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「…………という事なのだよ」


 ツラツラと脚色を混ぜつつ語るヴァネッサの話をメルダは熱心に聞き入ると、何とも仰々しく手を戦慄かせる。


「な、なんですってぇ!? 愚劣にも魔王様へ対する供物が牛乳にトマトにワインや野菜が諸々ですってぇえ!? なんと栄養バランスのとれ……ではなく、粗末な!」


 涙ぐんだメルダの眼が、鋭く僕に向けられた。


「貴様! 何故魔王様をこんな姿に!? 大変ありが……じゃなくて、許せません!」

「……一瞬ありがとうと言いかけませんでした?」

「いってないですけど?」

「……そうですか」


 ……改めて彼女は、メルダ=アスモディエス=どうたらこうたら。

 元魔王軍幹部の一人であり、勇者によってヴァネッサが討ち滅ぼされた後、魂だけの存在として現世と呼ばれるこの世界に来たそうだ。


 そして死産であるはずの赤子を見つけては憑依転生を繰り返し、ずっとヴァネッサを探していたのだと言う。因みにこれで人生32週目らしい。


 随分と気の長い話だと思ったし、僕があの鎧を着ていて真っ先に疑いの目を向けてきたのも、あっという間にレベルを上げていたのも何だか頷けた。


「私は気付いてましたよぅ? あの暗黒騎士を始めて見た瞬間、何処と無く魔王様の片鱗を感じ取っておりました。なので、こうして探し回っていた次第ですぅ。冥界のヘルズティーを忠実に再現したお茶を会う人会う人に吞ませ続けて千年……ようやく、ようやく日々の努力が実りましたぁ……!」


 ヘルズティー……名のパンチの通り土みたいな味だったと、僕はさっきからヴァネッサにくっ付いて離れないメルダへ怪訝な目を向ける。

 彼女曰く、自由自在に姿形を変えれるのと、特徴的な角で確信したらしい。


「成程……メルダは昔から茶を煎れるのが美味かったからな」

「はい! もう離れませんからね! あ、ハルオでしたっけ? もう帰っていいですよ」


 先程の深く被った猫は何処へ行ったのか、メルダは素っ気なく手をシッシと払う。


「あの……暗黒騎士は良いんですか……? ていうかさっきの話は!?」

「嘘ですぅ。悪魔は人を騙してなんぼなんですよぅ。騙される方が馬鹿ですぅ。プクク」


 一度までならまだしも二度までも僕は騙されたと言う訳だ。


「あれ? ひょっとして真に受けちゃいました? 男の子って皆馬鹿で可愛らしいですよねぇ。特に童貞なんて、手を繋ぐだけで一コロリなんですもの」


 それにメルダの小馬鹿にした態度に、僕は心底イラっとした。

こいつはやっぱり純粋男子の敵だ……!


