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1-5 再スタート

ブックマーク、評価下さった皆様ありがとうございます。

おかげさまで日刊ランキングに入れていただけました、これを励みに頑張りたいと思います。

 時刻は朝の八時過ぎ、始業時間よりも少し早い頃合いだが第一深総学院、二年A組の教室には在籍する生徒のほとんどが登校してきていた。

 探索員養成校では制限が設けられるとはいえ武器の所有を許可される絡みもあって入学にあたり人格面での審査が厳しく、素行の悪い人間はほとんどが入試の段階で弾かれていることもある。


 そんな毎日繰り返される朝の光景の中、教室内のある空席を見た少年、高村(たかむら)芳樹(よしき)は密かに物憂げなため息を漏らす。

 その席に座っていたのは先日のダンジョン探索以来、区内の病院に入院中の友人だった。


 深層からの救難信号に彼は臨時で組んでいた他のチームメイトの制止を振り切って向かってしまった。

 自分もその後を追っていればそんなことにはならなかったのだろうかと、未だに後悔の念が芳樹の胸の内を(さいな)んでいる。


 二人でも、たとえ四人皆で向かったとしてもオーガに出くわせば普通は無事で済まない。

 それを理解していても彼のことを見捨ててしまったようで、ゲートのロビーで彼が他の探索員に救助されたという話を聞いてからも気は晴れずにいた。


 ダンジョン探索は少人数では危険だ、その時のチームメイトだった他の二人は既に新しい仲間を見つけたらしい。

 芳樹も誘われてはいたのだが、乗り気になれずあれからダンジョンには潜れていない。


 一部の苦学生と違い学費は両親が払ってくれている芳樹はそうしていても経済的に困窮したりとするわけではないのだが、在学中の活動が非積極的すぎると単位が取れず探索員資格が失効してしまう恐れがある。


 ――いい加減に割り切らないといけない、か。


 面会謝絶で見舞いにも行けていない友人のことを気にしながらも腰を上げようと少年が決意を固め始め、やって来た担任教師により朝のSHR(ショートホームルーム)が始まった。

 出欠がとられいつも通りに午前の一般科目授業が始まっていく――筈が、その日は違っていた。


「急な話になりますが、今日からこのクラスに第三校からの転校生が来ます」


 担任のその発言自体は月並みなものだったが、生徒達はすぐにざわつき始める。

 転校生そのものは珍しくもない、探索員養成校は初年度から生徒が中退したりすることも多く空いた枠に一般校から転校してくる者がそれなりに居た。


 中退理由は実際にダンジョンに潜ってみて辛いとか、モンスターと戦うのが怖くなったとか、そんなところが多い。

 モンスターを倒して得られる戦利品が主な収入源となる構図からテレビゲーム的な華やかさを期待してくる人間が多いのだが、言ってしまえば探索員とは肉体労働者だ。


 整地されていない洞窟内を歩き回れば疲れもするし装備は買い揃えなければならない、おまけに怪我を負うリスクは格段に高く気が抜けない、その理想と現実のギャップに折れてしまいドロップアウトしてしまう者が多いのだった。

