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2-2 北の地の探索員達

 北海道迷宮特区、その地下ダンジョンであるチーム連合による一つの挑戦が決行されていた。

 深層より更に下層、未踏破地層のはじまりでまだマップデータもろくに構築されていない。


 道路二車線分ほどにまで幅広くなった通路には軽い講堂ほどもある空洞が点在し、洞窟構造のスケール自体が大きくなっていた。

 そして巨大になったのは構造だけでなく、そこへ足を踏み入れた五つのチームから成る探索員の連合が相まみえたモンスターもそうだった。


「足を止めるな! 叩き潰されちまうぞ!」


 ツナギとプロテクターを一体化させたような、最新式の探索員防具に身を包んでいる少年が激を飛ばす。

 それを受け走り回る探索員達が逃れているのは三メートルにも届こうかと言う見上げる巨体を持つモンスター。


 大まかな造形はやはり人の形をしているが、末端はその範疇から逸している。

 蹄のような足先、歪に広がり斧のような形状に変化した右腕、そして何より特徴的なのが頭部。


 一対の湾曲した角が生えた細長い貌の輪郭は牛を想起させるものだったが、鋭い瞳とぎざついた牙の並びが醸し出す猛々しさは闘牛どころではない。

 牛鬼、ダンジョンという場所故にか、存在を確認されてからミノタウロスとの俗称が既に広まりつつあるオーガに次ぐ新種のモンスターだった。


 この日、更なる深層への探索を敢行した探索員達の前に立ちはだかった最大の障害となるミノタウロスは異形の右手を高く掲げ、取り囲もうとする探索員目掛け叩き下ろす。

 振り下ろしだけで身を揺さぶられるような風圧が生じ、駆け回っていた探索員達は直撃こそ免れたものの打ち付けた岩盤を砕け散らせた牛鬼の一撃に肝を冷やされる。


「盾班、受け頼んだ! ばらけるなよ……一気に仕留める、皆構えておけ!」


 一歩引いた位置からその場を見渡している少年が各チームの位置を確認し、発した指示を受けたチームが一斉に駆け出しミノタウロスへと向かう。

 積み上げた経験の賜物か動きにぎこちなさは無く、硬さよりも衝撃の吸収性に重きを置いた厚みのある防具に身を包んだその四人は顔に緊張を張りつけながらも手にしていた大型盾を仲間同士で支え合うように組み合わせ構えた。


 目の前に飛び込んできた獲物へミノタウロスは容赦なくその腕斧を振るい付け、轟いた金属の弾けるような轟音にその場の探索員達が固唾を呑む。

 しかし最悪の結果とは至らなかったらしく、盾班と呼ばれた四人は牛鬼の一撃に押し潰されず、受け止めることに成功していた。


 歓声を上げている暇も無く、即座に裏を取った探索員達が各々の武器でミノタウロスの膝裏へ斬りつけその巨体をよろめかせる。

 いかな巨体とはいえ、人体を模しているだけにその斃し方は決して複雑ではなかった。


 体躯を支えていた両脚を削いだなら高い位置にあった首も下がり人の刃も届く。

 絶好の位置に居たチームが一斉に襲いかかり、続けざまに振るわれた大剣の、斧槍の刃が遂には丸太のように太い牛鬼の首を斬り落とすことに成功した。


 重い音を響かせ牛頭が地に落ちると群れ集っていた探索員達がさっと離れ、末後のあがきに体をばたつかせていたミノタウロスもやがて力を失い、一対の角をその場に残しその身を砂のように散らせていった。

 勝利の瞬間、緊張の糸がほどけ、わっと歓声を上げる仲間達に、指示を飛ばしていた連合のまとめ役らしい少年が苦笑を浮かべる。


 探索活動中、それも未踏破地層での行動中に気を弛めすぎるのは問題だったが、勝利の余韻に水を差し士気を下げてしまうのも躊躇われた。

 彼自身もなんとか難関を突破することが出来た安堵に胸を撫で下ろす思いで、少しの間その場の雰囲気に任せていたのだったが。


「……おいちょっと、何やってるんだ?」


 二人の男子が睨みあうようにして険のある言葉を交わし合い、どちらからともなく相手に掴みかかろうとするのを見て取り慌てて仲裁に入った。

 その諍いの原因はミノタウロスとの戦闘中、止めを焦るあまり攻撃に入るタイミングが危うく味方に斬られそうな場面があったとのことだったが、対モンスター戦闘でその程度のことは珍しくもないことだ。


 なんとか二人を宥めながらも腑に落ちないものを感じていた少年の元に同年代の男子と女子、二人が駆け寄ってきた。


「――工藤(くどう)


三浦(みうら)鹿戸(しかと)、お前らのチームは怪我無かったか?」


「そっちは問題ない、けど鹿戸がな……」


 三浦と呼ばれた恰幅の良い男子が苦い表情で共にやってきた女子を示すとその女子、鹿戸は少し迷っているような気配を滲ませながらもその発言をした。


「あのさ工藤、怪我人は出なかったけど……今日の探索は一旦切り上げない?」


 その提案に工藤、この連合のまとめ役を任されている少年は僅かに目を見開いた。

 初のミノタウロス戦に勝利した彼らは怪我もなく、今回の探索には探索員用の正式装備として認可されたAMAGI製自走車『飛燕(ひえん)』を導入している。


 その運搬能力のお陰で装備、特に消耗の激しい大盾にスペアを用意することができ装備の備えも十分だ。

 その上に工藤達は連合を組むことでオーガを安定して狩ることが出来ている彼らはかなりの収入を確保しており、下手な自動車並の価格をする飛燕の購入に踏み切ったように、探索活動安定の為に積極的に装備にも投資している。


