2-3 躍進はとどまることなく
唸りを上げて振り下ろされる腕斧。
斧身の裏に仕込まれた握りに左手を添え盾として、その軌道上へと傾ける。
接触の瞬間、ズシリと降りかかった重量はかつてない重さだったけれど、凌げない程じゃない。
鉞を傾け勢いを逸らし目の前の巨鬼、ミノタウロスの打ち下ろしを地へと捌き落としたなら――前へ。
正面から距離を詰めるこちらへ相手も黙ってはおらず、すぐさま蹄の生えた脚が迎撃してくる。
けれどその動きもしっかりと見えていた。
身を低く、振り抜かれようとする足の下へ滑り込ませ通り抜ける。
すぐ頭の上を大質量の塊が掠めていくのには腹の底が冷やされるけど、そんな感覚にもここ最近慣れてしまった。
そうして辿り着いた位置はほぼ真下、相手が三メートル級の巨人ともなると股下にも十分なスペースがある。
すっかりと手に馴染んだ得物、大鉞を短く滑らせるように振り目の前に残された片足の膝裏を切り裂いた。
蹴りを打ったせいで片足立ちとなっていたミノタウロスはそれだけで立つことができなくなり、見る間にその身を後ろへ傾がせていく。
地へその背が落ちるよりも早く、落下してくる巨木のような頸へ狙いを定め、今度は一切の手加減なく全力を込めて地を削るようにスイングさせた鉞を振り上げる。
落ちてくる頸へと斧刃が食い込んだ瞬間に予想通り強烈な反動が手元に返ってくるが、構わない。
「せ――え、のっ!」
気勢を吐いて力任せに振り抜いた鉞の刃は大首を真っ直ぐに断ち斬り、両断。
伐り飛ばされた牛鬼の頭、そして首から下が大きな音を響かせて地へと落ち、首を失くした後しばらくもがいていた体もやがて動かなくなる。
そこまで見送ると思わずふうっと息が漏れてしまった。
なにせろくに戦闘記録も無い相手との初めて戦いだったのだ、いつもよりも緊張していないわけがない。
けどなんとかこうして倒すことは出来た、モンスターと遭遇した時に感じるあの感情の波も今までで最高のものだったけど、オーガと戦う内に感覚が掴めて来たのか押さえ込むことも出来ている。
そんな慣れも勝因の一つだったのかもしれないけど、装備が充実しているというのも大きい要素だと思う。
紗耶香が用立ててくれた二代目の大鉞、『雷覇弐式』
超硬度と靭性を併せ持つ新希少金属、オリハルコン製の刃に同素材で斧身をコーティングされたこの鉞は切れ味もさることながら盾としても十二分に機能する。
オリハルコンは特殊な条件下でなければ変性しない異質な金属で鍛造には向かないらしいけれど、ミノタウロスの一撃を受けてへこみすらしない程の性能とは驚かされた。
その分取引価格も凄まじく、この鉞に使われている量だけでも百万どころでは済まないという話を静から聞いてしまったときには目が回りそうになったものだ。
武器を惜しみなく用意してくれる紗耶香には申し訳ない気持ちで一杯だけれど、せめてその援助に報いれるよう頑張ろう。
彼女が求めるダンジョンの潰し方、それが見つかる日が来るのかどうかは分からないけれど、今日のように到達層を更新できた日には一歩前進した気がして少し気持ちが明るくなる。
と、そんな気分に水を差すような殺意を感じて目をやれば奥へと続く道から見慣れた巨躯、二体のオーガが姿を見せたところだった。
この深さでもやはり既存のモンスターは出現するらしい、こちらを視認したオーガ達は牙を剥いて猛然と駆け寄ってくる。
仕方ない、もうひと頑張りしよう。
そう心に決め、左手で後ろ腰のホルダーからAMAGI製投擲斧、『迅雷』を抜き放ち。
「――ふっ!」
踏み込みながら投げ放った迅雷は過たず、後方に居たオーガの顔面を叩き割った。
転げ落ちるお仲間を置いて駆けて来たもう一体が振りかぶり、打ち込んできた拳を空いた左手で真っ向から握り押さえ、勢いに少し押されてしまいながらも捩じり上げる。
ビキリと腕ごと巻かれた肩から骨の砕けるような音を立てながら体勢を崩しつんのめるオーガ。
振り下ろした鉞の刃は狙い通りにその首を伐って落とした。
A級探索員となってから一月、五十を超えるオーガを単独で狩猟している唯は不意の遭遇をものともせず。
この日もまた他の探索員にとって参考にならない活動記録を更新するのだった。
いつも以上に短いですが切りどころ悩み今話はここまでで。
一章終了からから少し時間が経過してからのスタート、課題沢山ですが二章も頑張って書き進めていきます。