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それから……瞬く間にダンパの街中で、暗黒騎士である僕の噂は広がって行った。

恐らく、積極的にクエストに出てる……と言うのは語弊が有るかもしれないけど、強制的に連れ出されてる結果だろう。


 そんなこんなで今日はワイルドベアーの討伐にやってきた。

 それもあえて人目につくように。


「――おい! 今日もザイガスさんが血肉を求めて森へ出るそうだ!」

「――なに!? それはうかうかしてられねえ!」

「――今日は一体どんな戦いが見られるんだ……!」


 《ザイガス》とは、メルダが勝手に命名した暗黒騎士としての、僕の別名である。

 何より、悪魔信仰によって力を得ることが出来ると吹聴したメルダのせいで、ヴァネッサの指示の元、モンスターを狩る際も猟奇的で過激な演出が顕著になって行った。

 それに鎧の性能は凄まじいもので、ここ等周辺でも危険と評されるモンスターが噛み付こうが叩こうが、鎧に傷はおろか、痛みすら無かった。


 その事が……僕をどんどん《傲慢》の道へと引き摺り込んだのだ。


「――見ろ! あれはザイガスさんの《ダークネス・通常攻撃》だ!」

「――何て威力だ……! 通常攻撃でワイルドベアーが真っ二つにっ!?」

「――モンスターの臓物を浴びてらっしゃるぞ! まるで本物の悪魔だ!」


 傲慢であれば傲慢である程、ヴァネッサを振った時の力も増幅するらしく、普通に叩きつけただけでこの盛り上がり様……はい、正直に言うと調子に乗りました。


 これまで一度もパッとしなかった人生で、こんなに人々から歓声を受けたことも尊敬された事も無かった僕が、あの鎧と大剣を手にした途端に羨望の眼差しを向けられる。


 ついついテンションが上がってしまうのは仕方がないんじゃないだろうか。


「まだまだ喰らい足りぬわぁあああああ!」

『流石だハルオよ……! 貴様こそやはり冥府魔導に相応しい……!』


 悔しいけど、やっぱり鎧を纏って剣を振る度に盛り上がると、僕自身も熱くなってくる。

 嫌な気はしない、嫌な気はしないけど……。


 ……………やっぱり……僕はこんな事やりたくなかった。


 確かに僕は、色々な人から尊敬されたり、チヤホヤされたりしながらお洒落な冒険者として仲間達と和気藹々とした異世界ライフを送りたかった。


 勿論、女の子にキャーキャーも言われたいつもりだった。


「――ザイガスさん! どうぞ生贄です!」

「――そんな生贄より私の生贄の方が立派よ!」

「――ザイガス様……どうか私を生贄にっ!」

「――こ、この血は……私の……」


 つもりだったのだが……いつの間にか結成されたファンの女の子達が怖い。

 ていうか頭おかしい。


 悪魔信仰なんて妙ちくりんなものを推してるくらいだから、当然だと思う。

こうして何処から情報を嗅ぎ付けて来るのか、僕がザイガスとして討伐クエストに出るたびに、ファンと言う追っかけ達が差し入れと言う名の生ものを持ってやって来る。


 多分メルダの仕業なんだろうけど。


『おいハルオ。勿体ないから貰っておけ』


 なんてヴァネッサが言う物だから、後が怖くてつい受け取る僕も僕だ……。


「そ、その辺にでも置いておけ。メス豚共が!」

「「「――きゃああああああ! ザイガス様ぁああ!」」」


 暗黒騎士としてのイメージを損なわぬ様に、普段では絶対使わない汚い言葉でののしると、ファンの女の子達は大変キャーキャーと黄色い歓声を上げる。

 そうしなければヴァネッサから後で殴られるのだ。


 僕が求めてるのはこんな歓声じゃない……。


「――俺もザイガスさんに憧れて麻薬ポーションを始めてみたぜ」

「――悪こそ力の本質ってのは、あながち間違いじゃねえよな」

「――この間は弱そうな冒険者から恐喝してやったぜ! はははっ!」


 僕は犯罪はおろかタバコすら吸った事無いけど、ファン達の間では悪事を働けば働く程強く成れるという謎の信仰が蔓延していた。

 これも悪魔信仰と言う妙ちくりんな吹聴のせいだろう。


 これも多分メルダの仕業なんだろうけど……。


「――あっ! ザイガスさんが地獄へお帰りになられるぞ!」

「――今日こそ地獄の導を教えて貰わねば!」

「――まって! ザイガス様ぁああ!」


 そして討伐が終わると、僕はなるべく追尾されない様に森の中を駆け抜けて行く。

 僕がやりたいのは、暗黒騎士なんかじゃない……!


