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1-11 元友人への贈り物

 あまり関わらない方が良いんだろうとは思う。

 練習したとはいえ立ち振る舞いも喋り方もまだ完璧じゃない。


 友人だった彼ならなおさら、ちょっとしたことで自分の正体に勘付かれてしまうかもしれない。

 もしそうなってしまって、事実が広まってしまったら色んな人に、自分を助けてくれた彼女達にまで迷惑がかかってしまう。


 それでも食事に誘われていた彼が、愛想良く応じながらも小さな苛立ちを溜め込んでいたのを感じとってしまうと――居ても立っても居られなくなった。





 ◆





 商品棚が創作キャラクターのぬいぐるみや雑貨で埋め尽くされているモール内のファンシーショップへと唯を案内した芳樹は棚を物色して回る彼女について回りながら、自身もチラチラと陳列されたマスコット人形などに目をやっていた。


 女性連れであってもこんな店に入るのが恥ずかしいというわけではなく、実のところ彼にはこういったグッズを集める趣味があった。

 その趣味に関わるものはおおっぴらにせず普段寮の小さなクローゼットに押し込まれているが、編み物やビーズアクセサリーの類も嗜んでいる。


 昨今は男性がこういった趣味を持つことに寛容な世の中になってきているが、それでもたまにからかってくる輩はいた。

 今では大分マシになったものの、冗談と悪意の区別がつかなかった中学時代の芳樹はそんなからかってくる相手に本気で怒ってしまい、殴りつけてしまったこともある。


 お互いに精神的に未熟な年頃なせいもあったが、どうやら自分はその辺りを割り切るのが苦手らしいと高校生になった芳樹は思う。

 日常的な冗談にもつい過剰な反応をしてしまいそうで、クラスメイトとの会話中に苛立ってしまうことも多々ある。


 だから普段はそういった趣味を持つことは隠すようにしていた、恥ずかしさではなく、自衛のために。

 気を遣われるよりも一歩引いて相手に適当に合わせていれば、学校でもなんとかやっていけたし、別に理解してもらおうとは思っていない芳樹にはそうした方が楽だった。


「あの……香乃さん、なんで俺とこんなとこに?」


「うん、私最近引っ越したばっかりで部屋に何もないから、ちょっと小物ぐらい買っておきたくて。

 一校近くのお店だったら高村君が詳しいかなと思ってさ」


 それなら長瀬の方に聞けば良かったじゃないかと思う芳樹だったが、その時不意に視界に入った棚の一画に置かれていたクッションに視線を引き寄せられる。

 そのモチーフはとぼけた顔つきをした黒い熊、地方のゆるキャラで密かな芳樹のお気に入りであり、関連するグッズも多数所有している。


 値札を見てみればいやに高い、桁が五を越えているとは中のクッション材に一時期話題となったビーズクッションを使っているせいだろうか。

 後で出直して買いに来ようかと迷ったが、懐事情を考えるとそれも躊躇う。


 今はチームを組む相手も見つかっておらず、すぐにダンジョン探索ができるとは限らない。

 今日の探索も時間が短かった上に狩ったのはゴブリンだけ、口座に振り込まれる報酬もそう多くはないだろう。


 無駄遣いはできないと諦めたその時、横から伸ばされた手がひょいと見ていたクッションを掴んでいく。


「あっ……」


 反射的に見た先では唯がすたすたとクッションを持ちレジへと向かっていくところだった。

 思えば彼女は装備が全て性能でも値段でもその高さに定評のあるAMAGIの上等な品だった、どういう経緯で探索員になったの分からないが経済的に余裕がありそうなことは想像できる。


 羨ましく思ってしまいながらもしょうがないと、肩を落とす芳樹だったが戻ってきた唯がすっと差し出した買い物袋に目をしばたかせる。


「えっ……と、あの、香乃さん?」


 持ってくれということだろうかと疑い、彼女のことを今日知り合ったばかりの男子にそんな真似をさせようとする人物とは思っていなかった芳樹は確認してしまう。

 すると唯はニコリと笑ってその予想を裏切って見せた。


「プレゼント、というかお礼かな? 高村君、ベテランなのに今日は初心者のお守りに付き合わせちゃってごめんね。

 これはせめてもの感謝の気持ちってことで」


 しばらく理解が追い付かず、差し出された買い物袋と唯の顔とで視線を往復させていた芳樹だったが、やがて慌てながらそれを拒絶しようとしてしまう。


「い――いやいやいや、香乃さん俺なんか必要ないぐらい戦えてたじゃないか!

