2-7 新事業と新装備
普段生徒に利用されることはまず無いだろう応接室に通された芳樹は梓と共にソファーに座らされ、対面のソファーに腰を落とした紗耶香と向き合っていた。
探索員でなくとも国内有数の大企業であるAMAGIを知らない人間などほとんど居らず、高品質な探索員の装備も手掛ける会社として芳樹は十分に知っていたし、梓も同じようなものだ。
大企業CEOの一人娘とはいえまだ学生であるらしい彼女にどこまでの権限が与えられているのかを疑問に思いながらも、ただ世間話をしにきたわけでもないことは明らかな雰囲気に二人はすっかりと緊張してしまっていた。
そんな緊張を和らげようとするように紗耶香は口元に手を当て芝居がかった仕草で上品に微笑んで見せる。
「まず事前に連絡も無しに押し掛けてしまってごめんなさい、そんなに込み入った話じゃないからどうか気を楽にして聞いてほしいの」
芳樹にとっては与り知らないことだったが、語り始めた紗耶香の柔らかな物腰が以前に唯のマンションで見たものとかけ離れていたせいで初対面というわけではない梓も口を挟めずにいた。
「簡単に言うと、AMAGIで新しく探索事業を始めることになったんだけど、その現場活動員として二人に来ないかってお話。
学生の内はアルバイトみたいな形を取らせてもらうけど、卒業後は希望があれば正社員としての契約もオーケー」
そんな仕事モードを取り繕った紗耶香の告げた内容をゆっくり噛み締めた芳樹は密かに驚かされた。
既に一部の探索員が企業から資金や装備の提供を受けているようなスポンサー契約とは形式が異なるようだったが、つまるところ――芳樹達はAMAGIからのスカウトを受けているのだ。
「ちょ、ちょっと待ってくれ――下さい。探索事業って、何なんですか?」
「敬語なんて使わなくていいよ、同い年だし、これから先もガチガチの上司部下な関係を求めてるわけじゃないから」
言葉からなんとはなしに推測はできる表現だったが、不確かな部分を確かめようとする芳樹のかしこまりようを窘めながら紗耶香は補足を始めた。
「まあ言うなれば今まで個人に任せっきりだった探索活動をウチの方で管理できるようにしようというってところかな」
曰く、AMAGIでは探索員業界の現場における新装備試験の円滑化と新たな知見の収集も兼ね、この深総市に探索事業所を設立することになったという。
既に多くの探索員達が将来、自分達で立ち上げようとしている組合の企業の手による類似ケースとも言えそうだ。
そこに所属するということはフリーランスで活動する自由度は失われることになるが、大企業がバックにつく安心感は比べ物にならない。
安定を望む人間からすれば理想的と言える環境だろう。
「今日は用意がまだなんだけど、契約内容については改めて書面で用意させてもらうから返事はそれを見てからでもいいわ」
ざっくりと説明された契約内容にしても驚かされるものばかりだった。
もちろん現場活動員としての主な業務はダンジョンでの探索活動となるのだったが職業柄、怪我や死傷のリスクが高い探索員が加入しづらい生命保険も完備され探索活動が制限される期間の保証まで行き届いている。
怪我でも負ってダンジョンに入れなくなれば即解雇されてしまうのでは、などといった懸念も払拭された至れり尽くせりな環境。
だからこそ腑に落ちない所も出てきてしまう。
「……ありがたい話だと思うけど、どうして一校の、それもアタシ達みたいな並の探索員をそんな良い条件で誘ってくれるの?