「まぁまぁ、メルダよ。こいつはこいつで面白い者でな、人の身ながら悪魔にも匹敵する程の大罪的エネルギーを持ち合わせておる。今に解るさ」

「本当ですかぁ? こんな弱っちいのに? ていうかこの人、白魔術師でありながら魔力も信仰もあったもんじゃないんですよぅ?」


 弱い事は否定しないが、悪魔のお墨付きを貰いたくも無いので感情云々は否定したい。


「ふぅむ? 魔王様が言うなら、きっと本当なんですぅ。期待してますよ? 下僕ぅ」

「……誰が下僕だっ! 僕は絶対嫌ですからね。ていうかお仲間を見つけたんなら僕なんてもう要らないんじゃないですか? 絶対僕より強いし……」


 仮に悪魔というステータスをとってもダンパでは屈指の実力者と囁かれるメルダと一緒に生贄を集めた方が絶対に効率的だと思う。


 僕は異世界で知り合った仲間達と切磋琢磨、和気藹々とお洒落スローライフを送りたいだけで、魔王討伐とかこの世界がどうこうとか関係ないし、他の人がやってくれると思う。


「こうは言ってるが、こいつはまだ自分の実力に気付いておらぬのだよ」

「そんなに強いんですかぁ?」

「ああ、現に目覚めかけの我が身体を通して魔結界なるものを生み出したからな」

「……ひょっとしてあの時の《ダークネス・ノイズ》はこの男が……?」


 二人は感心している様子で僕に目を向けるが、そんな負の感情から生み出された産物なんて絶対認めたくない。

僕は皆が幸せで、笑顔になってくれる魔法使いになりたいのだ。


「じゃ、僕帰りますので。後はお元気で」

「ハルオよ、良い度胸だ。住所は割れてるぞ?」


 ……こんなチンピラ見たいな脅し方してくる魔王が居てたまるか。


「僕には関係ありませんから! 明日にでも引き払って遠くの街でやりなおし――――」


 僕は履き捨てる様に言い残し、早くこの場を後にするべく踵を返した時だった。


「…………あ」


 踵を返した先、少し遠方の水場のほとりに、明らかに巨大で異質な黒いナニカが見える。


「え? 海老…………?」


 それは正しく、黒く巨大な海老だった。

 僕の世界の物で例えるなら、それはもうトラックくらい大きな海老。

 そんな僕の突飛な独り言を拾上げたメルダが小馬鹿にした様子で嘲る。


「エビ? あれは甲殻類のタイガー種ですよぅ。冒険者のくせに何も知らないんですぅ?」

「い、いや……森に住んでるって言ってませんでしたっけ?」

「タイガーは森に住んでますよ? 何言ってるんですか?」

「中々の大物だ、随分と食いごたえがありそうだな。プリッとして美味いぞ」

「いや、やっぱりエビですよね?」


 僕が想像していたブラック・タイガーと全然違う事に幻滅もした。

そもそもスーパーの鮮魚コーナー等に売られているブラック・タイガーだ。


「では魔王様、奴を今宵のメインディッシュにしてやるですぅ!」

「ほう、頼もしいな」

「おまかせください! ですぅ!」


 するとこちらに気付いたのか、ブラック・タイガーは此方に狙いを定め、ノソノソと巨大な図体を揺らしながら近づいてくる。


 僕が元居た世界では普段何気なく食していたけども、ああも巨大だと恐怖しかない。

 それに結構見た目がグロッちい……。


「今日は魔王様が見ておられますぅ。全力で行かせていただきますよっ!」


 ジワジワと距離を詰めるブラック・タイガーの射線上にメルダが立つと、ワンドを正面に構えて静かに目を閉じていた。

 ダンパ屈指の実力者であるメルダの白魔法……これはこれで勉強になるかもしれないと、僕は彼女の背を静かに伺う。


……少しだけ見た後、どさくさに紛れて帰ろう。


「行きますっ! 今イイ感じに焼き上げてあげますよぅ!」


 威勢の良い声を響かせると、メルダの背が若干仰け反る。

 焼き加減……? 炎系の魔法何て白魔術は扱えないはず。

 ひょっとして、何かを併合させた魔法なのだろうか。


「『アスモディエス・フレイム』ッ!」

「えっ」


 ……唐突に、凄まじい火炎が噴出する。それも口から。


「キイシャアアアアアアアァァァァアアアア―――――」


 業火は勢いを余すことなく、巨大なブラック・タイガーを濛々と包み込む。

 そして耳を塞ぎたくなる程の恐ろしい咆哮が長閑な平原に響き渡って行くと、目の前で燃え盛る炎を背に、振り返ったメルダは微笑んでいた。


「では、焼き上がりまでしばしお待ちください。ですぅ」

「人の身でありながら煉獄の炎は健在のようだな」


 微笑むメルダの口からは、もくもくと黒煙が沸き立っている。

 その間にも巨大な炎の塊は轟々と燃え盛り続け、消える所か弱まる気配も無い。

 よし、帰ろう。ここから先は凡人や人類が及ぶものじゃない気がした。


「――――――――シャアアアアアァァァァァァアアア!」

「なっ! 煉獄の炎を遮って……!?」


 その時、メラメラと蠢く炎を掻い潜ったブラック・タイガーの咆哮が轟く。

 その姿は先程の様相とは違い……。


「《ローブ・スタァ》!? まさか瞬時に脱皮進化して、私の炎を逃れるとは……!」


 巨大なハサミ状の爪を威嚇するように掲げて、海老だった生物は何故かザリガニみたいになっていた。


「どうやら競争個体がおらぬ分、ここ等の生物のソウルをたらふく喰らったようだな」

「も、申し訳ありません……! レベルアップ進化は予想外ですぅ!」


 それにさっきの体躯よりも一回り程大きくなっている……?

