20
辿り着いた先は、フリーマーケットで絶賛活気立っている中央広場。
遠目から人の頭が揺れ動く雑踏へ目を向けつつ、広場の端の方へ視線を泳がせると、直ぐにこいつら悪魔が何を企てているのか理解する事が出来た。
「…………はい?」
あまり人の邪魔にならない様にか……あえて広場の端っこの方に、大きく掲げられた垂れ幕の文字を見た僕は腑抜けた声音が漏れた。
【――――暗黒騎士ザイガス生贄烙印会――――】
と言う、デカデカと書かれた文字を見て、企てを理解したという言葉を撤回する。
「おーおー。随分と集まっておるじゃないか。貴様の為に用意した折角の晴れ舞台だ。しかと胸を張って傲慢的に対応して来い、良いな?」
「いやいやいや、ちょっと待ってください? 何ですか? え? マジでなにこれ?」
余りにも理解できない状況に僕が困惑していると、
「ゴチャゴチャ喧しいわっ――――!」
ヴァネッサが僕の背中を真っ直ぐと蹴りつける―――――!?
転がる。転がる。転がる。
そして何処とも分らぬ壁にぶち当たって制止―――。
「も、もう……なんなんで――――」
鎧を着ているおかげか痛くも何ともないのだが、一体あの体躯の何処から力が出てるのか……そんな事を思いつつ大変ビックリした僕はヨロヨロと身体を起こすと。
「……………………は?」
視界に飛び込んで来た人だかりに、僕は困惑した。
「う、うおおおおおおおお! ザイガスさんだああああああああ!」
「本当に来たああああああ! ザイガスさああああああん!」
「ザイガスさん! 等身大大剣抱き枕買いましたああああ!」
「ザイガス様が本当に登場なさったわ!」
「なぁ、ザイガスさん転んでなかったか……?」
「馬鹿野郎! あれは《ダークネス・デスロール》を模されたんだ!」
無様に転がり込んだ僕の様子とは裏腹に、直ぐ近くで開催されるフリーマーケットの活気にも劣らぬ歓声が一気に湧き立ち始めた。
『それではザイガスさんの御登場ですぅ! 皆様改めて大きな拍手をぉ~!』
拡声器かそれに似たものを使っているのだろうか、キンキンと響くメルダの声を合図に、兜の奥でひたすら表情を硬直させる僕に拍手喝采が送られていた。
…………なにこれ?
◇
「う、うおおおぉぉぉおおお! ザイガスさん! ありがとうございますっ!」
鉄製の印を真っ赤に焼き、まだまだズラリと列を成した頭の可笑しい人達の指定する場所に烙印を、淡々と無言で押し付ける。
「はい、順番ですよぉ~! お一人様15秒までと成っておりますぅ」
真っ黒のローブに身を包み、仮面で顔を隠したメルダは割と事務的に列を捌いていた。
それでもまだまだ列は長く続いている。
「ザイガスさん! いつも応援してますっ! あとザイガスさんの魔液買いましたっ!」
「…………う、うむ」
さっきから全く身に覚えのないグッズ名を言われても答えようがなく、僕は特設された禍々しい玉座で脚を組み、頬杖を付きながらてきとうに相槌を打つしかなかった。
「あっ! 俺は右腕でお願いします!」
「………………」
やっぱこの人達が根本的に頭がおかしいと思いながらも、無言で烙印を押し付ける。
メルダ曰く、烙印はただのスタンプらしくそういうパフォーマンスだそう。
暗黒騎士グッズを購入した特典に魔の烙印権が抽選で付いているとかどうとか……。
うん、意味が分からなかった。
「はい、順番ですよぉ~! 次の方ぁ」
一旦列が途切れた刹那、僕の座る直ぐ隣に佇んだメルダへ小声で尋ねてみる。
「……マジで何やってんの?」
「なにって、信仰を深める会ですよぉ~? 見て分からないんですぅ?」
そういう事じゃなくて、何でこういう事してるか聞きたかったのだが……。
「ザイガスさん! 俺、貴方に憧れて剣術師になりました! あ、俺は手の甲で!」
「………………」
「や、やったああああああ! やべえええ! かっけええ!」
一旦話を中断して烙印を押し付けると、それはもう嬉しそうに去っていく。
正直悪趣味極まりないイベントだと思うし、こんな事やってる僕も最悪だ……。
「何々、只生活して行くだけでもお金は要りますからねぇ。次の方ぁ~」
「だったら普通にクエスト行けばいいじゃないですか!? 悪趣味ですよこれ!」
視線を正面に移すと、
「ザイガスさまぁ! 好きです! 大好きです! 好き好き! 私はおでこにっ!」
青髪の女性が興奮した様子で息を荒くしていた。
「…………………」
青い髪を自身の両手で掻き分け、その女性の露呈した額に烙印を押し付ける。
…………そういえば僕はこんな事してる場合じゃなかった……!
