2-13 急報
彼方から地を踏み鳴らし駆け走ってくるオーガに一瞬怯むように目を瞠りながらも芳樹はすぐにその気配を押し殺し、手に構えるXREP銃の照星の先へ捉えていた。
ぐっと息を詰め、引き金が絞られると乾いた炸裂音と共に銃口から放たれたXREP弾は過たず目標の巨体に突き刺さり、電撃を放出させる。
見る間にオーガの動きが鈍り、疾走の勢いが衰えふらつくような千鳥足へと変わっていく。
二本の足で立っているだけでも驚異的な耐久力だが、今だけはそれが仇となる。
芳樹の射撃と同時に前へ出ていた静が手にする長巻の刃圏、振り下ろしの勢いが生きる好位置に確と頸を捉えていた。
袈裟懸けに振るわれた刃が滑り、音も無くオーガの太首を断ち切っていく。
抵抗を感じていないかのような一刀は彼女の手にする長巻が業物であることにもよるのだろうが、それを生かせる静の技量が伝わってくる流麗な体捌きの為す一閃だった。
探索員として間違いなく一線級の実力を持つだろう静が長巻を振り抜くと同時に身を退くと、首を落とされたオーガは電撃を受けた余韻で悪あがきすら出来ずその場へ倒れ伏す。
交戦時間は一分にも満たない既存の戦術と比べ物にならない効率でオーガを葬ると、止めを刺した静と動きを止めた芳樹が互いを称えるように手を小さく挙げ合う。
「ナイスショットでした、オーガ相手にも慣れて来たようですね」
「どうも、何気に百合原さんもすげえ腕してますよね」
気遣い無用と言われている芳樹だったが、未だに静かに対しては敬語が抜けきらない半端な調子で話している。
XREP銃の試験運用の為、彼はこの日初めてオーガの出現する下層に初めて足を踏み入れていた。
今の戦闘までに遭遇したオーガの数は七、初戦でこそ緊張のあまり弾を外してしまうこともあった芳樹だが、探索員としてそこそこの修羅場をくぐった経験を持つだけに早々と順応を見せ初弾から命中させるようになってきていた。
今回の探索は芳樹の習熟が目的であるので極力手出ししないよう求められている唯が手持ち無沙汰になるほどその調子は順調で、XREP弾は見事な成果を見せている。
「後は上手く首を落とせるようになれば文句なしですが、こちらはもう少し経験が必要ですね」
「まあ……頑張ります」
そう淡々と静が言う内容の難易度に流石に芳樹が引き攣り気味の渋い顔になる。
静自身もXREP銃は持ち込んでおり、二回ほど射撃に回った彼女が動きを止めたオーガの首落としに挑んでいる芳樹だったが、そちらの成果は芳しくない。
以前から彼が愛用している長剣は両手持ちにもできる仕様のものだったが、武器のグレードとしてはそれほど高品質というわけではなくその切れ味は持ち手の腕力に大きく依存してしまう。
日頃からトレーニングは欠かさない芳樹だったがそれでも一撃でオーガに致命傷を負わせるには足らず、身動きを封じている状況でなければ接近戦はまだまだ危険だった。
「気にすることないよ、オーガなんて普通一人で戦うものじゃないんだしね」
彼が無理することのないよう励ましのつもりでそう口にする唯だったが、芳樹の渋面は深まり静からも白い目を向けられてしまう結果となり気まずく視線を泳がせてしまう。
首を落とすどころか単独で何頭ものオーガを向こうに回しても圧倒出来る唯が言っても説得力に欠ける言葉だった。
「……ごめん」
「ああいや、そう言ってもらえると助かるよ、ありがとう香乃さん」
苦笑いしつつも芳樹はそんなことを言ってくれた。
こうして彼と再びダンジョンで共に行動しているとどうしても康哉として組んでいた時のことを思い出してしまう。
あの頃は本当に気兼ねなく話せる仲だっただけに、こうして丁寧な口調で話されるとくすぐったさ以上に物悲しさを感じてしまうのは避けられなかった。
本当は危険な下層に来ることになるサポートを止めてもらいたかったというのに、虫のいい話だが。
頭を振って今更しょうがない考えを振り捨てていると、今回も連れて来た自走車が近づきまるでこちらの心情を読み取り慮ったように筐体の表示灯を点滅させ開いたスリットからドリンクを差し向けて来た。
販売が始まり量産されている『飛燕』とは異なる仕様で、紗耶香から聞いた説明によれば手首に巻いている腕時計のような端末からユーザーの体調を読み取る機能がついているとか、それに伴う動作なのだろうか
別に喉は渇いていなかったが、こちらを励まそうとするような表示灯の明滅に何となく愛着が湧いてしまいドリンクを受け取ってしまった。
「ふふ――ありがとう」
機械相手に意味の無いことだと分かっていても、ついそんなお礼を口にしてしまう。
それに応じるようにまた表示灯を点滅させた自走車は静達の方へ向かい同じように飲料を差し入れていた。
「相変わらず便利だよなこれ、流石に個人で買う気はしないけど」
芳樹が素直に受け取る一方で、静はじっとりとした視線を向けながらドリンクを受け取っていた。
販売するAMAGI側の人間として動作の調子にでも何か思うところがあるのだろうか。
流れで小休止を挟みつつ、一日の戦果としては十分なものが得られていたこともあり潮時と見た静により撤収が決断された。
目標であるオーガの単独処理がまだできるようになっていない芳樹が少し抵抗を示したが、一日でそこまで求めるつもりは静にも無いらしい。
「どんな環境でも言えることですが、変化点にはトラブルが付き物です。
