どら焼き 【月夜譚No.88】
どら焼きの横に置かれたお茶が、温かな湯気を昇らせる。両手で包むように湯飲みを持ち上げた彼女は、緑の水面に息を吹きかけ、そうっと口をつけた。温かい塊が喉を通って胃の腑に落ちる感覚がする。
彼女はテーブルに湯飲みを置くと、長めのパーカーの袖で半分手を隠して頬杖をついた。僅かに首を捻って視界に入ったのは、窓の外で降り頻る雨。今日は朝から降り通しで太陽が見えないせいか、少し肌寒い。昨日の梅雨の晴れ間には半袖のシャツを着るくらい暑かったのに、まるで季節が後退りしてしまったみたいだ。なんだか、少しばかり損をしてしまったような気分になる。
しかし今日が雨のお陰で、偶々通りすがった和菓子屋で安売りをしているどら焼きを見つけた。ここの和菓子はどれも美味しく、特に餡子が滑らかで舌触りが良いのだ。それが割引き価格で購入できるなんて、運が良い。
彼女は雨から目を背けるとどら焼きに手を伸ばし、早速一口齧りついた。それは想像通りの美味しさで、綻んだ口元はもう雨のことなど忘れてしまっていた。