2-10 彼と彼女の選択
引き金を引いた瞬間、肩に当てた銃床から鈍い反動が響き、発射されたXREP弾が弾体に折りたたまれていた回転翼を展開させながらまっすぐにターゲットへ向かい突き刺さる。
着弾した先端スパイク部から導線で繋がれた電子部品の詰まった本体が分離し垂れ下がり、放電を開始するXREP弾。
サークルの中心からはやや外れていたが、試射を始めてから十数発にもなる頃には的を外すことも無くなっていた。
あくまで固定標的での訓練で、目標が動き回る実戦においてはこの成果も当てにできないが指導役の静はまんざらでもなさそうな反応を見せている。
「お二人とも悪くないようですね。初めてでこれだけ当てれるようになれば十分でしょう」
「や、どうなるかと思ってたけど結構当たるもんだね」
集中し詰めていた息を吐いている梓も同じように、感覚が掴めなかった始めの数発は外してしまっていたが途中からはしっかりターゲットのサークル内に命中させていた。
構造が特殊な弾だけに芳樹も扱いづらいのではないかと不安に思っていたのだが、良くできたものだと素人目線ながら感心させられている。
展開式の回転翼により弾はしっかりとした弾道を描き、円筒形の不安定な構造でありながら基部とスパイク部が分離する仕込みによって簡単に抜け落ちたりもしない。
最低限の扱いを覚えるのにそう長い期間はかからないだろうし、本当にこの装備が普及すれば国内探索員の戦闘スタイルもそれに合わせて変容していくだろう。
紗耶香の語るところによれば試験段階なだけに、今はまだXREP銃での狩猟記録は環境要因の強いものとして個人の探索員ランクには反映されないという。
他の探索員達が弱らせたモンスターを狩っても個人の狩猟数としてはカウントされないのと同じだ。
確かに武器性能に頼るようで複雑な気分もあったが上手く運用すれば少人数チームでもオーガを狩れるようになる、その魅力に抗える探索員はきっと多くも無い。
「そろそろ休憩にしましょうか」
「もういいんですか? まだ一時間もやってませんけど」
「ええ、集中し続けるのも限界がありますから、これ以上は効率も良くないでしょう。
それと、これで使い勝手はある程度知って頂けたかとは思いますが契約に関しては自由に判断して下さって結構です」
AMAGIの最新装備をここまで扱わせておきながら無理強いをしない辺りフェアというか、この契約を受けることで生じるのがメリットだけじゃないことは彼女達も把握してるんだろう。
まず個人探索員ランクは当分上げづらくなるだろうから、高ランク保持者という肩書きに憧れてしまうような自己顕示欲が高い奴には辛い。
それに試験運用という名目で通すらしいが、ダンジョンでこの武装を扱うことは商品アピールでもあるんだろう。
客寄せパンダとでも言うか、他の探索員に新装備の有用性をアピールし実用化されたときの販促をかける狙いがありそうだ。
ダンジョン内やゲートで、もしかするなら学院でも注目を浴びることになるかもしれないしなにより――
「終りましたか?」
「はい、今しがた」
XREP銃の説明が始まった辺りからどこかに行っていたAMAGIの看板探索員、唯が戻って来ていた。
髪や目の色など日本人離れし、オーガも単独で屠る身体能力を持つ彼女を畏怖する人間も居はしたが、その整いきった風貌とモデル誌の広告力によるものか熱を上げる層の方が増えているらしい。
そんな彼女のサポートをするようになれば注目は更に集まるだろうし――妬む人間が出てこないとは限らない。
ダンジョンで敵は前からだけやってくるわけじゃなく、XREP銃を持っていても事態によっては危険があることには変わりないし、オーガ級がうようよしている深層に挑むなら尚更だ。
それでもいざとなれば鉞姫という強力な仲間に助けてもらえると、腰巾着のように見られるのではないか不安はある。
築き上げるのに皆が苦労している労働環境まで充実したものを得ているのだから、むしろやっかまれない方が不自然だ。
