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1-17 その名が生まれた日

 学院が休みの週末、朝から乗せられた高級車の後部座席で唯は奇妙な緊張に包まれていた。

 革張りのシートの座り心地は良かったが、対面に腰掛けた紗耶香と静が行き先も告げないまま無言でいるせいだった。


 この日の予定を空けておくように言われていた唯だったが、朝から迎えに来た彼女達の目的は未だ説明されていない。


「……あの、紗耶香さん?」


「うん? 何かしら」


 無言なのは不機嫌だからというわけではないらしく、緊張に堪え切れず話しかけた唯にあっさりと紗耶香は応じる。

 それに軽く拍子抜けしながらも唯は気になっていたことを尋ねることにした。


「もしかして迷惑かけちゃったかな……この間のことなんかで」


 この間のこと、とは中層にオーガが出現したあの日のことである。

 大量の重傷者が発生したあの後事態を重く見た政府によりダンジョンは一時封鎖されオーガの出現域拡大の原因が調査されたが、やはりというべきか断定には及ばなかった。


 ただ最も原因に近い要因については推測されており、その対策としてダンジョンのルールがいくつか改定されることになっている。

 まずは探索員の入場規制、これはオーガ昇層の日にダンジョンへ入っていた探索員の総数が前年平均と比べ一・五倍近い人数になっていたことによる。


 新入生達を迎え各学院の探索員数が増えたことによるものだが調査の結果、他の迷宮特区でも深総区と同じような異変が確認されていた。

 浅層に出現したコボルト、中層で確認されたオーガ、モンスターの生態については未解明であるが、このことからダンジョンにあまりにも多数の人間が足を踏み入れることはモンスターを下の階層から引き上げることに繋がるのではないかと推測されている。


 今後は各ゲートでダンジョンへ出入りする探索員の数を管理し、上限を設けそれを超える入場は認められないことになる。

 オーガハントを目的とした連合チームの入場にも新たな手続きが必要となり不満を持つ探索員は少なからず居たが、被害規模を考えればそれを表立って言える者はいなかった。


 それはさておき、下層からのオーガの氾濫とは別に探索員の間を騒がせている話題が近頃あり、そちらこそが唯の口にしたこの間のことだった。


「ああ――ふふっ、迷惑なんかじゃないわよ、確かに少し急がされることにはなったけど、間に合ったから問題なし。

 むしろこんなに早い内からあれだけの成果を挙げてくれて感謝しないといけないぐらい、正直に言えばああいう無茶は慎んで欲しいところだけどね」


 褒め言葉を口にしながらも紗耶香の表情はどこか複雑そうなものになっている。

 生還を果たしたものの、あの時の出たとこ勝負に過ぎる唯の行動を考えれば無理もない。


 ただ結果として得た成果が著しかったことが彼女にとって都合の良いものだったらしい。

 その成果というのが話題の一つ――唯が成し遂げてしまった探索員初の快挙だった。





 ◆





 二体のオーガを屠った唯は目まぐるしく移り変わった感情の波に乱れていた息を整えると、振り下ろした鉞を担ぎなおし駆け出す。

 他の救難信号の原因も同じように予想外なオーガの出現によるかもしれず、そうなれば悠長に構えている暇など無い。


 予感は的中し、次に辿り着いた救難信号の元でもやはりオーガが猛威を振るっており、遭遇した探索員チームは絶体絶命の状態に陥っていた。

 そこへ飛び込んだ唯はその肉体に秘める力を遺憾なく発揮する。


 変わらずオーガの双眸から迸る憎悪の波濤を奮い立たせた自身の感情で捻じ伏せた唯の肉体はどういうわけかそれまで以上に剛く、鋭く躍動し――


 第二の遭遇者達、気付かせる間もなく一体のオーガの首を刎ね飛ばした唯は脇目も振らずにその場を後にする。


 第三の遭遇者達、今にも目の前の少年の頭を殴り潰そうとしていた腕を伐って落とすや否や、返す刃でオーガの身を逆袈裟に切り裂き両断。


 第四の遭遇者達、逃げ惑ったチームが鉢合わせてしまい、三体ものオーガが一つ所に集まってしまう事態となってしまっていたが。

 背後からの一閃で一体の首を泣き別れにしたところで、左右から挟み打たれる形になってしまいながらも唯はその場で高く跳び上がると中空で身を捻り天井を蹴って勢いを得、落下しながら鉞を振り抜き迫っていた二体のオーガをまとめて伐り伏せてしまう。