――バッ。とマントを翻し、僕は勢いよく立ち上がる。
「ザイガス様っ!?」
「えっ、ど、どうしたんですぅ?」
つい意味不明な状況に思考を奪われていたが、青い髪色で思い出すことが出来た。
そうだ、僕はイディアさんを待たせていたっ……!
「……ちょっと魔界で野暮用を思い出したわっ! 直ぐ戻るっ!」
「流石ザイガス様! 私をみて発情なされたのね!?」
なるべくごもっともらしい御託を告げ、僕は急いで踵を返した。
「……トイレですかねぇ?」
早く戻らなきゃ、あのいけ好かない爽やか野郎にイディアさんが……!
――――――――――――。
鎧を着脱する際は、戻れと強く念じるだけで元に戻るという。
グッ――と、念を込めながら左腕に意識を集中させると、溶けるように形状を変化させた鎧が僕の体中を伝いながら、ドロドロと腕輪に集中して行く。
大変便利であると同時に、何だか逃がさない意志を感じるのは拭い去れないが……。
けれど、今はそんな事を考える余地も無く、念の為、自身の身体中を触って鎧が残ってない事を確認すると、僕はイディアさんの元へ駆け付けた。
「ふぅ……ふぅ……。お待たせ……しました……」
「んーんー全然? ハルオ君、息が荒いけど大丈夫?」
イディアさんはティーカップをソーサーに置くと、心配した様子で僕に尋ねる。
なにか良い訳を考えないと、僕がザイガスと言う事は絶対にバレてはいけない!
「いや、やっぱ戦士たるもの筋力トレーニングは大事で、毎日同じ時間で欠かさず続ける事が大事っていうかぁ……?」
「ああ、そうなんだ。白魔術師に転職しても続けてるんだねっ」
「いや~もう日課ですよねぇ。ハハッ……」
イディアさんの正面に座り、何事も無く机上に置かれた水を流し込む。
ようやく呼吸も元に戻って落ち着いてきた。
「そ、そういえば、あの店員さんは?」
「ロイド君なら今お客さん対応中だよー。彼ね、今はあんなだけど前はナヨナヨっ子だったんだよ? おかしいよねっ。ふふっ」
「へ、へぇ……」
懐かしそうに綻ぶ笑顔に、なるべく僕は考えない様に聞き流そうと思った。
けど………どうしよう……やっぱり超気になる。
イディアさんとあのロイドとか言う空かした野郎の関係が大いに気になる。
「随分と仲が良いんですね? どういう関係……なんですか? ハハハッ……」
「うんっ、もう長い付き合いでさぁ。私がこの街に来てからの付き合いなの」
イディアさんに聞いておいてなんだけど、とっても聞きたくないっ。
まさかとは思うが元カレ……。
「――ザイガスさーん! どちらにぃ――――」
僕がわなわなとグラスを握りしめている時だった。
嫌な単語がふと耳に入り、窓の外へと目を向ける。
真っ黒な見てくれからしてメルダが雇ったスタッフの人だろう。
両手をメガホンにキョロキョロと辺りを見渡している様子。
「どうかした?」
「あ、ちょ、ちょっとごめんなさいっ! やり残したことが……!」
僕は急いで立ち上がり、店内を後に路地裏へと駆けつけた。
少しでもヴァネッサの機嫌を損ねてしまえば死に直結してしまう……!
――――――――――――。
「ザイガスさんがお戻りになられたぞ!」
「見ろ! ザイガスさんが血塗れだ! 何処かで血戦なされたんだっ!」
「何て異常な殺意だっ! 流石ザイガスさんだぜええええ!」
僕は道中の八百屋でトマトを何個か購入し、自身へと塗りつけて戻ってきた。
その事が功を奏してか、僕が座ると一斉に歓声が湧き立つ。
雑踏の奥で僕を睥睨しているヴァネッサも納得した様子で笑みを浮かべていた。
「ちょっと、何処に行ってたんですぅ? 時間押してますよぅ?」
僕が玉座を模した椅子に座るなり、司会者メルダが小声で尋ねてくる。
こっちだって時間が押すに押しまくってるっつうの……!
