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「ふぅ……なんか、少し気が楽になった気がする」


 長閑な青空を眺め、中央広場のベンチで一息ついていると、身支度を終えた冒険者達が街の外へ向かって歩いて行くのが見えた。

 冒険者達の朝は早く、其々が群を成して仲間達と共にクエストへ出かけて行く。


「……いいなぁ」


 つい、僕の口からそんな言葉が漏れる。

 いよいよ僕は期間的とは言え、冒険者でも何でもなくなった訳だ。

 まるで出社するサラリーマン達を公園で眺めている無職の気分。


 僕も、あんな風に仲間達とクエストに出かけて見たかった。

 剣術師に転職したら、僕も一緒にクエストへ出かけれるだろうか……。

 あの悪魔共に憑りつかれている内は、僕の想像するお洒落異世界スローライフと言う夢は到底実現できそうにない。


流れに身を委ねるのなら、その流れを速めてしまえばいい。

……そう思っての、僕の転職だった。


メルダの話ではしばらく討伐には出ないって言ってたし、今日ぐらいはゆっくりしようと思う。それともバイトでもしようか、何もしないって言うのはどうも手持ち無沙汰だ。


「…………ん?」


 そんな事を考えてる折、広場にチラホラと大荷物を抱えた人が集まって来る。

 ああ、そうか。と僕はその光景を見て日付を思い出していた。


 今日は月に一度の《フリーマーケット》の日だ。


 このダンパ中央広間では、月に一度冒険者達が集って、自分のお古の装備や武器等を売りだすフリーマーケットが開催されていると言う話を聞いた事が有った。

 何も、中古品の武具だけじゃない。

 ステータスを上げてくれる指輪やネックレス等のアクセサリー類を、冒険者や商人、職人等が制作したハンドメイドの物品なども売りに出される。


 中には飲食物を扱う出店やご当地品なんかも売り出されて、大変賑わうらしい。


「――さぁいらっしゃい! ここでしか取り扱ってないアイテムが有るよ!」

「――俺の命を何度も救った盾を今なら大特価だ!」

「――ほかにも見て行ってくださいね」

「――ブラック・タイガーを使った美味しい料理だよー!」


 瞬く間に広場は雑踏に埋め尽くされ、各々が声を張り上げ始めていた。

 最近血みどろの戦闘ばかりで気が滅入っていたけど、気分転換にちょうどいいかもしれないと、僕も活気立つ雑踏の中に飛び込んでいった。


「へぇ……、いろんなものが有るんだ」


 服、防具、武器、アクセサリー。

 薬草、調合素材、アイテム、地図、良く分からない置物等々……。

 嗚呼、何だかこういうの、エコでお洒落で良いな。と、心底思えた。

 来月は僕も何か出品してみようかなと、巡る巡る広場を歩いている時だった。


「あれ? ハルオ君……?」

「――――えっ」


 聞き覚えのある優しい声に振り返ると、その人物を見た僕は驚愕した。

 青白く長い髪に、その人の性格を表しているような純白のローブ。

 端整な顔立ちと柔和な微笑みは、僕を恋へと落とした可憐なえくぼ。


「あっ! やっぱりハルオ君だ! 元気にしてた?」


 そう、僕が勝手に恋して、勝手に憧れて、はたまた勝手に爆死した相手……。


「いっ……イディアさん!? どうして此処にっ!?」

