2-12 予期せぬ再会
迫ってくる巨躯への畏怖に顔を強張らせながら、大盾を構える男子二人が息荒く飛び込んできたオーガのぶちかましを大きく後退りつつも受け止める。
まさしく受け止めるのがやっとといった風情で、密着してしまった相手に追い打たれれば必死の状況だった。
真っ向から立ち会ってはとても敵わない相手、であるだけに探索員達も無策で挑むことはしない。
すかさず背後へと回り込んだ少年らの仲間達が大きな胴体に比べればまだ攻撃の通り易い腕に、足にと斬りつけていく。
オーガといえども多勢に無勢では抗しきれず、その体躯ががくりと傾いだ瞬間。
「っ――今!」
機を逃さず横合いから踏み込んだ女子、梓の振り下ろした両手剣が大鬼の猪首を捉える。
重量と勢いが余すことなく乗る絶好のタイミングで叩き込まれた刃は深々と、半ばを越えて首を刻んだ。
致命傷を負わされると苦し紛れの抵抗もむなしく、程なくしてそのオーガは地へ沈むこととなった。
肉体の消失が始まり絶命を確認しようやくその場の探索員達が肩を落として緊張を弛めていく。
「あぁ……やっぱ怖えなオーガは。 絶対ソロでやるのはごめんだわ」
「普通は誰だってそうだろ、誰も怪我してないか?」
連合参加チームが周囲を固めてくれているお陰でそれぞれに戦闘の合間に言葉を交わす余裕も十分にある。
回収役のメンバーが角を拾い上げていくが、入場前の登録によってオーガの報酬は頭割りにされるので戦利品の収得に関しては揉める心配も無い。
状態を確認してくるメンバーに手を上げて問題ないことを示す梓に、オーガハントが順調に進んでいるせいかチームメイトの女子が機嫌良さそうに声を掛けていた。
「今回は調子良いね、今ので何匹目だっけ」
「んー……ウチらだけで仕留めた分なら四匹じゃない?」
オーガの角から採れる希少金属は取引価格の高い物が多く、これだけの人数で割ったとしても結構な収入になる。
期待したのか嬉しそうにその女子は拳を握りガッツポーズまで見せた。
「やった、これなら色々買えそう、来月は欲しい新作多いから困ってたんだよね」
探索員装備か、それともファッション類のブランド品か、皮算用を立てながら表情をほころばせる女子につい苦笑を浮かべそうになってしまいながらも、むしろこちらの方が普通なのだったと思い直す梓。
家庭の事情を抱える探索員は少なくないが、単純に自分の物欲を満たすために稼ぎを求める者だって多い。
大半の探索員は親から養われている学生という生活に余裕のある身分でもあるので尚更だ。
果たして将来の見通しを考えているのかはさておき、彼女のような目的で探索員になるのが悪いわけでもない。
気を取り直し梓も適当に相槌を返していく。
「一気に使わないようにしなよ、いつもこれだけ稼げるわけじゃないんだし」
「分かってる分かってる。 けど長瀬さんいい腕してるよ、次の機会あったら多分声かけるからその時はよろしくね」
そんな評価を受けるだけあり、この日彼女達のチームが四戦したオーガのいずれにも致命傷となる一撃を叩き込んだのは梓だった。
仕送りの必要性から以前よりオーガハントへ積極的に参加していた賜物ではあるが、それを可能とするために梓自身も日頃からトレーニングは欠かしていない。
意外なことに、前線で活躍する探索員には男女比の割に女性が多い。
明確な体格差に筋肉の鍛えやすさ、どうしようもないことではあるが男女の間には生物として明らかな隔たりがある。
生まれや個人の努力によって左右されるといっても、同じだけの努力を重ねれば身体能力はどうしても男性の方が優ってしまう。
そこに例外が起こり得るのはやはりダンジョンの不思議、ということなのだろうか。
オーガの首は位置の高いこともあるがなにより硬く、切断は容易ではなく男性でも難しい。
にもかかわらずそれをやってのける女性探索員は全国で数多く確認されている。