 だがそんな探索員事情を知らないよそからではなく、高度な訓練設備の整っているらしい第三校からわざわざ転校してくるというのが首を傾げる話だった。


「それじゃあ、香乃さん、どうぞ」


「――はい」


 廊下で待たされていたのだろう、呼び掛けに答えたその転校生により教室前側の扉が開かれ、声色で女子であることが分かった瞬間に一部の男子が色めき立つのが感じられた。

 この辺りの反応はどんな学校でも似たようなものだろう、問題は当の女子がどんな人物であるかだったが。


 探索員なら誰もが持つ装備トランクを担ぎ第三校の制服を身に着けたその少女が足を踏み入れてきた瞬間、教室の中がシンと静まり返った。

 まず目についたのは腰まで届く白い髪、色素欠乏症(アルビノ)を連想させるが癖の無い長髪には病的な雰囲気を感じさせない瑞々しさがある。


 同じように日本人離れした白い肌をした顔立ちはあまり女子の容姿に興味を抱かない芳樹をして目を瞠ってしまうほど整い、なによりその特徴的な赤い瞳が目を引いた。

 沈黙に包まれる教室を教壇の横まで歩いたその少女は生徒達の様子に気まずそうな担任から自己紹介を促され黒板に名前をゆっくりと書き終え振り返る。


「……香乃、唯と言います。学院の方を長く休学してしまっていてダンジョン探索は今年度からになるのですが、皆さんどうかよろしくお願いします」


 容姿とは裏腹な淀みない日本語での自己紹介をして転校生、唯は丁寧なお辞儀を見せる。

 その日、一風変わった転校生がやってきたと学内へ噂が広がり切るのに半日とかかることはなかった。





 ◆





 ――辛い。


 第一校への転校初日、唯は昼休みを迎えるまでに神経を随分とすり減らしてしまっていた。

 予想はしていたものの名目の上では第三校からの転校、更に特異な容姿をしているものだから休み時間の度に質問責めに遭い対応に追われているのだ。


 休学理由と髪色、目の色の訳は初めてダンジョンに入った際、例の見えざる毒に浸り過ぎてしまい一時的に昏睡状態に陥ってしまった影響だとかいう設定になっている。

 ――何でも『ダンジョンのせい』にしてしまうのはいかがなものかと唯自身思いもしたが。


 紗耶香との契約を交わし一週間、女性としての所作を叩き込まれ唯としての偽の経歴を元にした『回答集』も用意してはいたが、それでも元クラスメイト相手に別人として振る舞うのは冷や汗もの。

 付け焼き刃の言葉遣いはボロが出てしまいそうで気を揉む上に、何故か紗耶香が用意した制服が第一校のブレザーではなく、第三校のものであったため余計に注目を集めてしまっている。


 元のクラス以外に入ることができたならまだマシだったのかもしれないが、席が空いていたのは康哉という欠員のあったA組のみだったらしい。

 あちらこちらから視線を感じながら食堂での昼食を終え教室へと戻った頃には精神的に疲労困憊だった。


 午後からは探索員としての専門授業、必要な単位を取り終えれば学内の施設で自由に訓練することが許されているが、一校での探索員歴が無い唯には受講しておかなければならない科目があり、そのための準備をしなければならなかった。

 と言っても用意するのは探索員としての武装のみ、装備一式が詰まったトランクケースを持って行けば事足りる。


 クラスメイトから声を掛けられない内に訓練施設へ向かおうとするのだったが……一足遅かった。


「香乃さん、今から実習棟?」


「うん――今のままだと入場許可が下りないから初級審査にね」


 声を掛けてきたのは康哉時代にもあまり面識の無かった男子、その後ろに小声で囃し立てる別の男子らの姿を見て取った唯はおおよその事情を察して暗澹たる思いにかられながらも微笑みを保つ。

 覚醒した直後は混乱が勝り気にする余裕もなかったが、落ち着いた今となってはこの容姿が美少女と十分に言い表せるものになってしまったことを自覚している。


 気恥ずかしそうに声を掛けてくる男子は要するに気があるのだろうが、精神的には男性のままである唯にとっては嬉しくもなんともない。

 さてどうやってお引き取り願おうかと考えている間に、男子の方が机の上に置かれた唯のトランクケースに目をつけてしまった。


「良かったら実習棟まで案内するよ、これ持ってあげるからさ」


「あ、ちょっと待っ――」


 慌てて唯が制止するよりも早く、男子はトランクケースを担ぎ上げようとして――


「……っ!?」


 手を掛けたケースが浮き上がりもせずビクともしなかったことで体勢を崩してしまい目を白黒とさせてしまう。

 唯が人目を引いてしまう存在であるだけに、その奇妙な光景には教室内のほとんどの生徒が気づき、何が起こったのかと目を丸くしていた。


「ははは……ごめんね」


 つくり笑いが引きつってしまいそうなのを堪えながら、唯は男子が持ち上げるのに失敗したケースを片手で持ち上げスリングに肩を通す。

 肩にかかるその重量はずっしりと重い――並の人間では耐えきれないほどに。


 一週間に及んだ女性としての教育と並行して行っていた、この体の慣らしで分かったこと。

 今の唯の体は外側だけでなく、内側もまた常識から外れてしまっているのだった。

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