「えへへ、久しぶりだね。ハルオ君こそ急に見なくなって少し心配してたんだよ?」


 今や随分と遠く感じていたイディアさんの笑顔を見て、僕は目頭が熱くなっていた。

 その一言だけで僕は、天にも昇る様な気持ちになった。


 むしろ泣きそうになった。

 貴女に追いつきたくて、隣に並びたくて白魔術師になった事。


 けどその白魔術が全くこれっぽちも上手く行かず、心が折れそうになってた事。

 そして悪魔によって心の隙間に付け入られ、大変な思いをしている事。

 そんな中に、イディアさんは唯一「心配してた」と言ってくれたのだ。


「え? どうかした?」

「いやいや! 何でもありませんよ! なんか随分久しぶりな感じがして……」


 けど意中の相手を目前に泣き出す何てかっこ悪い事は出来ないと、僕は急いで衣服で目元を拭った。


「ハルオ君は大げさだなぁ? でもどうしてダンパの街なんかに?」

「いやー色々あったんです。本当に色々……」


 何処から話したものかと、僕が言葉に詰まってる時だった。




「――な、なんだとっ!? ザイガスさんのグッズ販売だと!?」

「――すげえ、この大剣抱き枕……! 等身大じゃねえかっ!」

「――ザイガス様のプロマイドですって! 在庫空になるまで買うわああああ!」

「――はいはい~。お一人様おひとつずつですよぅ~」




 最早身震いする程聞きなれた声に硬直し、広場の中でもやけに活気立っている方へ僕がゆっくり目を向けると、人混みの隙間から黒々しい物品を店頭に並べ、荒々しい人混みを応対している仮面の少女が見えた。


「…………えぇ」


 その独特の抑揚と、特徴的な淡い紫色の髪型から店主は直ぐにメルダだと解る。

 今日は今朝から見ないと思ったらメルダはこんな所で何やってるんだ……?


 というか、いつの間にそんな物こさえてたのか……。


「ん? ハルオ君どうかした?」

「いやいやいやいや!? 何にもっ!? あ、そうだ! 立ち話もなんですから、近くの店に入りませんか!? お洒落なカフェが有るんです!」

「うん? そうだね、色々お話したい事もあるし」


 なるべく商魂逞しい悪魔に見つからぬよう、僕はメルダと真逆の方へ向かって歩いた。


「――はい~順番ですょーう! 並んで並んでっ」

「――ザイガスさんの烙印権だって!? すげえええ!」


 本当に何やってるんだ、あの悪魔は……。


 ◇


「へぇ~、ダンパにこんなお店があったんだ」

「去年あたりに出来たそうですよ!」


 いつか仲良くなった冒険者達と訪れようと思って密かにリサーチしていた喫茶店。

 まさかイディアさんと同席できるとは、夢にも思わなかった。


「私がダンパの街に居たのって、もう10年も前の話だからねぇ~。こうしてよく見てみると、色々変わったんだなーって……」


 しみじみとカップを手にイディアさんは店内を見渡していた。

 何をしていても絵になると思う。

 見てくれは良いがあの性格が醜悪な悪魔達に比べれば尚更そう思う。

 この人はそう、地獄に舞い降りた天使だ。


「そ、そういえばイディアさんは何故駆け出しの街へ?」

「ああ、そうそう。私ね、しばらくこの街に派遣される事になったの」

「えっ」


 と、いうことは……つまり……?

