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2-5 少女の葛藤

 担当する教官、枡岡の方針で午後の実技棟で行われている武道の授業は基礎、走り込みや筋力トレーニングが大部分を占め実戦形式の組手はあまり行われない。

 地味な上にきつい、生徒達からはあまり人気の無い科目の一つだった。


 けれども最近は参加希望者も随分と増え、定員を超えることもしばしばあり見学者も多い。

 その原因となっているのはやはり彼女の存在だろう。


 ……見てる奴多いなあ、枡岡先生イライラしてそう。


 摺り足の鍛錬中にもチラチラと視線をある一人の元へと送っている生徒達を見学者の中から見ながらそんなことを思う。

 生徒達の視線の先には胴着姿の異彩を放つ風貌の女子、香乃唯が黙々と畳の上に足を滑らせていた。


 長い髪は探索時のように頭の高い位置で団子形(シニョン)にまとめられ、その特徴的な白い髪が一房だけ垂らされている。

 真剣な顔つきで授業に臨んでいる凛としたその姿は梓でも気を抜けば見とれてしまいそうなほどに整っていた。


 あの二十以上ものオーガを狩り倒した事件から一躍有名となった彼女はダンジョンに潜らない日、この武道の授業をよく受けているのだった。

 AMAGIが発行している装備カタログのモデルをしていることでも知名度は高まり、熱を上げる男子も少なくは無い。


 ただダンジョン探索のチームに誘える人は居ないようで、彼女はあれからずっと単独でダンジョン探索を続けている。

 そちらの理由は単純明快、誰も彼女の戦いについて行けないからだ。


 初日の実習でも実際に目にした、今では鉞姫などと呼ばれている彼女の戦いぶりは凄まじいの一言に尽きる。

 狭い洞穴を縦横無尽に駆け回り、身の丈ほどもある大鉞を片手で自在に振るって一薙ぎでオーガすら両断してしまう。


 投げ斧の投擲だけでもコボルトぐらいなら容易く仕留めてしまえる、そんなあの子について行ける探索員なんて居るわけがなかった。

 深層より先を主な活動帯としつつある以上、彼女はオーガ級のモンスターとごろごろ出くわすようになる。


 そんな時に並の探索員では共に戦うどころか足止めすらできない、ただの足手まといだ。

 結果としていつしか香乃唯は孤高の存在として国内第一位の探索員の座に君臨していた。


 二度だけではあるが探索を共にした身としてその事実は歯がゆくもあったが、探索員として彼女と比べればその他大勢の一人でしかないことを理解できてしまう梓にはどうすることもできなかった。

 それでもなぜかあの日、梓達を置いて救援に向かった彼女が口にした言葉が頭に焼き付いて離れず、こうしてつい見学に交じっているように気にしてしまうのだった。


 危険な兆候だと、感じてはいる。

 かつて犯した失敗、それを繰り返してしまいそうで、戒めなければならないとは梓自身が思う。


 思い出すのは『あの子』から、『あの人達』から、向けられる目に込められた嫌悪と侮蔑の感情。

 胃が締め付けられるような錯覚を覚えた瞬間、ポケットでスマートフォンが振動しメールの着信を報せたことでハッとさせられる。


 嫌な予感に駆られながらメールを開くと予想通りそれは――母親からのものだった。

 その差出人を見るだけで憂鬱な気分になり、内容を確認してみればそれは更に深まった。


 高校受験を控える弟を通わせる塾にかかる費用、その援助に月の仕送りを増やすようにとのこと。

 簡単に言ってくれると苛立ちを感じざるを得ない、探索員がその金を稼ぐのに何を賭けているのか、理解しているのだろうかと。


 理解していないのではなく、興味がないのだろうと、すぐに諦めはついてしまったが。

 あの日から母の教育欲は梓に向けられることは無くなり、二つ年下の弟に全て注がれるようになった。


 そのことを申し訳なくも思うが、弟がそれをストレスには感じていないらしいのは幸いだった。

 むしろ危険な探索員という職に就いた姉を気遣う電話やメールまで寄越してくれている、子育てに無関心な父親と違って。


 正直なところ今の時期にこの要求は苦しい。

 オーガハントに失敗しパーティーを解散してからこのところはあまりダンジョン探索に行けていない。


 怪我でもあってはいけないと貯蓄はしておいたが、武器の買い替え、月々の仕送りで目減りしそろそろ後が無くなってきている。

 仕送りなんて止めてしまえば悩む必要もなくなるのかもしれなかったが、それをすることを親との条件として通した我儘で実家を離れ探索員養成校に入学した以上そんな真似は出来ない。


 そうまでして逃げてきた、今の環境を梓自身が失いたくは無かったから。


 ……せめて、お友達との女子会を控えてくれたらいいのにな。 


 全ての事情に納得はしていても、それで気持ちが収まるわけでは無い。

 専業主婦である母が頻繁に喫茶店などで友人とのお食事会に少なからず散財していることを知る梓がせめてもの愚痴を内心で呟きながらため息を漏らし、ふと上げた視線が。


「――っ」


 いつの間にか武道場からこちらを見ていた、唯のものと合いドキリと心臓を跳ねさせる。

 真っ直ぐに向けられている気遣わし気な赤い瞳に、どろついた胸の内を見透かされてしまいそうな気がして、なぜ彼女から見られていたのかを気にする余裕もないままその場を後にしてしまうのだった。


令和の初更新ですが遅くなった上に短くて申し訳ありません。

暫く忙しかったですが甲斐あってなんとかGW少しお休みを頂けました、この間に挽回しないとですね。

ブクマ、評価下さっている皆さま、いつもありがとうございます。

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