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「へぇ~ダンパの街で一軒家を借りたんだね」
「はい、しばらくはこの街に滞在する予定なので思い切って」
ダンパの街の商業地区の一画に位置する小さな食堂で、僕とイディアさんは美味しい料理に舌鼓を打ちつつ、楽しく談笑をしていた。
この食堂はイディアさんが駆け出し冒険者としてこの街に訪れるずっと前から営業していたらしく、安心と信頼で出来た老舗の味は確かなものだった。
これぞ知る人ぞ知る隠れ家的レストランといった、大変お洒落さを感じさせるお店だ。
「私もいつまで赴任になるか分からないから、何処か探さないとなぁ。寄宿舎って職場の人と顔合わせなきゃじゃない? 王政医療団体からの派遣ってなると変に気を使われるから大変だなって」
「ああ、それは確かにそうですね」
この世界でも組織に属する以上色々と大変らしいと、頬杖を付きながら嘆息を交えるイディアさんを眺めつつ僕は相槌を打つ。
「それじゃ、怪我人が落ち着くまではこの街に?」
「いつ辞令が出るか分からないからねぇ。早く皆元気になってくれればいいんだけど」
「そ、そうですよね……。僕もそう思います……」
悪魔信仰とか言う頭おかしい冒険者のおかげでイディアさんがこうしてダンパの街に来たのも嬉しい反面、僕が暗黒騎士としての活動を止めてしまえば直ぐに前線基地へ帰ってしまうのじゃないか、と言う葛藤が何とももどかしかった。
かといって怪我人が増えているのは僕のせいだと知ったイディアさんはどんな顔するのだろう。そう思うと、後ろめたい気持ちはますます強くなってくる。
「でもハルオ君も白魔術師になったし、私も見本に成れるように頑張らなきゃ! いつまで居るかは分からないけど、その間だけでも教えれる事は何でも教えるからね!」
「は、はい! お手柔らかに……」
「ふふふっ、少し厳しくしちゃうかもね?」
温和な笑みでイディアさんはおどけて見せた。
そんな優しくも凛々しく、しっかりとした信念を持つイディアさんに僕は憧れて白魔術師の道を選んだんだ。
……やっぱり、僕が暗黒騎士ザイガスとして活動して行くのは不味い気がした。
そんな邪まな想いだけで、イディアさんをずっと留まらせるのはいけない事だと。
僕が、僕が早く白魔術師の道を究めて、恥ず事無くイディアさんの隣に並べればそれが一番ベストなんじゃないかとも思った。
「あ、イディアっちじゃん! めちゃ久しぶりじゃん?」
ふと、僕が葛藤していると、大変軽そうな男が大変馴れ馴れしくイディアさんへ声を掛けて来る。まるで爽やかさを具現化させたようなエプロン姿の男に会釈しつつ、内心僕はその慣れ慣れしさにイラっとしていた。
「あら! ロイド君じゃん! お父さんのお店継いだんだね!」
「そそっ! 今は此処を本店に色々展開して経営してるんだよね~。そちらの方は?」
「こちらハルオ君! 元々私と一緒で前線基地に居たんだけど、白魔術を基礎から学ぶために戦士職から転職してダンパに戻って来たんだって」
「あ……どうも、ハルオです」
「へぇ、前線基地から。何だか戦士っぽく見えないね」
折角楽しい気分だったのに鼻につくようなロイドの態度にイラっとした。
戦士に見えないというのも大いに正論なのだが、暗黒騎士ザイガスとしてモンスター達を日々ひき肉にしてるっつうの。
……なんて勿論言えないので、グラスに注がれた水と共に怒気を流し込む。
「それよっかイディアっちは何でダンパに戻ってきたん?」
「ああ、ここ最近怪我人が増加傾向にあるから赴任してきたの」
「うぇええ!? 俺は冒険者じゃないから詳しい事知らないけどそうなん?」
なんだこの男のフットワークの軽さは? それとなんだそのイディアっちって!
