1-14 急転
ダンジョンに入ってからは予定通りに行動範囲を浅く絞り、それでも時折出くわしてしまうモンスターを相手に散発的な戦闘を繰り返している。
圧倒的な身体能力で大鉞を振るう唯は言わずもがな、芳樹や梓もこの一帯で遭遇するゴブリン程度に苦戦することはなく、それは三校で探索員として一年近い経験を重ねているという静も同様だった。
「百合原さん!」
「お構いなく」
後方から駆け走ってきた一体のゴブリンに対した静は慌てることなく手にした武器の石突きをまず顔面に打ち込み勢いを止める。
そのまま流れるような体捌きで踏み込みながら柄を回し、弧を描いた刃は一刀のもとに小鬼の首を断ち切ってしまった。
長い柄に日本刀のような片刃を持つ、長巻を得物とする静は盾を持たないスタイルながらモンスターを一切寄せ付けず、熟達した力量を見せつけていた。
その長巻捌きは素人が我流で振るうような勢い任せのものとは違い一つ一つの動作に理合いを感じさせる洗練されたもので、適当に選んだ武器というわけではなく何かしらの流派を修めていたのだろう。
そんな彼女を加えた唯達はたいした疲労することもなかったが探索開始から一時間後、通路が膨らみ見通しの良い一帯に差し掛かった辺りで休憩をとることにした。
「唯さん、体調の方はいかがですか?」
「特に変化はないですね。気分は落ち着いてますし、頭痛もしません。
……思ったよりこの体は耐性がついてるのかもしれません」
また一からダンジョンへの耐性を伸ばしていかなければならない可能性を懸念していた唯だったが、不安をよそに体は快調を保っていた。
確証を得られないのは面倒だったが、この調子ならむしろ以前よりも長く居続けられるのではないかという予感すらある。
「確かに経緯を考えるならそうであってもおかしい話ではありませんね。
どうぞ、唯さん。お二人も」
言葉の前半は二人に聞こえないよう声を抑えつつ、静が連れていた小型自走車から取り出したドリンクを皆へと配る。
「ありがとう……にしてもすごいね、こんなのも開発してるんだAMAGIって。
こういうのダンジョンに持ち込むのって禁止されてるんじゃなかった?」
「試験評価中ということで手続きしています、申請がかなり面倒ですけどね」
そう言って静が持ち込ませた全長二メートル程度の四輪自走車を梓がしげしげと観察している。
黒いメタリックなボディをしているように見えるが、素材の大部分はプラスチックということで図体のわりにかなりの軽量。
車体は形状記憶能力を保有し、代えの装備や食料品を格納しておける優れモノでダンジョン探索用の次世代装備と目されているとか。
静の話によれば三校は多くの企業がスポンサーについているだけあってこういった新製品の機能評価もよく行われているらしい。
探索員達が持つPDAもそうだが、ダンジョンからの希少資源の獲得に伴い近年はバッテリーなど電子部品の小型化が進みこういった分野の開発も著しい。
専門知識の無い唯にはすごい機械としか認識しかできないが、操作無しに所有者を追跡しMAPデータとリンクして地上まで自動帰還させることも可能だという万能さには驚かされている。
「人一人ぐらいなら入っちゃいそうだね」
「それぐらいの容量でしたらありますよ。――唯さんは覚えていないでしょうが、入ったこともありますし」
こっそりと囁かれたその発言には唯もぎょっとさせられてしまう。
全く身に覚えは無かったが、脳裏に閃くことはあり彼女と同じように声を潜めて聞き返してみる。
「もしかして、私をダンジョンから連れ帰ったのって?」
「ええ、ゲートでの検査は紗耶嬢がごり押しました。
乗り心地が良いとはお世辞にも言えませんが、もう一度お試しになります?」
「……遠慮しておきます」
静が真顔で言って見せた冗談は丁重に断ったが、やはりあの日唯をダンジョンから地上まで運んだのはこの自走車であるらしい。
荷物のように運搬される自分を想像してみると物悲しくなってしまいそうだった。
「……ふぅ、香乃さんはまだ大丈夫そう?」
「ああ、うん。まだまだ平気そうだよ、思ったより長くなるかもしれないけど、二人とも構わないかな?」
「俺は大丈夫だよ、前から結構長く潜ることはあったし、長瀬は?」
「アタシもイケるよ、一応前のチームじゃ深層まで行ったりもしてたからね」
その梓の言葉には皆少なからず目を瞠り驚きを示す。
深層、もちろん踏み込むのは多数のチームで連合を組んでからだろうが、オーガが出没する地帯に行けるなら区内でも相当熟練のチームだった筈だった。
「そういえば長瀬はどうしてソロになってたんだ? それだけのチームならメンバーも簡単に変えたりしないと思うけど」
「ああ、よくある話。一週間ぐらい前だったかな、オーガハントで失敗しちゃったんだよ」
その言葉にまた皆が程度に差はあれど同じ驚きの反応を示す。
特に芳樹は衝撃を受けたように目を見開いてしまっていた。
「Aランク目指してたチームが逸ったのが原因って言われてたかな、無理に仕留めようとしたやつが返り討ちにあっちゃって、人死には出なかったけど参加してたチームは皆散り散りになっちゃったんだよね。
――アタシ達のチームもオーガから逃げきれなくて二人が腕と肋骨折っちゃって重傷、一人もトラウマになっちゃって中退予定。そうなったら解散するしかないよね」
それはどこかで聞いた、いや見たことのあるような話だった。
丁度そんな状態になっていたチームを一週間前、唯は目にしている。
同時に思い出した、あの時――オーガに襲われているところを救援に駆けつけ、言葉を交わした女子の顔を。
助けようとするのに必死でしっかりと見ていなかったこともありはっきりと思い出せずにいたが、それは目の前の梓と同一人物に間違いなかった。
「……そんな状態で、どうやって助かったんだ?」
いつの間にか暗い面持ちになっていた芳樹が梓に問い掛ける。
その低い声音を怪訝そうにしながらも梓は素直に答えていく。
「助けに来てくれた人が居たんだよ、一人だけ。
深層で救難信号出すなんて無茶だとは思ったけど、その人に先に逃げろって……助けられちゃった」
その時のことを思い出したように梓が表情を沈みこませる。
助けた人物がどうなったのか、普通に想像するなら結末は絶望的なものしかない。
同じようなケースがそういくつも起こり得るとは考えにくい、梓の言うその人が唯――康哉であることは間違いないだろう。
そんな時、不意に肌がひりつくような感覚を覚えた唯が目を向けた先では顔を伏せた芳樹が肩を震わせていた。
その姿は内で何かが張り詰め、弾けそうになっている、そんな漠然としたイメージを唯に感じさせた。
「長瀬……お前――っ!?」
その時、何かを叫ぼうとした芳樹を止めたのは咄嗟に彼の前に出た唯の言葉ではなく、その場の皆の腰元から発した振動。
――PDAが発する救難信号だった。