 その後もダンジョン最大の脅威と目されるオーガをものともせず伐り捨てて行くその姿は同じ探索員達をも圧倒してしまった。

 そうして救援に駆けずり回った唯がその日一日で狩猟したオーガの総数は二十一。


 探索員誕生から二年目の春、正式なダンジョン探索二日目にして唯は未だ誰も到達できていなかった探索員Aランクの条件を満たしてしまったのだった。

 正式な資格認定はまだ発表されていないが、初のAランク探索員、それも単独での達成に巷では様々な憶測が飛び交っている。


 唯の場合はその飛び抜け過ぎた身体能力から身も蓋も無いデマであっても安易に否定できない異質な存在だったせいもあるかもしれない。

 そんな時、AMAGIによりとある探索員向け情報誌が創刊、発行されたのだった。





 ◆





 渡された雑誌を読み進める唯は頬が引き攣っていくのを止められなかった。

 Mayes(メイズ)、AMAGIが製造する探索員用の装備を紹介するという雑誌であったが、問題となったのはその特集ページの内容。


 専属モデルとして紹介されているのは紛れも無く唯自身であり、初めて探索員としてダンジョンに足を踏み入れたとき昏睡状態に陥ったという創作話にAMAGIの秘蔵っ子として英才教育を受けることになったと言うエピソードまで追加されている。

 トレーニング中の写真などはこの体になってから慣らし運動をしていた時、密かに撮られていたのだろうものが使用されていた。


 表情の練習と称して満面の笑みを浮かべさせられているものもあり、造形が整っているだけあってその破壊力は並のモデルの比ではない。

 しかし当事者の唯からしてみればそんな写真が公開され、雑誌として全国に出回っているなど背筋に寒気が走る話でしかないのだったが。


「まあいずれ怪しまれるのは避けられないだろうから、そうなる前にコウちゃんには探索員界のヒーロー……いいえ、ヒロインとしてプラスなイメージを世間に植え付けておこうと思うの」


 この日、唯が連れ込まれたのは区内の撮影スタジオ。

 勿論その目的はMayesの新刊、ホームページ、その他諸々に使用する新たな唯の写真を撮影することだ。


 ニコリといつか見たような小悪魔を連想させるような微笑みを浮かべながら信じがたい、信じたくないことを言ってのける紗耶香から目を外し、助けを求めるように見た静は無情にも首を振って示す。


「心中お察しします、ですが紗耶嬢の狙いもあながち的外れではないかと。

 ……本来ならもっと心の準備をして頂く間を設けれたのでしょうが、唯さんは今回の件で有名になり過ぎてしまいましたから」


 止むを得ないことだったとはいえ、それは身から出た錆でもあるようだった。

 下手に情報を隠し、素性が探られ明るみになってしまった場合に紗耶香をはじめあちらこちらに迷惑がかかることを想定すると唯も意地を張れなくなってしまう。


 それを承知しているのか、楽し気に指を振りながら紗耶香は唯を追い詰めていく。


「初のAランクなんて売りがあるんだから何か良いキャッチコピーも考えないとね。

 んー……そうだ!」


 名案とばかりに笑顔を弾けさせて紗耶香が言い放った言葉を、無邪気なまでの笑みに――本当に悪意が無く、自分への好意が満ちていることを感じ取ってしまった唯はまた頬を引き攣らせながらも受け入れてしまうのだった。


鉞姫(まさかりひめ)、なんてピッタリじゃないかしら?」


 こうして生まれた鉞姫の二つ名と共にいずれ世界中に知られる存在となる探索員。

 香乃唯という少女の名は世に知れ渡っていくのだった。

これにて一章が終わりとなります。

文章の肉付け感覚がいまだ安定せずまた投稿遅れてしまい反省です。

そんな間にも評価、ブックマーク下さった方ありがとうございます、とても嬉しく励みになりました。

見直してみて戦闘シーンがあまりにもサックリ終わり過ぎかなとまた反省するところがあったので二章はその点も修正していけたらなと思います。

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