 ソウル。所謂、経験値という物を獲得するのは冒険者だけじゃないらしく、あれがブラック・タイガーのレベルアップ、進化後の姿と言う訳らしい。

 

 この世界は何でも有りか……!


「まぁ良い。ハルオ、準備は出来ているであろうな?」


 こんな状況でも流石魔王様、とても落ち着いた様子で僕の名を呼ぶ。


「いやっ!? 無理です! あんなのと戦うとか本当無理ですから!」


 僕は即答した。


 あれだけの炎を食らってピンピンしてる化け物相手に、ろくすっぽ剣も振った事すらない僕に勝ち目なんて有る訳が無い。


「てか、もう一回メルダさんの口から火吹くやつやればいいじゃないんですか!?」

「無理ですぅ。あれをやるには口内や口周りの火耐性を極限まで上げる必要が有るので魔力が足りないですぅ」


 慌てふためく僕とは裏腹に、メルダも落ち着いた様子で受け答えをする。


「他に何かないんですか! 一応ダンパでも有数の実力者だって話ですよね!? こう、化け物を退治できるような白魔術とか、結界を張るとか……!」

「白魔術師の一番の攻撃方法は杖で殴るだけですよぅ。なので最低限の棒術スキルだけを学んで後はサポート系の魔法ばかりですぅ。強いて言えば風系や地系の魔法何か使えたりしますけど、生憎あの外皮を削る攻撃力は無いんですぅ~」


「他にも悪魔的な力があったりとか……!」

「何言ってるんですかぁ? 頭大丈夫ですかぁ? 一応中身は悪魔ですけど身体はただの人間娘なんですけどぉ? 現実逃避はよくありませんよ?」


「ついさっきガッツリ口から火を噴いてたじゃないですか!?」

「持ち合わせた潜在的能力が魂に刻まれていたのだろうな」

「そういう事ですぅ! 流石ヴァネッサ様! 相変わらず聡明であられますぅ!」


 ヴァネッサと言いメルダと言い、何でこうも落ち着いてられるのだろうか。

その間にもローブ・スタァはジリジリと距離を詰め、僕があたふたしている内に直ぐ近くで巨大で高圧的な爪を空に掲げている。

 その巨躯は日を遮って僕達の立っている場所に日陰を形成していた。


 改めて近くで見ると、とても大きく、とても怖い……。

 あんな爪で挟まれてしまえば間違いなく即死してしまうだろう。


「キイィィィシャアアアアアアアアァァァァ」


 顔を歪めてしまう程に不快な咆哮が僕の耳を激しく突き刺した。

 恐怖で埋め尽くされそうになりながらも、僕は自身を何度も鼓舞する。


「に、逃げましょう……!」


 冒険者の心得は、報酬や名声より命を第一に考える事。

 自分よりも遥かにレベルの高いモンスターを目の当たりにした場合、極力戦闘を避けて何が何でも逃げ出す事が強豪への道と、駆け出しガイドブックにも記してあった。


 幸いにもローブ・スタァの動きは遅く、全力で走れば逃げれるかもしれない。


「はい、ハルオさん。ご所望ですよぅ」

「え?」


 こんな状況にも関わらず、なんとも変わらぬ抑揚でメルダは僕の手を握るようにして大剣の柄を僕に渡してきゅっと握らせた。


 手が触れて一瞬ときめいてしまったが、そうじゃない!