無難に生きるなら断る道もある、けれど最近の芳樹はそんな選択に躊躇いを覚えるのだった。
「はい、高村君と長瀬さんにはこっち、レモンスカッシュなんだけど、大丈夫だったかな?」
「うん? ああ……ありがとう香乃さん」
「わざわざ持ってきてくれたの? 助かるー」
差し出された盆には透明なジュースらしいものが注がれたグラスが載っていた。
梓と一緒に礼を言いながら受け取り、挿されていたストローを吸うと爽やかな甘味のある酸味が口の中に広がっていく。
蜂蜜でも入れて味を整えてあるのか、なんにせよ暑くなり始めたこの時期に良く冷えた炭酸の味は心地良い。
「手作りみたいね、厨房使っていいとは言ったけどこの頃随分と女子力上がったんじゃないのコウちゃん?」
「……大したものじゃないよ、このぐらいのレシピならネットにいくらでも転がってるから」
うっすらミント風の香り漂う芳樹達に出されたものと少し違うジュースを飲んでいる紗耶香の言葉に、どうしてか唯は苦い表情を浮かべている。
気に障るような部分があったように思えない芳樹がつい見てしまうと唯は誤魔化すように咳払いしていた。
「ふふっ、ごめんごめん。それじゃ静、ちょっと相談したいんだけど?」
「承知しました、二人はゆっくりなさっていて下さい」
手招きに応じて、グラス片手に静が紗耶香と部屋の隅へ向かい何事かの相談を始める。
外に行かないのだから聞かれて困る話をしているわけではないのだろうが、耳をそばだてるような気にもなれなかった。
「ごめんね、気遣わせちゃって。もしかして買い物までしてきちゃったんじゃない?」
この事業所は新築と聞いている、食料品を備えてもいないだろうし、梓の言う通り簡単に用意は出来なかった筈だ。
しかし唯はそんな素振りも見せず、にこりと笑って見せる。
見かけたことがあるモデル誌の写真、そこに映っていた姿と違い無邪気にすら感じる笑顔に一瞬見惚れる。
異性に興味が無い芳樹ですらこうなのだから、学院の男子が熱を上げるのも無理はないかと納得させられてしまうぐらいにその笑顔は様になっていた。
「こんな街中なのに意外と近くにスーパーがあったから、大した手間じゃなかったよ」
「やっぱり、お代ぐらいっ――って」
雰囲気にそぐわず律儀というか、堅苦しいと思えるようなことを梓が言いかけたようだったが、置いていたバッグに伸び掛けた手が何かを思い出したように止まる。
「……これも値段は関係ない、の内かな?」
「そうだね、私がしたいと思ってやっただけだから、気にしないで欲しいよ。
今回は本当に大したものじゃないけどね」
そう言って笑い合う二人、理解できないやりとりだったが、芳樹は僅かな引っかかりを覚えてしまう。
どこかで聞いたような、今の梓の言い回しに。
しかし思い出すよりも早く、顔色を申し訳なさそうなものにした唯の言葉に意識を取られた。
「二人とも、無理はしないでいいからね」
「……無理って?」
「サポート役のこと、XREPの試験だけでも契約は出来るんだから、私とチーム組むって話は断ってくれたっていいからね」
紗耶香達に聞こえてしまうのを避けるように、声を潜めて唯が告げた言葉に息を呑む。
「装備をいくら整えても、深層はやっぱり危ないよ。この間遭遇した新種にもXREPがどれだけ有効か分からないしね」
流石に深層で活動する当人だけあって、行動を共にすることの危険性を理解しているんだろう。
芳樹らの単独探索員ランクはBにも届かない、それでもコボルトぐらいならあしらえる自信はあるがオーガ、更に新種のミノタウロスを前にしてもしもの危険が無いとは言い切れない。
心配はもっともだ、けれど――だからこそ、そんな心配をしてくれる彼女のことが、気にかかってしまう。
「……じゃあさ、香乃さんはどうして、深層に挑むの?」
「え?」
喉元まで出かかった言葉を、先に梓が口にしていた。
「別に新種が出るような深さまで潜らなくたって、香乃さんなら稼ぐには十分でしょ?
