黒い血煮込みっ! やっぱり黒い血煮込みが食べたいな~ハハハハっ」


 自分で言っておいてなんだけど、今後に及んで往生際の悪すぎる言葉が思い浮かんだ。

 店内に妙な空気が漂っていく。……流石に無理があったらしい。


「あ、あれ? 知りません? 黒い血煮込み……」


 重苦しい沈黙と痛々しい視線のせいで冷や汗が溢れ出る最中、ロイドが口を切った。


「……ハルオ君、何処でその名前を?」


 只ならぬ雰囲気を纏ったロイドは、神妙な面持ちを僕へ向ける。

 口から出まかせだったのだが、ひょっとして不味い事を言ったのだろうか……?


「黒い血煮込み? 何それ? え、どうしたの二人とも怖い顔して」


 しかし、そんなロイドとは真逆にイディアさんは首を傾げている。


「俺っちも料理人の端くれさ。まさかその名を知ってる人がいるとは思わなかったぜ」


 如何にもな様子でロイドは深く頷くと、遅れて此方を注視していた客達がヒソヒソと疑問を浮かべたような会話を繰り広げて行く。


いや、僕にも何のことかさっぱりだった。


「折角だけどごめんね、アレは今や失われし幻のレシピなんだ……。俺も名前しか知らない。先代の先代のそのまた先代までは作れたらしいけど、黒い血煮込みの悪魔的美味しさから中毒者の激増を危惧した法王庁によって、その歴史は綺麗サッパリと抹消されてる」


 いきなり出まかせで発した言葉だったのだが、勝手に膨らんでいくスケールの大きさに収集がつかなくなり、もう疑問を通り越して僕は困惑してきた。


 その反面、何とか誤魔化せたようだと僕は胸を撫でおろしていた。


「ざ、残念ですね~ハハハっ。食べて見たかったのに」


 残念も何も全く聞き覚えの無い料理だけど。


「そんなに凄い料理なの?」

「凄いなんてもんじゃない、その料理の歴史は千年も前から語り継がれているんだ。俺も話でしか聞いたことは無いけど、ピリっとしたスパイスティックな味に、黒っぽいとろみのある液体を、ライスに添えて食べるらしい」


 ……あれ? ピリッとしていて、黒っぽくとろみのあるライスに添える液体って……。


「何だか聞いただけで食べたくなっちゃった。残念~」

「そうだろう? 言葉にしても食欲を促す呪文も込められてて、かの香りをかいだ者は急激な空腹を促すらしい。それも苦痛を伴う様な……」


 うん、カレーライスの事だ。

多分この人達カレーライスの話をしている気がする。


「これ以上は辞めておこう、イディアっちはグルメに目がないからね」

「もおぉ! 残念! ますます食べたくなっちゃったよ」


 グルメに目が無いというロイドの言葉に少々イラっとしたが堪える。

確かに、いつも柔和で余裕のある表情を浮かべるイディアさんが酷く落胆した様子。


 これはひょっとして、イディアさんとの距離を縮めるチャンスでは?


「いやぁ、やっぱり無理ですよねぇ」


 この異世界とやらにカレーなる食べ物がある事はまず置いておいて、普段何の役にも立たないし、逆に僕の精神力をゴリゴリ削る悪魔の知恵を借りれば作れない事も無さそう。


「ま、僕なら多分作れると思いますよ?」

「……! そ、それは本当かいハルオっち!?」


 あの悪魔共は無駄に長生きしてそうだし、きっと黒い血煮込みなる料理の事も知っていると踏んで、僕はあえて余裕綽々と言った面持ちでロイドに向けて言明した。


「黒い血煮込みには別名がありましてね、またの名をカレーと言うんですけど、それはもう天にも昇る様な美味で、ほんのりとした辛さが癖になる食べ物の事なんです」


 仮に悪魔共が知らなかったとしてもカレーの味はしっかり舌に刻まれてる。

 この異世界には僕の居た世界と似たような料理はいくらでもあるし、他のレシピ本を参考にしながらスパイス等を調合しつつ作って行けば、再現できるかもしれない。


「本当に……? 君が?」

「え、食べたいなぁ~。ハルオ君料理上手そうだし絶対美味しいよ」

「色々と準備が必要ですからね、一ヶ月程待ってください。必ず提供してみせます!」

「なんてことだ、まさか黒い血煮込みを食せる日がくるなんて……」

「楽しみだなぁ。作るときは絶対教えてね!」


 そんな興奮した様子の二人を遮って、


「よ、よかったら私達も……」「僕も……」「その話、興味があります」

「ぜひ、その料理を此処で振る舞ってくれないか?」「あの……いいですか?」


 店内にいた客達も席を立って此方に訊ねてくる。

 それもザイガスファンとは違い、穏やかで、品もよさそうな人達ばかり。

 暗黒騎士として活動したこの一ヶ月弱で、ザイガスの名は変態無能もやし君と言われる僕、ハルオとは二律背反にその栄誉をグングンと轟かせて言った。


 ようやくハルオとしての僕にも、名誉の光が差し込みそうな気がする。


「任せてくださいよ、最高のカレーライスを用意しますから!」


 僕は、僕はようやく、最高にお洒落で素敵な居場所を手に入れようとしている?

 そうと決まれば異世界カレー、絶対に作って見せなきゃ。


 ……なんか忘れてる気がするけど。


 ◇


 僕が上機嫌で帰宅すると、真っ先に飛んできたのはヴァネッサの怒号だった。


「貴様! イベントを途中にほっぽり出して何処へ言っておった!」

「い、いやっその……」


 ワナワナと表情に怒りを滲ませるヴァネッサは、キッと僕を睨みつける。


「まぁ、一応イベントの趣旨は完遂しましたしぃ。遠慮なく殴られてくださいですぅ。にしてもガッポガポで信仰度もジャンジャンですぅ。またやりましょうねぇ~」


 激怒したヴァネッサを後目に、メルダが食卓で札束を数えながら無慈悲な事を言う。

 やっぱり、悪魔は悪魔だった。


 ……けれども僕はめげない。

 折角のチャンスを手にするべく、僕は件の話をヴァネッサに訊ねようと口を開く。


「あ、あの……黒い血に――――――」


 そんな黒い血煮込みの事を尋ねる前に、


「―――――黒い血を見たければ見せてやる!」



…………僕はヴァネッサによってドス黒い血を咲かせた。



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