「いや! 無理ですからっ! っていうかいつの間に変身したんですか!?」

「さぁハルオ。お前の力を見せてみよ!」


 ナチョラル過ぎて思わず受け取ってしまったけど、戦うつもりなんて毛頭ない僕は押し返す様にメルダへ差し出すが、何故か飄々とした様子で手を後ろに組んで笑っている。


「魔王様のお墨付き。是非拝見させてくださいね」


 そして数歩下がり、不自然に笑顔を固めたまま僕と距離を取っていた。


「メルダ。良いぞ」


 この人達、僕を巻き込んで心中するつもりなんだろうか。

 そうか、この人達は悪魔だったと、僕は変に納得してしまった


「……ハルオさん」


 唐突にメルダは僕の名を呼ぶ。

 目を向けてみると、自身の首元に人差し指を掛けて前屈みになっている。


 そして何処か恥ずかしそうに赤面し、スススっと胸元を開けさせ―――――!?


「帰ったら……いい事しましょうね?」

「――――オパッ!?」


 状況とか困惑とかを置いてけぼりに、僕の眼と意識は釘付けになった。

 嗚呼、男子とは何て生きづらい生物なのでしょう。

 膨らむ二つの脂肪山が織り成すI字状の空間を見ただけで、百の妄想が出来るのです。



「――――――――パーーーーイッ!?」

「キシャアアアアアアアァアアアァァァァアァァアアアア!?」


 僕は両手で自分の目を急いで隠すと、何故か威嚇とはまた違ったローブ・スタァの鳴き声が響きながら遠退いて行く……?


「……へ?」


 手を少し退けて様子を伺ってみると、呻吟した様子で手をバタつかせながらローブ・スタァは後退り、あんなに激しく動けるんだと思う反面、随分と苦しそうにも見えた。


 …………メルダかヴァネッサが何かしたのだろうか?


「ふ、ふふふ……ふはははは! 流石我の見込んだ男だ! よもやここまでとは!」

「その、侮っていた事は謝りますぅ。けど、アレだけでそこまで成りますぅ……?」


 僕が疑問を抱えていると、感極まった様子のヴァネッサが元の幼女の姿に戻り、谷間を見せつけていたメルダは何故か先程よりも顔を赤くしていた。


「流石に色欲を司る私でもドン引きですよぅ……。一体何を想像したらそんな力になるんですか……? 頭の中エロエロなんですかぁ? このピンク野郎!」

「言ったであろう、こやつの力は本物だと。見ろ! 綺麗に真っ二つだ!」


 ヴァネッサが指さす方へ呆然と目を向けると、ローブ・スタァは遅れてその身を真っ二つにし、新鮮な白身をはみ出させていた。

 まるで香草焼きみたいに。


「え? なんで……?」


 剣を握ったまま目を隠す形になったので、その拍子で斬り上げたのだろうか。

 にしては、手ごたえも無かったし、刃渡り的にもおかしな切れ方をしている。


「我の身体を斬り上げたのは正解だったな、地平線に撃てばどうなっていたやら」

「それもちょっと見せて、少し振り上げただけでこの威力だなんて……」


 まるで虫けらでも見るような眼で僕を見つめ、メルダは自身の体を隠す様に背ける。


「あの、僕は一体何を……」

「剣の衝撃派を生じさせたのだ。凄まじい威力と色欲エネルギーだった」


 そりゃ一瞬だけ走馬灯の様にメルダの谷間で妄想を膨らませたけど、腑に落ちない。

 男子たるもの、女性の谷間を見て何も思わない方が稀だと思う。


「本当最低ですぅ。人間にしておくのがもったいないですぅ……ああ……」


 心なしかメルダの眼が潤んでいる。

 まさか色欲を司る悪魔のくせしてセクハラと広言する訳じゃないと思いたい。

 それも自分から見せておいてっ。


「ほんっと、最低すぎて惚れ惚れしますぅ。しょうがないから認めてあげますよーだ」


 頬を赤らめたメルダが恍惚とした笑みを浮かべてそんな事を言っていた。 

 ……悪魔にとって最低とは誉め言葉なんだろうけど、褒められた気がしない。


「さ、そろそろ日も暮れる前に帰ろうぞ、腹が減った」

「はいですぅ」


 何事も無かったかのように歩き出すヴァネッサの後ろをメルダが付いて回る。

 呆然と佇む僕は、ふと頭の片隅にこんな事を思い浮かべていた。


…………帰るってどこへ?



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