 僕は今すぐ飛び跳ねたい気持ちをぐっとこらえて息を飲んだ。


「私ね、王政直属の医師団に所属してるんだけど、着任地が前線基地だったんだ。それでここ最近、何故か怪我人が急激に増加傾向にあるダンパの医療団に赴任が決まったの」


 嬉しい反面、僕はとても複雑な気持ちになった。

 多分それ、僕のせいだろう……。


「な、なんかぁ……ここ最近そうみたいですね、は、ははは……」


 つい乾いた笑い声が喉元を通り抜け、仰々しく珈琲を流し込む。

 ヴァネッサとメルダの陰謀の元、悪魔崇拝とか言う馬鹿な教えが一部の人間に浸透したせいで無謀な冒険者が増えた事は僕も知っている。


 彼たちは大変馬鹿なので、如何に血が流れるかで武勇伝を語ってるらしい。

 もう一度言うが、あの人達は男女違わず本当に馬鹿なんです。


「でも何だかダンパは懐かしいね。初心を思い出しちゃうよ」


 恐らく、僕が暗黒騎士ザイガスとして日々活動している事が怪我人の増加傾向の原因だという情報までは回ってないらしく、イディアさんは優しく微笑んでいた。


 人の痛みを第一に癒す事を考えるイディアさんに、絶対バレる訳には行かない。

 そう思うと、彼女がしばらくダンパに居るという話もとても気まずく感じた。


「そういえばハルオ君は戦士職だったよね? どうしてダンパに?」


 勿論、イディアさんは僕が冒険者でも何でも無かったという事も知らないはず。

 何なら今でもレベル80代の戦士だと思っているに違いない。


 ……気まずい。とても気まずい。


「じ、実は……イディアさんと同じ白魔術師に転職したんですよ」

「ええ!? 本当に!? でも高レベル戦士から何で急に?」


 危ない所だった。やっぱり僕が高レベルの戦士だと勘違いしていたらしい。


「あっ! ひょっとして《聖騎士》になりたかったとか?」


 聖騎士。高い防御力と安定した剣術スキル。そしておまけに白魔術が使える上級職。

 防御力を捨て、高火力特化と並外れた体力値の暗黒騎士とは対になる存在……。


 つまり、一応暗黒騎士と称して活動している僕とは真逆の存在だ。


「ま、まぁ~……そんな所ですね」


 そんな所でもないのだが、彼女に失望されたくない一心で嘘を付いてしまった。


「でもわざわざダンパの街に来なくても、封魂の魔符を使えば良かったのに」


 ふ、封魂の魔符ぅ…………? どうしよう、知らない単語が出てきた。

 冒険者ガイドブックを何度も熟読したけれど、そんな単語聞いたことが無い。


「いやー……基本を学ぶことは大事じゃないですか……?」


 封魂とか言うくらいだから、経験値を封じ込めれるのだろうと踏んで答える。


「ハルオ君は真面目なんだね! そう言うの良いと思うなぁ、私」


 どうやら正解だったらしく、逆にイディアさんの好感度が上がったらしい。

 結果オーライとは正にこの事……!


「やっぱり、基礎から学ぶことは大事だと思うんですよね! いくら回復魔法も使える前衛職だからって、しっかり使えなきゃ意味がないって言うかぁ……」


 安堵した僕はついつい憶測だけで舌が回ってしまった。

 けど、イディアさんは感心した様子で頷き続けている。


「うんうん、その通りだと思う! 最近前衛の聖騎士さん達も全然なってないって言うか、硬い事だけに固執しすぎてる印象を受けるもん!」


 僕に真っ直ぐと青い目を向けて、イディアさんは深く頷いていた。

 その眼がとても痛く、僕は一向に目を合わせる事が出来なかった。


「で、でも白魔術師ってとっても大変ですよね。今まで剣しか振った事無かったから、コツを掴むのが難しいっていうか、向いていない気がします、ははは……」


 というか、ついさっき白魔術師辞めようとギルドカード預けてきました。

 どうにかこうにか、今は辞めようとしてる意図をやんわりと伝えねば……。


「じゃあさ、私が色々教えてあげようか?」

「えっ……? 良いんですかっ!?」


 僕は条件反射の如く聞き返してしまった。

 そうなればイディアさんと一緒に活動できる機会も大いに増えてくる。


 さっき白魔術師辞めようと思ってギルドカード預けて来たけど!


「……でも、……才能が無いかなって……」

「ううん。私も最初はずーっとそんな事言われてきたんだ。才能がないとか、鈍くさいとか、ヒールが温い、とか……。でもね、ずっと夢を諦めないで子供の頃から白魔術師一本でやって来たの。だからハルオ君もそんな簡単に諦めちゃダメだよ!」


 白魔術の話になるとてんで熱量の違うイディアさんの饒舌振りに圧倒されながらも、僕は諦めかけて折れかけていた心の火が、再びくすぶり始めているのを感じた。

 僕が前線基地でバイトに励んでいた時も、イディアさんは「夜明け前が一番暗いのと同じで、今が暗いのは光が差す直前って事なんだよ」って優しく教えてくれた。


 その言葉を思い出す度に、僕はアルバイトでお金を貯めてあの甲冑を買ったんだ。

 まぁ無駄だったんですけど、この際どうでもいい!


「……そうですよね、やります! 先生っ!」

「こらこらぁ。まだ先生じゃないからね、ふふふっ」


 こうしてイディアさんと再会できただけでも、僕は今後も頑張って行ける気がした。やはり悪魔には屈しないし、悪魔から救ってくれるのは天使なんだ。


 そうと決まればギルドカードを取りに行かないと!


「ねえハルオ君、この後時間ってある?」

「ええ、今日は一日中暇ですよ!」

「この後のお昼ご飯も一緒に食べない? いいお店があるんだ」

「はっ! はい! 是非!」


 イディアさんからのお誘い、この時点で僕は有頂天だった。

 この時僕は、この世界に来て良かったと初めて思った。



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