1-8 前途多難なダンジョン初日
転校二日目の午後、唯は学院の講義室へと呼び出されていた。
唯個人に何かあったというわけではなく、複数の生徒が集められた教室で始まったのは入場審査に合格した者に対する学院からの説明。
語られたのは主にダンジョンへの入場に際して必要な手続きの詳細、そして実習形式の初回入場時に与えられる制限について。
康哉として唯は過去にもそれを受けたことはあり以前と変わっているところはないかと教官の説明に耳を傾けていたが、特に変化点は無いようだった。
入場の手続きに関しては特に難しい事があるわけでもない、だが初めてダンジョンへ足を踏み入れる探索員に対しては必ずある制限が課せられている。
それは単独、チームであっても探索未経験者のみでの入場を禁止するというものだ。
先達の居ない今の二年生達がダンジョンへ初めて入った際には国からダンジョンに入ったことのある自衛官が派遣され、活動可能な時間範囲で行動を共にしている。
なぜそんなことが必要なのかについては、ほぼ全ての探索員が実際にダンジョンへ入り、モンスターと対峙した時に実感することになる。
設定上で唯はダンジョン探索二度目となるが、モンスターとの戦闘記録が無いことから同じ条件が適用されることになったようだ。
教官からの指示により事前にチーム申請していた生徒とそうでない生徒が振り分けられ、今回はその同行者として十分な探索経験のある二年生が協力を要請されたのだった。
「そういうわけで、今回の実習で同行する二年A組の高村芳樹だ、一応初期からの入学組になる」
「二年B組の長瀬梓、アタシも開校からの入学組だね、二人ともよろしく」
深総区、第一ゲートのロビーで挨拶を交わすのは今回チームを組むことになった二年生の、芳樹と梓。
胸に湧く緊張を悟られないよう慎重に言葉を選びながら唯も二人に挨拶を返していく。
「昨日から二年A組に転校してきた香乃唯です、お二人とも今日はよろしくお願いします」
同世代の相手に対する口調としてはかしこまりすぎているかもしれなかったが、ボロを出してしまうよりはマシだと唯は判断する。
特に康哉として友人でありチームを組んでいた少年、温厚そうな顔立ちをしている芳樹に対しては気を抜くことができなかった。
クラスで顔を見た時から予想していたが他の二人とはチームを組み続けなかったらしく、仲間探しであぶれていたところに学院から協力要請があったらしい。
あのときの行動の結果として迷惑をかけてしまったいるとも言える、かつての友達に他人として振る舞うことにいくらかの罪悪感を覚えてしまう唯だった。
そして一人の同行者である他のクラスの梓は緩くウェーブがかったセミロングの髪が茶色に染められ、顔にも多少の化粧っ気があり一昔前風に言うならギャルっぽさのある女子だ。
どこかで彼女を見た覚えがある気がする唯だったが、はっきりと思い出せない。
そうしている間にもう一人の実習組、唯同様にダンジョン初入場となる男子が自己紹介に入っていた。
「俺はC組の三井亮太、よろしくー」
ひらひらと手を振りながら緩い調子で名乗った彼は初探索にしてはあまり緊張感が見られない。
大物なのか、物知らずなのかは実際にダンジョンへ入ってみなければ分からないが。
「いやー俺去年の末に転入してきたんだけどさ、やっとダンジョン入りできるよ。
やたら厳しいよなこの学校っていうか、探索員って」
「……まあそうしないといけない事情があるんだからしょうがないだろ、とりあえず着替えて入場口前で合流しよう。
長瀬さん、香乃さんのこと任せていいかな?」
初ダンジョン入りを喜ぶ亮太に芳樹の顔には一瞬、陰が差していた。
だがそれをすぐに打ち消すと彼は亮太を軽くたしなめながら他のメンバーへ準備を呼びかけるのだった。
「オッケー、男子よりかはちょっと時間かかっちゃうかもだけどね。香乃さん、行こっか」
「うん、よろしくお願いします長瀬さん」
「あっはは、結構お堅いんだね、探索員歴なんてあんまりアテになんないし、もうちょっと砕けちゃっていいよ」