 そんなことしてもらうわけには行かないって」


「でも初遭遇のときは危なかっただ――でしょう? 助けてもらったことには変わりないよ。

 それにね、私実はAMAGIにスポンサーついてもらってるから、わりと余裕はあるんだ。

 気にせず受け取ってくれると嬉しいな」


 まったく差し出した手を引っ込める気を見せない唯に、なおもしばらくの間迷っていた芳樹だったがやがて観念したように袋を受け取った。


「そういう、ことなら」


「ふふ、男子の趣味には合わないかもしれないけどね」


「いや、そんなこと無いよ……ありがとう」


 思いがけず諦めた欲しいものが手に入ったことが嬉しいのは隠しきれず、笑んでしまいそうになるのを我慢するその頬はわずかにひくついていた。





 ◆





 元をただせば彼がチームを組めなくなったのは自分が無謀な救援に向かい離脱することになってしまったせいだった。

 お礼というのは嘘ではなかったが、その詫びをしたかったという気持ちもある。


 妹への誕生日プレゼントを選ぶのに悩んでいたとき、何気なくアドバイスしてくれた彼にああいったグッズの趣味があることは察していたのでせめてもの息抜きになればと贈り物を考えてみたが、あの様子を思い出すと悪い手では無かったように思う。


 ショッピングモールで芳樹と別れ、ある人物と待ち合わせていたコーヒーチェーン店に入った唯は待ち合わせていた少女の姿を壁際のカウンターテーブルに見つけ、軽い注文を済ませるとそちらへと向かう。


「お待たせ長瀬さん、これ――ありがとう」


「どういたしまして。 ま、あんまり役に立ってなかったっぽいけどね」


 借りていた黒縁の眼鏡――派手そうな見た目の彼女が持っているにしては随分と地味なそれを返しがてら礼を言う唯。


「……あまり目立たなくできてなかった?」


「そりゃそうでしょー、香乃さんみたいな美人さんがそのぐらいで変装できたら苦労しないって」


 そう言ってにやりと笑って見せる梓に甘い考えでいたのを悟った唯も苦笑してしまうのだった。


「急に変な頼み事してごめんね」


「いいっていいって、ところでヨッシーに何贈ったの?」


「ごめん、それは秘密、大したものじゃないよ」


 とは言うものの、実を言えば懐に痛くないわけではなかった。

 装備や住居については確かに紗耶香から融通してもらっているが、生活費まで援助してもらうのはあまりに気が引けたので遠慮している。


 結果唯の所持金は以前と変わりないのだが、直近ではオーガに投げたハチェットを購入したばかりだったり、実家への仕送りを送金したばかりだったりと、支出が重なっていた時期なこともあって手痛い出費には違いなかった。

 今月の食品の買い出し計画を改めながら注文したコーヒーに口をつけていると、梓がぽつりと呟くように漏らす。


「お嬢様な感じかと思ってたけど、案外そうでもないみたいだね香乃さん」


「うん? まあ……そうだね、スポンサーにはついてもらってるけど、あんまり甘えたくはないし」


「だったら別に高そうなもの贈らなくても良かったんじゃない? ほら、気持ちさえ込もってればって言うし、ヨッシーも値段なんて気にするようなタイプじゃなさそうだし」


 まるで見て来たかのようなことを言う梓にぎくりとしながら、唯は首を彼女の方へ向ける。


「もしかして……見てた?」


「はは……ごめん、つい気になっちゃって、アレ渡すところまで見ちゃった」


 その時になって彼女の前に置かれたコーヒーが大して量も減ってないことに気づき、店に来たばかりであることを唯も察すると、元友人の隠しておきたいだろうところを見せてしまった失態に気付く。


「あの、長瀬さん、あれについては……」


「ああ大丈夫、ヨッシーにあんな趣味があったのは意外だけど、言いふらして回ったりしないって」


 その言葉に一安心した唯は胸を撫で下ろしながら、彼女の言葉について考え込む。

 確かに彼女の言う通り、芳樹は贈り物の値段など気にしないタイプだろう。


 たまたま目を留めたのが少々値の張るものだっただけで、似たようなグッズなら安くとも喜んでくれたかもしれない。

 だが自己満足に過ぎないとしても、唯は出来る限りのことはしたかったのだった。


「……確かに、気持ちさえ込もっていれば値段は関係ないっていうよね。

 だけどそれなら別に、高くても構わないでしょ?」


「う――ん、まあそうだね」


「だったらお――私は本当に贈りたいって思ったものを渡したいな。

 もちろん相手に心配させるぐらいお金がないってときは無理しない方がいいだろうけど、ただ妥協するためにその言葉は使いたくないなって思うよ」


 自分なりに考えをまとめて語ったつもりだったが、言葉にし終わると唐突に恥ずかしさが込み上げてきて、顔を赤くしながら慌ててしまう唯だったが。


「――いいんじゃないかな、私はそういうの嫌いじゃないけど」


「……?」


 穏やかな表情でそう返してくれた梓の言葉に何故か違和感を覚えて、唯はつい小首を傾げる。

 そんな反応を気にせず梓はコーヒーを一気に飲み終えるとカウンターに立て掛けていた装備ケースを担ぎ立ち上がると唯に笑みを向けた。


「そんじゃ、一緒に夕飯でもどう? この辺り美味しい中華屋さんあんだよね。

 特に後味がミント風味な杏仁豆腐がおすすめ、奢ってあげるからさ、ほら」


「えっ……奢りなんてそんないいよ」


「お金のことならマジに余裕あるからだーい丈夫、探索員はアタシの方が先輩なんだから、素直に奢られときなさいよ。ほら行こっ」


 唐突な申し出に驚きつつ遠慮しようとする唯だったが、梓の方は既定事項のように手を引いていく。

 女子同士の付き合いに慣れていない唯は彼女の勢いに呑まれるようにしてそのまま繁華街へ連れ出されてしまうのだった。

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