天城さんがダンジョンの潰し方を見つけたがってるっていうのはこの間聞いたけど、それにしたって新装備とか、耐性のある探索員が増えてからでもいいじゃない」
開放から一年以上が経過し耐性のついた探索員も増えたとはいえ、まだ長時間ダンジョンに潜っていられる者はそう多くない。
より深層を目指そうとするなら支援体制を万全にして連合で挑むのが良いだろうが、十時間と滞在できない地下空間での行動に踏破速度の遅くなる大規模な組織化は適していなかった。
よって本格的にダンジョンの探索が進むのはもっと未来のことになるだろうと予測されていた。
――唯という存在が現れる最近までは。
初めてのダンジョンで過剰反応を起こした副作用なんて言われているが、彼女は既に十時間以上のダンジョン滞在を達成している。
それも一切の体調不良を起こすことなく。
彼女の限界がどこまでであるのかは予想できない、だがその活躍ぶりは本当にダンジョンを最深部まで踏破してしまうのではないかと思わせてしまう。
だが彼女だって人間だ、怪我もすれば――死にもする。
ミノタウロスのように難敵が増えるだろう深層へ挑まなくとも、オーガを狩っているだけで十分以上の生活は保てる筈。
単独でより深層へ向かおうとするのは無用なリスクを負っているようにしか見えないのだった。
彼女一人が無理をすることはない、XREPのような新装備があるなら尚の事、梓の言うように他の探索員が育つのを待てばいいのだ。
しかし唯は指摘されたことが意外だったかのように目を瞬かせ、少しの間考えこむと、一瞬視線を話し込む紗耶香の方へやりうっすらと微笑んだ。
「そうだね……ダンジョン踏破は別に私の目標ってわけじゃないし、紗耶香さんには借りがあるけど探索を無理強いはされてないね」
「だったら――」
止めればいいと言おうとしたのか、不思議なほど諌めようとする梓の声が、振り返った唯の顔を見た瞬間に途切れてしまう。
彼女が浮かべた微笑みはそれまでのものとは雰囲気の違う整いよりも先に込められた優しさが滲み出るように、男女の区別なく相手を見入らせてしまうように柔らかなものだった。
頭へダイレクトに感情が伝わってくるような、奇妙な感覚に芳樹は一瞬呼吸すら忘れていた。
「嬉しかったんだ、頼ってもらえて。ウチは小さいころから片親だったんだけど、母さんは無理しちゃう人だったから、アルバイトもなかなか許してもらえなかった、その反動かな」
そんな表情を浮かべながら独白のようにしみじみと呟く唯の顔を見ていると、揺るぎない気持ちが伝わってくるようで。
顔つきはまるで違うけど、あの時引き止めきれなかった友人と同じく、ああこれは止められないと、確信できてしまう。
「私だって好き嫌いはあるし、誰の助けにでもなれるなんて思ってないよ、いいように利用されるのは嫌だし、ごめんだね。
ただ、縋りつかれるのは鬱陶しいけど、頼られて悪い気はしないから、出来るだけ力になってあげたい――そう、思うんだ」
静かな声音をそこまで聞くと、ストンと腑に落ちる感覚がした。
相手に合わせて、摩擦を避けて来た自分にはないもの、変わらない年頃だというのに、生き方に揺らがない『芯』を彼女は持っているのだと。
きっと「彼」もそうだったに違いない、自分の行動を、自分自身がこれだけ強く肯定できるからこそ、死地へ向かう恐怖も克服できたのだろう。
素直に羨ましい、自分にないものを持っている彼女が。
同時に心が揺れる、自分はこのままでいいのだろうかと。
一生相手の顔色を窺って、自分の本性を偽ったままで息苦しい、そんな生き方。
「――決めた」
胸の内で呟いたのと同じ言葉が隣から響き、思わず顔を向ける。
そこでは同じように唯の言葉を聞いていた梓が、何かの決意を固めたような顔をしていた。
彼女も彼女でオーガハントの失敗から助けてもらってしまったトラウマ以外に何か事情を抱え込んでいそうだとは思っていたが、唯にはいくらか入れ込んでいる素振りを見せていた。
だから、彼女が続けた言葉には耳を疑ってしまうのだった。
「ごめん、私はこの契約……受けないことにするよ」
ブクマ登録下さっている、新しく入れて下さった皆さんありがとうございます。
当作もやっと十万字に達しましたが読んで頂いている皆さんのおかげだと思います。
これからも完結目指して頑張って行きますのでよろしくお願いして頂けると幸いです。