2-6 移ろう探索員事情
またも更新遅れてしまって申し訳ないです、ブクマ、評価入れて下さっている皆さんすみませんでした。
詰まると手が止まりがちで恥ずかしい限りです、プロット的なものは最後まであるので、きちっと完結させれるよう書き進めて行きたいと思います。
シャワールームで汗を流し、脇の休憩スペースに常設されている紙コップ式の自販機でアイスココアを飲みながら一息入れる。
定期的に利用させてもらっているが設備の整ったトレーニングジムがこうして使い放題というのは学生探索員の恵まれた環境の一つだ。
実戦こそ最高の鍛錬、などと言う奴も居るけれど、芳樹はこういった場での筋力トレーニングで日頃から地力を養うことの方が大事だと思っていた。
もちろん実戦で経験を積むことで培える戦闘勘というものはある、しかし実力以上のことは出来ないのが人間と言うもの、こうした基礎を疎かにしてはいけない。
一般人なら設備にしろトレーナーにしろ、十分以上のトレーニングが出来る環境を整えるのにも投資が必要になる、そうした観点からも探索員は恵まれているだろう。
……学生である今の内は、だが。
今日のトレーニングにあまり実が入らなかった原因が頭を悩ませる。
それは近頃の探索員達が意識せざるを得なくなりつつある問題でもあった。
実技棟の二階のほとんどを占めるだけあって第一校のジムは広さも設備数もそれなりに余裕がある。
にもかかわらずマシンも利用せず、辺りをうろついている生徒が今日は多く、この休憩所でも。
「よう高村、お疲れ」
「……ああ」
それなりに見知った顔、声を掛けて来たのはクラスは違うが何度か組んでダンジョンに潜ったこともある男子だった。
ここは学院の施設なのだから会うこと自体は何もおかしい話じゃない、ただこの日に限ってはその男子からの用件は挨拶や世間話だけで終らなかった。
「高村って確か固定でチーム組んでなかったよな?」
そんな口上から切り出された話はよくあるチームメンバーへの勧誘、だけに留まらない。
続けて持ち掛けられたのは他の探索員達と一時的ではなく、長期的な協力関係を契約する提案だ。
探索員同士でダンジョンへ潜るのは通常のチームと変わりない、だが提案されたのは探索員同士で利益をも共有するというもの。
一度の探索、そしてチーム間の枠で区別せず、まるで一つの組合のようにして。
モンスターの狩猟成果次第なために不安定な収入を互いに補い合うシステムを構築しようという話だが、そうなれば不平等のないよう最低限の稼ぎをノルマに定めるような必要も出てくるだろう。
最近そうした探索員の協力形態が広まりつつあるが、これまで個人で活動するイメージが強かった探索員という職の自由を制限するような構想には反発する者も多い。
にもかかわらずこの形態が広まりつつあるのは、多くの探索員達がそうしなければ将来的に生き残れない、食っていけない時代が来るのではないかと危惧し始めたからだろう。
鉞姫、香乃唯の常識外れな活躍で衝撃は薄れてしまったが、ミノタウロスを討伐した北海道チームの成果だって業界内では注目されている。
彼らはこれまでにも怪我人を出すことなくオーガハントを成功させており、その躍進の一因が早期から複数のチームを一つの共同体としてまとめ上げていた手法によるものだということが探索員向け情報雑誌のインタビューで知られていた。
所属する探索員の管理には間違いなく面倒な手間が増えるがメンバーを固定できれば連携の練度は高められるし、欠員が出たチーム同士を補充し合わせたりと探索活動の安定には繋がる。
学生の小遣い稼ぎとしては多少の期間。活動が出来なくなるぐらい何の問題にもならないだろう。
けれど将来、探索員を生業とするようになればそうもいかない。
稼がなければならないのは他でもない自分の食い扶持、ダンジョンに入れないというのは死活問題だ。
副業として続けるなどもってのほか、大怪我どころではない危険のある場所へ頻繁に出入りして、ある日突然使えなくなるような人間を雇う企業なんてないだろうし、自営業なんてどうしようもなくなる。
十分な蓄えを用意しておこうにも、ゴブリンやコボルトを狩るのがせいぜいの探索員の稼ぎではそこまで余裕があるわけじゃない。
今後ダンジョン由来のレアメタル流通量が増え取引価格が落ちでもすれば自体はもっと深刻になるかもしれない。
そうしたとき、この業界で生き残れるのは北海道チームのような希少金属の中の希少金属、オリハルコンの産出率が高いオーガすら狩れる一握りの先駆者だけだ。
先行きが明るいものばかりではないことを彼らの活躍で気づかされた多くの探索員達は自分達の生き残れる道を探し始めている。
それは芳樹も例外ではなかったが。
「悪いな、今ちょっとそういう気になれないんだ」
「今って……おいおい、そんな場合かよ、もういくつかグループも出来てる、余裕見てるとあぶれちまうかもしれないぞ」
そんなことは分かっている。
だが生憎とこちらは探索員という職業にそこまでの情熱を持たず、最悪転職も構わないとすら思っている。
このところ多いこういった勧誘にうんざりしていたせいか、鬱陶しくなってきて話を打ち切るように椅子から立ちゴミ箱へ向かった。
相手もメンバー確保に焦っているのか、素っ気ない態度を見せてなおも追いかけてくる気配を背中に感じ取り。
「だったら他を当たってくれよ、俺は――っ!?」
しつこさに苛立ちを覚え、振り向いて突っぱねようとした瞬間だった。
通路の脇からやってきた生徒に気づくのが遅れ、肘がぶつかる。
同時に持っていたカップの中身が零れ、ぶつかった女生徒の胸元へ飛び散った。