朗らかに笑う梓に先導され唯は探索用装備に着替えるための場所――更衣室の前へやってきた。
昼過ぎのこの時間は学生探索員達の活動時間にはまだ早く、人気はほとんど無い。
それでも女子用の更衣室という、本来なら足を踏み入れてはいけないはずの空間を前にやはり唯は緊張してしまう。
「どうしたの?」
「い、いや……なんでもないよ、ごめん」
更衣室前で足を止めてしまったことで梓に声を掛けられてしまった。
下手に躊躇えば余計な疑いを招いてしまう、意を決して唯は更衣室の扉を開く。
室内には大量のロッカーが立ち並び、男子用更衣室と内装にあまり変わりは無いように見える。
運良く他の女子の姿が見られなかったことに唯は内心ほっとしていた。
「それじゃ説明は受けてると思うけど、インナーに着替えてケース持ったら奥の部屋で装備。
スマホとか持ちっぱなしにしないようにね、ここのロッカーちゃんと鍵はかかるから」
言いながら梓も空いたロッカーを開くと身に着けていた制服を脱ぎ始めた。
制服の下には既に探索員装備の下に着込むインナーウェアを身に着けているようだったが、慌てて目を逸らしそうになるのを怪しまれまいと抑制しながら唯も適当なロッカーへ向かう。
できれば彼女から離れてしまいたかったが女子同士でわざわざそんな真似をすれば不審に思われてしまうだろうと、心の中でごめんなさいと詫びながら唯も傍のロッカーを開き、着替え始める。
装備カメラの記録映像改竄を予防するため、ダンジョン内にはスマートフォンなどといった個人の電子機器の持ち込みは禁止されている。
今時は手のひらサイズの機械でもどんなソフトが仕込まれているか分かったものではないので止むを得ない措置だった。
ダンジョン内にはアンテナが敷設できず、ある程度地下に潜ると地上からの電波も届かなくなるので大した不都合もない。
だがその判断を完全に探索員達の良識に任せるというのも無理がある話なので、入場前には手前と奥で二つに分かれた更衣室の中間に設けられた金属探知機を通過しなければならない。
構造自体は空港の保安検査とかなり酷似したものだ。
「それじゃあ奥に――」
黒いタンクトップとショートパンツ型の上下に分かれたインナー姿で装備トランクを片手に傍へやってきた梓が硬直する姿を見せていた。
彼女同様、制服の下にインナーを着込んでいた唯も用意はできていたのだが、その反応になにかまずいことをやってしまったのかと不安がよぎる。
「ど、どうかしたかな?」
「……ああ、うんごめん、なんでもないよ。
っていうか香乃さんスタイル良いね、結構着やせするタイプ?」
感心したように目を丸くした梓からそんなことを言われてしまった唯は顔の神経に気を張り頬がひきつってしまいそうになるのを必死に堪えていた。
身に着けている赤を基調としたインナーもAMAGIの探索員向け装備の一つであり、動きやすいし邪魔にならない上に耐刃性もそれなりにあるという上等な代物なのだが上下一体形の、競泳用の水着にも似たデザインが唯には気恥ずかしい。
視線が上下どちらかに寄らないこともあり出るところは出て、引っ込むところは引っ込んだ今の唯の体つきが余計に際立ち、同性の梓ですらも一瞬見とれていたのだった。
「そう、みたいだね、ははは……」
ただ唯からするなら目の前の梓の姿もまた十二分に目に毒だ。
唯や昨日見てしまった紗耶香ほどではないにしても、同年代の女子の中では彼女も胸や腰回りの均整が取れた体つきをしている。
一校の探索員は男子も女子も、寮暮らしでだらけた生活をしてしまいがちだが意外に彼女はしっかり者なのかもしれない。
ただこれから先、そんな姿の女子が多数集まる空間に頻繁に出入りしなければならない日々が待っているのだと思うと、早くも唯の心はくじけそうになってしまうのだった。
ようやっと次回からダンジョン回。
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