恐らくイディアさんと古い馴染みなんだろうけど、余りいい気分ではなかった。
イディアさんもイディアさんだ、僕を置いてけぼりに随分楽しそうにしやがって……!
「………………」
けれど耐えろ僕。と自分にエールを送りながら、水をひたすら流し込み、氷をバリバリとワザとらしく音を立てて噛み砕いていた。
――――時だった。
「――――ッブハァッ!?」
窓の外を一瞥した僕は、噛み砕いて粒状になった氷を吹き出した。
「どっ、どうしたのハルオ君? 咽ちゃった?」
「ありゃりゃ、なんか拭くもん取って来るわ」
一頻り派手に咽返り、心配したイディアさんが優しく僕の背を撫でてくれる。
が、そんな場合じゃなかった。
「イ、イディアさんごめっ、ちょ、ちょっと直ぐ戻るからっ!」
「え? うん、本当に大丈夫? 顔色悪そうだけど……?」
心配するイディアさんを意にも返さず、僕は逃げる様に店内を後にした。
「おいハルオ、探し――――ングッ!?」
そして窓を挟んで目が合ったチッコイ人物を瞬時に抱え上げ、なるべくイディアさんのいる店内から死角になる位置へと猛ダッシュ――――。
一歩、二歩、三歩と跳躍しながら辿り着いた先は、なるべく人目につかぬ路地の裏。
「ヴァッ、ヴァヴァ……ヴァネッサさん!? なんでここに!」
僕が飛び跳ねる心臓と呼吸を最低限整え、ヴァネッサを置くなり尋ねてみた。
さっき探していたと言ってたような気もするし、とっても嫌な予感がする。
「貴様……この我を幼女誘拐犯の如く軽々と持ち上げ、流れる様に人気のない路地裏に連れ込むとは見上げた度胸だな?」
最近のヴァネッサはとても暴力的で、事ある事に気が食わないと手を挙げてくる。
勿論彼女の低すぎる沸点に触れた様で、大層機嫌の悪そうな眼で僕を睨みつけていた。
「……………っ!」
あの場に介入して大変面倒な事になるくらいなら、殴り倒された方がマシだ。
そう思い、僕は固唾を飲んで身を硬くする。……さぁ来い!
「うんうん。そのプロ意識は感心すら覚えるな。ほら、早く着替えろ、出番であるぞ」
「へ?」
食いしばっていた奥歯が一気にだらしなく緩んだ。
この人は何の話をしているんだろう。
最近のヴァネッサは情緒不安定過ぎて、もはや別の意味で恐怖すら感じる。
「あえて人目につかない様に此処へ来たのだろう? 待たせているから早くしろ」
「あの……しばらく討伐はいかないんじゃ? ていうか待たせてるって……?」
「ゴチャゴチャ煩い奴だな! シバキあげられたいか貴様! さっさと着替えろ!」
「はい! 直ぐに準備いたしますっ!」
ヴァネッサの怒気に気圧されて、僕は言われるがまま黒い宝石が埋め込まれた腕輪の宝石部分を、押し込むように右手のひらで覆った。
――すると瞬く間に漆黒の液体が、覆う手のひらから一気に溢れ出す!
そして意志を持った生物の様に、瞬く間に僕を全身包み込んでいき―――――。
脚――腕――腰――胴――と順に元の形を形成し、頭部を最後に変身は完成する。
「――――いつでも行けます!」
この間十秒も無く、転生32週目の織り成す技術の結晶に毎度感心する。
色々と常識を逸脱したこの異世界で、物理的云々を考えてしまえば負けだ。
ついでに言うと「変身!」と叫びたくなるのもなんか違うし、一応羞恥心と言う物は残っているのでやめておく。
「こっちだ、行くぞ」
珍しく大剣にならないまま、ヴァネッサは小走りで裏路地を飛び出して行った。
これから何が有るかは知らないが、殴られるのも嫌なので僕は後を追う。