 ◇


「ハルオさぁん、今日もお疲れ様ですぅ~! ご飯できてますよぉ」


 今日も今日とて悪趣味な討伐を終えて帰宅すると、僕が契約している賃貸に勝手に住み着いているメルダが温かく迎え入れてくれる。

 討伐の際はこうして先に帰ったメルダが夕飯の支度を済ませ、僕達の帰りを待つのが日課になっていた。

 この手際と女子力の高さは、悪魔で無ければとっくに惚れこんでいたかもしれない。


「くふふ。また身長が二ミリ伸びましたね、ヴァネッサ様」

「今日の討伐も最高であったぞ! ふはははは! なぁハルオよ!?」


 僕は着々と、悪魔達の用意した道の上を歩かされている。

 ついこの間もメルダに、「男の子ってこういうの好きですよねぇ?」なんて甘い言葉を添えて、黒い宝石が付いた腕輪の様な物を渡してきた。


 なんとこれは甲冑を収縮させた優れ物で、ボタン一つで全身着脱できる変身アイテム。

 男子たるもの、夢の変身アイテムを見せられて飛びつかない方が珍しいかもしれない。

 ヴァネッサ曰く、意思の無い抜け殻に単調な精霊を宿す事で、伸縮可能にしたメルダの特別アイテムと言う事らしい。

 