「ふん……。少々三途に立ち寄って魔物を刈り殺して来たわっ!」
メルダが持つ拡声器を半ば奪い取るように手に取り、先程のストレス発散もかねて声を大にすると、キンキンと割れる音が更に信者達の熱気を湧かせていた。
「ザイガスさんは殺意を抑えきれなかったんだ! すげえぜ!」
「何て殺意だ! 流石本物の悪魔は違うぜえええええ!」
「ザイガス様! 私を生贄にしてええええ!」
狂信的な歓声を前に少し胸がすっとするが、やはり余憤は残る。
あのイディアも所詮、思わせぶりの清楚系クソビッチかっ……!
「ザイガスさん! どんな魔物だったんですか!?」
雑踏音に混じり、一際目立つ声で信者の一人が質問を投げてきた。
「思わせぶりな淫獣を狂う程犯し殺して喰らってやったわ!」
「「「「「「うおおおおおおおおおおお! 流石ザイガスさんだ!」」」」」」
奇声にも近い大声量が湧き立つのと裏腹に、僕は一瞬で我に返った。
……いけない。また変にテンションが上がってしまった。
イディアさんに対して淫獣だんて……僕は最低だ。
「貴様等のせいでまた殺りたくなって来ただろうがっ!」
僕は吐き捨てる様に叫び、拡声器を叩きつけて勢いよく踵を返した。
――――――――――――。
急いでイディアさんの元へ駆け付け、呼吸を整える。
今は至福の時間、僕とザイガスと言う存在は完全に切り離さないと……。
「ご、ごめんねイディアさん」
「ねぇ、本当に大丈夫? 顔色が悪いみたいだよ……?」
「ぜんぜん大丈夫です! 有酸素運動なので一時的に顔色が悪くなるんですっ」
怪しまれない様にしなきゃ……そう思えば思うほど、焦りが募って行く。
「あっハルオっちおかえりぃ。デーザトサービスするけど、どれがいい?」
「え、良いんですかっ!」
気さくにメニュー表を差し出すロイドをみて、案外悪い奴なんじゃないかと思えた。
よくよく見れば気の良いお兄さんって感じだし、また勝手な勘違いで怒り心頭するところだったと、自戒を込めて落ちつく事にする。
前はナヨナヨしてたって言うし、きっとイディアさんの只の友達…………。
「あ、じゃあチョコレイプケーキで」
「レイ……? なんて?」
「ああっ、いやっ……チョコレイツケーキでっ!」
「おっけぇ。イディアっちはどうする? 木の実タルトあるよ?」
「えっ!? ロイド君覚えててくれたんだぁ!」
そうだ。ロイドはイディアさんの……友達…………。
イディアさんは前に戦士見たいな頼もしい人が好きって言ってたし……。
「来る度いっつも食べてたじゃん? 忘れる訳ないっしょ~」
「嬉しぃ。いつも焼いててくれたよね、ふふっ」
とも……だち……? えっ……?
「あの時より数段上手くなってるぜぇ?」
ともだ……ち……………。
「一緒に作ったのも懐かしいねっ。あんなに下手くそだったのに」
………………じゃねえのかよっ!?
「ご、ごめん……ちょっと、魔界に戻らねばっ」
「えっ、茶会……? ハルオ君ひょっとして忙しかった?」
「うん? じゃあ用意しておくよ~?」
――――――――――――。
「貴様等並べいっ! どいつもこいつも皆殺しにしてくれる!」
僕は戻るなり並列させた信者に、烙印を次々と押し付けながら走った。
「す、すげえ、何て速さだ……!」
「横一列に並んだ奴等の顔面へ瞬く間に烙印を……!」
「……? ハルオさん何だかやる気まんまんですねぇ?」
あいつら僕の目の前で見せつけやがって……。
僕の知らない過去でお菓子作りお洒落ファック決めやがって!
「すげぇぜ……何て憎悪だ……!」
「どんどん速さを増してるっ! 気を抜いたら吹き飛ばされそうだぜ!」
「間違いねえ、アレは《ダークネス・ウィンドー》だ……!」
今に解らせてやる……今に解らせてやる!!
「ウオオオオオオオアアアアアアアア! 燃やし尽くしてくれるっ!」
列に並んだ最後の一人へ殴り付けるように烙印スタンプを頬へ押し付け、
「タルト何ぞではなく、貴様等の思い出を焼き尽くしてくれるわあああ!」
僕はそのまま、イディアとロイドの野郎目指して全力で掛け出した。
――――――――――――。




