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15


 今日も今日とて、朝が来た。

 毎朝決まった時間に目が覚めるのは長いバイト生活の名残だろう。


 目を覚ました僕は用を済ませた後、真っ先に珈琲を淹れに台所へ向かう。


 そしてリビングの小窓を開けると、小鳥たちのさえずりが朝焼けに乗って来た。

 早朝独特の粛々とした雰囲気と小鳥さん達の歌に耳を傾けながら、異世界珈琲を片手に朝の訪れに目を細めつつ、観葉植物に水をあげたりする。


「おはよう、メルシィー」


 メルシィーとは最初のクエストで持ち帰った金色の植物の名前で、毎日話しかけてるおかげか、すくすくと育っている。

 やっぱり植物にも心が有ると思うし、元気に葉を広げる姿を見てると、何だか僕まで嬉しくなってくる。


 嗚呼、異世界お洒落スローライフ、ここに極まれりっ。


「おはようございますぅ」


 と、言う訳で僕の毎朝の楽しみであるひと時は、悪魔の挨拶で終わりを告げる。

 この間僅か、10分も無い。


「……おはようございます」


 悪魔二人が勝手に住み着いて一ヶ月の時が経った。

 メルダも決まった時間に目を覚まし、朝は大剣を担いでリビングに訪れるのだ。


「あ、ハルオさん。またヴァネッサ様のベッドが壊れてましたよぅ?」

「ええ……またですかぁ……?」


 ここ一ヶ月で解った事だけども、ヴァネッサは寝ぼけて度々大剣に変身する事が解ったし、おまけに寝相が悪いので、この一ヶ月間で5台のベッドが犠牲になった。

 本人曰く「無自覚だししょうがなかろう」と言って反省の欠片も無い。

 

 少し前もヴァネッサが魔王のくせに怖い夢を見たとかで、僕のベッドに入ってきた時は死を覚悟した。

 本来女の子と添い寝するという素敵なイベントなのに、僕は違う意味で一睡もできなかったので、2度と来ないで欲しい。


「ああ、今日も麗しゅうございますぅ……くふっ、くふふふふっ」


 僕が肩を落としていると、テーブルに座ったメルダが嬉しそうに脚をパタパタさせながら、正面に立て掛けた大剣ヴァネッサをにこにこと眺めている。

 

 ヴァネッサが目を覚ますまで眺めるのが、メルダの日課らしい。

 鉄板の様な武骨な剣に麗しいもくそもあってたまるかとも思う。


「ハルオさぁん。今日は《ワイルドベアー》討伐のクエストへ行きますよぉ」


 ふと、頬杖を付いて笑みと視線を外さぬまま、メルダは言葉を掛けてくる。

 ワイルドベアーと言ったら、最近危険視されてるヒグマのようなモンスターだ。


「…………嫌だと言ったら?」

「そしたらこの街に住めなくして差し上げますぅ。何よりファンの方々がガッカリするですよぅ? それでいいんですかぁ?」


 さらっと可憐な笑顔のまま、メルダは脅迫まがいな事を言いだす。

 僕はまんまと悪魔の策略にはまり込んでしまったらしく、ここからはアリ地獄の様にもがけばもがく程奥深くへ沈んでいくのだろう。


「あと、朝食は昨晩作り置きしておきましたので、ヴァネッサ様が目を覚まされたらご飯にしましょう?」


 それと、本当に僕をとことんダメにするつもりらしく、メルダはそれはもう良いお嫁さんに成れるんじゃないかと思う程、家事炊事の手際が良い。


 彼女の作る料理は美味しいし、洗濯や掃除も僕が気付く前に済んでいる。

 そして何から何まで順次根回しが良く、おまけに容姿端麗。


 性格が最悪で腹黒い事を除けばパーフェクトな女子力なのだが、ヴァネッサ曰くメルダ自身の悪魔的習性によると、結婚した相手を殺害する事がこの上無い快楽だと言う事で百年の恋も冷める所か凍てついてしまった。


 ある意味それは、グルードを救った事にもなる。危なかった……。

 多分、彼女が悪魔じゃなかったら好きになってたと思う。


「んんんー、ふあぁあぁああああぁぁあー……」

「あ、ヴァネッサ様ぁ! おはようございますぅ! 今日もお綺麗ですぅ」


 僕が異世界珈琲を飲み終わる頃、ヴァネッサが獣のような鳴き声と共に、モゴモゴその身を蠢かせながら少女の身体に形を変えて行く。

 最早見慣れたものだけど、初めて見た人は恐怖に卒倒すると思う。


「…………んむ。おはよう」

「おや? ヴァネッサ様、身長が6ミリ程伸びておりますね!」

「ん? そうか? 最近ハルオの計らいでグングン力を取り戻しておるからな」


 メルダみたいに病的な程細かな変化にこそ気付かないけど、ヴァネッサは明らかに日々成長を続けているのが僕にも解る。

 僕が最初に会った時は、大体8歳くらいの背丈と容姿だったのに、ヴァネッサはこの一ヶ月間で10歳程の様相まで変化を遂げていた。


 これもまぁ、僕がここ最近『白魔術師のハルオ』ではなく、『暗黒騎士のザイガス』として活動しているせいだろう。


 ザイガスと言うのはメルダが勝手に付けた名前で、この一ヶ月間、人々の羨望の眼差しを向けられる暗黒騎士のザイガスとは裏腹に、白魔術師の僕は無能変人もやし君と言う変なあだ名とレッテルを張られてしまったのだ。


 ……そのおかげで、未だに僕の白魔術師としてのレベルは1。

 これもまんまとメルダの手のひらの上で転がされている結果だ。


「朝ご飯にしましょう。その後はクエストに出かけますよぉ。ね? 暗黒騎士さん?」



 …………今日も憂鬱な1日が始まる。

 願わくば、選択を間違えた3週間程前に戻りたい……!


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