 そのおかげで、誰も暗黒騎士ザイガスの中身が僕だと知らない。

 辛うじて平穏なプライヴェートは送れていると思う。辛うじてだが。


「おいハルオ! 聞いておるのか貴様!」

「――――イッ!?」


 ぼんやりと腕輪を眺めて回想していた最中、ヴァネッサが僕の尻を蹴り上げた。

 最近はメキメキと力を取り戻しているらしく、ヴァネッサは普通に僕を殴って来るようになったし、結構痛い。

 正直、僕が暗黒騎士として討伐に出かけるのもこれが一番の原因だ。

 憤怒を司る悪魔の名の通り、ヴァネッサは成長と共にかなりキレやすくなってる。


 この世界には無いけど、瞬間湯沸かし器もビックリな程に。

 前も本気で暗黒騎士を辞めたい旨を伝えた所、馬乗りになってボコボコにされた。

 メルダの回復魔法が無ければまだベッドの上に居たと思う。


「も、もぉ……蹴らないでくださいよ……」

「話を聞いておらぬ貴様が悪い! 飯っ!」


 へそを曲げた様子でヴァネッサは食卓に着いた途端、頂きますも無しに夕飯を頬張り出す。見た目が見た目なので、素行の悪い小学生くらいにしか見えないのも問題だ。


「あーあー、怒らせちゃいましたねぇ。くふふ、怒った顔も素晴らしいですぅ」

「…………はぁ」


 此方に目もくれず夕飯にがっつくヴァネッサを見て、僕は嘆息する。

 大方お腹でも空いてたんだろうけど、本当に止めて頂きたい。


「女の子はあれくらいの歳から多感な時期に入りますからねぇ~。早く大人の素敵なレディにハルオさんが育ててあげれば、きっと暴力も減りますですぅ。くふふ」


 なんで童貞の僕が年頃の娘を持った様な感覚に苛まれなければいけないのか。

 そもそもヴァネッサに年齢や次期なるものが存在するのか……。

 というよりあんな暴力的な娘がいるんじゃ家庭崩壊も待った無しだと思う。


「さぁご飯にしましょう? 先にお風呂にしますぅ? それともぉ~?」


 そんなベタベタなセリフを添えてメルダが誘惑的な目を向けてきた。

 これも悪魔じゃ無かったら今すぐにでも飛びつきたい程夢のセリフだろうけど……。


「……寝ます」

「あら、つれないですぅ」


 僕はフラフラと自室に向かい、ベッドに飛び込んだ。

 正直この悪魔達と一緒にいたら身が持たない。

 メルダは表立った実害はないのだが、一方ヴァネッサは表立った実害が大いに有る。

 ここ一ヶ月で僕の心は、もう折れる寸前だったし、実際に骨も折れた。


 ……いっそ、全て委ねてしまった方が楽になるんじゃないか。


 勿論、オフの時はこの一ヶ月で白魔術師として何回かパーティーにも参加したし、新たなスキルを覚えるべく比較的簡単なクエストにも出かけたりしたけど結果は散々だった。


 どうやら僕には、本当に白魔術師以前に、魔法使いの才能が無いらしい。

 唯一使える白魔法『ヒール』は毎回砂状でしか出てこないし、出る時と出ない時が有る上、おまけに一回使えばどう足掻こうと魔力切れ。


 そのせいで変態無能もやし君とか妙なあだ名で囁かれ、その度憤りを覚えながら大剣ヴァネッサを振るえば、強大なモンスターも一撃必殺。


 その事も重なって、実は自発的に暗黒騎士へ身を投じる自分が居たりもする。


 ……納得がいかない。

 いっそ杖で殴ろうと試みるも、剣を握った時の様にいかない。


 《棒術スキル》を覚える必要が有るらしいが、レベルが上がらない事には習得できない。

 ザイガスの時は《剣術スキル》も無しに扱えるのに……納得がいかない。


 ていうか、これだけ戦ってるのに未だ僕のレベルが1だという事が一番納得いかない!


「はぁ~……………」


 重苦しい溜息が、顔を埋めた枕元で熱を帯びる。

 もういっそ、剣術師として転職しようか。

 仮に僕があの時、受け付けのお姉さんの忠告を聞いて剣術師になっていたら、もうとっくにレベル20くらい行ってるんじゃないだろうか。


 ダメだ、それじゃあメルダの思惑通りになる。それが何より納得いかない。

 まるで僕が、悪魔に魂を売ったみたいで納得いかない。


「……もう寝よう」


 後の祭りと言う言葉が有るように、これ以上考えても無駄だろう。

 負の感情に飲まれれば飲まれる程、悪魔達の手の内なのだから。



 ◇



「今日はどういったご用件で?」


 翌日、僕は朝一番に冒険者ギルドへ訪れていた。

 別に悪魔に屈した訳じゃない。

 いくら防御力の高い鎧を着て安全圏から戦っていると言っても、怖い者は怖いし、現に身体を動かしているのは僕だ。レベルが上がらないのはとても辛いし、特段お金に困ってる訳でもないので何の為に戦っているか分からなくなる。


 これが一番辛い。


 今は駆け出しの街だからレベル関係なしにクエストを受けていけるが、これから先も冒険者として活動して行くなら、レベルと言う数値は凄く重要だ。

 それはある意味、冒険者としての信用度を数値化したものでもある。


「その……転職しに来ました」

「あ、ああ! はい! では一度ギルドカードをお借りしますね」

「はい、お願いします……」


 すんなりとカードを渡す僕に、後悔は無かった。

 これから剣術師や前衛職として活躍して、ヴァネッサ達が自身の目的を果たして居なくなった後にでも、白魔術師としてゆっくり活動して行ければいいと思う矢先……。


「えーと……え? 登録日が一ヶ月前……で、レベル……1?」


 受け付けのお姉さんは僕のカードを見るなり、絶句していた。

 最初に登録してくれたミーアじゃないだけ、まだ心が保てたと思う。


「ま、まぁ! 誰にでも向き不向きは有りますからねっ!」


 明らかに引きつった笑みを浮かべるお姉さんの言葉は大変優しかった。染みる。


「では、白魔術師としての登録を一度抹消いたしますので、三日程此方で預からせて頂きますがよろしいですか?」

「はい……」


 三日間ギルドカードを預かるは知っている。

 冒険者ガイドブックによると、魂と深く契約されるジョブと言うのは、三日間所有者の手に触れない事でその登録を抹消できるらしい。

 因みにレベルが高ければ高い程、時間を要するので、転職専門の神殿という場所も存在するらしいが、レベル1の僕は最短で解約できるという事だ。


「本当によろしいですか?」

「大丈夫です」


 念を押されたが後悔はない。

 早くこの地獄から逃れる為に、剣術として腕を磨こう。

 そしてさっさとあの悪魔達とさよならバイバイするために!


「では、また三日後にギルドカウンターへお越しください」

「ありがとうございました。ではまた」


 僕は振り返らずに冒険者ギルドを後にした。

 決意は…………固い。




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