武装も狩り場も変わっているのですから、いつ何が起こってもおかしくはないぐらいの心構えは必要ですよ」
そう諌められると芳樹も口ごたえすることなく撤収を了承することになった。
本当に彼女の落ち着きぶりは同年代とは思えないほどで、浴場の一件が無ければ唯もまだ彼女に一歩引いた態度を取っていたかもしれない。
「私は今回何にもしてないんだけど、良かったのかな」
「いいんですよ、唯さんが後ろについて下さってるだけで背中の心配が無用なんですから十分に貢献されています。
本当は私達が唯さんの後ろをサポートできるようになるのが目標なんですけどね」
紗耶香達の構想としてはサポートチームというのは唯の助力というより、後方の憂いを取り除くことが目的であるらしい。
実際に近接戦闘中の前衛を銃器で支援するというのは同士打ちの危険性から難しいことであるだけに、警戒を薄めてもらえる方が唯はもっと活躍できるだろう。
それだけに強敵となるオーガとの戦闘経験を持つ梓の加入を得られなかったことを紗耶香達は惜しんでいた。
確かに危険な目に遭って欲しくないという感情を抜きにして考えれば芳樹と梓に組んでもらえればオーガ相手でも渡り合えそうに思える。
狭いダンジョン道中で挟まれでもすれば話は別だが、唯が居る限りそんな事態は起こりにくい。
彼女達と組んで探索に挑む光景をイメージしながら、しかしそうならなかったことが悲しくは無い。
他人を危険に付き合わせたくはない、未だに唯はそんな考えを抱いているのだから。
そうして反省を交えながら第一ゲートへと戻る道すがら、既に多くの探索員達がダンジョンへ潜りモンスターを狩っているせいかほとんど戦闘になることもなく中層まで戻って来たところで。
「――待って、何かが」
上へ向かう通路に合流する別の道から複数の気配を感じ取り足を止める。
「何かって、どうしたんだ?」
「……分からない、けど様子がおかしい気がする」
やってくるのはモンスターではなく、探索員だろう同じ人間のようだった。
違和感を覚えたのはあまりに切迫した様子。
唯にしか感じられない感覚だろうが、複数あるその気配は明らかな焦燥に駆られていた。
やがて目視できる距離にまで駆けて来たその一団も唯達に気づいた素振りを見せる。
「悪い、早く地上に上げないとやばいやつが居るんだ、道を開けてくれ!」
先頭を走る少年が一瞬目立つ唯の姿に目を奪われながらも要請を叫ぶ。
その様子、何より周囲を他の仲間に守られるように囲まれている男子が背負い式の緊急担架でぐったりとした少年を運んでいる姿に緊急事態を悟った唯達は道の隅へと寄った。
ダンジョン中毒を起こした人間の緊急搬送、学生による探索が始まった頃には今よりも見られた光景だ。
過去の経験が蓄積、共有され限界を見誤ってしまう探索員も今では少なくなったが、零になったわけではない。
程度によっては代わりに運ぼうかと運ばれる少年の顔を見た唯だったが。
「……あれって」
「もしかして、三井か?」
共にその名を知る芳樹が言葉を合わせる。
組んだのは一度きり、それも僅かな時間だったが二人ともその顔を見忘れてはいなかった。
唯のように特殊な身の上でもなければあれからの期間では長時間の活動ができるほどの耐性はつけられない。
何か無茶をしたのかと心配を顔に浮かべていた唯に気づき、一行の最後尾に居た女子が思い立ったように踏み止まる。
「ごめん! すぐ追いつくから先に行って」
叫び唯達へ向き直ったその少女が浮かべる焦りの色濃ゆい険しい表情からはただならない様子が伝わってくる。
「鉞――ううん、香乃さん、だよね。今日の探索時間はまだ余裕ある?」
「うん、今日はそんなに潜ってないからね。
何が――いや、何をして欲しいの?」
早目に切り上げただけあって芳樹も静もまだまだ余裕はあり、唯に至っては未だ限界の底が知れない。
気になることは多数あったがそのほとんどは後回しで構わない、まず聞くべきだと思ったことを唯が告げると少女は申し訳なさそうにしながらもその言葉を口にした。
「見ての通り急ぎだったんだけど、足止めに残ってくれた子が居るの。
勝手なこと言ってるのは分かってるけど、出来るなら助けてあげて欲しい――お願い!」
唯にとってそれは無謀な頼み事ではなかったが、難題ではあった。
話通りであれば助けが必要な状況であるはずなのに、どういうわけか救難信号は届いていない。
PDAの受信範囲を超えているのか、はたまたそんなものを出す余裕も無いのか、正確な位置が掴めない以上見つけ出すのも困難である。
いずれにしても緊急事態であることには変わりなく、それでも唯が取る行動に迷いは無かった。
「引き受けるよ、そちらは任せて、行ってあげて」
「――ありがとう!」
複雑そうに顔を泣き笑いのようにしながらも、感謝の言葉を告げ少女は仲間達を追って走り出した。
どうするのか悟っていたのだろう、芳樹と静がため息をつくのに謝ろうと振り向く唯だったが。
「長瀬さんの事、お願い!」
去り際に少女が残した一言が、その場の三人の表情を凍り付かせた。
誤字報告を頂けました、ご指摘ありがとうございます。
ちょっと危ないかと思いましたがぎりぎり予告通りの投稿できました、量も増やせればなお良かったのですが申し訳ありません。
評価、ブクマ、感想いつもありがとうございます、励みにまた次回、7月23日の投稿予定して頑張ります。