 高性能ではあるが値も張るAMAGI製で統一、というわけにはいかないが、装備も性能に定評のあるメーカーブランドばかりだ。

 これ以上に装備の充実を図ろうとするなら職人により鍛造された業物の刀剣やAMAGIのオリハルコン製装備を用意しなければならないところだが、どちらも一つ百万は下らないような代物であり連合の探索員全員分揃えるには予算が掛かり過ぎる。


 それでも当座は十分以上だろうと想定していたし、実際今しがたミノタウロスを無事に討伐できている。

 だが鹿戸の懸念はそんな面とは別の所にあるらしかった。


「なんかさ、深層抜けてから皆の様子がおかしいのよ、小さいことで苛々してるっていうか……すぐ口喧嘩みたいになっちゃうし。

 工藤もさっき見たでしょ? あれだっていつもなら一言謝って済むようなことだったじゃない」


 その指摘には工藤も考え込まされ、撤退に賛成でないらしい三浦も息を詰めてしまっている。

 工藤自身、普段よりも指示が声を張るというより、怒鳴るように荒っぽくなってしまうのを感じていたのだ。


 新種との初戦闘による緊張のせいかと思いもしたが、今にして思えば攻撃役のチームがもっと早く位置取れないかと傲慢な苛立ちを感じてしまっていたようにも感じる。

 仲間二人に見守られながら暫くの間じっと考え込んでいた少年、工藤がリーダーとしてやがて出した決断は――


「――撤退しよう、今日のところはここまでだ」


 その宣言に鹿戸がほっと表情を弛ませ、三浦が悔しそうに口端を歪める。

 だが反対しようとする気までは起きないらしく、工藤の視線を受けるとがしがしと頭を掻きながら諦めたようなため息を漏らした。


「分かった……工藤もそう判断したんならしょうがねえな」


 彼らはチームは違えどダンジョン開放から今までの間、この北海道の迷宮で連合として共に行動し、一線級に登り詰めた間柄だった。

 その付き合いの内、何度も工藤に助けられた経験のある三浦は渋々ながらも撤退の判断を肯定した。


「しかし精神的に不安定になってるか……これが深層更新の緊張とかじゃなかったら、俺達みたいな連合組には厄介だな」


「これもダンジョンの不思議ってやつかもしれないって?」


 鹿戸の言葉に頷きを返す工藤。

 ダンジョンでは地上の常識が通用しない不可思議な現象などいくらでも起こり得る。


 この情緒不安定化もその一つだとすれば、多人数をまとめ上げることで成果を挙げてきた彼らにとって新種モンスター以上の障害となり得るものだった。


「……そこは次からの探索でも要検証になるな、まあ新種を倒せただけでも大金星だろ。

 ひょっとしたらあの角からまた未知のレアメタルが出るかもしれないしな」


 オーガの角から発見された新金属、オリハルコンは科学分野において大きな転機をもたらした。

 また新しい希少金属が発見でもされたならその価値は計り知れないものになるだろうことは予想に難く、暗くなりかけていた少年達の胸の内を明るくさせる。


「しっかしオーガより上の新種か……こいつを安定して狩れるようになったらランクってどうなるんだ?

 ……S級とか?」


「あり得ない話でもないなそれ、今時企業でもランク付けにSとか使ってるとこあるみたいだし」


 オーガの上位種が現れたことで誰もが既存のランク制度にも何らかの手が加えられることを予測している。

 常識的に考えるなら最上位であるAを超える位の創設、三浦と工藤が半ば冗談として話していることが現実にもなりかねないのだった。


「でも菅野(すがの)達が四人がかりでやっと防いでるのよ?

 あれを狩れるチームなんて想像も――ああ」


 想像も出来ない、と言おうとした鹿戸を見た男子二人もすぐに彼女が口を閉ざした理由に思い当たる。

 昨今では探索員のメディア露出も増え、目立った探索員のチームは新聞や情報誌で特集を組まれることも珍しくなくなっていた。


 中にはそのチームの特色から二つ名のようなものまでつけられている者達までいる。

 そうしてある程度有名なチームになればその名が知られていることが多いのだが、それでも鹿戸が言うようにあのミノタウロスを狩れるほどのチームが居るとは彼らにも想像できなかった。


 ――あくまでチームという単位の話では。


「……鉞の姫ならやれたりするのかな?」


「まさかそこまではって思うけどな」


 探索員のダンジョン内での映像記録は参考資料としての価値があるとして一部が公開されている。

 グロテスクな場面が映る可能性があるため養成校など関連施設で探索員のみ閲覧可能で一般公開まではされていないが、その中にあって最も閲覧回数が多く、最も参考にならない記録映像として知られている探索員の活動記録がある。


 鉞姫こと香乃唯。

 奇しくも同日、彼女もまた関東迷宮特区、深層の先へと足を踏み入れているのだった。


二話連続で出番なしになってしまいましたが次回ではちゃんと主人公出ます。

総合評価がいつの間にか1000ポイントを越えていました。

駆け出し書き手としてはすごく嬉しいもので、評価、ブクマ、感想下さった皆さまいつもありがとうございます。

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