天城さんも三校の生徒ならそっちで探したほうが良い人材居そうな気がするんだけど」
美味い話には裏があると勘繰ってしまうのが現代人の性、加えて梓が問い掛けたように人材勧誘というなら何故優秀な特待生も多い三校で募集をかけないのかと不思議に思ってしまうが。
「謙虚さは美徳っていうけど自己評価が低すぎるのも考えものよ、この一年で大きな怪我も無く、コボルト級の狩猟数も平均以上。
等級こそBに届かないにしても二人の探索員としての成績は結構なものじゃない」
言われるように力量は実際に平均よりも高い水準にあるが、それでも今回のような話を持ち掛けられるほどとは思えず素直に頷けずにいる二人に紗耶香は説き続けた。
「確かに三校には個人でB級の資格を持ってる探索員もそれなりに居るけど、そういう人ってスポンサー契約してたり他の企業の息がかかってる場合が多いのよね。
それに個人の実力はあんまり関係ない、ようにしていくのが今回の起業の目的の一つでもあるから」
そう言って紗耶香はソファーの脇に置いていた黒い探索員の装備用トランクに似たケースを正面のテーブルに乗せた。
ロックを解除され、お披露目するように開かれたケースの中に収められていたものに芳樹と梓が息を呑む。
「これって……」
強化樹脂製のつるりとした質感で、多くの類似品と比べいくらかSFめいた趣きで整えられていたが、全長にして一メートル程度の凶器の輪郭が訴えかける暴力的なイメージは拭いきれない。
「これからテスト予定の新装備、XREP発射装置――なんて言い換えてはあるけど」
言われるまでも無くその実体がショットガンという名の銃火器であることは銃社会でない日本に生きる彼らにも一目で分かってしまう。
およそ実際に目にする機会のあるはずもないそれを目の当たりにした芳樹達はしばらく絶句してしまっていたがすぐに当然の疑問を紗耶香へ向ける。
「な……何でこんなものがあるんだよ!? 日本じゃ探索員にでも銃は解禁しないって話だったじゃないか」
芳樹がつい声を荒げてしまったように、この国では未だ凶暴なモンスターを相手にしなければならない探索員に対してでも銃火器の所持はご法度となっている。
野生の害獣を狩る猟師でも手続きを踏めば所有できるそれが許されていないのは、古くからの慣習よりもダンジョンという閉鎖環境での運用が危険視されたことの方が大きい。
絶大な威力を持つ銃器ではあるが狭いダンジョン内では僅か狙いが逸れただけでも同士打ちになりかねず、探索員を誤射でもしようものならそれこそ命に関わる。
そしてカメラで活動を記録こそしているがそれが本当に誤射であったのか、気の迷いを起こし凶行に及んだ者が居たとしても判別は困難である。
そうした事情から日本で探索員の武装として銃火器の導入は見送られてきたのだった。
「その通り、銃が規制されているのには変わりないからさっきも言ったけどこの弾、特注のXREPを撃つためだけに造られた代物なの」
言いながら紗耶香がケース内に収められていた包みを開き、中から取り出した小さな円筒形の物体を置いた。
形状はいかにも散弾銃の弾のようであったが、十二ゲージのそれよりも太い筒部分には透明な素材が用いられ、内部には鉛玉ではなく細かな電子部品が収められている。
先端には棘状の突起物まで備わり、通常の薬莢とはまるで構造の異なる弾を梓がしげしげと観察する。
「何これ、玩具みたい」
「まあ見た目はちょっとそうね、XREPっていうのは要するにスタンガン機能を持った弾のこと。
動きを封じれるぐらいモンスターに電気が通じることは判明してたから開発は進めていたの、これが上手く使えれば誰でもオーガぐらいなら狩れるようになるかもしれない」
今まで徒党を組んで仕留めるのがやっとだったモンスターが誰にでも倒すことができるようになる、その言葉に芳樹達は衝撃を受けざるを得なかった。
それが本当ならこの武装の開発は間違いなく探索員の戦い方を一変させるだろう。
「でも量産できるのはもうしばらく先になるでしょうね、この試作品は銃刀法にひっかからないように大分無駄な仕様で組み上がってるし、現状だと本体にしても弾にしてもお金がかかり過ぎて探索員に向けた商品としては高価過ぎるもの」
「……じゃあどうして俺達にこんなものを見せたんだよ?」
「ええ、ここからが本題なんだけど」
言葉を切った紗耶香の面持ちに漂う真剣な雰囲気に芳樹と梓が押し黙る。
新たな探索事業の開拓、新装備の開発、いずれも富豪の娘が道楽で関わるにしては随分な気の入れ込みようだ。
お遊びではなく、そこには彼女自身に何らかの目的があることを感じ取らせた。
「真に求めているのは我が社の契約する探索員、香乃唯。彼女の探索活動をサポートする人員。
事業への参加とは別で構わないから、こちらも一考してみて欲しいの」
どこかでその名が出てくるのではないかと予想していた芳樹が固唾を呑む横で、彼以上の驚きを見せていた梓が込み上げる感情を押し殺すように、強く手を握り締めていた。
また主人公不在な場面が続いてしまって反省。
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週一以上の更新目標にしたいところでしたが間に合わず申し訳ないです、なるだけ安定投稿できるよう努めます。