1-10 高村芳樹
もう一人のダンジョン初入場の男子、亮太も初回の探索としては十分な成果を上げていた。
伊達に意気込みを見せていたわけでもないらしく、芳樹が体勢を崩したゴブリンの首を両手剣で断ち落とすことに成功していた。
彼の使っている刃渡り一メートル程度の剣は攻め手を担う探索員が扱うものとしてはスタンダードな得物で、扱いやすいこともあるが剣筋のブレなさからして剣道などの経験者なのではと思わせる。
何より化け物のような見た目をしているとはいえ、こうして生き物に躊躇いなく武器を振るえる辺り探索員に向いている。
この日本で普遍的な情操教育を受けた人間はたいてい犬猫程度の小動物が相手でも暴力を振るうことを良しとしないし、まして殺めようなどと思わない。
必要だからやれなどと言われたとしてもまず躊躇する人間の方が多いだろう。
しかもダンジョンのモンスター達は基本的に人型をしている、学院で実技訓練は行われているがそれでも抵抗を捨てきるには時間を要した。
まっとうな社会生活を送る上では不必要な、むしろ好ましくない資質なのかもしれなかったが、探索員として利点になるのは間違いない。
ただ意気揚々としていたダンジョンに入る前と比べて今の彼の様子はどこか気落ちしているように見えた。
――無理もないか。
この力量も相まっておそらく探索員として上手くやっていく自信があったのだろう。
装備も着膨れしているように見えるとしょうもない不満の多い自衛隊や機動隊払下げのプロテクターではなく、最近出回り始めた革鎧風な防刃ジャケットだ。
特殊素材製の防具は決して安い代物ではないし、先行投資としては十分で気合の入れようが窺い知れる。
だというのに――チラリと芳樹が視線を向けた先では。
突っ込んでくるゴブリンを片手で突き込んだ大鉞の頭で叩き伏せ、単独で悠々と屠り去る香乃唯の姿がある。
サポートなど必要もないようで後ろでは芳樹も今日初めて組んだB組の探索員、梓がそのアクション映画のような活躍ぶりに見入っていた。
明らかに尋常な身体能力で成せる真似事ではなかったが、聞けばダンジョンで意識不明状態に陥ってから目が覚めるとそのような体質になっていたらしい。
持ち込んだ機材が地面に沈み込むようにして食われてしまっただとか、モンスターを地上に引きずり出すと溶けるように消滅してしまうだとか、ダンジョンで非科学な現象が起こり得ることについては広く知られているが、彼女のような例は芳樹も聞いた試しがない。
新人どころか国内、いや世界中の探索員を探しても彼女のような存在は見つからないだろう。
あのオーガ相手にでも単独で渡り合えるのではないかと冗談抜きに思えてしまう。
そんな彼女の活躍を目の前で見せつけられては並の探索員の腕前に対する自信なんて吹き飛んでしまいそうなものだ。
仕留めたゴブリンの角を回収している亮太に同情しつつ、芳樹は腰のホルダーからPDAを抜き出してマップ情報を表示させた。
地上からの移動距離、そして経過時間を確かめ、そろそろ頃合いだとメンバーへ呼びかける。
「そろそろ限界時間だ、ゲートに戻ろう」
「えぇっ? まだ一時間も経ってないんじゃないか?」
亮太が不満の声を上げていたが、女子二名は心得たように頷きを返してくれた。
唯の方は初探索な上に、あの力量であるのだからまだいけそうと感じていてもおかしくないのに事情の通じやすさが不思議にすら思える。
「いざ体調が悪くなった時に帰るのが間に合わないぐらい深くまで潜ってたらどうしようもないだろ?」
未成年ならダンジョン内で活動できるといっても無制限ではない、長く居続ければ成人と同じように酸素中毒めいた症状に見舞われてしまう。
現状ダンジョン内での活動時間を伸ばすには地道に探索日数を重ねるしかないのだった、引き際を見誤れば死が待っている。
芳樹がPDAに表示された立体マップと現在位置を見せると名残惜しそうにしながらも亮太は撤収を承諾してくれた。
彼からしてみれば満足のいく成果とは言えなかったのかもしれないが、初探索としては十分なものだろう。
モンスターに怖気づかずに対応できるようになっただけで実習としては成功だ、後は不得意分野を補い合えるチームメイトでも見つければ探索員としてやっていけるだろう。
サポート役として付き合いは今日までになるが頑張って行って欲しいと、思っていた芳樹だったが――。
地上へ戻り報告と収得した角の納品を済ませ解散した後、芳樹は深総市の繁華街にある全国チェーンのバーガーショップで亮太と向かい合っていた。
探索員としての活動について、色々と聞いておきたいという亮太の誘いを断り切れなかった結果である。
積極的にモンスターの特徴や行動パターンを質問していく亮太が特に興味を示したのは探索員の等級について。
「ようするに、二十体狩れば見合ったランクに昇格できるんだよな」
「そうだよ、装備カメラの映像を確認してもらうことになるから申請が必要だし、お金もかかるけどな」
昇級には特定の種類のモンスターを安定して倒せることを証明しなければならない。
C級ならゴブリンを、B級ならコボルトを、A級ならオーガを。
またランクは個人のものとチーム単位のものとがあり、例えば登録したチームでコボルトを二十体狩ることが出来ればそのチームはB級として扱われる。
個人でランクを上げるのは難しいが、チームならそう難しい話ではなく一校にもB級のチームは多数在籍していた。