理屈は未解明ながらダンジョン内で瞬間的な火力は女性の方に優位があるとの認識が広まり、男性が盾を持ち受けに回り女性が両手剣の類で攻撃に回る構成が今のダンジョンでは増えていた。
過去に新たな女性の活躍し得る場として一部メディアが特集を組んだりしたこともそれを助長したという。
梓も深総ダンジョンの前線で順調に実績は重ねており、望めば固定のチームもすぐ見つかるだろうことは彼女自身が分かっていた。
なのにその道を選ばないのは――
「……中途半端だな、私」
「うん……何?」
「なんでもないよ、次行こっか」
ぽつりと漏らした呟きへの反応に返しながら梓は胸に残るわだかまりから目を逸らし探索に気を向け直す。
彼女達にとってありがたいことにオーガとの遭遇は出発前の予想通り散発的なものだった。
練度に装備も十分な探索員が揃い、二体以上のオーガと遭遇しても分断から各個撃破の流れがスムーズに運んだことで大きな怪我人が出ることもなかった。
やがて事前に決めてあった予定時刻まではまだ時間があったが、一部のチームで大盾が破損するなど装備の限界が出たことで撤収が決まる。
報酬の分配が行われるのはあくまでオーガ級のもののみ。
いくつかのチームが階層を上がりコボルト級などを相手にもうしばらく狩猟を継続する中、梓は三人のチームメイトと早目の撤収に移っていた。
「今日はヘルプありがとな長瀬さん、今回は大分稼げたし参加できなかったらホント後悔してたよ」
「いいよこれぐらい、アタシだって稼がせてもらってるんだから」
「そう言ってもらえると助かるけど適当な奴じゃ深層まで連れていけないしな、お礼は言わせてくれ」
まだダンジョン内ではあるが、順調にオーガハントを終えたことで四人の間にはなごやかな雰囲気が漂っている。
このところダンジョンへ潜ればトラブル続きだったこともあり梓も普段より張り詰めていた気をやっと弛めていたのだったが。
「んん……アレ、大丈夫かな?」
「アレ?」
梓達は細道の隅で座り込んだ人影とそれを気遣うようなチームメイトらしき探索員達の姿に気づいてしまった。
近くにモンスターの気配は無いようだったが、負傷者でも出たのかと皆がそちらへ駆け寄る。
「おい、怪我人か?」
「えっ? ああ悪い、そういうわけじゃないんだけど、ちょっとこいつが気分悪くなったらしくってさ」
座り込む仲間を示しながら言う少年に梓のチームメイト達は顔を見合わせ、気まずそうな表情を浮かべる。
体調不良は珍しいことではないが、ダンジョン内でとなると嫌な予感を抱いてしまうものだった。
「おいおい、まさか初心者をこんな層まで連れて来たわけじゃないだろうな?
ダンジョン中毒だったら洒落にならないぞ」
「そんなわけ……お前確認したか?」
「いや二年だって聞いたから、てっきり長く潜ってるやつかと、ばっかりさ……」
水を向けられた男子の言葉はいかにも自信無さそうに尻すぼみとなっていく。
仲間の探索歴を把握してなさそうな反応に梓達の表情に深刻さが増していった。
たとえ臨時の仲間でも命の危機に直結するそこは把握しておくべき、探索員のマナーだった。
それを軽んじた目の前の少年達に対して怒りを覚えながらも、座り込んだ男子の姿と身に着けた装備に見覚えのあった梓の背筋をヒヤリとしたものが伝う。
「ちょっと顔見せて……君!」
焦燥に駆られ、うずくまるようにしていた少年の頭を上げさせ、その血の気の引いた青い顔を見た瞬間、確信を得てしまった梓の顔もまた引き攣る。
「……あれ……長瀬、さん?」
「……三井君」
ぼんやりと見返してくるのは一月と少し前に実習へ同行した少年、三井亮太。
ダンジョンでの活動可能時間もまだ短いはずの、明らかに深層に近いこんな場所に居るべきではない人物だった。
またどっぷり更新遅れてしまい申し訳ありませんでした。
どうにも自分に甘いところがあるので期限決めないとずるずる更新伸びてしまいそうな気がしてきましたので次は7月17日に更新したいと思います。
そんな間にもブクマ、評価入れて下さった皆様、本当にありがとうございます!