「……あ」
突然のことに自分もぶつかってしまったその相手も固まってしまうが、ココアに茶黒く汚されていく白いブラウスに軽く血の気が引いていく。
今の今まで言い寄っていた男子が気まずそうに離れて行くのを恨めしく思いながらも、まず不注意を詫びなければならなかった。
「ごめん! わざとじゃ……いやとにかく、ごめん」
「別にいーよこれぐらい、こっちだって不注意だったからね」
下手に言い訳して余計に怒らせたくはないと罵声を覚悟して頭を下げたが、予想に反して落ち着いた相手の声が帰ってくる。
聞き覚えがあるその声にハッとしながら顔を上げると。
「ちょっとぶりだねヨッシー、元気してた?」
「……長瀬、か」
そこでは一月と少し前に行動を共にした少女、梓が屈託のない笑みを浮かべていた。
◆
「カフェオレで良かったか?」
「うん、ありがと」
汚れてしまった制服を洗濯機に突っ込み待つ間、学院指定のジャージに着替えた梓に買ってきた缶ジュースを差し入れる。
あっさりと状況を理解してくれた彼女が不可抗力だと怒らずにいてくれたのは助かったが、被害を与えてしまったのは事実なので何もしないのもばつが悪く、こうして最上階のランドリーにまで付き合ってしまった。
「……悪かった、シミになってたら弁償するから」
「さっきから気にしなくていいって言ってるのに、ヨッシーも真面目だねぇ」
ギャル風とでも言おうか、化粧もすれば服装もルーズな梓がこんな目に遭わされてもあっけらかんと気にしていない風なことが意外で、密かに気が短いのではないのかと先入観を持っていた自分を恥じる。
よく考えれば入試での人格審査が厳しいだけあって探索員養成校には素行の悪い人間はあまり居ないのだった。
今更ではあるが、それだけに梓のような生徒はかえって珍しいと気付かされる。
……彼女に対して個人的に思うところがあり深く考え込まないようにしていたせいかもしれないが。
「そういえばさっきのって勧誘だよね、最近流行ってるやつ。
あれから結構経つのにヨッシーまだチーム組んでなかったんだ」
「んん……まあな、ちょっと乗り気になれなくて」
探索員を辞めもせず、いつまでもフリーの宙ぶらりんな状態でいるのは気楽ではあったが、さっきの男子に言われるまでも無く、個人の探索員がそんな時間をいつまでも続けられないことは分かっていた。
高村芳樹の探索員としてのランクはC級であるが、実際のところ一年以上活動しているだけあってコボルトぐらいなら一人でも倒せる力量はある。
過去に組んだ他の探索員からそれが伝わっているのか、勧誘を受けることも多い。
探索員を続けようと思うなら割り切って彼らの枠に入れてもらうしかないだろう。
『あいつ』のように、自分を貫き通すことができない自分にはまた心労を溜め込む日々が待っているだろうが、仕方ないことだ。
そうして胸の内で嘆いていると、窺い見るような視線を梓から向けられていたことに遅れて気づいた。
「どうかしたか?」
「ああ……いやさ、ヨッシーはアタシに何か言いたいことあったんじゃないかって思ってたから、何もないのかなって」
視線を落としながら梓が告げた言葉には正直に心当たりが無かったが、少しの間考え込むとそれらしき記憶に思い至る。
下層からのオーガ氾濫騒動の日、彼女の所属していたチームが解散した事情を聞き思わず詰め寄りかけたあの時のことを。
彼女達に非は無い、わけでもないが無謀を承知で芳樹のチームメイトであり友人だった少年――湯井康哉は救助に向かったのだ。
あの時は激情に駆られかけたが止めることも、共に向かうこともできなかった自分に彼女を責める筋合いは無いと冷静になった今では思っている。
まったく含むところがないと言えば嘘になってしまうが、芳樹にはもう梓を責めようという気になれなかった。
今も入院中の康哉だって彼女を恨んではいないだろうと思えるのは――同じように自分を曲げなかった『彼女』の言葉を聞いたからだろうか。
まるで姿形は違うのに、追いかけることのできなかった二人の背中が重なって見え、芳樹には眩しかった。
「……あの時のこと言ってるなら、俺の勘違いだったよ、悪いな」
「勘違いって、本当に――?」
納得いかない様子の梓だったがランドリーの入場口が開かれ、やってきた人物がそこに割り込んでしまった。
「ああ良かった、二人とも居たね」
「国村センセ、どしたの?」
こんな場所へ来るのは珍しい、加齢による皺の浮く顔を温厚そうに緩めた学院教師の一人、国村教諭の姿に梓が怪訝な顔をするが、こちらも似たような反応をしてしまっているだろう。
口ぶりからして自分と梓に用事があるらしかったが、このところはチームを組んでいたわけでもなく接点が無いというのにどうしたのだろうかと。
「いや後日でも構わないらしかったんだけど、まだ下校していないようだったからね。
こちらの方から二人に話があるらしいんだ」
そう言って道を空けるように体をずらした国村の後ろからやって来たのは第三校の制服を身に纏った一人の女子。
腰元まで伸びる艶髪をたなびかせ颯爽と現れたその少女に見覚えは無かったが、梓の方は小さく驚いたように目と口を丸くしている。
そんな梓の反応が可笑しそうに、整った顔立ちを微笑ませ少女が告げた。
「初めまして高村芳樹君、長瀬さんはお久しぶりね。
私は天城紗耶香と言います、今日は二人にご相談したいことがあって来たのですけれど、良ければお時間頂けないかしら?」
天城、名乗られたその名があの大企業、AMAGIを示すものだということを知らされた芳樹はそんな人物が訪ねて来たことに度肝を抜かれ、今の梓以上に目を見開かされることになるのだった。