ただAランク、オーガばかりは安定して倒せるようなチームはそうそう居らず、ましてや個人でのAランク保持者など存在していない。
「この区だとそうだな……『タートルズ』が初Aランクの最有力候補って話だったかな」
「あぁ二校の、そんなに強いのあいつら?」
強い、というより堅実というべきチームが深総第二学院の亀さん達と呼ばれる四人組だった。
メンバー全員が全身を隠してしまえるような大盾持ちにして衝撃吸収素材の組み込まれた全身スーツに身を包んでいる。
攻撃力こそ並のチームに劣るが、それらを用いた防御力はオーガの突進すら防ぎきるそうで、オーガハントには必ずといっていいほど声がかかるらしい。
厚手のスーツと移動時に大盾を背に担いだ姿が立って歩く亀のようだとのことで、蔑称のようにもとれるが本人達はその二つ名をむしろ気に入っているという。
そんな話を聞いて何を思ったのか、少しの間考え込むようにしていた亮太は掌を拝むように合わせ芳樹に頼み込んでくるのだった。
「な、高村って今誰とも組んでないんだろ? 良かったら俺とチーム組んでくれたりしないか」
「――はぁ?」
「いやだって話聞いてたらチームに盾持ちいないと厳しいみたいだしさ、俺みたいな転入組が都合よく盾持ちの仲間見つけられるかなって思っちまうんだよな」
その懸念は芳樹にも確かにと思えるものではあった。
そもそも盾役は基本的に敬遠されがちな役回りで、数自体が少ない。
最前線に出なければならないので危険は大きいし、モンスターの攻撃を受けなければならない盾は消耗が激しい。
特殊素材をふんだんに使った頑丈な盾は値段も馬鹿にならないので出費もかさみ、損な役回りでもある。
その辺りをチームで相談して報酬を上手く分配できればいいのかもしれないが、全ての人間がそこまで配慮できるわけでもない。
だからというわけではないが、芳樹はその誘いに頷くことはできなかった。
「悪い、別に三井に問題があるわけじゃないんだけど、まだそんな気になれないんだ」
「ダメか……まぁしょうがないな、活動時間も違い過ぎるだろうし」
もとから駄目元だったらしく、あまり言いすがることなく亮太は引き下がってしまった。
これで話は終わりだろうと、ほっとしていた芳樹だったが。
「それにしても香乃さんにはビビッたよな、あれはいくらなんでも反則だろ」
まだ話し足りないのか、段々と亮太の話は内容が当初の本題からずれていく。
その方向性に芳樹は胸焼けするような疼きを感じてしまっていた。
「でも見た目はすっげぇ可愛かったよな、よく見れば長瀬さんもレベル高いし、高村はどっちみたいなのがタイプなんだ?」
「ええっと……俺はそういうこと気にしなかったな、二人ともろくに話したこと無かったし」
危惧していた通りの方に進んでいく話に芳樹はやはり止めておけばよかったと、遅まきながら後悔の念を抱く。
等級やモンスターの特徴など学院にいくらでも資料があるのだから、そちらに誘導してさっさと帰ってしまっても良かったのだ。
「もったいないな、だったらアイドルなんかだと誰みたいなのがいいよ? 女優でもいいけど」
――止めてくれ。
心からそう思いながらも、適当に芳樹は相槌を返していく。
女性の好みがどうとか、そんな内容の話が誰にでも通用するとどうして思えるのか彼には理解できなかった。
かといって素直に自分が色恋沙汰になど興味はないと言ってしまえば白けさせてしまったり、同性愛者なのかとからかわれたりとあまり良いこともない。
相手に悪気はないのだとしてもそんな同性同士の語らいが芳樹には苦痛で、はじめこの場への誘いを断ってしまいたかった理由だった。
そうとは気付く由もない亮太はどんどん話を脱線させていき、体面を気にしてそれをさっさと打ち切ってしまうことが出来ないことで芳樹が軽い自己嫌悪に陥ろうとしていた矢先。
「っと、悪い」
ポケットのスマートフォンから鳴る着信音に気づき取り出すと、見慣れない番号からのショートメッセージが入ってきていた。
不審に思いながらも画面をタップし、その内容を確認した芳樹の目が驚きに見開かれる。
「どうしたんだ?」
「――いや、学院の知り合いから荷物持ち手伝ってほしいって頼まれちまった。
すまん、先に出るよ……話の途中で悪いな」
「荷物持ちって……パシリかよ、ひどいな」
呆れている亮太に苦笑いで返し、芳樹は装備ケースをひっつかみバーガーショップを出るとその足を繁華街にあるショッピングモールの方へ向けた。
距離はそう離れておらず歩くこと十数分、モール前のロータリーで目当ての人物を探していると、背後から掛けられた声に振り向かされる。
「や、よ――高村君、呼び出してごめんね」
そこに立っていたのは特徴的な白い髪を結いまとめ着用規則の無いベレー帽にしまいこみ、眼鏡までかけるという普段とは違う装いをした女子だった。
「香乃、さん? ……一体どうして」
面識の無かった、今日共にダンジョンへ入っただけの間柄であるはずの彼女から呼び出されるわけが分からず、立ちつくす芳樹に唯はさらりと告げる。
「メッセージ通りだよ、ちょっと付き合って欲しい場所があるんだ、良かったらお願いできないかな?」
呆気にとられたような長い沈黙の後に、やがて芳樹は微笑む唯の雰囲気に呑まれたようにしてコクリと首を頷かせてしまうのだった。
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